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第2部

蛇の尋問(2)

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毎日会っていても、かわいい子はかわいい。

それに加えて今の蘇芳は絶賛喧嘩中の身なので、これみよがしに花鶏を無視して東雲を可愛がってやる所存だ。

手を伸ばして大きな頭を撫でようとすると、東雲も目を細めて嬉しそうに高い位置にある頭を下げてきて……。



べしっ!

花鶏が勢いよく大蛇の頭をはたいた。

「殿下!」

東雲がふぇ~んと蘇芳に身を寄せ、恨めし気に主人を見る。
蘇芳はよしよしと一抱えもある大きな頭蓋を撫でて花鶏を睨んだ。

「東雲、真面目にやれ」

「乱暴をしないでください、この子はまだ子供なんだから」

花鶏はこれ見よがしにため息をついて、東雲、ともう一度地を這うような声で命じた。

蘇芳の感知しないところで、何か意志の伝達があったのだろう。

東雲の巨体が、実態が揺らいだと思った次の瞬間、見る間に縮んだ。

といっても大人の身丈より長く、若干細身になった程度だ。

「蘇芳殿、動かないで。そのまま座っていてください」

頑なな蘇芳呼び。蘇芳は不機嫌に、こちらもハァ、とため息を吐いてやった。

花鶏からイラっとした気配が流れてくるが無視して東雲を撫でた。

「お前のご主人は大人気ないですねぇ。もう決まったことなのだから先のことを考えた方が建設的なのに」

今度はチッ、と舌打ちが聞こえた。これには蘇芳もカチンとくる。

(舌打ち!?そんなことする子じゃなかったのに、誰だ教えたのは!)

「殿下、今のは良くありませんよ」

「……ごめんなさい」

後方に控えた凱将軍は、もう何に突っ込んだら良いのやら分からなかった。


とりあえず謝ったものの、花鶏の怒りも蘇芳の不機嫌もそのままだ。
特に花鶏の怒りの根っこには蘇芳への愛慕があるし、蘇芳は蘇芳でそれを分かった上で引き下がるつもりはない。

(根競べだな、受けて立ってやる。誰がお前を一人で行かせるか)

決意を込めて相手の目を見据えると、花鶏はすでに準備はできているとばかりに、東雲に目配せした。

「始めろ、東雲」

東雲は巨体に似合わぬおどおどした態度(のように見える)で、主人と蘇芳の間を視線で行ったり来たりしている。

さしずめ、やんなきゃダメ?とでもいうように。

「……やれ。先生が不幸になってもいいのか?」

東雲は目を見開き、シュンとした後、そろそろと蘇芳の方へ這い寄った。

「嘘を言って脅すなんて卑怯ですよ殿下!のんちゃん、そんなことにはなら」

ないから、と最後まで口にすることはできなかった。

東雲の蠢く胴体が、のそり、と蘇芳の片足に巻き付き付いた。

そしてゆっくりと這い上がり身体中を覆いつくすように締め上げながら進んでいく。

踝、ふくらはぎ、太腿、腰、腹、胸……喉までぐるりと胴体で巻き込むと、その顎は蘇芳の顔のすぐ真横に浮かんでいた。

「ん、……っ」

小さく唾を飲み込んだ。その喉もひたりと締め付けられ、否応なく上を向かされる。

(ちょっと苦しいけど……いやでも、これはアレだ)

蘇芳は遠い記憶を呼び起こした。

(うん、やっぱあれだ。健康診断で最後にやる血圧測定器。もしくは温泉旅館のマッサージチェア)


機械特有の動きでぎゅっと筋肉を絞られ、痛いかなというところでふわっと解放されるあれに似ている。


(俺はどうしたらいい?空気読んで苦しい振りでもした方がいいのか?)

