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『君の知らない魂の決意』

012 『Select』

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 翌朝、ルカに膝枕をされたまま目覚めたユウラは、捜査隊に合流するため、普段着ていた黒の作業着から、軍事クラフター用の自衛隊服に身を包む。

 自衛隊服には、曹長の証である階級章と軍事クラフターである証の徽章が付けられている。

 昨晩、対策会議を行なった本会議場へルカを連れて行くと、それぞれが所有する《Alice》たちもいた。

 クラフターたちは席に座り、その左隣に《Alice》を立たせた状態で、今日行われる捜査について八王子クダイが話す。

「身長170cm前後の男性。新東京大学クラフター専攻科の卒業生に限定し、過去1年以内にWonderの格納庫に出入りしていた人物をピックアップした。該当する対象者は291名。ヴィジョンに送信した名簿を《Alice》にダウンロードし、各班に割り当てられた人物を対象に捜査を開始。《BLACK》である可能性が高いと判断した場合、早急に本部へ連絡し、次の指示を仰ぐように」

 指示を受けた軍事クラフターたちは、各自の担当する対象者を調べに向かう。

 しかし、リストにある名前を確認していたユウラは、開いた口が塞がらず、その場に留まっていた。

「何ぼーっとしてるの? あんたが遅いから、一番に出発できなかったじゃない」
「いや、何でもない。先に行っててくれるか?」
「先にって……。2人1組で行動しろって言われなかったかしら? もしかして、もう犯人の目星がついていて、私より先に見つけようとしているんじゃないでしょうね?」
「本当にお前は空気が読めない奴だよな」
「はあ? 空気が読めないとかじゃなくて、決まりは守りなさいって言っているの!」
「……ちょっと来い。少し話がある」
「命令しないでくれるかしら」

 と、言いつつも何の話か気になる神埼スズナは、ユウラの後に続いて本会議場から出ていく。

「今から話すことは、誰にも言うなよ」
「内容にもよるけれど、良いわ。黙っててあげるから、早く話しなさい」
「ここを見てくれるか」

 ユウラは、自分たちが担当する人物たちの名簿の中から、一人をピックアップしてヴィジョンに映して観せた。

「仙波アルマ? この人がなんなの?」
「アルマは、俺の親友だ」
「ちょっと待って、親友だから見せたって訳じゃないんでしょう?」
「ああ、実はアルマが勤務している部品メーカー《Creutz》が、少し怪しくてな。あのとき、会場で使用された刃物の出所を探し出そうとしていたときに、《Creutz》の情報だけ見ることができなかった」
「それって、もし《Creutz》で作っている刃物が使用されていたら、あんたの親友が犯人の可能性があるっていうことよね」
「断言はできないけど、可能性としてはあり得ない話じゃない」

 ユウラには、アルマが犯人かもしれないと思う理由がいくつかあった。

 アルマは事件当日に、転送装置が不具合を起こしたという理由でユウラの家に来ていたこと。そこで、ルカを《未來ミナ》に似せてボカロ仕様に改造を施したところを見ていること。そして、ユウラが魂について研究をしていることを知っている上に、協力しているということ。

 《BLACK》が転送装置を応用し、《未來ミナ》のダミーを仕様して武装クラフトをしていると考えられる今、八王子クダイが言っていた、犯人の目的の中に魂の研究が含まれている可能性を踏まえても、仙波アルマが《BLACK》だとしても不思議ではない。

「もし、あんたの親友が犯人だったら、どうするつもりなの? 見逃すつもりじゃないわよね?」
「あくまで可能性があるだけだ。俺の知っているアルマは、何があっても人を殺すような人間じゃない。何か関係があるとしても、絶対にアルマは《BLACK》じゃない」

 もしかしたら、自分の知っているアルマが本当の姿ではなく、《BLACK》という殺人鬼が本当の姿なのではないか。最悪の結末が脳裏を過るが、親友を一度疑ってしまった自分を許せなかったユウラは、アルマが《BLACK》ではないと、自分に言い聞かせ信じようと必死だった。

 しかし、神埼スズナから見れば、アルマは赤の他人で、容疑者の一人でしかない。

「絶対に犯人じゃないとは、言い切れないでしょう?」
「わかってる。だから、お前に協力してほしい」
「嫌よ。犯人かもしれない人を庇ったら私まで共犯者になるじゃない」
「庇ってほしいんじゃない。アルマが犯人じゃないと証明するためにも、協力してほしいと言っているんだ」
「同じことでしょう? あんただけ勝手に捕まりなさい」
「頼む。……神埼」

