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『君の知らない魂の決意』
014 『Match』
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地下36階保管庫。ここには《Creutz》創設当初から製造した部品と素材が保管されている。
碁盤の目状に20段の棚が縦横それぞれ1000架ずつ、年代順に並べられ、保管用のコンテナがはめ込まれている。
「すごい数だけど、この中から探すのか?」
想像していた以上の数に、心が折れかけるユウラだったが、多くの取引先と契約を結んでいる《Creutz》は、最新の商品管理システムを導入しており、形状や高度、色味、おおよその大きさだけでも検索し、絞り込むことが可能だ。
「手元に現物があるから、これで検索にかければ、すぐにこれで保管場所に行けるよ」
アルマが指差した『これ』とは、人が4人ほど立つことができるくらいの大きさで、平たい鉄板に鉄格子の柵を取り付けた乗り物だ。これを使えば、保管庫に該当するものがあれば、自動的に移動してくれる優れもの。
ユウラたちは、早速その乗り物に乗り込み検索をかけた。
「該当1件アリ」
機械音声が聞こえると、ガコンと鈍い音を出して、ゆっくりと浮上しながら移動を始めた。
「あんたの予想は当たっていたみたいね」
スズナは悔しそうに言ったが、《BLACK》に繋がる糸口を見つけたことは大いに喜ばしいこと。早る気持ちを抑えながら、待っていると、桜の花びらの形をした刃物が保管されている場所にスッと音を立てずに停止した。
「開けるよ」
アルマは、右手に人差し指に埋め込んでいるセキュリティチップをコンテナの扉にかざした。すると、キャタピラ式の扉がガタガタと上がっていく。
「ビンゴだな」
と、言ったユウラの目に映るのは、電車のひと車両が丸々入ってしまうほどの大きさはあるコンテナの中に塵ひとつ残っていない空の状態だった。
「仙波さん、最近ここが開けられた記録は調べられるかしら?」
「誰が開けたかは分からないけど、日時くらいなら、開閉履歴を確認すればすぐ調べられますよ。ちょっと待っててください」
アルマはスズナに言われ、コンテナの開閉履歴を調べる。結果はすぐに出たのだが、アルマの表情が固まってしまう。
「どうしたんだ?」
と、ユウラが訊く。
「僕が開ける前にコンテナが開かれたのは、2057年8月31日。今から50年前に開けられて以降、一度も開かれていないみたいなんだ」
「50年前⁉︎ 事件があったのは昨日だぞ!」
ユウラは予想よりも遥か過去に開かれたことに驚きを隠せなかったが、スズナは冷静に状況を受け止め、ある仮説を立てた。
「正直言って、私も馬鹿げた考えだとは思うのだけれど、今から50年前ということは、感情を持つアンドロイドが初めてこの世に誕生した日。つまり、《未來ミナ》が生まれた日になるわ」
「いやいや、さすがにそれは馬鹿げてるどころの話じゃないぞ」
「わかっているわよ。でも、それ以外に説明がつかない」
「だとしたら、50年前に《未來ミナ》を作ったときに武装クラフトをしていたってことになるぞ」
ユウラとスズナは、現実的には有り得ないことを想像していた。それは同時に、犯人である《BLACK》が《未來ミナ》を開発したソフトウェア会社《Wonder》に50年前に勤めていた人物であるという1つの答えを導き出した。
「そう。それしか考えられないわ」
「でも、普通に考えても今生きてたら、70歳以上だろ。当時のクラフト技術は今のレベルまで発達していないはずだし、《BLACK》のクラフト技術は、俺たちの遥か上なのは確かだぞ」
「ここで考えていても、拉致があかないわ。一度、八王子隊長に報告して指示を仰ぎましょう」
◇◇◇
