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聖女と魔法使い【2】
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レネリウス・ザラを邪魔に思う城の人間はたくさんいた。才能ある一匹狼の魔法使いなんて、彼らにとって目の上のたん瘤でしかない。彼は優秀な魔法使いだったが、政治的才能はてんで駄目だったようだ。
こうして、協力者たちの働きのおかげで、あることないこと吹き込まれた国王は、レネリウス・ザラを断罪し、追放した。ただし国外に逃げえることは許さなかった。そんなことされたら、アステリアへの魔力共有が絶たれてしまうからだ。
首の後ろに施した逆さの祝印が、レネリウスが魔力の器であるという証だった。
「あやつがどこにいても監視できるよう、身体の一部を奪いましょう。魔力を宿す部位……目玉が良いでしょうな」
レネリウスの両目を抉って金庫の中に保管した。
「これでアステリア様が祈る度、祝印を通して、魔力がレネリウスから共有されます。いずれレネリウスの魔力が尽きるとしても、あやつは長命な魔法使いですから、相当長くもつはずです」
効果はてきめんだった。それまで、祈りの度に感じていた倦怠感や頭痛、熱っぽさ……そんなものが全くなくなったのだ。これがすべてレネリウスによって肩代わりされていると思えば、なおさら愉快だった。
何もかもが上手くいった。レネリウスの監視は続けていたが、彼は王都から外れた沼地の森に引っ込み孤独に暮らしているという。宮殿でちやほやされていた生活から一転、何とも侘しい暮らしっぷりだ。
アステリアの聖女としての名声はますます高まっていった。それに従い、レネリウスに関する記憶も薄れていく。
このまま何事もなく、王妃になる日を待つばかり。
そんな時、王都から離れた遠い農村で、不作の知らせがあった。
それだけでもおかしいが、今度は原因のはっきりしない奇病が流行りだした。
そして極めつけに、国壁の近くに魔獣が出た。
すぐにアルバを呼び寄せた。アルバは苦々しい顔つきで「レネリウスの魔力が思いのほか目減りしている」と言った。
「なぜそんなことが?」
「分かりません。こんなことは滅多にないのですが……最近、あやつの周りで何か変わったことはございましたか」
アステリアは記憶を辿ってみたが、それらしい変化は思い当たらなかった。
「数年前に奴隷を買っているみたいだけれど、それが関係しているのかしら」
「それはないでしょう。たかが奴隷ひとり傍に置いたとて、魔力をそこなうなどあのレネリウス・ザラに限ってありえません」
「どうしたらいいの?このままだと国民が怪しむわ。すでに何通か、城に訴状も届いているみたいなの」
「……何らかの弊害でレネリウスの魔力が減っているのなら、原因を絶つことです。身体をめぐる魔力は、常に体内で精製され循環しています。だからこそ聖女様の代わりに魔力を肩代わりさせることもできる。それが別の場所に流れているなら、いっそ出来ないよう、意識を奪ってしまえばよいのです」
「意識を奪う?」
「魔力を供給するただの器として、身体のみ生かすのです。余計なことがなにも出来ないよう、深い眠りの中に封じ込めることが出来れば、聖女様の御心にかなうかと」
「そんなことが出来るの?どうやって」
アルバは心得たように笑みを浮かべた。
「しばしお時間を頂ければ必ず、未来のお妃さまにご満足いただけるよう、手を尽くしてまいります」
◇
過去の記憶に浸りながら、アステリアは侍女から受け取った紅茶を一口飲み……カップを逆さにして中身を芝生の上に捨てた。
「まずいわ」
「もっ、申し訳ございません」
新入りの侍女はあたふたと頭を下げ、後ろに控えた他の侍女たちはそれを冷ややかに見つめていた。
