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学舎

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皇位継承者が学舎に「入学」すると、それは体裁上、後嗣の儀の参列が許されたことを意味する。

ちなみに後嗣の儀とは、瀧華国の皇帝の世継ぎとして、その名を臣民に知らしめる意義がある。
つまり、内外の内に知らしめることが学舎の入学。これを以て、後嗣の儀への参列も許される、というのが暗黙の了解だった。
心身共に健康であり、聡明であること。
表向きはなんとでもいえるが、もちろん実際は、母方の後ろ盾や様々な利権が絡んで、一概に生まれ順が皇位継承に優位に左右するとは限らない。水面下では各皇子の名のもとに、政権派閥が形成されつつあった。

また、神力は本来、皇室直系の男児のみが操るとされている。イレギュラーとして、秘跡の巫女はこの限りではない。
ヒロインのはつり姫は、いろんな意味で特別な存在なのだ。

神力は皇統に不可欠であり、後嗣の儀はその有無を判別するための意味もある。
故に、女児である蜜瑠璃姫は、後嗣の儀には参列しない。

残す皇子たちの中で、筆頭勢力は、第一皇子の雨月派。

(ま、妥当だな。準主人公だし。人気キャラだし)

蘇芳は別に、花鶏を皇帝にしたいわけではない。むしろその逆だ。
原作では花鶏が傀儡皇帝になったすぐ後に、蘇芳は処刑されている。
順当に雨月がはつり姫と結ばれ、皇帝の座についてくれたらそれでいいし、実際ゲーム世界の俎上にいるならそうなるに違いない。

蘇芳にとって学舎への入学は、もっと別の意味があった。

「学舎への入学を機に、花鶏殿下の御指南役として後宮に居を移すおつもりで?」
自信なさげに訪ねてくる早蕨に、蘇芳は大きくうなずいてみせた。
「そんな、滅茶苦茶な」
「なにがだ。言っておくが、過去に前例はあったぞ」
「調べたのですか?」
「もちろんだ。本来、10歳を超えると自然と実家の者たちの計らいで学舎に入り、後宮にそれぞれの居室を与えられて暮らすものだが、殿下はそうした後ろ盾がないからな。このままでは江雪の屋敷で飼い殺しにされているのを黙って見過ごすことになる。後宮もまあ、似たり寄ったりだが、私が専属教師として侍る分、まだましになるだろう」

早蕨は何とも言えない気分で主の寝酒を給仕していた。
(ついに堂々と俺の前でも江雪様を呼び捨てにし始めたな……)

いまだ、江雪の花鶏に対する仕打ちは、すべて蘇芳の妄想ではないかと思っている節もある。
だが、長い付き合いの早蕨にはわかる。こういう時の主は言い出したら聞かない。絶対に。

蘇芳は当面の見通しが立って機嫌がいいのか、ぽんと軽快に膝を叩いた。
「江雪の家から殿下を連れ出せたら大きな前進だ。なにしろ毒見の度に吐き戻す手間もなくなるわけだし」
「それは……ようございましたね」

早蕨が蘇芳の言い分を無視できない理由の一つがこれだった。
あれから……帰宅するなり必死に水をかっくらい指を突っ込んで吐くを繰り返す姿を、もう六度も見ている。
さすがにひどい。見ているこちらの胃が痛くなるので、三度目で頼むからやめてほしいとえづく背中を撫でながら
頼んだが、蘇芳はやめてくれなかった。
もう早蕨の方が音を上げて、大人しく胃に優しい薬膳を用意して主の好きなようにさせた。
それが花鶏殿下の学舎入学によって止むなら、それだけでもだいぶ嬉しいことだ。

「しかし、上手くいくでしょうか。入学には表向き、主上の承認が必要ですが」

蘇芳はふと沈黙した。
そこが問題だった。原作では、花鶏は学舎に入学はしていないのだ。
だから正規ルートを外れた思惑が、どのように実を結ぶのか分からなかった。
果たして一度見放した病弱な我が子を、皇帝は果たして学舎という公の場に立たせるだろうか。

(いや、その前にまずは江雪がこの問題に水を差してくる可能性もある。上手くいけば、学舎入学は傀儡政権の第一歩にもなるから奴にとっても悪い話ではないけど、でもまだ洗脳の途中だもんなあ)

本来あと数年かけてじっくり花柳草を体に染み込ませて洗脳するはずだったのに、まだ1年と経っていない。
しかも、2か月前からは花鶏の分の薬湯を、毒見と称して蘇芳が半分飲んでいる。
効果はだいぶ薄まっているはずだが。

「花鶏殿下にも、お心積もりをしてもらわなくてはな」
「前はずいぶん嫌われ、いえ敬遠されていたようですが、その後はいかがです」
「敬遠も大して意味が変わらんぞ」
じろ、と胡乱気に睨んでから
「それにその点は大いに進展した。私と殿下はもう前のような殺伐とした関係ではないのだよ」
ふふん、と。得意げに鼻で笑う主人に、早蕨は心配そうな顔をした。
(この人、本気で言ってるのか)
だとしたら能天気すぎる。ここ最近、二人の間に何があったか知らないが、かつて蘇芳が花鶏殿下を執拗に虐めていたことは内部では有名な話だ。もちろん、表立って口にこそ出さないが、相手が放逐された廃太子同然の御方とはいえ、よくもまあ皇族の御子に、それもまだ幼い子供に……と、嫌悪を示す者もいた。
たかが数か月、心を入れ替えて接しても、今までの恨みつらみを忘れて皇子が蘇芳に心を許すだろうか?
それとも、子供というのはたとえ皇族であっても、そんな単純なお心をお持ちなのだろうか?
(これ以上は不敬にあたるな……)
「一昨日なんて、ほら、見てみろ」
うきうきと懐から大事そうに取り出したのは、白っぽい正方形の和紙だった。
「何です。子供の手遊び用のものでしょう。花鶏殿下に差し上げるなら、もう少し高価なものにした方が」
「違う違う。これは殿下が私に下さったんだ」
ひらひらと指先で小さな紙を摘まんで揺らす。早蕨は訳が分からないという風に首を捻った。
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