外で待つルカたちと合流したユウラとスズナは、自衛隊から支給されたブレスレット型の通信機を使って、《BLACK》に繋がる有力な情報を伝えた。
報告を受けた八王子クダイは、少し考えたらのち、
『実は、我々の方でもある人物に行き着いたのだが、君たちが入手した情報とは少し違うようだ。至急、総司令部に来てくれないか』
と、二人の持つヴィジョンに、第3司令部への経路を送った。
総司令部はエリア13の中心部にあり、八王子クダイが指揮をとっている日本の頭脳とも呼べる場所だ。
そこには、日本国内にあるアンドロイドを制御するためのメインコンピュータ《MOTHER》がある。
元々、《Wonder》がもう一つのメインコンピュータ《FATHER》を使用してアンドロイドを管理していたが所有者が急増し、防犯上の管理が難しくなったという理由で、《FATHER》のメインシステムを引き継ぎ、自衛隊が独自に改良を重ねた最新型の制御システム。
《MOTHER》の性能が《FATHER》の倍以上となり、アンドロイドのみならず、日本の電子機器やネットサーバー、生活における全てのものが正常に作動するために必要不可欠な心臓部でもある。
日本で最も優秀な人工知能とも言える《MOTHER》がある総司令部は、クラフターであるユウラたちにとって、一度は行ってみたい場所でもあった。
「了解しました。至急向かいます」
簡単すぎるほど、《BLACK》に繋がる情報が出てくるものだと、不思議に思いながらも、総司令部にユウラが向かおうとしたとき、レイがスズナの背中に飛び乗ると両手足でガッチリと上半身に自分の身体を固定し始めた。
「お前ら、何してるんだ?」
「至急来るようにって言っていたでしょ。だからもう出発するのよ」
「それは分かるけど、その子をおぶっていくのか?」
「違うわ。レイに運んでもらうの」
そう言ったスズナの後ろで、レイが体を震わせ始めた。
「んあっ」
レイが声を漏らすと、背中から二つの物体が出てきた。そして、どこかで聞き覚えのあるエンジン音が響き始める。
「まさか戦闘機用のジェットエンジンを使う気じゃないよな!?」
「あんな大きいものをクラフトできないわよ。まあ、性能は同じくらいかしら」
レイの背中のちょうど肩甲骨あたりに、500mlペットボトルくらいの大きさのジェットエンジンを搭載してある。小型だが、戦闘機さながらな速度が出るほどの馬力がある。さらにスズナは重力装置も取り付けており、飛行に特化した改造が施されていた。
「ってか、八王子隊長の許可なしに、こんな街中で武装クラフトの制限解除なんてして良いのか?」
「緊急の場合は、特別許可が下りているの。武装クラフトが許されている時点で問題ないでしょう」
「それもそうか」
「じゃあ、お先に」
スズナは自前のヘルメットとゴーグルを装着すると物凄い音でエンジンを吹かし始めた。
「待て待て、さすがに周りに人がいるし、さすがにマズくないか?」
エンジンを吹かすと強風が吹き荒れ、周囲の人々は突然のことに驚きを隠せないでいる。
「別に全速力で飛ばないから大丈夫よ。それとも飛行型のAliceにクラフトしていたのが、悔しいのかしら?」
「そうじゃなくて、武装クラフト自体が公になってないんだから、それを知られたら大ごとになるって話だ」
「もう、《未來ミナ》が事件を起こした時点で、大ごとになってるわよ。無駄口を叩いている暇はないわ。あんたより先について待っていてあげるから、早くきなさいよ」
「では、お嬢様、出発致します」
スズナとレイは、重力装置であっという間に空高く浮上し、人に被害が出ないところまで到達すると、エンジン全開で総司令部に向かって飛んで行ってしまった。
「あいつ本当にめちゃくちゃだな」
《Alice》の制限解除は、今まで国民の誰もが見たことがない。クラフターですら、普通の人間と見間違えてしまうほどの《Alice》が突然、宙に浮いたかと思えば、爆音を鳴らし飛んで行ってしまったのだから、街の人々は大騒ぎだ。