 神埼スズナに対して、一度も頭を下げたことがないユウラが、親友のために頭を下げて懇願している。

 その姿を見た神埼スズナは、少し悩んだのち、答えを出した。

「……わかったわ。でも、あんたの親友が犯人じゃない証拠を探すためじゃない。《BLACK》が誰なのかを突き止めるために捜査をする。その結果《BLACK》が仙波アルマじゃなければ、それでいいし、もし犯人なら私は絶対に許さないし、必ず捕まえて罪を償わせる。それで良いかしら?」
「ああ、それで構わない」
「決まりね。じゃあ、急いで行きましょう」
「行くってどこへ」
「何すっとぼけたことを言っているのかしら。《Creutz》に決まっているでしょう」
「ちょっと待て、本当に《Creutz》と関係があるとしたら、俺たち二人で乗り込むのはダメだろ」
「ダメって何? 親友が犯人だって分かるかもしれないから、心の準備が必要とでも言いたいのかしら?」
「慎重にことを進めろって言っているんだよ。俺たちが迂闊に行動して、犯人に勘づかれたら証拠を消すかもしれない」
「もう消されているかもしれないわね。あんたの《Alice》の情報も消されていたんでしょう? だったら、証拠に繋がるようなものは全部消していると私は思うのだけれど、そこのところを冷静に考えられていない時点で、あんたは動揺して私たちが優先すべきことを見失っている」
「《BLACK》を捕まえることだろう。別に見失ってなんか——」
「仙波アルマではない《BLACK》を捕まえる。でしょう? まだ犯人と決めつけるわけにはいかないけれど、今のあんたは、《Alice》を使用した事件を起こさせないための軍事クラフターなの。軍事クラフターである以上、《Alice》を使った犯罪をこれ以上起こさせてはいけない。今こうして話している間にも、次の計画を実行しようとしているかもしれない。だから、犯人を捕まえることだけを考えて、そうじゃないと本質を見失って真実を見極められなくなる」

 神埼スズナのいうことは、すべて正しくて、正しすぎるが故に目を逸らし続けていた己の弱さを無理矢理に引きづり出される。

 ——俺はいつだってそうだ。魂の研究を進めようとしたときも、もしかしたら存在しないのかもしれないと、弱腰になって教授に答えを求めて、後押しをしてもらおうとしていた。今だってそうだ。アルマのことを信じたいのに、犯人かもしれないと考えると、真実を知ることが怖くてしかたない。俺より頭が良くて冷静な神埼なら、アルマが犯人ではないと断言してくれると思っていたんだ。あれから俺は何も変わっていない。結局は誰かの言葉なしには、なんの決意もできない意志の弱い人間だ。

 ユウラが己の愚かさに、打ち拉がれていると、

「仙波アルマの親友の吾妻ユウラは、親友を信じ抜けば良い。軍事クラフターの吾妻ユウラは、《BLACK》を見つけ出して罪を償わせたら良い。私だって、心は理屈じゃないことくらい分かっているわ。理解したくないけど、あんたの気持ちは分かるし、どうしたら良いのか迷いが生じても仕方ないとも思ってる。だけど、あんたが信じてあげなかったら、誰が信じるの?」

 神埼スズナは、ユウラの気持ちを察し自分に置き換えながら考えているうちに、涙を流していた。

「何で、お前が泣くんだよ」
「うるさいわね。あんたがシャキッとしないし、ハッキリしないからでしょ」
「悪かった。俺は親友を信じるし、《BLACK》を許さない。だから今は、一番怪しいところから調べて犯人を追い詰める。それで良いか? あ、相、相ぼ」

 いつもウザいだけの神埼スズナが、自分の気持ちに寄り添い優しい言葉を掛けてくれたことに好感を持ったユウラは、ちゃんとバディとして受け入れ『相棒』と呼ぼうとしていた。

「やめて。私はあんたの相棒パートナーじゃなくて、好敵手ライバルなの。あんたが情けないことしてたら、ライバルである私まで情けなく見えるでしょうが」

 先程までの、涙はどこへ行ったのか。いつもと変わらない棘のある言葉を吐き捨てる神埼スズナに怒りで目尻をピクピクと痙攣させるユウラ。

「ああ、そうですか。情けなくて悪うござんした。さっさと行くぞ」
「だから私に命令するなって言っているでしょう! って、待ちなさいよ!」

 決心というよりも、反発しているだけのような投げやり感が否めないユウラと、なぜか微笑んでいるように見える神埼スズナは、ルカともう一体の《Alice》を連れて仙波アルマの勤務する大手部品メーカー《Creutz》へ向かった。
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