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排卵ガチャ
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「今日もまた当たらなかったな…。」
海鈴(みすず)は目当てのキャラクターが入っているガチャポンの台をうつろな眼差しで見つめながら、ため息を吐いていました。
彼女のお気に入りのキャラクターは、お母さんと離れ離れで暮らしている設定の「ゆきのこ」という名前の雪のお化けの子どもです。全体的に綿雪のようにふわふわで白く、丸いフォルムの頭に、きのこのかさのような帽子をかぶっています。もう4年もガチャポンを続けていましたが、一度もゆきのこが当たったことはありませんでした。
「やった、ゆきのこが当たった。」
海鈴の次に同じガチャポンを回した男の子はあっさりゆきのこをゲットしていました。ゆきのこは子どもたちに人気のキャラクターでした。海鈴はゆきのこを抱えながらはしゃいでいる男の子を、まるで子どものように指をくわえて眺めていました。
「いいなぁ…。」
男の子は笑顔で彼女の側を風のように駆けて通り過ぎて行きました。
海鈴には流産した過去がありました。ちゃんと産んであげられなかった自分の子どもの代わりに、彼女はゆきのこのお母さんになりたいと真剣に願うようになっていたのです。
ゆきのこのお母さんは雪女のように色白で、肌は氷のように冷たく、長い髪が特徴的で心だけは温かくやさしいという設定のキャラクターです。海鈴はゆきのこを意識するようになって以来、いつの間にか、まるでゆきのこのお母さんにそっくりな容姿になっていました。髪は伸び、桜色だった頬は雪のように白くなり、夏でも体温は低めの日が続いていました。本当にゆきのこのお母さんになりたかったのかもしれません。
海鈴は、目当てのキャラが出るまで毎日むやみやたらに挑戦するのではなく、ガチャポンを回すのは1ヶ月のうちたった一回と決めていました。それは自分の排卵日だろうと予測できる日です。
1ヶ月に一度限りの排卵日には、通常たった一つの卵子しか排出されません。一つの卵子が排出されるまでに約千個の卵子が消えてしまうとも言われています。つまり卵巣から排出される貴重な卵子はガチャポンのカプセルのようだと海鈴は思っていたのです。だからどんなにほしいキャラが入っていても、自分の排卵と同じように、ガチャポンは月に一度しか挑戦しないと決めていました。
海鈴はもう40歳を過ぎていました。生理周期が乱れるようになり、高温期もほとんどなく、そもそも排卵しているのかさえ、どうか怪しい年齢に差し掛かっていました。
パートナーとはとっくに別れてしまいました。30代後半で初めて妊娠し、ようやく授かった子を流産したことがきっかけで、一緒にいると子どものことを思い出してつらいから、別れてほしいと彼女の方から切り出した別れでした。つまりもはや海鈴は妊娠できる状況でもなくなっていたのです。
卵子は胎児の頃、もっとも数が多く、増えることはありません。生まれて生理が始まる頃には三分の一にまで減少していると言われています。生理の度に使われることなく無駄になってしまったように感じる卵子が捨てられ、海鈴は虚しさを覚えるようになっていました。自分の卵巣にあとどれくらい卵子が残っているのか気になり始めた頃、彼女は「?」マークのラベルが張られているシークレットガチャポンの台を見つけました。残り少ない様々な種類のカプセルの寄せ集めで、いつも以上に中身は何が出るか分からないという仕組みのガチャポンでした。
すぐ隣には海鈴が大好きなゆきのこが出るかもしれない真新しいガチャポンの台も置かれていました。でもなぜかその日は、ゆきのこが入っているガチャポンには目もくれず、彼女はシークレットガチャポンを試してみることにしたのです。
300円入れて、回してみると、真っ白なカプセルが当たり、中にはおみくじのような紙きれと1粒のキャンディが入っていました。