「今の女の子、飛んで行ったよな?」
一人の男が話しかけてきたことをキッカケに、ユウラとルカの周りに人が群がってきた。
「ルカ、俺たちも行こう」
「わかった!」
細かい事情を一般市民に話すわけにもいかないユウラは、いち早くこの場から離脱しようと、周囲を取り巻く野次馬たちを掻い潜り、先を行くスズナたちを追いかけるため、ルカの背中に覆い被さった。
先日改造を施した最速最強の美脚を使って、高く跳び上がり群集の中から離脱。その姿は、スズナたちを見た人たちが撮影をしようと手に構えていた携帯端末《hPhone》により撮影され、映像として残された。
その映像は、FJTをはじめとする6つの大手テレビ局へと送られ、瞬く間に日本全土へと広まっていった。
現在の日本メディアは、ホログラム放送とVR体感型放送の二種類が存在する。ホログラム放送では一般的にニュースなどの報道関連で使用されており、軍事利用の際は会議などで用いられる。一方でVR放送は、アニメやドラマなどの主人公目線に立った番組に使用され、映画業界ではVR映画というのが3D映画の代わりに普及し、身近なものになっている。そのため、よりリアリティが追求される映像業界では一般人から集めた動画や衛星カメラで撮影された映像を用いて、様々な視点から視聴することを可能にする必要性があった。
結果的に、テレビ局はより良い動画を提供した一般人に対して破格の報酬を支払うようになったため、物珍しい物を見つけては一攫千金を狙う動画収集家たちが急増している。
そんな動画収集家たちの包囲網を抜け出したユウラたちは、直線距離7.2キロ先にある元東京都庁跡地に建設された総司令部へ急行した。
さすが最強最速の美脚。高層ビルに軽く飛び乗り、次々にビルからビルへと飛び移ると、あっという間に総司令部に辿り着いてしまった。
しかし、ルカに背負われながら急上昇と急降下を繰り返したユウラは、到着と同時に嘔吐してしまう。
「お、お兄ちゃん⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「だ、大丈夫……」
本当は立っているのがやっとのユウラは、妹に頼りない姿を見せられないと、虚勢を張っているが、嘔吐したあとでは全く説得力がない。
フラつく足で総司令部に入ると胸の前で腕を組み、誇らしげに仁王立ちをしているスズナがいた。
「はっはー! 私に負けた挙句にその様子じゃあ、次も私の勝ち確定ね!」
「お嬢様が、吾妻様に負けることは何一つありません。それが必然です。なので、貴方達がここで負けたことを悔いる必要はないのです」
さすがはスズナの《Alice》というだけあって、ユウラに対して徹底されたライバル意識をプログラムされているようだ。
「負けてないもんっ! クラフターの実技試験はお兄ちゃんが上だもんっ!」
勝ち負けのどちらが、悪いイメージかと言えば、もちろん負けだ。ユウラに悪いイメージがつかないように、懸命にフォローするがルカだったがデータ上、ユウラを弁護するために必要な情報がそれ以上ない。
「それは負け惜しみというものでしょうか? お嬢様と吾妻様のデータを比較しましたが、99.2%の割合で姫様が優勢です。不明データを除けば、100%の割合で姫様が優勢です。つまり、どう転んでも姫様に軍配があがるということです。私の情報に間違いがあれば、訂正致しますが——」
レイは幼い出で立ちだが、ルカ同様に様々なデータベースから情報収集するのは速い。スズナの絶対的有利を主張したレイは勝ち誇るどころか、飄々としている。
「訂正はありません! だけど、レイちゃんの言う不明データっていうのが、お兄ちゃんが完璧に負けているわけじゃないっていう証拠でしょ!」
「いいえ、負け確定です」
「負けじゃない」
「負け」
「じゃない」
急に言い争いを始めたルカたちの口に、手を当てて黙らせるユウラ。
