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第2部

吐露

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青年アジルの観光案内はひたすら陽気で……正直言って楽しいものだった。
イルファーンの案内が教科書通りとするなら、アジルのそれは現地住民ならではのとっつきやすさで愛する地元を紹介していく。
活気と喧騒、香辛料の匂いにまみれながら、するすると人混みを抜け、路地に入り、階段を上り高台に出ると、迷路のような市街地を一望することができた。
「スオウはカデンルラの景色を地味と思うかもしれないけど、それは外から見た時だけで」
「財産を見せびらかすことを良しとしない国民性なので、外から見える部分は飾らない。ただし家族が暮らす空間は金をかける。金銀宝石、絹織物、家の中に入るとすぐ噴水のある中庭を設けている家が多い。さらに富裕層になると、庭に孔雀を放し飼いする家もあるとか。本当か?」
「……本当だけどさ。俺の楽しみを奪わないで欲しいね。なんでそんなに詳しいのさ」
「べつに。ここに着いたら色々教えてやりたいと思って調べただけで」
アジルは器用に片方の眉を上げた。
「誰に?好きな子?」
今度は蘇芳が眉をしかめた。
「なぜそういう話に?相手は男だ」
「それが?」
蘇芳は嘆息した。あけすけなのは国民性だろうか。
(説明してもしょうがないか。俺と花鶏の事情を知らない人間に何を言ったところで)
「そんなんじゃない。幼い時から面倒を見てきた子で、そういう対象じゃない。もっと、こう、大事な子だ。簡単に好きだとか、そういう括りで語れない」
アジルは何とも言えない、苦虫を嚙み潰したような顔をして聞いていた。
「それって、ほんとにそうなのか?」
「何がだ」
「相手の子、歳いくつ?」
「……十八」
アジルは花鶏のことはもちろん、蘇芳の素性も知らない。ただの行きずりの他人だと思うと、存外つるりと言葉が出てしまった。
「なんだ、大人じゃないか。だいたい簡単に好きと言えないくらい大事な子って、別嬪さんアンタそりゃ下手したら愛の告白より熱烈だよ」
「はぁ?……これだから若造は。だからそういうんじゃないと何度言えば分かる。あの子は一番大人に頼りたい時に傍に俺しかいなかったんだ。それで……こっちも、あの子の寂しさにつけ込んだというか……」
蘇芳は苛立ちのまま頭をガシガシと掻いた。
突然の粗暴な言動に、アジルが目を丸くするのが分かった。
蘇芳自身にもこればかりは説明ができない。
なぜ今この瞬間、蘇芳の仮面がはがれて、これまで見て見ぬ振りしてきた本音が零れてしまうのか。
いくら相手が行きずりとはいえマズいと警告音が鳴っているのに、言葉が止まらないのだ。
「あの子が俺に懐いたり、……そういう感情を向けるのは刷り込みみたいなもんなんだよ。今までは誤魔化しが効いてたけど、最近のあの子は隠さなくなってきてて、俺の反応を観察してる気がする……どうしていいか分からないんだよ。何年もかけて刷り込まれた感情なら、それは俺に責任があるわけだから……」
蘇芳はとうとう顔を覆った。
言った。言ってしまった。こんなことを言われて、相手は相当困惑しているに違いない。
(瀧華国の誰にも、ましてや花鶏本人になんか相談できるわけもなかったからな……)
「悩んでるのか、それとも惚気てるのかどっちなんだ?」
呆れた声音に、蘇芳は手を外して胡乱な目をアジルに向けた。
「おい。話、聞いてたか?あの子は俺のせいで好意を刷り込まれてるんだぞ。他にもっと相応しい相手がいるはずなのに」
「アンタそれ、俺に言ったこと本人にそのまま言ったら?お前の愛情は刷り込みで、勘違いで、実がないただの妄想だって」
「……そこまで言ってない」
アジルは小馬鹿にしたように鼻で笑った。生意気な態度だが、愛嬌がある容姿のせいで嫌な気分にはならない。
そんなところも、どことなく花鶏に似ているような気がした。
「あ、そう。それで何だっけ、簡単に好きと言えないくらい大事な子?へぇ~」
「あの子を知らないからそんな風に言えるんだ。あの子は……ずごく、可愛い子なんだよ。健気で、努力家で、甘えたで寂しがり屋で、そのくせ喧嘩したら全然折れないし生意気だし頑固だし、俺に絶対嫌われないって分かってて振り回してくるし」
(なんだ、これ。小悪魔か?俺は小悪魔系花鶏に翻弄される中年男なのか?)
冷静になってみると居た堪れない気持ちになった。
自分より一回り若い子に振り回され、それでも嫌いになれないどころか、そんなところが可愛くてしょうがない、なんて。
(気付きたくなかった。相当痛い奴じゃないか、俺)
己を顧みて急に静かになった蘇芳に何を思ったか。
アジルは斜め上に視線を流しながらうんうんと頷いている。
「いやぁ、アンタの熱い思いはよく分かった。むしろ相手の奴よりアンタの方が”重い”ことが分かった、うん」
「……俺も驚いてるよ。こんなこと他人に話したことないもんでな。……そうだな。重いな、俺」
もはや完全に蘇芳としての口調を取り払っていたが、内心それどころではない。
赤の他人に客観的に指摘されたことで、何とも言えない暗澹たる気分だ。
蘇芳は決意を新たにした。この先何があろうと、花鶏のためにもこれだけは死守せねばならない決意だ。
(せめて、絶対知られないようにしよう……。花鶏が自分の勘違いに気付いて、俺に対する感情が間違いだったってわかるまでは)