どういう訳か、いくら高級な茶葉で正しく紅茶を淹れても、アステリアは不味いと言って怒るので、お茶の用意は新入りに押し付けられるのが慣習になっていた。
「アステリア様。アルバ様がお目通りを願っておりますが、いかがいたしましょう」
「通しなさい」
「遅かったわね」
「申し訳ございません。聖女様にご満足いただけるものを調達するのに手間取りまして」
アステリアが先を促すと、アルバは小さな木箱を取り出し、蓋を開けた。中には白い綿の上に置かれた親指の爪ほどの大きさのー。
「種?」
「さようです」
触れようとしたところを、アルバがさっと箱を遠ざけた。
「お気を付けください。体内に根を張り、宿主を深い眠りの牢獄に閉じ込める魔法の種にございます。禁術ゆえ、入手に苦労しました」
「これをレネリウスに送りつけてやればいいのね」
「ただ相手に送るだけではいけません。発動には条件があるのです。種の養分は魔力と、もう一つ、宿主の深い絶望です」
アルバはゆっくりと説明した。
「魔王使いは生来、心を鎧で覆う術を心得ております。レネリウス・ザラはとくに、あの者は他人の魂を知覚する能力を備えた一族に生まれついていますゆえ、人心に惑わされぬよう、訓練を受けているはず。しかし、誰しも未熟な時代はあります。心を閉ざす前の最も忌まわしい過去を呼び起こして突き付けてやるのが、魔法使いにとって一番の致命傷です」
「それを養分にして種が根を下ろすのね?……でも、だめよ。思いつかない。レネリウス・ザラ……あの高慢でプライドの高い男にそんな過去があると思う?自分以外の人間を全部見下してるような奴なのよ」
「ひとつ、私めに考えがございます……王妃様は、あやつが髪を切った理由をご存じですか?」」
アステリアは興奮気味にアルバの腕を掴んだ。もう時間がない。レネリウスの魔力の嵩が減った影響で、恵みの雨が制御できなくなってきている。冬までに、何とかして聖女の信頼を回復しなくては……!
「貴方を信用してるわ。絶対に成功させて。私が妃になったら、王に頼んで、あなたを最高位の魔法使いに列席させると約束するわ」
アルバを目を眇めて、大きく頷いた。
「必ずや、王妃様」
こうして、協力者たちの働きのおかげで、あることないこと吹き込まれた国王は、レネリウス・ザラを断罪し、追放した。ただし国外に逃げえることは許さなかった。そんなことされたら、アステリアへの魔力共有が絶たれてしまうからだ。
首の後ろに施した逆さの祝印が、レネリウスが魔力の器であるという証だった。
「あやつがどこにいても監視できるよう、身体の一部を奪いましょう。魔力を宿す部位……目玉が良いでしょうな」
レネリウスの両目を抉って金庫の中に保管した。
「これでアステリア様が祈る度、祝印を通して、魔力がレネリウスから共有されます。いずれレネリウスの魔力が尽きるとしても、あやつは長命な魔法使いですから、相当長くもつはずです」
効果はてきめんだった。それまで、祈りの度に感じていた倦怠感や頭痛、熱っぽさ……そんなものが全くなくなったのだ。これがすべてレネリウスによって肩代わりされていると思えば、なおさら愉快だった。
何もかもが上手くいった。レネリウスの監視は続けていたが、彼は王都から外れた沼地の森に引っ込み孤独に暮らしているという。宮殿でちやほやされていた生活から一転、何とも侘しい暮らしっぷりだ。
アステリアの聖女としての名声はますます高まっていった。それに従い、レネリウスに関する記憶も薄れていく。
このまま何事もなく、王妃になる日を待つばかり。
そんな時、王都から離れた遠い農村で、不作の知らせがあった。
それだけでもおかしいが、今度は原因のはっきりしない奇病が流行りだした。
そして極めつけに、国壁の近くに魔獣が出た。
すぐにアルバを呼び寄せた。アルバは苦々しい顔つきで「レネリウスの魔力が思いのほか目減りしている」と言った。
「なぜそんなことが?」