「お前らやめろ。ここで勝ち負け言っている場合じゃない。八王子隊長のところに行くのが先だ」
「でも!」
「でもじゃない」
兄の名誉を傷つけられたままでは、引き下がれないルカに、真剣な眼差しを送るユウラ。
「わかった。お兄ちゃんがそう言うなら、それで良いよ」
納得はしていないようだが、優先順位を判断できないルカではない。
「賢明な判断だと思われます。優劣は決しているのにもかかわらず、僅かな可能性に望みを賭けるのは利口だとは思えません」
「ふふ。今日は気分がいいわね。レイ、負け犬は置いて司令室に急ぐわよ!」
「はい、お嬢様」
勝手に息巻いて、どちらが先に八王子クダイのもとへ辿り着くのか勝負をしていたスズナは、優越感に口を緩ませながら、上機嫌で先へ行ってしまった。
——あいつ、わざわざ俺に勝利宣言したくて待っていたのかよ。人には公私混同するなみたいに言ってたくせに、この状況で勝負なんかして何を考えてるんだ。
意気揚々と走っていく、負けん気の強いスズナの背中を呆れた顔で見送るユウラ。
「はあ。気を取り直して行くか」
「うんっ! お兄ちゃんは絶対に負けてないからね!」
「それはもういいよ」
ユウラの呆れた顔を傷ついていると認識したルカが、元気づけようとしたが、心底どうでもいいと思っていたユウラは苦笑いした。
八王子クダイの待つ、司令室は高さ1268mの高さを誇る日本で最も高い建造物としても知られる総司令部の中心部634mの場所にある。そこは、かつて東京都台場区と呼ばれていた頃に台場区の象徴的なランドマークとして名を馳せた、日本最大級の民間放送局スタジオ《FCGビル》が解体された際に、球体展望台を再利用して造られている。
階段や通常のエレベーターでの行き来は時間がかかるため、建物に設置されているのは直通の高速エレベーター。箱は楕円形のカプセル型になっていて、通り道は真空状態になっている。
無重力空間となった通り道を重力装置によって移動する速度は、分速2460mで世界最速。
エレベーターに乗り込んだユウラたちは、ガラス越しに見える景色を眺める間も無く、司令室へと到着した。
碁盤の目状に20段の棚が縦横それぞれ1000架ずつ、年代順に並べられ、保管用のコンテナがはめ込まれている。
「すごい数だけど、この中から探すのか?」
想像していた以上の数に、心が折れかけるユウラだったが、多くの取引先と契約を結んでいる《Creutz》は、最新の商品管理システムを導入しており、形状や高度、色味、おおよその大きさだけでも検索し、絞り込むことが可能だ。
「手元に現物があるから、これで検索にかければ、すぐにこれで保管場所に行けるよ」
アルマが指差した『これ』とは、人が4人ほど立つことができるくらいの大きさで、平たい鉄板に鉄格子の柵を取り付けた乗り物だ。これを使えば、保管庫に該当するものがあれば、自動的に移動してくれる優れもの。
ユウラたちは、早速その乗り物に乗り込み検索をかけた。
「該当1件アリ」
機械音声が聞こえると、ガコンと鈍い音を出して、ゆっくりと浮上しながら移動を始めた。
「あんたの予想は当たっていたみたいね」
スズナは悔しそうに言ったが、《BLACK》に繋がる糸口を見つけたことは大いに喜ばしいこと。早る気持ちを抑えながら、待っていると、桜の花びらの形をした刃物が保管されている場所にスッと音を立てずに停止した。
「開けるよ」
アルマは、右手に人差し指に埋め込んでいるセキュリティチップをコンテナの扉にかざした。すると、キャタピラ式の扉がガタガタと上がっていく。
「ビンゴだな」
と、言ったユウラの目に映るのは、電車のひと車両が丸々入ってしまうほどの大きさはあるコンテナの中に塵ひとつ残っていない空の状態だった。
「仙波さん、最近ここが開けられた記録は調べられるかしら?」
「誰が開けたかは分からないけど、日時くらいなら、開閉履歴を確認すればすぐ調べられますよ。ちょっと待っててください」
