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『君の知らない魂の傷痕』
002 『Clock』
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2107/08/31 AM10:39
《クラフト工房AZEUMA》の2階で、ユウラが眠るスリープカプセル内のアラームが鳴り続けている。
ユウラは教授との会話以降、2年という歳月をかけて魂についての研究を続けていた。
昼はクラフト工房での仕事、夜は魂の研究。そんな日々を送っていたユウラには、うっとおしいアラームの音でさえ、一定のリズムで流れる子守唄になっている。
スヤスヤと寝息をたて、いつになっても起きないユウラの下へ、床が抜け落ちそうなほど力強く踏みしめる足音が近づいてくる。
「ねえ、お兄ちゃん。いつまで寝ているつもりなのかな?」
スリープカプセル越しに気持ち良さそうに寝むるユウラの姿を見た少女は、防弾仕様の窓ガラスを両の手でバンバンと叩きながら起こし始める。
「いい加減に起きろー!!」
大きく揺れるスリープカプセル。亀裂が入りそうな音を立てる窓ガラス。疲労困憊していたユウラも、さすがに目が覚め、開閉ボタンを押してスリープカプセルから這い出した。
「んー……」
寝ぼけながら、背伸びをしつつ軽く周囲を見渡す。次いで、正面に仁王立ちしている少女を見つめ、状況を把握。
「おはよう、ルカ」
笑顔で挨拶をしたユウラに対して、膨れっ面で睨みつけるルカは本当の妹ではない。
決意を新たにしたあの日、ユウラは母親の遺品を整理しようと工房兼自宅の地下室へ荷物を運び入れようとしたとき、鉄の箱に横たわるルカを見つけた。
箱には《Alice No,001 Ruka》と記されており、母親が自分にもしものことがあったときのために、用意してくれていたものだと気づいた。
人々の生活をより豊かに快適に過ごすために、大手ソフトウェア会社が生み出した感情を持つ人工知能搭載の高性能アンドロイドである《Alice》は家族や恋人のような存在でもあり、かつての流通していたスマートフォンのように、誰もが所有する精密機械。
初めて手にする《Alice》を起動させた際、ルカがユウラを見て発した最初の言葉が、「お兄ちゃん」だった。
一人っ子だったユウラを気遣って母親がそういう設定をしたのか定かではないが、その日からルカはユウラの妹として生活を共にしている。
しかし、この2年間で怒り心頭しているルカを見たことはなかった。
「ねえ、今何時だと思う? AM10:41だよ? 今日が何の日だか覚えてないの?」
「えっと、今日って何日だっけ?」
「8月31日ですけど?」
「……ごめん、何かあったっけ?」
「お兄ちゃんが毎日忙しそうにしてるのは知っているし、大変なのは分かっていますとも。でも、今日という大事な日を忘れるなんて最低。もーっと最低なのは、ルカが髪を染めたのに気づいていないこと!」
「ご、ごめんなさい」
あまりにも人間らしい感情表現に、少し戸惑うユウラ。
起動した当初、元々のAliceの設計プログラム通りに、喜怒哀楽の中でも、人に癒しと安心感を与えるための感情《喜び》と《楽しみ》の表現をするだけで今より機械的な要素が多かった。
2年という歳月の中で、怒りや哀しみの感情を学習し向上させているとはいえ、これはもう普通の女の子と認識せざるを得ないだろう。
ユウラが、そう考えてしまうほどにルカの感情表現はとても豊かだった。
「髪の毛、緑色に染めたんだね。似合ってるよ」
「似合ってるのは知ってますー! 正確にはミントグリーン色なんですけどね! せっかく今日のために張り切って染めたのに、お兄ちゃんが起きるの遅いから間に合わないかもしれないじゃん!」
あくまでも、今日が何の日であるかユウラに気づいて欲しいルカは、膨れっ面をそのままに腕を組んで、外方を向く。
「間に合わないって……。あ、今日ってあれか、未來ミナのイベントがある日だったか」
「そうですー! やっと思い出したんだね!」
「悪い。今日はルカの晴れ舞台でもあるし、遅れたらマズいな。開演って12時からだっけ?」
「準備もあるから開演30分前には会場入りしてくださいって、スタッフの人から連絡来てたから、あと30分しかないよ」
「30分か。ここから最短ルートでどれくらい掛かる?」
「……最短ルート検索完了。混み具合も考慮して23分44秒だよ!」
「さすがルカ、検索が早いな。他のAliceよりも高性能なんじゃないか?」
「ふ、普通だよ! 他の子たちだってこれくらいならすぐ出来るから! それより間に合う?」
