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謝罪とこれから(2)
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「そういえば殿下。この前の件はお考え下さいましたか?」
花鶏にはすぐに何のことか思い当たったようだった。すっと俯いたまま、ぼそぼそとつぶやいている。
「え、何ですって?聞こえませんよ」
「……僕には無理です。きっと父上もお許しにならない。学舎なんて。他の兄弟なんて、顔を合わせたのだって数度あるかないかだし、体が弱いし」
うんうん、ととりあえず耳を傾けてやる。
「夜は咳が出るし、ご飯もあんまり食べれないし、読み書きも上手くないし」
うんうん。
(咳が出んのはここが半地下で布団が粗末で暖房設備もなんも無いからだし、食欲不振はストレスと運動不足からくる慢性症状だし、学力不足は……他の兄弟は専属教師がついてんのに君は教本すらまともに与えられてないから当然なんだよ!)
「それに学舎は日中授業をするでしょう。日の光を浴びたらまた病気になるって江雪様が言った……です」
とってつけたようにそう言って、ちらりと蘇芳を見る。
びくびくこちらの機嫌をうかがう仕草はまだ抜けきっていない。
それでも、毎日のようにあった虐めや嫌がらせがなくなり、かける言葉も優しくなったせいか、少しづづ花鶏の方からの会話数も増えてきていた。
子どもの脳というのは、周りの大人との会話の中でぐんと発達していくものだ。
とにかく花鶏と喋ろう、言葉を発せさせよう。そんな風に蘇芳は思っている。
「セロトニンを浴びないとかえって不健康なままですよ。私も真冬は朝起きても目が覚めた心地がしなくて。アレクサにカーテンを開けさせても外が真っ暗だった時の憂鬱ときたら」
花鶏は何か言おうとして、結局黙った。目が真ん丸になっている。
やせ細っているのが不憫だが、こうして改めてみると、少女のように可愛らしい顔立ちをしている。
(これがあの、病んだ冷血傀儡皇帝になって臣民から恨まれるなんて……ゲーム設定だからしょうがないけど)
安心しろ。この俺がそんな未来は回避させてやるから。俺のためにも。
「いいですか殿下。殿下は今までほかの皇子皇女たちが大人から貰っていたものを、何一つ与えられてこなかったのです。それは殿下が悪いのではなく、私たち大人の責任です。殿下は聡明ですよ。こうしてお話しているとすぐにそれがわかります。殿下はとってもお利巧さんなお方です」
真剣に顔を近づけて言いつのると、花鶏の青白い頬にさっと血の色が上った。耳たぶが赤い。けれどすぐに警戒をにじませて
「皇統が始まって以来、こんな頭の出来が悪くて何をやらせても愚図で醜い皇子は見たことがないと」
「誰がそんなことを言ったのです!」
「あなたが……」
ふたりを顔を見合わせて黙り込んだ。
しばらくして、椅子の背もたれにそっと背をもたれながら、蘇芳はふっと微笑した。
遠くを見ながら
「そんなことをこの私が……?」
「はい」
「本当に?」
「……何度も」
蘇芳はそっと白魚のような繊手で顔を覆った。父母の頓死を嘆くような沈痛さだった。
花鶏が何となく緊張して身構えていると、おもむろに蘇芳が椅子から立ち、その場に平伏した。
そのまま動かない。
「……お帰りになるのですか」
仕方なく尋ねると
「え。いや、帰りませんが」
慌てて顔を上げる。
花鶏の困惑をよそに、蘇芳はあっと気が付いた。
ショックのあまり、またやらかしてしまった。
平伏は一般的な目上の者に対する挨拶だ。
謝罪を示す渾身の五体投地をしたつもりが、無言でもう帰りますの挨拶をしただけだった。
「失礼しました。まだここに居ります」
「そうですか」
気の抜けた空気が漂う。
「殿下」
「なんでしょうか」
蘇芳はじっと花鶏の澄んだ目を見つめた。子供特有の、青みがかった白目が、ほんの少し充血している。
夜ちゃんと眠れていないのだ。寒くて。
「この李蘇芳、謹んで申し上げます」
花鶏にはすぐに何のことか思い当たったようだった。すっと俯いたまま、ぼそぼそとつぶやいている。
「え、何ですって?聞こえませんよ」
「……僕には無理です。きっと父上もお許しにならない。学舎なんて。他の兄弟なんて、顔を合わせたのだって数度あるかないかだし、体が弱いし」
うんうん、ととりあえず耳を傾けてやる。
「夜は咳が出るし、ご飯もあんまり食べれないし、読み書きも上手くないし」
うんうん。
(咳が出んのはここが半地下で布団が粗末で暖房設備もなんも無いからだし、食欲不振はストレスと運動不足からくる慢性症状だし、学力不足は……他の兄弟は専属教師がついてんのに君は教本すらまともに与えられてないから当然なんだよ!)