アルマはスズナに言われ、コンテナの開閉履歴を調べる。結果はすぐに出たのだが、アルマの表情が固まってしまう。
「どうしたんだ?」
と、ユウラが訊く。
「僕が開ける前にコンテナが開かれたのは、2057年8月31日。今から50年前に開けられて以降、一度も開かれていないみたいなんだ」
「50年前⁉︎ 事件があったのは昨日だぞ!」
ユウラは予想よりも遥か過去に開かれたことに驚きを隠せなかったが、スズナは冷静に状況を受け止め、ある仮説を立てた。
「正直言って、私も馬鹿げた考えだとは思うのだけれど、今から50年前ということは、感情を持つアンドロイドが初めてこの世に誕生した日。つまり、《未來ミナ》が生まれた日になるわ」
「いやいや、さすがにそれは馬鹿げてるどころの話じゃないぞ」
「わかっているわよ。でも、それ以外に説明がつかない」
「だとしたら、50年前に《未來ミナ》を作ったときに武装クラフトをしていたってことになるぞ」
ユウラとスズナは、現実的には有り得ないことを想像していた。それは同時に、犯人である《BLACK》が《未來ミナ》を開発したソフトウェア会社《Wonder》に50年前に勤めていた人物であるという1つの答えを導き出した。
「そう。それしか考えられないわ」
「でも、普通に考えても今生きてたら、70歳以上だろ。当時のクラフト技術は今のレベルまで発達していないはずだし、《BLACK》のクラフト技術は、俺たちの遥か上なのは確かだぞ」
「ここで考えていても、拉致があかないわ。一度、八王子隊長に報告して指示を仰ぎましょう」
◇◇◇
外で待つルカたちと合流したユウラとスズナは、自衛隊から支給されたブレスレット型の通信機を使って、《BLACK》に繋がる有力な情報を伝えた。
報告を受けた八王子クダイは、少し考えたらのち、
『実は、我々の方でもある人物に行き着いたのだが、君たちが入手した情報とは少し違うようだ。至急、総司令部に来てくれないか』
と、二人の持つヴィジョンに、第3司令部への経路を送った。
総司令部はエリア13の中心部にあり、八王子クダイが指揮をとっている日本の頭脳とも呼べる場所だ。
そこには、日本国内にあるアンドロイドを制御するためのメインコンピュータ《MOTHER》がある。
元々、《Wonder》がもう一つのメインコンピュータ《FATHER》を使用してアンドロイドを管理していたが所有者が急増し、防犯上の管理が難しくなったという理由で、《FATHER》のメインシステムを引き継ぎ、自衛隊が独自に改良を重ねた最新型の制御システム。
《MOTHER》の性能が《FATHER》の倍以上となり、アンドロイドのみならず、日本の電子機器やネットサーバー、生活における全てのものが正常に作動するために必要不可欠な心臓部でもある。
日本で最も優秀な人工知能とも言える《MOTHER》がある総司令部は、クラフターであるユウラたちにとって、一度は行ってみたい場所でもあった。
「了解しました。至急向かいます」
簡単すぎるほど、《BLACK》に繋がる情報が出てくるものだと、不思議に思いながらも、総司令部にユウラが向かおうとしたとき、レイがスズナの背中に飛び乗ると両手足でガッチリと上半身に自分の身体を固定し始めた。
「お前ら、何してるんだ?」
「至急来るようにって言っていたでしょ。だからもう出発するのよ」
「それは分かるけど、その子をおぶっていくのか?」
「違うわ。レイに運んでもらうの」
そう言ったスズナの後ろで、レイが体を震わせ始めた。
「んあっ」
レイが声を漏らすと、背中から二つの物体が出てきた。そして、どこかで聞き覚えのあるエンジン音が響き始める。
「まさか戦闘機用のジェットエンジンを使う気じゃないよな!?」
「あんな大きいものをクラフトできないわよ。まあ、性能は同じくらいかしら」
