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『君の知らない魂の傷痕』
005 『Freeze』
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悪夢のような出来事に、呆然と立ち尽くすユウラの耳に、救急車のサイレンと会場内へ駆け込んでくる無数の足音が入ってくる。
「救急隊は負傷者の搬送を急いでくれ!」
——自衛隊……か?
二十数年前に不祥事が続いた警察は解体を余儀なくされ、職務を誠実に行なっていた元警察官たちは、治安を守るために自衛隊と連携し、特別治安部隊を作り、現在では自衛隊所属治安維持特殊部隊《Neo Nolice》として活動している。
彼らは、犯罪を取り締まる以外にも、マイメモリーから常時発信されている生体反応を受信し管理することで、万が一、身体に異常があると判断された人がいた場合、自衛隊所属生命維持管理局の管理する各エリアに点在する支部へと連絡が入り、救護隊を派遣する。
今回ばかりは、数万人単位の死傷者が出たことにより、事件・事故の両方の可能性があると判断が下り、《Neo Police》も派遣されていた。
迅速かつ的確な対応をすることで、絶対的な信頼を獲得している自衛隊の登場に、放心状態だったユウラは安堵したせいか力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「君! 怪我はないか⁈」
一人の自衛官が、それに気づき駆け寄り声をかけるが、言葉が出ないユウラは、小さく頷くことしかできない。
「一体、ここで何があったんだ?」
戦慄の光景を思い出したユウラは、心を埋め尽くしていた恐怖を吐き出すように、嘔吐した。
「この惨状だ。無理もない。だが、今見る限りでは、君以外に話を聞けそうな人が他にいない。悪いが、私と一緒について来てもらえるか?」
ユウラは口を拭いながら、また小さく頷いた。
自衛官の肩を貸してもらい、おぼつかない足取りで会場の外へ出る。
次々に会場から運び出される負傷者たちの、痛々しい姿と声に体の震えが止まらない。
自衛官に力強く支えられながら、会場傍に設置されたテントへ。
中には、机と椅子だけが置かれている。
「君はここで少し休んでいてくれ」
少しも反応することができなくなっていたユウラは、そのまま椅子に座り込んだ。
慌ただしく指示が飛び交う中で、何が起こったのか整理がつかないまま、過ぎていく時間。
何度も繰り返し思い出す。まるで映画の予告でも観たような、にわかには信じがたい光景。
——もう、何も見たくない。何も考えたくない。
ユウラは膝を抱え、体を丸くして震え続けていた。
それからしばらくして、少し冷静さを取り戻したユウラは、ふとルカのことを思い出す。
「……ルカ。無事なのか」
《Alice》とはいえど、ルカはユウラに残された唯一の家族。
もう二度と家族を失いたくないと、無事を確かめずにはいられなくなったユウラは、ルカを探しに行こうと席を立つ。
しかし、ユウラをここまで連れて来た自衛官が目の前に立ち塞がる。
「どこへ行くつもりだ?」
「退いてください! ルカを探しに行かなきゃ!」
「ルカ?」
自衛官は、タブレット型の電子端末で観客名簿にルカの名前がないか検索をかける。
「観客の中には、ルカという名前は載っていないようだが、君と一緒に来ている人がいるのか? 吾妻ユウラ君」
「なんで、俺の名前を」
「君のマイメモリーを確認させてもらった。エリア13で、クラフト工房を営んでいるクラフターの吾妻ユウラで間違いないね?」
「そうですけど」
本人であること確認した自衛官は、手錠をユウラの手にかけた。
「悪いが重要参考人として、取り調べを受けてもらう」
「重要参考人って、俺が犯人だと思ってるんですか⁉︎」
訳がわからず、取り乱す。
「君には、拒否権も黙秘権もない。無実だというのなら、大人しく指示に従うことだ」
納得はできなかったが、無実であることはユウラ自身がよく知っている。
——何も悪いことはしていない。俺は被害者なんだ。堂々としていれば良い。
そう自分に言い聞かせ、ユウラは取り調べを受けることにした。
「……わかりました。その代わり、ルカ……俺の《Alice》が無事か確認してもらえると助かります。まだ会場の中にいるはずなので」
「良いだろう」
自衛官は、その申し出を受け入れると、
「全隊員に告ぐ。吾妻ユウラの所有するルカという名前の《Alice》が会場内にいるかもしれない。手の空いているものは、至急捜索にあたれ」
首につけたチョーカー型の無線機を使い、自衛隊員たちに指示を出した。
「これで良いな?」
「はい」
ユウラは再びテントにある椅子に座らされ、取り調べを受けることになった。
「吾妻ユウラ。24歳、2年半前に母親と死別。その後、新東京大学クラフト専攻科を優秀な成績で卒業。今はクラフト工房で精密機器やAliceの修理・改造・改良の仕事をしている。間違いないな?」
「間違いありません」
「君は、何故あそこにいた?」
「《未來ミナ》の生誕祭にルカが出演する予定だったので、それを観に来ていました」
「そこで何を見た?」
「《未來ミナ》から急に羽が生えて、何かが舞い上がったと思ったら、それが降ってきてみんながあんなことに……」
ユウラは見たままを答えた。
それから数分間、何度も似たような質問を繰り返され、ユウラは同じことを答え続けた。
その間に、ルカを捜索していた自衛隊員の一人からルカらしき《Alice》を発見したと一報が入り、ホログラムの映像が届く。
「ここに映っているのが、君の《Alice》か?」
映像を確認してみると、薄暗い場所に一人で立っているルカが映し出され、周囲には、スタッフや関係者と思われる数人の死体が転がっていた。
「救急隊は負傷者の搬送を急いでくれ!」
——自衛隊……か?
