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『君の知らない魂の決意』

011 『Sleep』

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 陽も沈み、夜空に浮かぶ大きな満月が、腰まで伸びた水色の髪を靡かせる少女の瞳に映り込む。

 部屋の片隅で、悲しげに星を眺めてはため息を吐く。

 ずっとこんな調子で話をしようとしないルカ。

 ルカは、ユウラが宿舎の部屋に入ってきてすぐに、

「カミヲ染メ直シテ、声モ元二戻シテホシイ」

 と、細々とした弱々しい声でお願いをした。ルカは大好きで憧れを抱いていた《未來ミナ》が、残忍な事件を起こしたことに、酷く傷つき、似た容姿や声でいることが苦しそうだった。

 《Alice》でも、憧れていた相手があんな事件を起こしたことにショックを受けて悲しみに暮れることがあるのだろうか。

 人間に近しい存在だとしても、プログラムと自己学習能力によって作り上げられた偽りの感情に過ぎない。傷つくような心を持ち合わせていない。

 《Alice》は機械で人間の使う道具。

 ユウラは、事件を機にそんな考えをするようになっていた。

 妹として接してきたルカに、優しい言葉の一つでもかけてあげようと思ったが、その考えが邪魔をして、どんな声をかければいいのか、分からなくなっていたユウラは、黙って見守ることしかできなかった。

「ねえ、お兄ちゃん」

 ゆっくりと立ち上がり、シングルベッドに腰掛けるユウラの隣に座り、肩に頭を寄せるルカ。

「どうした?」
「なんで、《未來ミナ》はあんなことしたのかな」
「多分、あれは自分の意思じゃない。《BLACK》っていう悪い奴が操っていたんだ」
「でも、ステージに立つ前にすごく悲しそうな顔していたよ?」
「悲しそうな顔?」
「うん。あんなに歌も上手で、みんなから愛されてるのに、私は失敗作で誰も愛してくれない。って言っていたの」
「それって、ステージで叫んでたことだよな?」
「そう。だから、そんなことないから、今日は一緒に頑張ろうって伝えたんだけど、スタッフの合図もなしに、突然ステージに上がって、あんなことになっちゃって」

 なぜ、悲しみの感情を持っているのかとユウラは不思議でならなかった。

 ルカに関しては、徐々に感情豊かになっていったところを見ているが、《未來ミナ》は生誕祭などのイベントが行われるとき以外は、起動されず格納庫に保管され、観客たちを楽しませる以外の感情はプログラムされていない。

 ——仮に《BLACK》が、新たに感情をプログラムし直したとしても、凶器として使うのに、悲しみとか怒りの感情が必要なのか? 俺なら感情を無くして完全な兵器としてクラフトする。その方が、感情に左右されないし、最高硬度の《人型兵器Alice》として思いのままに操れる。やっぱり不自然だ。

 あれやこれやと考えてみたが、真っ当に生きてきたユウラに、人を殺せるような人間の思考を理解できるわけもなかった。

「お兄ちゃん? 黙り込んでどうしたの?」
「いや、どうして《未來ミナ》を使って、多くの人を殺す必要があったのかなってさ」
「お兄ちゃんでも、分からないことがあるんだね」
「他人の考えてることが分かれば、苦労しないよ。ルカだって、兄ちゃんがプレゼントを用意してたこと気づかなかっただろ?」
「うん! 全然気づかなかった! お兄ちゃんが、部品屋さんにいつもと違う注文してるデータが残ってたから、お客さんから何かオーダーされたのかなって思ってたくらい!」

 多くの機能を搭載しているルカには、売上などの経理業務、書類整理などの事務作業をお願いしていたこともあり、ユウラが仕事で使う部品や、顧客データも含めて様々な情報を全て把握していた。

「気づかれないようにするの大変だったんだからな」

 そう言ってユウラは、あることに気づく。

「ルカ、ちょっと頼みがある。ここ半年以内に、刃物が大量に取引された部品屋がないか調べてくれるか?」
「刃物って、あのときに使われた刃物ってこと?」
「ああ、恐らくすぐ特定されないように形状を変えているはずだから、種類は限定せずに検索してくれ。ちなみにこれは、犯人を見つけるためだ。サーチリミッターは解除するから、遠慮なく探してくれ」
「わかった! サーチ開始します!」

 ルカは、すべてのデータを管理している《MOTHER》にアクセスし、膨大な量の情報から刃物の取引、部品屋で仕入れた素材や製造物、そして購入した顧客の情報すべてを参照し始める。

 サーチは元々、ネットで調べ物をする程度にしか使用されず、企業秘密や個人情報に触れるような検索は禁止されている。

 しかし、今回は軍事クラフターとして事件解決を目的としたサーチ。

 捜査に必要なサーチであれば、特別に《MOTHER》へのアクセスが許され、様々な情報を入手することができる。

 検索すること僅か1秒。

「サーチ完了。該当データなし。外部からのアクセスを遮断する企業あり」
「該当データなしか……。ルカ、そのアクセスを遮断している企業ってどこかわかるか?」
「個人、法人すべての企業と照らし合わせて、アクセスを遮断している企業は一つだけ、部品メーカー《Creutz》」
「《Creutz》だって⁉︎」

 まさかの社名が飛び出したことに、ユウラは驚きを隠せなかった。

 《Creutz》は、アンドロイド事業の拡大をきっかけに町工場から急成長した部品メーカーの最大手。

 何よりも衝撃的だったのは、その会社で大親友の仙波アルマが働いているということだった。

 ——アルマの勤務先なら、下手にハッキングしたり無理に情報を引き出す必要はないな。これは思った以上に早い段階で、犯人までたどり着けるかもしれない。

 一刻も早く事件を解決したいユウラにとって、もっとも有益な情報になった。

「よし、ルカ。明日は朝から捜査隊に合流して、一緒に操作することになったから、今日はもう寝よう」
「え、もう寝るの? サーチはもうしなくて大丈夫?」
「大丈夫! ルカのおかげで、犯人の手がかりが掴めるかもしれない! さすが俺の妹だ! 本当にありがとうな!」

 ルカの頭を犬を撫で回すように、わしゃわしゃと撫でる。

「えへへ、ルカはお兄ちゃんの役に立てたみたいで嬉しい!」

 満開に咲く、屈託のない笑顔の花。喜びに満ちたその笑顔は、疲弊しきっていた心を癒し、元気にしてくれる。

 ——ルカが一緒なら、犯人なんてすぐに見つけられ……。

 母親の死後、何度救われてきたであろうその笑顔を見た途端、緊張の糸が切れたのか、スイッチが切れたように眠りに落ちるユウラ。

 座ったまま、苦しそうな体制で眠ってしまったユウラに、ルカはそっと膝枕をしてあげた。

「おやすみなさい」
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