レイの背中のちょうど肩甲骨あたりに、500mlペットボトルくらいの大きさのジェットエンジンを搭載してある。小型だが、戦闘機さながらな速度が出るほどの馬力がある。さらにスズナは重力装置も取り付けており、飛行に特化した改造が施されていた。
「ってか、八王子隊長の許可なしに、こんな街中で武装クラフトの制限解除なんてして良いのか?」
「緊急の場合は、特別許可が下りているの。武装クラフトが許されている時点で問題ないでしょう」
「それもそうか」
「じゃあ、お先に」
スズナは自前のヘルメットとゴーグルを装着すると物凄い音でエンジンを吹かし始めた。
「待て待て、さすがに周りに人がいるし、さすがにマズくないか?」
エンジンを吹かすと強風が吹き荒れ、周囲の人々は突然のことに驚きを隠せないでいる。
「別に全速力で飛ばないから大丈夫よ。それとも飛行型のAliceにクラフトしていたのが、悔しいのかしら?」
「そうじゃなくて、武装クラフト自体が公になってないんだから、それを知られたら大ごとになるって話だ」
「もう、《未來ミナ》が事件を起こした時点で、大ごとになってるわよ。無駄口を叩いている暇はないわ。あんたより先について待っていてあげるから、早くきなさいよ」
「では、お嬢様、出発致します」
スズナとレイは、重力装置であっという間に空高く浮上し、人に被害が出ないところまで到達すると、エンジン全開で総司令部に向かって飛んで行ってしまった。
「あいつ本当にめちゃくちゃだな」
《Alice》の制限解除は、今まで国民の誰もが見たことがない。クラフターですら、普通の人間と見間違えてしまうほどの《Alice》が突然、宙に浮いたかと思えば、爆音を鳴らし飛んで行ってしまったのだから、街の人々は大騒ぎだ。
「今の女の子、飛んで行ったよな?」
一人の男が話しかけてきたことをキッカケに、ユウラとルカの周りに人が群がってきた。
「ルカ、俺たちも行こう」
「わかった!」
細かい事情を一般市民に話すわけにもいかないユウラは、いち早くこの場から離脱しようと、周囲を取り巻く野次馬たちを掻い潜り、先を行くスズナたちを追いかけるため、ルカの背中に覆い被さった。
先日改造を施した最速最強の美脚を使って、高く跳び上がり群集の中から離脱。その姿は、スズナたちを見た人たちが撮影をしようと手に構えていた携帯端末《hPhone》により撮影され、映像として残された。
その映像は、FJTをはじめとする6つの大手テレビ局へと送られ、瞬く間に日本全土へと広まっていった。
現在の日本メディアは、ホログラム放送とVR体感型放送の二種類が存在する。ホログラム放送では一般的にニュースなどの報道関連で使用されており、軍事利用の際は会議などで用いられる。一方でVR放送は、アニメやドラマなどの主人公目線に立った番組に使用され、映画業界ではVR映画というのが3D映画の代わりに普及し、身近なものになっている。そのため、よりリアリティが追求される映像業界では一般人から集めた動画や衛星カメラで撮影された映像を用いて、様々な視点から視聴することを可能にする必要性があった。
結果的に、テレビ局はより良い動画を提供した一般人に対して破格の報酬を支払うようになったため、物珍しい物を見つけては一攫千金を狙う動画収集家たちが急増している。
そんな動画収集家たちの包囲網を抜け出したユウラたちは、直線距離7.2キロ先にある元東京都庁跡地に建設された総司令部へ急行した。
さすが最強最速の美脚。高層ビルに軽く飛び乗り、次々にビルからビルへと飛び移ると、あっという間に総司令部に辿り着いてしまった。
しかし、ルカに背負われながら急上昇と急降下を繰り返したユウラは、到着と同時に嘔吐してしまう。
「お、お兄ちゃん⁉︎ 大丈夫⁉︎」
「だ、大丈夫……」
本当は立っているのがやっとのユウラは、妹に頼りない姿を見せられないと、虚勢を張っているが、嘔吐したあとでは全く説得力がない。
