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第1部:城塞都市の翳り
第5章:洞門
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夜空を閃光が切り裂き砂地の上に無数の影を焼き付けた。
コボルトやオークなどの大群の急襲だった。倍する数の素早く夜目がきく敵に、若く経験不足の戦士たちは押されていた。形勢不利と見て取ったケレスの指示で魔術師たちが放った目くらましにより戦士たちは辛くも窮地を逃れ、中には敵に反撃できた者もいたが、誰もが数に勝る敵襲に手傷を負っていた。
「落ち着け! 深追いするな!」正面のオークを斬り倒しながらボルドフが叫んだ。すでに十頭以上の亜人を倒していたが、魔物の数は多く勢いは全く減じなかった。乱戦が続けば犠牲が出る、左のコボルトの胴を薙ぎ右のオークの頭を割りつつ巨躯の戦士は焦ったが、引きつけた敵が多すぎて囲みは容易に破れなかった。恩義あったダンカンの最期が一瞬脳裏をかすめた。
その時再び閃光がほとばしり、ついに砂地全体が真昼とまがう光に満たされた。援護の魔術師たちがいっせいに明かりの呪文を唱えたのだ。目つぶしや敵を眠らせるのがやっとの術者たちを、だがケレスは一糸乱れぬ統率により自在に駆使していた。彼らは乱戦に巻き込まれぬよう距離を置きつつも味方の背後、敵の正面へと常に回り込み、それぞれがペアとなる戦士の戦いぶりを注視しつつ敵を牽制していた。そんな仲間たちにケレスは絶好のタイミングで指示を出したのだ。敵が浮き足立ち洞窟へ逃げ込むものも出始めた隙に、戦士たちはなんとか陣形を立て直した。
「深追いするな、追い返せ!」ボルドフもついに囲みを破り、脅えた亜人たちを蹴散らした。若者たちは気勢をあげ、魔物たちは総崩れとなり敗走した。戦士たちは陣形を組んだまま亜人たちを洞窟へ追い込んだ。
だがボルドフが若者たちに近づき引き上げを指示しかけたその瞬間、咆哮とともに洞窟から黒い影が躍り出た。
大柄な獅子とも見まがう怪物だった。いや、胴体は獅子そのものだった。だが、その背には分厚い皮におおわれた翼をもち、尾の先には毒々しい汁に濡れた太い刺があった。にもかかわらず、その顔は人間に似ていた。その口が大きく裂けると二列に並んだ牙がむき出された。悪夢のような怪物は再び吠え、乱れる木霊が山肌と三方の石壁を揺るがせた。
「マンティコアだ、下がれ!」ボルドフは怒鳴った。だが魔獣は若者たちの只中に踊り込んだ!
たちまち一人が喉笛を噛み裂かれ、二人が翼でなぎ倒され鋭い爪で引き裂かれた。仲間を助けようと斬りつけた若者の脇腹を毒針がえぐった。
ボルドフは浮き足立つ戦士たちをかき分けて魔獣に対峙した。血まみれの牙をむき出し威嚇する怪物に、ボルドフは盾を掲げて間合いをとった。
しばし両者は睨みあった。
怪物の油断なさにボルドフはあえて盾をわずかに下げて右脇に隙を作り攻撃を誘った。跳躍した魔獣の脇腹への突撃を巨躯の戦士は盾でいなしつつ剣を大きく左に振るった。頭を襲った猛毒の尾が斬り飛ばされた。
おぞましいほど人間に似た声でマンティコアはわめき、手負いの魔獣は捨て身の体当たりにでたが、ボルドフは突進する怪物の顔面に全体重を乗せた剛剣を振り下ろした。巨大な一撃が醜悪な人面から分厚い胴の前半分までざっくり断ち割った。
戦士たちは魔獣に駆け寄り、まだ痙攣している骸に次々と剣を突き立てた。だがボルドフは見て取っていた。そんな若者たちの隠しようもない怯えを、そしてケレスを中心に立ち尽くす魔術師たちの受けた衝撃を。やっと見習いの域を脱しつつあった彼らは夜番を担当できるまでになったこの班の戦士たちと訓練を重ね、徹底的に連携を強化してきた。だからこそ二倍もの亜人たちの夜襲にも持ちこたえることができたのだ。それら全てをただ一頭の魔獣は一瞬にして打ち砕いた。四人もの戦士の死はアルデガンにとってもちろん大きな打撃だが、生き延びた者たちの受けた衝撃もそれを何倍にも増幅しかねぬものだった。覆せぬ劣勢に悲壮な思いで抗いながら血の滲む努力で築き上げてきたものが、ただの一撃で崩れ去ったのだから。
しかも事態は、若者たちが知るすべもない恐るべき事柄さえも暗示していた。異形としか呼び得ぬ姿に恐るべき破壊力を秘めたこの魔獣は、ボルドフにだけは未知の存在ではなかった。かつてまだ洞窟への討伐が行われていた時代、中層付近で何度も戦った相手だった。尊師アールダの結界は人間とかけ離れた力を持つ魔物であるほど強く作用するため、数で押すだけの亜人たちが最も浅い層に出現し地上まで侵攻してくる一方、より深い層の強力で危険な怪物たちは本来ここまで上がってこれぬはずなのだ!