「分かりません。こんなことは滅多にないのですが……最近、あやつの周りで何か変わったことはございましたか」
アステリアは記憶を辿ってみたが、それらしい変化は思い当たらなかった。
「数年前に奴隷を買っているみたいだけれど、それが関係しているのかしら」
「それはないでしょう。たかが奴隷ひとり傍に置いたとて、魔力をそこなうなどあのレネリウス・ザラに限ってありえません」
「どうしたらいいの?このままだと国民が怪しむわ。すでに何通か、城に訴状も届いているみたいなの」
「……何らかの弊害でレネリウスの魔力が減っているのなら、原因を絶つことです。身体をめぐる魔力は、常に体内で精製され循環しています。だからこそ聖女様の代わりに魔力を肩代わりさせることもできる。それが別の場所に流れているなら、いっそ出来ないよう、意識を奪ってしまえばよいのです」
「意識を奪う?」
「魔力を供給するただの器として、身体のみ生かすのです。余計なことがなにも出来ないよう、深い眠りの中に封じ込めることが出来れば、聖女様の御心にかなうかと」
「そんなことが出来るの?どうやって」
アルバは心得たように笑みを浮かべた。
「しばしお時間を頂ければ必ず、未来のお妃さまにご満足いただけるよう、手を尽くしてまいります」
◇
過去の記憶に浸りながら、アステリアは侍女から受け取った紅茶を一口飲み……カップを逆さにして中身を芝生の上に捨てた。
「まずいわ」
「もっ、申し訳ございません」
新入りの侍女はあたふたと頭を下げ、後ろに控えた他の侍女たちはそれを冷ややかに見つめていた。
どういう訳か、いくら高級な茶葉で正しく紅茶を淹れても、アステリアは不味いと言って怒るので、お茶の用意は新入りに押し付けられるのが慣習になっていた。
「アステリア様。アルバ様がお目通りを願っておりますが、いかがいたしましょう」
「通しなさい」
「遅かったわね」
「申し訳ございません。聖女様にご満足いただけるものを調達するのに手間取りまして」
アステリアが先を促すと、アルバは小さな木箱を取り出し、蓋を開けた。中には白い綿の上に置かれた親指の爪ほどの大きさのー。
「種?」
「さようです」
触れようとしたところを、アルバがさっと箱を遠ざけた。
「お気を付けください。体内に根を張り、宿主を深い眠りの牢獄に閉じ込める魔法の種にございます。禁術ゆえ、入手に苦労しました」
「これをレネリウスに送りつけてやればいいのね」
「ただ相手に送るだけではいけません。発動には条件があるのです。種の養分は魔力と、もう一つ、宿主の深い絶望です」
アルバはゆっくりと説明した。
「魔王使いは生来、心を鎧で覆う術を心得ております。レネリウス・ザラはとくに、あの者は他人の魂を知覚する能力を備えた一族に生まれついていますゆえ、人心に惑わされぬよう、訓練を受けているはず。しかし、誰しも未熟な時代はあります。心を閉ざす前の最も忌まわしい過去を呼び起こして突き付けてやるのが、魔法使いにとって一番の致命傷です」
「それを養分にして種が根を下ろすのね?……でも、だめよ。思いつかない。レネリウス・ザラ……あの高慢でプライドの高い男にそんな過去があると思う?自分以外の人間を全部見下してるような奴なのよ」
「ひとつ、私めに考えがございます……王妃様は、あやつが髪を切った理由をご存じですか?」」
アステリアは興奮気味にアルバの腕を掴んだ。もう時間がない。レネリウスの魔力の嵩が減った影響で、恵みの雨が制御できなくなってきている。冬までに、何とかして聖女の信頼を回復しなくては……!
「貴方を信用してるわ。絶対に成功させて。私が妃になったら、王に頼んで、あなたを最高位の魔法使いに列席させると約束するわ」
アルバを目を眇めて、大きく頷いた。
「必ずや、王妃様」
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