フラつく足で総司令部に入ると胸の前で腕を組み、誇らしげに仁王立ちをしているスズナがいた。
「はっはー! 私に負けた挙句にその様子じゃあ、次も私の勝ち確定ね!」
「お嬢様が、吾妻様に負けることは何一つありません。それが必然です。なので、貴方達がここで負けたことを悔いる必要はないのです」
さすがはスズナの《Alice》というだけあって、ユウラに対して徹底されたライバル意識をプログラムされているようだ。
「負けてないもんっ! クラフターの実技試験はお兄ちゃんが上だもんっ!」
勝ち負けのどちらが、悪いイメージかと言えば、もちろん負けだ。ユウラに悪いイメージがつかないように、懸命にフォローするがルカだったがデータ上、ユウラを弁護するために必要な情報がそれ以上ない。
「それは負け惜しみというものでしょうか? お嬢様と吾妻様のデータを比較しましたが、99.2%の割合で姫様が優勢です。不明データを除けば、100%の割合で姫様が優勢です。つまり、どう転んでも姫様に軍配があがるということです。私の情報に間違いがあれば、訂正致しますが——」
レイは幼い出で立ちだが、ルカ同様に様々なデータベースから情報収集するのは速い。スズナの絶対的有利を主張したレイは勝ち誇るどころか、飄々としている。
「訂正はありません! だけど、レイちゃんの言う不明データっていうのが、お兄ちゃんが完璧に負けているわけじゃないっていう証拠でしょ!」
「いいえ、負け確定です」
「負けじゃない」
「負け」
「じゃない」
急に言い争いを始めたルカたちの口に、手を当てて黙らせるユウラ。
「お前らやめろ。ここで勝ち負け言っている場合じゃない。八王子隊長のところに行くのが先だ」
「でも!」
「でもじゃない」
兄の名誉を傷つけられたままでは、引き下がれないルカに、真剣な眼差しを送るユウラ。
「わかった。お兄ちゃんがそう言うなら、それで良いよ」
納得はしていないようだが、優先順位を判断できないルカではない。
「賢明な判断だと思われます。優劣は決しているのにもかかわらず、僅かな可能性に望みを賭けるのは利口だとは思えません」
「ふふ。今日は気分がいいわね。レイ、負け犬は置いて司令室に急ぐわよ!」
「はい、お嬢様」
勝手に息巻いて、どちらが先に八王子クダイのもとへ辿り着くのか勝負をしていたスズナは、優越感に口を緩ませながら、上機嫌で先へ行ってしまった。
——あいつ、わざわざ俺に勝利宣言したくて待っていたのかよ。人には公私混同するなみたいに言ってたくせに、この状況で勝負なんかして何を考えてるんだ。
意気揚々と走っていく、負けん気の強いスズナの背中を呆れた顔で見送るユウラ。
「はあ。気を取り直して行くか」
「うんっ! お兄ちゃんは絶対に負けてないからね!」
「それはもういいよ」
ユウラの呆れた顔を傷ついていると認識したルカが、元気づけようとしたが、心底どうでもいいと思っていたユウラは苦笑いした。
八王子クダイの待つ、司令室は高さ1268mの高さを誇る日本で最も高い建造物としても知られる総司令部の中心部634mの場所にある。そこは、かつて東京都台場区と呼ばれていた頃に台場区の象徴的なランドマークとして名を馳せた、日本最大級の民間放送局スタジオ《FCGビル》が解体された際に、球体展望台を再利用して造られている。
階段や通常のエレベーターでの行き来は時間がかかるため、建物に設置されているのは直通の高速エレベーター。箱は楕円形のカプセル型になっていて、通り道は真空状態になっている。
無重力空間となった通り道を重力装置によって移動する速度は、分速2460mで世界最速。
エレベーターに乗り込んだユウラたちは、ガラス越しに見える景色を眺める間も無く、司令室へと到着した。
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