「任せろ。今日のために、とっておきも準備してるからな」
「とっておき? 何か良いもの?」
「下に行けば分かるよ」
普通の女の子であれば、ドン引きされかねないものだが、Aliceであるルカは大いに喜んでくれるはずだと、ルカの手を引き一階にある工房へと駆け下りる。
工房には、金槌や鋸をはじめとする、昔ながらの伝統工具や最新モデルの機材など、クラフト業には欠かせないものが完備されている。
最新機器を含めると総額は数億円にもなるのだが、ユウラのクラフト技術を高く評価した企業が先行投資としてユウラに与えたもの。そのほかにも、ユウラは自衛隊の軍事組織にクラフト技術を提供しているため、国からも手厚い援助を受けている。
そんな至れり尽くせりの工房に、小気味好いリズムの金属音が鳴り響く。
慣れた手つきで、ルカの部品を交換し、身なりも綺麗に整えていくと、ツインテールの髪型にセーラー服という伝説のボーカロイド《未來ミナ》のような姿に変身完了。
さらに、声帯も自作のボーカロイド用声帯装置でボカロ風に改造を施している。
「凄イ、凄イ! セイラダ! ヤッパリ、オ兄チャンハ天才クラフターダネ!」
全身鏡に映る自分の姿に、ルカは大喜びで飛び跳ねながらユウラを絶賛した。
「だろう?」
完璧なボーカロイドを再現、これぞ匠の技。
ユウラは我ながら最高の出来だと、今朝の失態はなかったことのように、満足気な顔で自身の技術に心酔していた。
兄としての威厳も取り戻し、次が最後の一押し。この日のために、プレゼントを注文していたユウラは、
「実は、ルカにプレゼントがあるんだ」
と、転送装置を指差した。
「プレゼント!? ウレシ……イ。ッテ、ドコニアルノ?」
「あれ?」
配達方法が乗り物から転送装置に移行してから、配達日時を指定すれば、1秒の遅れもなく転送されてくるようになったのだが、転送装置の中には塵一つない。
「オ兄チャン……。ドウイウコトナノカナ? 嘘ヲツイタノ?」
せっかく機嫌が良くなったのに、天使のような笑顔は消え失せてしまった。
「お、おかしいな……。確かに予約していたはずなんだけど」
ユウラの考えでは、可愛い妹から「お兄ちゃん、ありがとう! 大好きっ!」と、抱きつかれて美味しい思いをするはずだった。
このままでは、ルカの機嫌がまた悪くなってしまう。
凍りついたユウラの思考に関係なく、時間は刻一刻と進んでいく。
《クラフト工房AZEUMA》の2階で、ユウラが眠るスリープカプセル内のアラームが鳴り続けている。
ユウラは教授との会話以降、2年という歳月をかけて魂についての研究を続けていた。
昼はクラフト工房での仕事、夜は魂の研究。そんな日々を送っていたユウラには、うっとおしいアラームの音でさえ、一定のリズムで流れる子守唄になっている。
スヤスヤと寝息をたて、いつになっても起きないユウラの下へ、床が抜け落ちそうなほど力強く踏みしめる足音が近づいてくる。
「ねえ、お兄ちゃん。いつまで寝ているつもりなのかな?」
スリープカプセル越しに気持ち良さそうに寝むるユウラの姿を見た少女は、防弾仕様の窓ガラスを両の手でバンバンと叩きながら起こし始める。
「いい加減に起きろー!!」
大きく揺れるスリープカプセル。亀裂が入りそうな音を立てる窓ガラス。疲労困憊していたユウラも、さすがに目が覚め、開閉ボタンを押してスリープカプセルから這い出した。
「んー……」
寝ぼけながら、背伸びをしつつ軽く周囲を見渡す。次いで、正面に仁王立ちしている少女を見つめ、状況を把握。
「おはよう、ルカ」
笑顔で挨拶をしたユウラに対して、膨れっ面で睨みつけるルカは本当の妹ではない。
決意を新たにしたあの日、ユウラは母親の遺品を整理しようと工房兼自宅の地下室へ荷物を運び入れようとしたとき、鉄の箱に横たわるルカを見つけた。
箱には《Alice No,001 Ruka》と記されており、母親が自分にもしものことがあったときのために、用意してくれていたものだと気づいた。
人々の生活をより豊かに快適に過ごすために、大手ソフトウェア会社が生み出した感情を持つ人工知能搭載の高性能アンドロイドである《Alice》は家族や恋人のような存在でもあり、かつての流通していたスマートフォンのように、誰もが所有する精密機械。
初めて手にする《Alice》を起動させた際、ルカがユウラを見て発した最初の言葉が、「お兄ちゃん」だった。
一人っ子だったユウラを気遣って母親がそういう設定をしたのか定かではないが、その日からルカはユウラの妹として生活を共にしている。
しかし、この2年間で怒り心頭しているルカを見たことはなかった。
