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第五話
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「……しゃ、喋った。魔物か? 悪魔か?」
頭や手足の区別もない毛玉のようなものが言葉を発したことに、ユノハラはひどく狼狽えた。
そんな彼の慌てようを見て、エレナの方は少しばかり平静を取り戻していた。
もちろん彼女とてユノハラ同様驚いてはいたのだが、自分より情けない姿を見せるユノハラの姿に驚きよりも呆れの感情の方が強くなる。
「モーは妖精だよ」
そう言って毛むくじゃらの妖精――モーは兎のように跳ねながら近付いてきた。
ユノハラはそれに悲鳴を上げたが、エレナが一見したところでは、この妖精に敵意があるとはとても思えない。
「この人はガワタラ。モーの恩人で仲間」
そう繰り返し言いながら、エレナたちにモーと名乗った妖精は辺りを軽やかに飛び跳ねる。
先程から静かに事の成り行きを見守っていた魔術師風の女はガワタラという名であるらしい。妙な名前だとは思ったが、エレナとしては名前よりもよほど気になる点があった。
人間と妖精は基本的に仲が悪い。どちらか一方の種族が隷属させられることはあっても、仲間になろうはずもない。そして、大抵の場合、強大な魔法や呪術を操る妖精たちの前では人間は無力である。モーと名乗った妖精は低位の物の怪や魔物の類のように見えたが、妖精と名乗るからには強大な力が隠されているのかもしれないとエレナは警戒を強める。
そして妖精の仲間であるという女も魔術師風の冒険者などではないのだろう。
恐る恐る、彼女は問うた。
「……もしかして、あなたも妖精なの?」
「まあ、そのようなものです」
やや警戒を含んだエレナの問いに、あっさりとガワタラと呼ばれた女は答えた。
人間と出会った妖精は、玩具を与えられた子供のような無邪気さで人間を簡単に殺してしまう残酷さがあると言われている。だが何もしてくる様子のないモーたちにエレナは少しばかり拍子抜けした。
ただどちらにせよ、妖精側に敵対する意思がないのはエレナたちからすれば好都合である。顔から血の気の引いたユノハラを引きずるようにしながら、エレナは笑みを浮かべつつ後退する。
「そう、なんだかお邪魔しちゃったみたいでごめんなさいね。……それじゃ私たちはこれで」
そう言いながらユノハラと二人、部屋を出ようとする彼女に対し、女妖精ガワタラは待ったをかけた。
「……待ちなさい」
氷のように冷たい声色に、思わず二人は動きを止めた。
「な、なにか?」
「……この部屋に用があったのではないのですか?」
女妖精が言葉を発するたびに、周囲の温度がどんどんと下がっていく感覚に襲われる。
冷や汗ばかり流れ、二人とも生きた心地がしなかった。
「え……あ、いや……まぁ」
こちらを見つめる妖精たちに、エレナは愛想笑いを浮かべつつ何とか良い台詞はないものかと考えた。
「こちらに気を使ってのことならば、遠慮はいりません。さあ、どうぞ」
逃げ道を断つような言葉に、それまで沈黙していたユノハラが言った。
「俺たちを部屋に入れて、な、何しようってんだっ!」
「ちょっと……刺激するようなこと言わないでよ」
エレナの注意にもユノハラは頭を振る。
「いや、もうはっきり言った方がいいだろ! ガ、ガワタラって言ったら……人間の尻から魂を抜き取ったり、子供を川に引きずり込んだり山に連れ去ったりする化け物の名前じゃねえか。俺は知ってるんだ。騙そうったってそうはいかねえ。……あとな、俺らを殺しても無駄だぜ! 外には冒険者の仲間連中もそろってる!」
如何に妖精と言えど多勢に無勢だと、ユノハラは妖精相手に威嚇をした。
彼の言葉に、女妖精は少しばかり驚いたようではあった。ただ、まるで緊張感もないまま、彼女は毛むくじゃらの妖精に「そうなのですか?」と確認をするだけだった。
「ガワタラは、強くて人助けもしてくれる優しい妖精のことだよ」
モーは言った。
名もなき恩人にふさわしいとして、彼女を自身の知る最も素晴らしいに違いない妖精の名前で呼ぶことにしたのである。恩人であり友人でもある仲間に化け物の名前など付けるはずがないと。
それを聞いていたエレナは何とも言えぬ呻き声をあげた。
「うーん。……いや確かに古い民間伝承ではそういう風に言われているって話は聞いたことあるわね。っていうか話の感じだとガワタラそのものではないのよね、あなた?」
「……ええ、まあ」
少しばかり困惑したようにガワタラと呼ばれる――しかしガワタラ本人ではない――女妖精は頷いた。
ユノハラの威嚇を受けてもなお、彼女から敵意を向けられているという風にはエレナには感じられなかった。
美しいが冷酷な印象を見る者に与える姿に加え、寡黙であることから、何か底の知れぬ恐ろしい妖精であるように警戒していたが、エレナはやがて、それがこちら側の独り相撲に過ぎないのではないかと思い至った。
