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嫌われ者の魔法使い【3】

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もし魔法使いの瞼が開いていたなら、それはどんな表情を完成させていたのか。
しかし目が隠されていても、魔法使いの様子が尋常でないことは、毛玉にも分かった。

狩りの時の感覚が蘇える。
自分より大きくて、凶暴で、こちらを殺す気で向かってくるときの獣と向かい合った時の、ひりつく気配だ。

きゅ、と喉が痙攣し、ごわついた毛が逆立った。

ややして、と小さく息を吐くような気配がして、魔法使いから流れ込んでくる冷気が徐々に止んだ。
といっても、それまでに沈殿した霜と冷気で、小屋の中はすっかり冷え込み、獣人たちも檻の隅っこに身を寄せ合って警戒している。

「まあいいでしょう。でしたら、ここにいる獣人たちをすべて、買いあげましょうか」
ゼレニクと毛玉は驚愕にぱっと顔を上げた。
「ぜ、全部?」と、ゼレニクの頭は瞬時に算盤をはじいた。
「ええ、冬に備えて、わたくしの新しい毛皮のコートやひざ掛けを欲しいと思っていたのです。ひい、ふう……12匹もいたら十分、この冬は暖かく過ごせそうです」
「え、ああ、毛皮ですかい、まあそりゃあ」
へつらうゼレニクと、指を口許に当てて思案する魔法使いを交互に見比べていると、毛玉の顔面からは血の気が引いていく。
(毛皮……?全員、毛皮にするって言ったのか?冗談だろ。嘘に決まってる)
パレステアでは、毛皮のための獣人屠殺を禁じている。
死んだらこの限りではないが、生きている内に毛皮のために売買を行うのは禁止されているはず。

(でも、この人は魔法使い……上級貴族と同等の扱いだから、もしかして)

ゼレニクはもはや金に目が眩んでいる。冷や汗が出てきた。
「ま、待ってください!毛皮はっ、お願いです、勘弁してください」
震える声で懇願する毛玉を見下ろして、美しい魔法使いが、そっと頭に手を置いた。
毛玉の蒼白な顔を覗き込むようにして、口角を少しだけ上げる。

「でしたら、お前が来ますか?お前は檻の中のあれらよりは体が大きいし、もう少し肥えたらひざ掛け一枚分にはなりそうです。この汚い色の毛並みも、いっそ他と違っていい味が出るかもしれませんね」

毛玉は呆然と魔法使いの人ならざるような美しい顔を見つめた。
じっと見ていると、ふいに魔法使いがすっと顔をそむけた。

「……どうするのですか。わたくしはどちらでも構いませんよ。毛色の変わったひざ掛け一枚と、十二匹分の毛皮どちらでも」

毛玉は檻の中の同胞を振り返った。彼らは話の内容をどこまでわかっているのか、恐怖を湛えた目で成り行きを見守っている。
レオニールはこの中では、毛玉の次に年長だ。妹のミオと離れ離れになって以来、投げやりになっているが、ここで買われてしまえば妹に再会するか細い望みは完全に絶たれてしまう。

(ただの毛玉とひざ掛けだったら、ひざ掛けの方が上等だな……なにせ魔法使い様のひざ掛けだもんな)

「俺が、行きます」
何とか口にすると、魔法使いは小首をかしげた。返答がない。

毛玉は少し迷ってから「俺の毛皮、を使ってください」と言い直した。
魔法使いは、ほっそりした指先に長い髪の先を絡めている。やはり返事がない。

毛玉は必死に頭を回転させた。焦って舌がもつれそうになる。
「魔法使い様と、一緒に行かせてください」

銀糸のような髪の先をいじる手が止まった。

「そこまでお前が頼むなら、仕方ありませんね。わたくしはどちらでも構わないのですけれど」

魔法使いがそう言ったとき、ゼレニクが「おい!」と毛玉の髪を掴んだ。
痛みに呻いた毛玉をねめつけ怒鳴る。
「おい、12匹分の取引をふいにするってのか!コイツ1匹分の価値なんてゴミ屑程度」

どさっと重い音がして、麻袋が床に落ちた。魔法使いが投げたのだ。麻袋の口から、中に詰まった銀貨の山が覗いている。その中には何枚か金貨も混じっていた。

「そら、お取りなさい。その金で、この汚い毛玉が狩るはずだった肉を買ってくるのです。それで文句はないでしょう」

魔法使いは唖然とするゼレニクに興味がなくなったように毛玉に向き直ると、嫣然と微笑んだ。
「お前は行きますよ。このわたくしのひざ掛けになるのですからね。毛皮にする前に、せめてもう少しきれいにしなくては」
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