「ねえ、今何時だと思う? AM10:41だよ? 今日が何の日だか覚えてないの?」
「えっと、今日って何日だっけ?」
「8月31日ですけど?」
「……ごめん、何かあったっけ?」
「お兄ちゃんが毎日忙しそうにしてるのは知っているし、大変なのは分かっていますとも。でも、今日という大事な日を忘れるなんて最低。もーっと最低なのは、ルカが髪を染めたのに気づいていないこと!」
「ご、ごめんなさい」
あまりにも人間らしい感情表現に、少し戸惑うユウラ。
起動した当初、元々のAliceの設計プログラム通りに、喜怒哀楽の中でも、人に癒しと安心感を与えるための感情《喜び》と《楽しみ》の表現をするだけで今より機械的な要素が多かった。
2年という歳月の中で、怒りや哀しみの感情を学習し向上させているとはいえ、これはもう普通の女の子と認識せざるを得ないだろう。
ユウラが、そう考えてしまうほどにルカの感情表現はとても豊かだった。
「髪の毛、緑色に染めたんだね。似合ってるよ」
「似合ってるのは知ってますー! 正確にはミントグリーン色なんですけどね! せっかく今日のために張り切って染めたのに、お兄ちゃんが起きるの遅いから間に合わないかもしれないじゃん!」
あくまでも、今日が何の日であるかユウラに気づいて欲しいルカは、膨れっ面をそのままに腕を組んで、外方を向く。
「間に合わないって……。あ、今日ってあれか、未來ミナのイベントがある日だったか」
「そうですー! やっと思い出したんだね!」
「悪い。今日はルカの晴れ舞台でもあるし、遅れたらマズいな。開演って12時からだっけ?」
「準備もあるから開演30分前には会場入りしてくださいって、スタッフの人から連絡来てたから、あと30分しかないよ」
「30分か。ここから最短ルートでどれくらい掛かる?」
「……最短ルート検索完了。混み具合も考慮して23分44秒だよ!」
「さすがルカ、検索が早いな。他のAliceよりも高性能なんじゃないか?」
「ふ、普通だよ! 他の子たちだってこれくらいならすぐ出来るから! それより間に合う?」
「任せろ。今日のために、とっておきも準備してるからな」
「とっておき? 何か良いもの?」
「下に行けば分かるよ」
普通の女の子であれば、ドン引きされかねないものだが、Aliceであるルカは大いに喜んでくれるはずだと、ルカの手を引き一階にある工房へと駆け下りる。
工房には、金槌や鋸をはじめとする、昔ながらの伝統工具や最新モデルの機材など、クラフト業には欠かせないものが完備されている。
最新機器を含めると総額は数億円にもなるのだが、ユウラのクラフト技術を高く評価した企業が先行投資としてユウラに与えたもの。そのほかにも、ユウラは自衛隊の軍事組織にクラフト技術を提供しているため、国からも手厚い援助を受けている。
そんな至れり尽くせりの工房に、小気味好いリズムの金属音が鳴り響く。
慣れた手つきで、ルカの部品を交換し、身なりも綺麗に整えていくと、ツインテールの髪型にセーラー服という伝説のボーカロイド《未來ミナ》のような姿に変身完了。
さらに、声帯も自作のボーカロイド用声帯装置でボカロ風に改造を施している。
「凄イ、凄イ! セイラダ! ヤッパリ、オ兄チャンハ天才クラフターダネ!」
全身鏡に映る自分の姿に、ルカは大喜びで飛び跳ねながらユウラを絶賛した。
「だろう?」
完璧なボーカロイドを再現、これぞ匠の技。
ユウラは我ながら最高の出来だと、今朝の失態はなかったことのように、満足気な顔で自身の技術に心酔していた。
兄としての威厳も取り戻し、次が最後の一押し。この日のために、プレゼントを注文していたユウラは、
「実は、ルカにプレゼントがあるんだ」
と、転送装置を指差した。
「プレゼント!? ウレシ……イ。ッテ、ドコニアルノ?」
「あれ?」
配達方法が乗り物から転送装置に移行してから、配達日時を指定すれば、1秒の遅れもなく転送されてくるようになったのだが、転送装置の中には塵一つない。
「オ兄チャン……。ドウイウコトナノカナ? 嘘ヲツイタノ?」
せっかく機嫌が良くなったのに、天使のような笑顔は消え失せてしまった。
「お、おかしいな……。確かに予約していたはずなんだけど」
ユウラの考えでは、可愛い妹から「お兄ちゃん、ありがとう! 大好きっ!」と、抱きつかれて美味しい思いをするはずだった。
このままでは、ルカの機嫌がまた悪くなってしまう。
凍りついたユウラの思考に関係なく、時間は刻一刻と進んでいく。
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