上向かされた気管が苦しいと言えば苦しいが。正直、他はちょっとイタ気持ちいいくらいだった。

そう思って花鶏を見ると、妙に冷静に蘇芳を見下ろす視線とかち合った。


「何を平気そうな顔をしているんですか、先生」

やっといつものように呼んでくれた。

蘇芳の無意識の安堵が顔に出ていたのだろう、花鶏は苦笑した。ただし目は笑っていない。

蘇芳の背にゾクリと警戒が走った。

「でんか」

「黙って」

花鶏の人差し指が蘇芳の唇に押し当てられる。

しぃー、と子供に言って聞かすように身元で囁くと、



「最初は怖いでしょうから、目を隠してあげましょうね」

蘇芳はひゅ、と息を呑んだ。

隠してあげましょうと言った癖に、花鶏がそうしたのは実際にはそれが見えた後だった。

東雲の大きな口がくわっと開き、ピンク色の口内、鋭く細い牙、赤い二股の舌がはっきりと見えた。

それが視界を覆いつくす寸前、下にぐっと下がる。

まさか、と思った瞬間目元を覆った手の平に後ろへ押され、のけぞった喉に火傷したような熱さを感じた。

「ヴっ!?」

(噛まれたっ!?)



蘇芳の心臓はいまや追い立てられた獣のようにバクバクと波打っていた。

白い肌の上には粒状の汗が浮き、脈拍は徐々に早く、呼吸は反対に深くゆっくりになっていく。

身体の異変に、蘇芳は気づいて愕然とした。

(なんだコレ……毒?まさか毒、花鶏が俺に……?)

東雲に噛まれたショックも相まって、蘇芳はそんな訳ないと必死に否定するだけで精一杯だった。

「で、でんか……あとり、でんか」

はくはく、と呂律が回らない舌で必死に呼ぶと、蘇芳の殿下はようやく目元を覆っていた手をどかしてくれた。

顔を覗き込まれる。花鶏の指の腹が、そっと蘇芳の眦を拭った。

「んぅ、……んぁ?」

びくりと体が跳ねた。蘇芳の脳裏に大量のクエスチョンマークが発生する。触れた瞬間、その感覚が何十倍にも増幅され、びりびりと電気が流れたような錯覚に陥った。

(いまの、なんだ?触られたとこが、変だ。ただ触っただけなのに)

ああダメだ。思考がまとまらない。頭がぼんやりする。目の奥が熱い。

かと思えば体中の神経を無理やりに逆立てられて、その上かき混ぜられたように痛い。

(違う、これは痛いんじゃなくて……)

「でんか、あとりっ、あと、り」

何とかして伝えないと。身体がおかしいんだと伝えて、助けてもらわなくては……しかし。

おかしくしたのは東雲で、それをさせたのは花鶏で……?蘇芳の混乱は増した。

意思に反して逆立てられたむき出しの神経があらゆる感覚をありもしない別の感覚に変換して、増幅して、またそれを繰り返す。

際限なく、波がいったん引いても、もっと大きな波がまた来るように。

身を捩って肌の下にぞわぞわ蠢く何かを追い出そうとするが、駄目だった。もっと酷くなった。

「う……あ、あ」

東雲の冷たい胴体に包まれているのに熱くてたまらない。

何とか熱を冷ましたくて鱗に無理やり頬をこすり付ける。

その感触すら肌の下をじかに刺激する。もう駄目だった。

「あ、あとり、たすけて、これ……いだい、こわい、たすけて」

本当は痛くない。けれど正直にこの感覚を名付けるのは羞恥が勝って出来ない。膝頭をすり合わせて、下腹からせり上がってくる熱に身もだえる。何もしていないのに、まるであらぬ場所を内側から押されて、かき混ぜられているような感覚が恐ろしい。目に見えぬ手に蹂躙されているようだ。

涙をこぼして花鶏を見上げる。東雲に頬を張り付けたまま、ぐずぐずと鼻を鳴らして縋ると、花鶏の大きな手が蘇芳の頭を撫でた。

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