二十数年前に不祥事が続いた警察は解体を余儀なくされ、職務を誠実に行なっていた元警察官たちは、治安を守るために自衛隊と連携し、特別治安部隊を作り、現在では自衛隊所属治安維持特殊部隊《Neo Nolice》として活動している。
彼らは、犯罪を取り締まる以外にも、マイメモリーから常時発信されている生体反応を受信し管理することで、万が一、身体に異常があると判断された人がいた場合、自衛隊所属生命維持管理局の管理する各エリアに点在する支部へと連絡が入り、救護隊を派遣する。
今回ばかりは、数万人単位の死傷者が出たことにより、事件・事故の両方の可能性があると判断が下り、《Neo Police》も派遣されていた。
迅速かつ的確な対応をすることで、絶対的な信頼を獲得している自衛隊の登場に、放心状態だったユウラは安堵したせいか力が抜け、その場に崩れ落ちる。
「君! 怪我はないか⁈」
一人の自衛官が、それに気づき駆け寄り声をかけるが、言葉が出ないユウラは、小さく頷くことしかできない。
「一体、ここで何があったんだ?」
戦慄の光景を思い出したユウラは、心を埋め尽くしていた恐怖を吐き出すように、嘔吐した。
「この惨状だ。無理もない。だが、今見る限りでは、君以外に話を聞けそうな人が他にいない。悪いが、私と一緒について来てもらえるか?」
ユウラは口を拭いながら、また小さく頷いた。
自衛官の肩を貸してもらい、おぼつかない足取りで会場の外へ出る。
次々に会場から運び出される負傷者たちの、痛々しい姿と声に体の震えが止まらない。
自衛官に力強く支えられながら、会場傍に設置されたテントへ。
中には、机と椅子だけが置かれている。
「君はここで少し休んでいてくれ」
少しも反応することができなくなっていたユウラは、そのまま椅子に座り込んだ。
慌ただしく指示が飛び交う中で、何が起こったのか整理がつかないまま、過ぎていく時間。
何度も繰り返し思い出す。まるで映画の予告でも観たような、にわかには信じがたい光景。
——もう、何も見たくない。何も考えたくない。
ユウラは膝を抱え、体を丸くして震え続けていた。
それからしばらくして、少し冷静さを取り戻したユウラは、ふとルカのことを思い出す。
「……ルカ。無事なのか」
《Alice》とはいえど、ルカはユウラに残された唯一の家族。
もう二度と家族を失いたくないと、無事を確かめずにはいられなくなったユウラは、ルカを探しに行こうと席を立つ。
しかし、ユウラをここまで連れて来た自衛官が目の前に立ち塞がる。
「どこへ行くつもりだ?」
「退いてください! ルカを探しに行かなきゃ!」
「ルカ?」
自衛官は、タブレット型の電子端末で観客名簿にルカの名前がないか検索をかける。
「観客の中には、ルカという名前は載っていないようだが、君と一緒に来ている人がいるのか? 吾妻ユウラ君」
「なんで、俺の名前を」
「君のマイメモリーを確認させてもらった。エリア13で、クラフト工房を営んでいるクラフターの吾妻ユウラで間違いないね?」
「そうですけど」
本人であること確認した自衛官は、手錠をユウラの手にかけた。
「悪いが重要参考人として、取り調べを受けてもらう」
「重要参考人って、俺が犯人だと思ってるんですか⁉︎」
訳がわからず、取り乱す。
「君には、拒否権も黙秘権もない。無実だというのなら、大人しく指示に従うことだ」
納得はできなかったが、無実であることはユウラ自身がよく知っている。
——何も悪いことはしていない。俺は被害者なんだ。堂々としていれば良い。
そう自分に言い聞かせ、ユウラは取り調べを受けることにした。
「……わかりました。その代わり、ルカ……俺の《Alice》が無事か確認してもらえると助かります。まだ会場の中にいるはずなので」
「良いだろう」
自衛官は、その申し出を受け入れると、
「全隊員に告ぐ。吾妻ユウラの所有するルカという名前の《Alice》が会場内にいるかもしれない。手の空いているものは、至急捜索にあたれ」
首につけたチョーカー型の無線機を使い、自衛隊員たちに指示を出した。
「これで良いな?」
「はい」
ユウラは再びテントにある椅子に座らされ、取り調べを受けることになった。
「吾妻ユウラ。24歳、2年半前に母親と死別。その後、新東京大学クラフト専攻科を優秀な成績で卒業。今はクラフト工房で精密機器やAliceの修理・改造・改良の仕事をしている。間違いないな?」
「間違いありません」
「君は、何故あそこにいた?」
「《未來ミナ》の生誕祭にルカが出演する予定だったので、それを観に来ていました」
「そこで何を見た?」
「《未來ミナ》から急に羽が生えて、何かが舞い上がったと思ったら、それが降ってきてみんながあんなことに……」
ユウラは見たままを答えた。
それから数分間、何度も似たような質問を繰り返され、ユウラは同じことを答え続けた。
その間に、ルカを捜索していた自衛隊員の一人からルカらしき《Alice》を発見したと一報が入り、ホログラムの映像が届く。
「ここに映っているのが、君の《Alice》か?」
映像を確認してみると、薄暗い場所に一人で立っているルカが映し出され、周囲には、スタッフや関係者と思われる数人の死体が転がっていた。
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