上 下
15 / 138

謝罪とこれから(2)

しおりを挟む
「そういえば殿下。この前の件はお考え下さいましたか?」    
花鶏にはすぐに何のことか思い当たったようだった。すっと俯いたまま、ぼそぼそとつぶやいている。
「え、何ですって?聞こえませんよ」
「……僕には無理です。きっと父上もお許しにならない。学舎なんて。他の兄弟なんて、顔を合わせたのだって数度あるかないかだし、体が弱いし」
うんうん、ととりあえず耳を傾けてやる。
「夜は咳が出るし、ご飯もあんまり食べれないし、読み書きも上手くないし」
うんうん。

(咳が出んのはここが半地下で布団が粗末で暖房設備もなんも無いからだし、食欲不振はストレスと運動不足からくる慢性症状だし、学力不足は……他の兄弟は専属教師がついてんのに君は教本すらまともに与えられてないから当然なんだよ!)

「それに学舎は日中授業をするでしょう。日の光を浴びたらまた病気になるって江雪様が言った……です」
とってつけたようにそう言って、ちらりと蘇芳を見る。
びくびくこちらの機嫌をうかがう仕草はまだ抜けきっていない。
それでも、毎日のようにあった虐めや嫌がらせがなくなり、かける言葉も優しくなったせいか、少しづづ花鶏の方からの会話数も増えてきていた。
子どもの脳というのは、周りの大人との会話の中でぐんと発達していくものだ。

とにかく花鶏と喋ろう、言葉を発せさせよう。そんな風に蘇芳は思っている。

「セロトニンを浴びないとかえって不健康なままですよ。私も真冬は朝起きても目が覚めた心地がしなくて。アレクサにカーテンを開けさせても外が真っ暗だった時の憂鬱ときたら」

花鶏は何か言おうとして、結局黙った。目が真ん丸になっている。
やせ細っているのが不憫だが、こうして改めてみると、少女のように可愛らしい顔立ちをしている。

(これがあの、病んだ冷血傀儡皇帝になって臣民から恨まれるなんて……ゲーム設定だからしょうがないけど)

安心しろ。この俺がそんな未来は回避させてやるから。俺のためにも。

「いいですか殿下。殿下は今までほかの皇子皇女たちが大人から貰っていたものを、何一つ与えられてこなかったのです。それは殿下が悪いのではなく、私たち大人の責任です。殿下は聡明ですよ。こうしてお話しているとすぐにそれがわかります。殿下はとってもお利巧さんなお方です」
真剣に顔を近づけて言いつのると、花鶏の青白い頬にさっと血の色が上った。耳たぶが赤い。けれどすぐに警戒をにじませて
「皇統が始まって以来、こんな頭の出来が悪くて何をやらせても愚図で醜い皇子は見たことがないと」
「誰がそんなことを言ったのです!」
「あなたが……」

ふたりを顔を見合わせて黙り込んだ。
しばらくして、椅子の背もたれにそっと背をもたれながら、蘇芳はふっと微笑した。
遠くを見ながら

「そんなことをこの私が……?」
「はい」
「本当に?」
「……何度も」

蘇芳はそっと白魚のような繊手で顔を覆った。父母の頓死を嘆くような沈痛さだった。
花鶏が何となく緊張して身構えていると、おもむろに蘇芳が椅子から立ち、その場に平伏した。
そのまま動かない。

「……お帰りになるのですか」
仕方なく尋ねると
「え。いや、帰りませんが」

慌てて顔を上げる。
花鶏の困惑をよそに、蘇芳はあっと気が付いた。
ショックのあまり、またやらかしてしまった。
平伏は一般的な目上の者に対する挨拶だ。
謝罪を示す渾身の五体投地をしたつもりが、無言でもう帰りますの挨拶をしただけだった。

「失礼しました。まだここに居ります」
「そうですか」
気の抜けた空気が漂う。
「殿下」
「なんでしょうか」
蘇芳はじっと花鶏の澄んだ目を見つめた。子供特有の、青みがかった白目が、ほんの少し充血している。
夜ちゃんと眠れていないのだ。寒くて。