「おめでとうございます。大当たりです。このキャンディを舐めながら、願い事をすればその願いはきっと叶うでしょう。ただし疑心暗鬼のまま願っても、成就しません。願い事を叶えたければ、信心深くキャンディを舐め、祈りましょう。信じる者は救われます。」
そんな怪しい文言と共に、ミルクキャンディのような白い飴が1粒、オーロラのように光加減で見え方が変わる紙に包まれていました。
そもそもキャンディが出るガチャポンなんて珍しく、それを口にすることに抵抗も感じましたが、海鈴には叶えたい願いがありました。お母さんになりたいという願いです。流産してしまった子の父親とはすでに別れましたし、新しいパートナーもいない彼女にはもう妊娠するチャンスなんてほぼ残っていませんでした。だからせめてゆきのこというキャラクターのお母さんになりたいと子ども染みた夢を見て、母親になり損ねた自分の気を紛らわしていたのです。そんなことを本気で考えていた海鈴ですから、藁にもすがる思いで、紙に書かれていた言葉を信じてみることにしました。
「どうかわたしをお母さんにしてください。あの子に会いたいです…。」
海鈴はゆきのこではなく、流産し、姿を見ることも、触れることもできなかった自分の子どもを思い浮かべながら、オーロラ色の紙に包まれていたキャンディを口に含むとゆっくり舐め始めました。甘いミルク味ではなく、ほろ苦くてすっぱいグレープフルーツのような味でした。
「こんなガチャを信じようとするわたしはどうかしてるわね。」
キャンディを舐め終えた海鈴は、包み紙とおみくじのような紙を白いカプセルの中に戻し、かばんの中にしまいながら、少し寂しそうに自嘲しました。
3週間後…。なかなか生理が来なくて、珍しく体温が高い日が続いていました。とうとう閉経してしまったのではないかと悲しくなりましたが、なぜか無性にグレープフルーツジュースを飲みたくなったのです。なんだか胸も少し張っている気がします。これは妊娠した時によく似ている状況だと思いました。でももう何年も誰ともセックスしていない彼女が妊娠するはずはありませんでした。
妊娠しているはずはないのですが、海鈴は思い切って、妊娠検査薬を試してみました。するとすぐに陽性反応が出たのです。
「ウソでしょ…。」
検査薬の小さな窓にくっくり現れた、陽性を示す青い1本の線を彼女はしばらく呆然と見つめていました。そして3週間前のガチャポンを思い出しました。
「願いはきっと叶うでしょう。信じる者は救われます…。」
紙に書かれていた言葉をつぶやきながら、慌ててかばんの中にしまっていたはずのカプセルを探しましたが、なぜかどこにも見つかりませんでした。
そのまま、そのカプセルが当たったガチャポンの台を見に行きましたが、「?」マークのラベルが張られていたガチャポンはどこにも見当たらず、撤去されてしまったようでした。代わりに、ゆきのこが入っているガシャポンの台は増えていました。
信じられないまま、その足で病院に向かいました。そこは初めて妊娠した時にも訪れた病院でした。
「ご懐妊、おめでとう。4年前のエコー写真とよく似た形の胎のうが確認できるよ。そしてほら、赤ちゃんの心拍はちゃんと元気に動いているよ。」
医師からおめでたを告げられ、自分の子宮内で小刻みに動き続ける小さな命が写っているモニターを見つめながら、なぜ妊娠できたのか、理解に苦しむと同時に、また母親になれた感動に襲われていました。
病院からの帰り道、ゆきのこのようなふわふわの綿雪が降ってきました。海鈴はなぜセックスなしで受胎できたのか不思議で仕方ありませんでしたが、それ以上に幸せをかみしめていました。
「ゆきのこさん…ありがとう。あのガチャがこの子を授けてくれたんだよね。」
彼女は今度こそ、自分の中に宿ってくれた命を大切に守って、絶対に産もうと心に決めました。
お母さんになりたいという願いを叶えた海鈴自身がガチャポンをすることは二度とありませんでしたが、無事に生まれ、雪音(ゆきと)と名付けられた彼女の子どもはガチャポンが大好きな男の子に成長していました。
「やった、お母さん、今日はゆきのこが当たったよ。」