「俺は報告にゆかねばならん。詰め所に待機中の全ての班を呼び出せ。俺が戻るまで総員で守りを固めろ!」
馬に飛び乗り闇を駆ける戦士隊長の行く手から幼子たちの不安げな祈りが聞こえてきた。やがて寄宿舎が、その後ろにそびえる寺院が視界の中に黒々と浮かび上がってきた。
コボルトやオークなどの大群の急襲だった。倍する数の素早く夜目がきく敵に、若く経験不足の戦士たちは押されていた。形勢不利と見て取ったケレスの指示で魔術師たちが放った目くらましにより戦士たちは辛くも窮地を逃れ、中には敵に反撃できた者もいたが、誰もが数に勝る敵襲に手傷を負っていた。
「落ち着け! 深追いするな!」正面のオークを斬り倒しながらボルドフが叫んだ。すでに十頭以上の亜人を倒していたが、魔物の数は多く勢いは全く減じなかった。乱戦が続けば犠牲が出る、左のコボルトの胴を薙ぎ右のオークの頭を割りつつ巨躯の戦士は焦ったが、引きつけた敵が多すぎて囲みは容易に破れなかった。恩義あったダンカンの最期が一瞬脳裏をかすめた。
その時再び閃光がほとばしり、ついに砂地全体が真昼とまがう光に満たされた。援護の魔術師たちがいっせいに明かりの呪文を唱えたのだ。目つぶしや敵を眠らせるのがやっとの術者たちを、だがケレスは一糸乱れぬ統率により自在に駆使していた。彼らは乱戦に巻き込まれぬよう距離を置きつつも味方の背後、敵の正面へと常に回り込み、それぞれがペアとなる戦士の戦いぶりを注視しつつ敵を牽制していた。そんな仲間たちにケレスは絶好のタイミングで指示を出したのだ。敵が浮き足立ち洞窟へ逃げ込むものも出始めた隙に、戦士たちはなんとか陣形を立て直した。
「深追いするな、追い返せ!」ボルドフもついに囲みを破り、脅えた亜人たちを蹴散らした。若者たちは気勢をあげ、魔物たちは総崩れとなり敗走した。戦士たちは陣形を組んだまま亜人たちを洞窟へ追い込んだ。
だがボルドフが若者たちに近づき引き上げを指示しかけたその瞬間、咆哮とともに洞窟から黒い影が躍り出た。
大柄な獅子とも見まがう怪物だった。いや、胴体は獅子そのものだった。だが、その背には分厚い皮におおわれた翼をもち、尾の先には毒々しい汁に濡れた太い刺があった。にもかかわらず、その顔は人間に似ていた。その口が大きく裂けると二列に並んだ牙がむき出された。悪夢のような怪物は再び吠え、乱れる木霊が山肌と三方の石壁を揺るがせた。
「マンティコアだ、下がれ!」ボルドフは怒鳴った。だが魔獣は若者たちの只中に踊り込んだ!
たちまち一人が喉笛を噛み裂かれ、二人が翼でなぎ倒され鋭い爪で引き裂かれた。仲間を助けようと斬りつけた若者の脇腹を毒針がえぐった。
ボルドフは浮き足立つ戦士たちをかき分けて魔獣に対峙した。血まみれの牙をむき出し威嚇する怪物に、ボルドフは盾を掲げて間合いをとった。
しばし両者は睨みあった。
怪物の油断なさにボルドフはあえて盾をわずかに下げて右脇に隙を作り攻撃を誘った。跳躍した魔獣の脇腹への突撃を巨躯の戦士は盾でいなしつつ剣を大きく左に振るった。頭を襲った猛毒の尾が斬り飛ばされた。
おぞましいほど人間に似た声でマンティコアはわめき、手負いの魔獣は捨て身の体当たりにでたが、ボルドフは突進する怪物の顔面に全体重を乗せた剛剣を振り下ろした。巨大な一撃が醜悪な人面から分厚い胴の前半分までざっくり断ち割った。
戦士たちは魔獣に駆け寄り、まだ痙攣している骸に次々と剣を突き立てた。だがボルドフは見て取っていた。そんな若者たちの隠しようもない怯えを、そしてケレスを中心に立ち尽くす魔術師たちの受けた衝撃を。やっと見習いの域を脱しつつあった彼らは夜番を担当できるまでになったこの班の戦士たちと訓練を重ね、徹底的に連携を強化してきた。だからこそ二倍もの亜人たちの夜襲にも持ちこたえることができたのだ。それら全てをただ一頭の魔獣は一瞬にして打ち砕いた。四人もの戦士の死はアルデガンにとってもちろん大きな打撃だが、生き延びた者たちの受けた衝撃もそれを何倍にも増幅しかねぬものだった。覆せぬ劣勢に悲壮な思いで抗いながら血の滲む努力で築き上げてきたものが、ただの一撃で崩れ去ったのだから。
しかも事態は、若者たちが知るすべもない恐るべき事柄さえも暗示していた。異形としか呼び得ぬ姿に恐るべき破壊力を秘めたこの魔獣は、ボルドフにだけは未知の存在ではなかった。かつてまだ洞窟への討伐が行われていた時代、中層付近で何度も戦った相手だった。尊師アールダの結界は人間とかけ離れた力を持つ魔物であるほど強く作用するため、数で押すだけの亜人たちが最も浅い層に出現し地上まで侵攻してくる一方、より深い層の強力で危険な怪物たちは本来ここまで上がってこれぬはずなのだ!
「俺は報告にゆかねばならん。詰め所に待機中の全ての班を呼び出せ。俺が戻るまで総員で守りを固めろ!」
馬に飛び乗り闇を駆ける戦士隊長の行く手から幼子たちの不安げな祈りが聞こえてきた。やがて寄宿舎が、その後ろにそびえる寺院が視界の中に黒々と浮かび上がってきた。
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