「この李蘇芳、謹んで申し上げます」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

幼い精霊を預けられたので、俺と主様が育ての父母になった件

雪玉 円記
BL
ハイマー辺境領主のグルシエス家に仕える、ディラン・サヘンドラ。 主である辺境伯グルシエス家三男、クリストファーと共に王立学園を卒業し、ハイマー領へと戻る。 その数日後、魔獣討伐のために騎士団と共に出撃したところ、幼い見た目の言葉を話せない子供を拾う。 リアンと名付けたその子供は、クリストファーの思惑でディランと彼を父母と認識してしまった。 個性豊かなグルシエス家、仕える面々、不思議な生き物たちに囲まれ、リアンはのびのびと暮らす。 ある日、世界的宗教であるマナ・ユリエ教の教団騎士であるエイギルがリアンを訪ねてきた。 リアンは次代の世界樹の精霊である。そのため、次のシンボルとして教団に居を移してほしい、と告げるエイギル。 だがリアンはそれを拒否する。リアンが嫌なら、と二人も支持する。 その判断が教皇アーシスの怒髪天をついてしまった。 数週間後、教団騎士団がハイマー辺境領邸を襲撃した。 ディランはリアンとクリストファーを守るため、リアンを迎えにきたエイギルと対峙する。 だが実力の差は大きく、ディランは斬り伏せられ、死の淵を彷徨う。 次に目が覚めた時、ディランはユグドラシルの元にいた。 ユグドラシルが用意したアフタヌーンティーを前に、意識が途絶えたあとのこと、自分とクリストファーの状態、リアンの決断、そして、何故自分とクリストファーがリアンの養親に選ばれたのかを聞かされる。 ユグドラシルに送り出され、意識が戻ったのは襲撃から数日後だった。 後日、リアンが拾ってきた不思議な生き物たちが実は四大元素の精霊たちであると知らされる。 彼らとグルシエス家中の協力を得て、ディランとクリストファーは鍛錬に励む。 一ヶ月後、ディランとクリスは四大精霊を伴い、教団本部がある隣国にいた。 ユグドラシルとリアンの意思を叶えるために。 そして、自分達を圧倒的戦闘力でねじ伏せたエイギルへのリベンジを果たすために──……。 ※一部に流血を含む戦闘シーン、R-15程度のイチャイチャが含まれます。 ※現在、改稿したものを順次投稿中です。  詳しくは最新の近況ボードをご覧ください。

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

俺のこと、冷遇してるんだから離婚してくれますよね?〜王妃は国王の隠れた溺愛に気付いてない〜

明太子
BL
伯爵令息のエスメラルダは幼い頃から恋心を抱いていたレオンスタリア王国の国王であるキースと結婚し、王妃となった。 しかし、当のキースからは冷遇され、1人寂しく別居生活を送っている。 それでもキースへの想いを捨てきれないエスメラルダ。 だが、その思いも虚しく、エスメラルダはキースが別の令嬢を新しい妃を迎えようとしている場面に遭遇してしまう。 流石に心が折れてしまったエスメラルダは離婚を決意するが…? エスメラルダの一途な初恋はキースに届くのか? そして、キースの本当の気持ちは? 分かりづらい伏線とそこそこのどんでん返しありな喜怒哀楽激しめ王妃のシリアス?コメディ?こじらせ初恋BLです! ※R指定は保険です。

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

悪役令息に憑依したけど、別に処刑されても構いません

ちあ
BL
元受験生の俺は、「愛と光の魔法」というBLゲームの悪役令息シアン・シュドレーに憑依(?)してしまう。彼は、主人公殺人未遂で処刑される運命。 俺はそんな運命に立ち向かうでもなく、なるようになる精神で死を待つことを決める。 舞台は、魔法学園。 悪役としての務めを放棄し静かに余生を過ごしたい俺だが、謎の隣国の特待生イブリン・ヴァレントに気に入られる。 なんだかんだでゲームのシナリオに巻き込まれる俺は何度もイブリンに救われ…? ※旧タイトル『愛と死ね』

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

処理中です...