ゆきのこを手にし、はしゃぐ雪音をすぐ側で見守る海鈴は幸せそうに微笑んでいました。
海鈴(みすず)は目当てのキャラクターが入っているガチャポンの台をうつろな眼差しで見つめながら、ため息を吐いていました。
彼女のお気に入りのキャラクターは、お母さんと離れ離れで暮らしている設定の「ゆきのこ」という名前の雪のお化けの子どもです。全体的に綿雪のようにふわふわで白く、丸いフォルムの頭に、きのこのかさのような帽子をかぶっています。もう4年もガチャポンを続けていましたが、一度もゆきのこが当たったことはありませんでした。
「やった、ゆきのこが当たった。」
海鈴の次に同じガチャポンを回した男の子はあっさりゆきのこをゲットしていました。ゆきのこは子どもたちに人気のキャラクターでした。海鈴はゆきのこを抱えながらはしゃいでいる男の子を、まるで子どものように指をくわえて眺めていました。
「いいなぁ…。」
男の子は笑顔で彼女の側を風のように駆けて通り過ぎて行きました。
海鈴には流産した過去がありました。ちゃんと産んであげられなかった自分の子どもの代わりに、彼女はゆきのこのお母さんになりたいと真剣に願うようになっていたのです。
ゆきのこのお母さんは雪女のように色白で、肌は氷のように冷たく、長い髪が特徴的で心だけは温かくやさしいという設定のキャラクターです。海鈴はゆきのこを意識するようになって以来、いつの間にか、まるでゆきのこのお母さんにそっくりな容姿になっていました。髪は伸び、桜色だった頬は雪のように白くなり、夏でも体温は低めの日が続いていました。本当にゆきのこのお母さんになりたかったのかもしれません。
海鈴は、目当てのキャラが出るまで毎日むやみやたらに挑戦するのではなく、ガチャポンを回すのは1ヶ月のうちたった一回と決めていました。それは自分の排卵日だろうと予測できる日です。
1ヶ月に一度限りの排卵日には、通常たった一つの卵子しか排出されません。一つの卵子が排出されるまでに約千個の卵子が消えてしまうとも言われています。つまり卵巣から排出される貴重な卵子はガチャポンのカプセルのようだと海鈴は思っていたのです。だからどんなにほしいキャラが入っていても、自分の排卵と同じように、ガチャポンは月に一度しか挑戦しないと決めていました。
海鈴はもう40歳を過ぎていました。生理周期が乱れるようになり、高温期もほとんどなく、そもそも排卵しているのかさえ、どうか怪しい年齢に差し掛かっていました。
パートナーとはとっくに別れてしまいました。30代後半で初めて妊娠し、ようやく授かった子を流産したことがきっかけで、一緒にいると子どものことを思い出してつらいから、別れてほしいと彼女の方から切り出した別れでした。つまりもはや海鈴は妊娠できる状況でもなくなっていたのです。
卵子は胎児の頃、もっとも数が多く、増えることはありません。生まれて生理が始まる頃には三分の一にまで減少していると言われています。生理の度に使われることなく無駄になってしまったように感じる卵子が捨てられ、海鈴は虚しさを覚えるようになっていました。自分の卵巣にあとどれくらい卵子が残っているのか気になり始めた頃、彼女は「?」マークのラベルが張られているシークレットガチャポンの台を見つけました。残り少ない様々な種類のカプセルの寄せ集めで、いつも以上に中身は何が出るか分からないという仕組みのガチャポンでした。
すぐ隣には海鈴が大好きなゆきのこが出るかもしれない真新しいガチャポンの台も置かれていました。でもなぜかその日は、ゆきのこが入っているガチャポンには目もくれず、彼女はシークレットガチャポンを試してみることにしたのです。
300円入れて、回してみると、真っ白なカプセルが当たり、中にはおみくじのような紙きれと1粒のキャンディが入っていました。
「おめでとうございます。大当たりです。このキャンディを舐めながら、願い事をすればその願いはきっと叶うでしょう。ただし疑心暗鬼のまま願っても、成就しません。願い事を叶えたければ、信心深くキャンディを舐め、祈りましょう。信じる者は救われます。」
