上 下
5 / 34
第1部:城塞都市の翳り

第5章:洞門

しおりを挟む
 夜空を閃光が切り裂き砂地の上に無数の影を焼き付けた。

 コボルトやオークなどの大群の急襲だった。倍する数の素早く夜目がきく敵に、若く経験不足の戦士たちは押されていた。形勢不利と見て取ったケレスの指示で魔術師たちが放った目くらましにより戦士たちは辛くも窮地を逃れ、中には敵に反撃できた者もいたが、誰もが数に勝る敵襲に手傷を負っていた。
「落ち着け! 深追いするな!」正面のオークを斬り倒しながらボルドフが叫んだ。すでに十頭以上の亜人を倒していたが、魔物の数は多く勢いは全く減じなかった。乱戦が続けば犠牲が出る、左のコボルトの胴を薙ぎ右のオークの頭を割りつつ巨躯の戦士は焦ったが、引きつけた敵が多すぎて囲みは容易に破れなかった。恩義あったダンカンの最期が一瞬脳裏をかすめた。
 その時再び閃光がほとばしり、ついに砂地全体が真昼とまがう光に満たされた。援護の魔術師たちがいっせいに明かりの呪文を唱えたのだ。目つぶしや敵を眠らせるのがやっとの術者たちを、だがケレスは一糸乱れぬ統率により自在に駆使していた。彼らは乱戦に巻き込まれぬよう距離を置きつつも味方の背後、敵の正面へと常に回り込み、それぞれがペアとなる戦士の戦いぶりを注視しつつ敵を牽制していた。そんな仲間たちにケレスは絶好のタイミングで指示を出したのだ。敵が浮き足立ち洞窟へ逃げ込むものも出始めた隙に、戦士たちはなんとか陣形を立て直した。
「深追いするな、追い返せ!」ボルドフもついに囲みを破り、脅えた亜人たちを蹴散らした。若者たちは気勢をあげ、魔物たちは総崩れとなり敗走した。戦士たちは陣形を組んだまま亜人たちを洞窟へ追い込んだ。
 だがボルドフが若者たちに近づき引き上げを指示しかけたその瞬間、咆哮とともに洞窟から黒い影が躍り出た。

 大柄な獅子とも見まがう怪物だった。いや、胴体は獅子そのものだった。だが、その背には分厚い皮におおわれた翼をもち、尾の先には毒々しい汁に濡れた太い刺があった。にもかかわらず、その顔は人間に似ていた。その口が大きく裂けると二列に並んだ牙がむき出された。悪夢のような怪物は再び吠え、乱れる木霊が山肌と三方の石壁を揺るがせた。
「マンティコアだ、下がれ!」ボルドフは怒鳴った。だが魔獣は若者たちの只中に踊り込んだ!
 たちまち一人が喉笛を噛み裂かれ、二人が翼でなぎ倒され鋭い爪で引き裂かれた。仲間を助けようと斬りつけた若者の脇腹を毒針がえぐった。
 ボルドフは浮き足立つ戦士たちをかき分けて魔獣に対峙した。血まみれの牙をむき出し威嚇する怪物に、ボルドフは盾を掲げて間合いをとった。
 しばし両者は睨みあった。
 怪物の油断なさにボルドフはあえて盾をわずかに下げて右脇に隙を作り攻撃を誘った。跳躍した魔獣の脇腹への突撃を巨躯の戦士は盾でいなしつつ剣を大きく左に振るった。頭を襲った猛毒の尾が斬り飛ばされた。
 おぞましいほど人間に似た声でマンティコアはわめき、手負いの魔獣は捨て身の体当たりにでたが、ボルドフは突進する怪物の顔面に全体重を乗せた剛剣を振り下ろした。巨大な一撃が醜悪な人面から分厚い胴の前半分までざっくり断ち割った。

 戦士たちは魔獣に駆け寄り、まだ痙攣している骸に次々と剣を突き立てた。だがボルドフは見て取っていた。そんな若者たちの隠しようもない怯えを、そしてケレスを中心に立ち尽くす魔術師たちの受けた衝撃を。やっと見習いの域を脱しつつあった彼らは夜番を担当できるまでになったこの班の戦士たちと訓練を重ね、徹底的に連携を強化してきた。だからこそ二倍もの亜人たちの夜襲にも持ちこたえることができたのだ。それら全てをただ一頭の魔獣は一瞬にして打ち砕いた。四人もの戦士の死はアルデガンにとってもちろん大きな打撃だが、生き延びた者たちの受けた衝撃もそれを何倍にも増幅しかねぬものだった。覆せぬ劣勢に悲壮な思いで抗いながら血の滲む努力で築き上げてきたものが、ただの一撃で崩れ去ったのだから。
 しかも事態は、若者たちが知るすべもない恐るべき事柄さえも暗示していた。異形としか呼び得ぬ姿に恐るべき破壊力を秘めたこの魔獣は、ボルドフにだけは未知の存在ではなかった。かつてまだ洞窟への討伐が行われていた時代、中層付近で何度も戦った相手だった。尊師アールダの結界は人間とかけ離れた力を持つ魔物であるほど強く作用するため、数で押すだけの亜人たちが最も浅い層に出現し地上まで侵攻してくる一方、より深い層の強力で危険な怪物たちは本来ここまで上がってこれぬはずなのだ!

「俺は報告にゆかねばならん。詰め所に待機中の全ての班を呼び出せ。俺が戻るまで総員で守りを固めろ!」
 馬に飛び乗り闇を駆ける戦士隊長の行く手から幼子たちの不安げな祈りが聞こえてきた。やがて寄宿舎が、その後ろにそびえる寺院が視界の中に黒々と浮かび上がってきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...