「それに学舎は日中授業をするでしょう。日の光を浴びたらまた病気になるって江雪様が言った……です」
とってつけたようにそう言って、ちらりと蘇芳を見る。
びくびくこちらの機嫌をうかがう仕草はまだ抜けきっていない。
それでも、毎日のようにあった虐めや嫌がらせがなくなり、かける言葉も優しくなったせいか、少しづづ花鶏の方からの会話数も増えてきていた。
子どもの脳というのは、周りの大人との会話の中でぐんと発達していくものだ。
とにかく花鶏と喋ろう、言葉を発せさせよう。そんな風に蘇芳は思っている。
「セロトニンを浴びないとかえって不健康なままですよ。私も真冬は朝起きても目が覚めた心地がしなくて。アレクサにカーテンを開けさせても外が真っ暗だった時の憂鬱ときたら」
花鶏は何か言おうとして、結局黙った。目が真ん丸になっている。
やせ細っているのが不憫だが、こうして改めてみると、少女のように可愛らしい顔立ちをしている。
(これがあの、病んだ冷血傀儡皇帝になって臣民から恨まれるなんて……ゲーム設定だからしょうがないけど)
安心しろ。この俺がそんな未来は回避させてやるから。俺のためにも。
「いいですか殿下。殿下は今までほかの皇子皇女たちが大人から貰っていたものを、何一つ与えられてこなかったのです。それは殿下が悪いのではなく、私たち大人の責任です。殿下は聡明ですよ。こうしてお話しているとすぐにそれがわかります。殿下はとってもお利巧さんなお方です」
真剣に顔を近づけて言いつのると、花鶏の青白い頬にさっと血の色が上った。耳たぶが赤い。けれどすぐに警戒をにじませて
「皇統が始まって以来、こんな頭の出来が悪くて何をやらせても愚図で醜い皇子は見たことがないと」
「誰がそんなことを言ったのです!」
「あなたが……」
ふたりを顔を見合わせて黙り込んだ。
しばらくして、椅子の背もたれにそっと背をもたれながら、蘇芳はふっと微笑した。
遠くを見ながら
「そんなことをこの私が……?」
「はい」
「本当に?」
「……何度も」
蘇芳はそっと白魚のような繊手で顔を覆った。父母の頓死を嘆くような沈痛さだった。
花鶏が何となく緊張して身構えていると、おもむろに蘇芳が椅子から立ち、その場に平伏した。
そのまま動かない。
「……お帰りになるのですか」
仕方なく尋ねると
「え。いや、帰りませんが」
慌てて顔を上げる。
花鶏の困惑をよそに、蘇芳はあっと気が付いた。
ショックのあまり、またやらかしてしまった。
平伏は一般的な目上の者に対する挨拶だ。
謝罪を示す渾身の五体投地をしたつもりが、無言でもう帰りますの挨拶をしただけだった。
「失礼しました。まだここに居ります」
「そうですか」
気の抜けた空気が漂う。
「殿下」
「なんでしょうか」
蘇芳はじっと花鶏の澄んだ目を見つめた。子供特有の、青みがかった白目が、ほんの少し充血している。
夜ちゃんと眠れていないのだ。寒くて。
「この李蘇芳、謹んで申し上げます」
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