そんな怪しい文言と共に、ミルクキャンディのような白い飴が1粒、オーロラのように光加減で見え方が変わる紙に包まれていました。
そもそもキャンディが出るガチャポンなんて珍しく、それを口にすることに抵抗も感じましたが、海鈴には叶えたい願いがありました。お母さんになりたいという願いです。流産してしまった子の父親とはすでに別れましたし、新しいパートナーもいない彼女にはもう妊娠するチャンスなんてほぼ残っていませんでした。だからせめてゆきのこというキャラクターのお母さんになりたいと子ども染みた夢を見て、母親になり損ねた自分の気を紛らわしていたのです。そんなことを本気で考えていた海鈴ですから、藁にもすがる思いで、紙に書かれていた言葉を信じてみることにしました。
「どうかわたしをお母さんにしてください。あの子に会いたいです…。」
海鈴はゆきのこではなく、流産し、姿を見ることも、触れることもできなかった自分の子どもを思い浮かべながら、オーロラ色の紙に包まれていたキャンディを口に含むとゆっくり舐め始めました。甘いミルク味ではなく、ほろ苦くてすっぱいグレープフルーツのような味でした。
「こんなガチャを信じようとするわたしはどうかしてるわね。」
キャンディを舐め終えた海鈴は、包み紙とおみくじのような紙を白いカプセルの中に戻し、かばんの中にしまいながら、少し寂しそうに自嘲しました。
3週間後…。なかなか生理が来なくて、珍しく体温が高い日が続いていました。とうとう閉経してしまったのではないかと悲しくなりましたが、なぜか無性にグレープフルーツジュースを飲みたくなったのです。なんだか胸も少し張っている気がします。これは妊娠した時によく似ている状況だと思いました。でももう何年も誰ともセックスしていない彼女が妊娠するはずはありませんでした。
妊娠しているはずはないのですが、海鈴は思い切って、妊娠検査薬を試してみました。するとすぐに陽性反応が出たのです。
「ウソでしょ…。」
検査薬の小さな窓にくっくり現れた、陽性を示す青い1本の線を彼女はしばらく呆然と見つめていました。そして3週間前のガチャポンを思い出しました。
「願いはきっと叶うでしょう。信じる者は救われます…。」
紙に書かれていた言葉をつぶやきながら、慌ててかばんの中にしまっていたはずのカプセルを探しましたが、なぜかどこにも見つかりませんでした。
そのまま、そのカプセルが当たったガチャポンの台を見に行きましたが、「?」マークのラベルが張られていたガチャポンはどこにも見当たらず、撤去されてしまったようでした。代わりに、ゆきのこが入っているガシャポンの台は増えていました。
信じられないまま、その足で病院に向かいました。そこは初めて妊娠した時にも訪れた病院でした。
「ご懐妊、おめでとう。4年前のエコー写真とよく似た形の胎のうが確認できるよ。そしてほら、赤ちゃんの心拍はちゃんと元気に動いているよ。」
医師からおめでたを告げられ、自分の子宮内で小刻みに動き続ける小さな命が写っているモニターを見つめながら、なぜ妊娠できたのか、理解に苦しむと同時に、また母親になれた感動に襲われていました。
病院からの帰り道、ゆきのこのようなふわふわの綿雪が降ってきました。海鈴はなぜセックスなしで受胎できたのか不思議で仕方ありませんでしたが、それ以上に幸せをかみしめていました。
「ゆきのこさん…ありがとう。あのガチャがこの子を授けてくれたんだよね。」
彼女は今度こそ、自分の中に宿ってくれた命を大切に守って、絶対に産もうと心に決めました。
お母さんになりたいという願いを叶えた海鈴自身がガチャポンをすることは二度とありませんでしたが、無事に生まれ、雪音(ゆきと)と名付けられた彼女の子どもはガチャポンが大好きな男の子に成長していました。
「やった、お母さん、今日はゆきのこが当たったよ。」
ゆきのこを手にし、はしゃぐ雪音をすぐ側で見守る海鈴は幸せそうに微笑んでいました。
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