蘇芳の沈んだ気持ちにつられるように、二人の間にしんみりとした空気が流れた、その時。
「いやがった!おいあいつらだ、俺に偽金掴ませやがったのは!」
聞き覚えのあるだみ声が高台に響いた。二人して反応する間もなく、アジルの腕が丸太のような剛腕に捻りあげられる。
「いっ、何するんだ、おい!」
それは帯剣した筋骨隆々とした男たちの内の一人で、短く刈り込んだ頭皮には、まるで蛇のような形に剃り上げた跡がある。
アジルはそれに気づき、
「なんで警邏がっ、俺が何かしたか!?」
「お前、そこの店主に偽金をつかましたろう。さっさと来い!」
「ちょ、ちょっと待て、この俺が?そんなわけ……」
アジルは猛然と抵抗したが、ふいに何かを思い出したように動きを止めた。
「おい、お前まさか」
蘇芳が軽蔑の眼を向けると、アジルはあろうことかびしっと人差し指を突き立てた。
「あいつに貰った金だ!」
蘇芳はぎょっとして、アジルを射殺しそうな目で睨んだ。
うっ、と蘇芳の怜悧な美貌から放たれる怒気に耐性のないアジルが怯んだ。
「この若造が。この私からも金を盗るつもりで……おい、もしや私の財布を盗んだのもお前では」
「ち、違う!それは本当にあそこを根城にしてるスリだって!俺は見てただけでっ」
「貴様っ!」
警邏の男は面倒くさそうに頭を振った。
「もういい、お前ら二人とも来い。そっちの長髪の男はなんだ、異邦人か?怪しい奴め」
「おい、待て。私の身元は保証できる!悪いことは言わないからやめておけ」
(というか俺が困る!一人で迷子になった挙句変な男に付いてったせいで、現地の警察に捕まるなんてっ……)
蘇芳の肝がすっと冷えた。
(絶対嫌だ。花鶏に知られたら格好悪すぎるじゃないか!)
蘇芳の抵抗もむなしく、警邏の男たちは蘇芳とアジルに手早く縄をかけると、ろくにこちらを見もせず連行している。
蘇芳ははらわたが煮えくり返りながら、アジルをねめつけた。
アジルは同じように引っ立てられながら、情けなく眉を寄せて小声でごめんごめんと謝ってくる。
「何がごめんだ、ふざけるな!」
「いや、詳しく言えないんだが俺が捕まると後がいろいろ面倒で」
「言っておくがそれは私の方だ!詳しくは言えないが……」

ふたりはお互い怪訝な顔で見つめ合った。

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと来るんだ!」
警邏にどやされる。引っ張られるまま抵抗も出来ず、この世界では二度目のお縄を頂戴することになった。
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