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第2部

連行(2)

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ーそして離れにある蘇芳の居室に来てみれば。



凱将軍は直立不動で、目ばかりは礼に則って伏せて待った。

こちらとしても無礼の自覚はあるので、向こうが気づいて誰何してくれるまで待ちたく思ったのだ。

しかし……。

(気づいて、おられるよな。殿下は……)

明らかに花鶏殿下は戸口の脇に立った二人に気付いており、しかしそのまま李蘇芳の腰に手を回して寝台の上で密着している。

ちょうど空間を仕切る弊風の陰になったせいか、李蘇芳はこちらに気付いていないようだ。





「あの女性たちのことだって、別に先生を利用したわけじゃない。俺が一番傍にいてほしいのは先生だし、俺が一番傍にいたいと思うのも先生だ。先生は?俺より大事な人間がこの国にいますか?」

花鶏殿下が李蘇芳の肩に顎を乗せて、まるで睦言のような甘ったるい声音で語りかける。

思わず女官長を見ると、彼女はスンとした表情で何か?という顔をした。

黙っていると、今度は李蘇芳の穏やかでそれでいて諭すような返答が聞こえた。

「この国どころかこの世界で一番大事ですよ。それはそうとして、殿下はもうちょっと私以外の人間とも交流した方が」

ぐるんと首を回して女官長を見た。だから何なんですか?という顔をされた。



(駄目だ、俺の方が居たたまれない)



ー「失礼、お取込み中申し訳ないが」







憤懣やるかたなしという様子の花浴が分かりやすいのに対し、花鶏はいつものように研ぎ澄まされた刃の如き静かな怒気でもって蘇芳の横にピタリと付き添っていた。政務殿に向かう道すがら、ピリピリとした空気に、蘇芳は横目に花鶏の顔を見上げて言った。

「殿下、私は大丈夫ですから落ち着いて」

「落ち着いています」

(そうだった。こういう時のこの子はキレるその瞬間までは静かなんだった)

蘇芳は諦めて傍を歩む将軍に話しかけた。

「あの、将軍。先刻のことですが」

「私は何も聞いておりませんので」

「……誤解のないようにしておきたいのですが。殿下が幼少の頃は世話をする者の手も少なく、たまにああして一緒に寝起きしていたので、その延長なのです。いつもああいうわけでは決してないので」

(いや話してた内容も聞かれたならそっちの方が問題か?ああ……最悪)

「李蘇芳殿」

将軍が足を止めた。

「はい?」

「先に申し上げておきましょう。此度の連行、濡れ衣とまでいかないものの、蘇芳殿にすべて非があるとも思いません。しかし私にあなたの身柄を可及的速やかに抑える許可を出したのは宰相の江雲です。彼は雨月殿下の派閥です。それは肝に命じておいてください」

蘇芳は慎重に言葉を咀嚼して、

「私への疑いの内容を伺っても?」

凱将軍はかぶりを振った。

「それはまだ何とも。私が知っているのは、今回の原因は珀が関わっているらしいということ」

「珀が?」

(そういえばここ最近は会ってなかったな……前はしょっちゅう東雲の顔見に来てたけど、あの子も大きくなったから。何やらかしやがったあいつ)

脳裏にあの流暢な世界観ぶち壊しの関西弁マシンガントークが反芻される。



花鶏も当時のことを思い出したのか、

「凱将軍、あの時居合わせたのは当事者を除けば将軍だけだったな。そして今日はあなたのような身分の者が一人で李蘇芳を連行に?どういうつもりだ?まさかまだ当時のことを逆恨みか?むしろ雨月兄上の派閥からは感謝される謂れはあれど、目の敵にされ冤罪を被される謂れはないが」



(おい~喧嘩腰やめてくれ。まあ俺もそう思ったけども)



花鶏が成人とともに都の外で活動しだしたように、雨月は数年前から軍部に入隊している。

もともと雨月皇子の武術指南役だった凱将軍との仲はより緊密なのだろう。

将軍は当時から、蘇芳が雨月皇子の霊獣を横取りしたという疑惑を持っているに違いない。皇子と将軍の前で珀の名前を呼んでしまったので、面目を潰されたと感じる気持ちは分かるが。



(その後ちゃんと珀をお返し申し上げただろ。それより、雨月皇子も同じ考えなら厄介だな)



「将軍。お気持ちは分かりますが、私は本当に邪心なく雨月殿下に対しても謀反などと……ありえません。私の望みは殿下が健やかにご成長されこの先も安寧にお過ごしくださることです。殿下はこの通り……皇位に興味がおありでない。私は今の暮らしに満足なのです。何故なにゆえ、わざわざ自分から火の粉を被りに行くものですか」

将軍の顔を見やると、日に焼けた精悍な表情は、意外にも敵意ではなく同情を乗せていた。

将軍は困ったように、

「どう申し上げればよろしいのか……信じて貰えんでしょうが、私は珀のことで蘇芳殿をもう恨んではいないんですよ」



(ほんとか?)



花鶏も同じように思ったのだろう。二人の顔を見て、将軍はますます眉をハの字にした。



「珀はよくやってくれています。最も、霊獣が顕現するような不測の事態というのは本来起こらないことが大前提なので、雨月殿下の陰に潜んで滅多に姿を現しませんが」

蘇芳は花鶏と顔を見合わせ、何食わぬ顔でお互いまた逸らした。

(割と頻繁に黒曜宮に遊びに来てたけどね)

けっこう気軽に顕現していた気がする。それを言ったら東雲もそうだが。

「とにかく、珀は雨月殿下を主人と認めてそのように振舞っていたと思います。他の霊獣と同じく。ただ……」

「ただ?」と花鶏が問う。

「今回遠征で訪れた国境で、珀は殿下ではなく……殿下を暗殺しようとした下手人を守りました」

花鶏は眉をひそめた。

「それは……しかし、それと先生のこととは」

「下手人が”自分は李蘇芳の子飼いだ。蘇芳はかつて第三皇子に毒を盛り傀儡かいらいにしようとしたが後嗣の儀で失敗を悟ると、今度は雨月皇子暗殺のために蟲札を使い蟲術を差し向けた”と」

「馬鹿馬鹿しい!凱将軍、あなたまで世迷言を信じたわけではあるまいな」

眦を釣り上げた花鶏の隣で、蘇芳は瞠目した。



この話は、どこかで聞いたことがある……。



「正直、いろいろと抜けのありそうな話です。降ってわいたような疑惑に、証拠もなし。あるのは下手人の言い分と、珀の不可解な行動。ですから注意してください。貴方は派閥争いに関与していないと思っていても、向こうはそうと限らない」



政務殿の前殿へと続く大門に着いた。両脇を衛士が固め、将軍に目礼した。

衛士たちによって門が開けられると、思いがけない光景が目に映った。


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