たしかに人間と妖精の仲は悪い。
しかし、数十年前、少なくともかつて女王として君臨していた魔女を倒すために一時的とはいえ手を結んでいたことがあるのだし、妖精は無分別に人間を襲う魔物や獣の類ではない。今でも大半は人間も妖精もお互いに不干渉的な立場を取っている。そんなわけで、妖精に出会うことなど殆どないし、冒険者稼業で話題となる妖精ともなると、基本的には野生の気性の荒いもの。必要以上に警戒しすぎていたのかもしれない。
「どうする? ユノハラ。なんか大丈夫そうだけど……」
小声で話すエレナに、ユノハラも同じく小声で返した。
「……俺は逃げた方がいいと思うが。まあ、エレナが部屋を見たいなら見ればいい。俺は扉の出入り口のところで逃げ道の確保しとくよ」
「とか言って、いざとなったら自分だけ逃げる気でしょ」
「なっ! そんなわけあるか! ならお前が出入り口で見張りでもいいぞ!」
警戒を多少緩めたエレナと異なり、未だに恐怖心が抜けないらしいユノハラに彼女は冗談を言う。
しかし、それは肩肘張ったユノハラの警戒を解くどころか、余計に神経をとがらせる結果になってしまったので、エレナは軽く笑った。
「はいはい。じゃあ見張りよろしくね」
頭や手足の区別もない毛玉のようなものが言葉を発したことに、ユノハラはひどく狼狽えた。
そんな彼の慌てようを見て、エレナの方は少しばかり平静を取り戻していた。
もちろん彼女とてユノハラ同様驚いてはいたのだが、自分より情けない姿を見せるユノハラの姿に驚きよりも呆れの感情の方が強くなる。
「モーは妖精だよ」
そう言って毛むくじゃらの妖精――モーは兎のように跳ねながら近付いてきた。
ユノハラはそれに悲鳴を上げたが、エレナが一見したところでは、この妖精に敵意があるとはとても思えない。
「この人はガワタラ。モーの恩人で仲間」
そう繰り返し言いながら、エレナたちにモーと名乗った妖精は辺りを軽やかに飛び跳ねる。
先程から静かに事の成り行きを見守っていた魔術師風の女はガワタラという名であるらしい。妙な名前だとは思ったが、エレナとしては名前よりもよほど気になる点があった。
人間と妖精は基本的に仲が悪い。どちらか一方の種族が隷属させられることはあっても、仲間になろうはずもない。そして、大抵の場合、強大な魔法や呪術を操る妖精たちの前では人間は無力である。モーと名乗った妖精は低位の物の怪や魔物の類のように見えたが、妖精と名乗るからには強大な力が隠されているのかもしれないとエレナは警戒を強める。
そして妖精の仲間であるという女も魔術師風の冒険者などではないのだろう。
恐る恐る、彼女は問うた。
「……もしかして、あなたも妖精なの?」
「まあ、そのようなものです」
やや警戒を含んだエレナの問いに、あっさりとガワタラと呼ばれた女は答えた。
人間と出会った妖精は、玩具を与えられた子供のような無邪気さで人間を簡単に殺してしまう残酷さがあると言われている。だが何もしてくる様子のないモーたちにエレナは少しばかり拍子抜けした。
ただどちらにせよ、妖精側に敵対する意思がないのはエレナたちからすれば好都合である。顔から血の気の引いたユノハラを引きずるようにしながら、エレナは笑みを浮かべつつ後退する。
「そう、なんだかお邪魔しちゃったみたいでごめんなさいね。……それじゃ私たちはこれで」
そう言いながらユノハラと二人、部屋を出ようとする彼女に対し、女妖精ガワタラは待ったをかけた。
「……待ちなさい」
氷のように冷たい声色に、思わず二人は動きを止めた。
「な、なにか?」
「……この部屋に用があったのではないのですか?」
女妖精が言葉を発するたびに、周囲の温度がどんどんと下がっていく感覚に襲われる。
冷や汗ばかり流れ、二人とも生きた心地がしなかった。
「え……あ、いや……まぁ」
こちらを見つめる妖精たちに、エレナは愛想笑いを浮かべつつ何とか良い台詞はないものかと考えた。
「こちらに気を使ってのことならば、遠慮はいりません。さあ、どうぞ」
逃げ道を断つような言葉に、それまで沈黙していたユノハラが言った。
「俺たちを部屋に入れて、な、何しようってんだっ!」
「ちょっと……刺激するようなこと言わないでよ」
エレナの注意にもユノハラは頭を振る。
「いや、もうはっきり言った方がいいだろ! ガ、ガワタラって言ったら……人間の尻から魂を抜き取ったり、子供を川に引きずり込んだり山に連れ去ったりする化け物の名前じゃねえか。俺は知ってるんだ。騙そうったってそうはいかねえ。……あとな、俺らを殺しても無駄だぜ! 外には冒険者の仲間連中もそろってる!」
如何に妖精と言えど多勢に無勢だと、ユノハラは妖精相手に威嚇をした。
彼の言葉に、女妖精は少しばかり驚いたようではあった。ただ、まるで緊張感もないまま、彼女は毛むくじゃらの妖精に「そうなのですか?」と確認をするだけだった。
「ガワタラは、強くて人助けもしてくれる優しい妖精のことだよ」
モーは言った。
名もなき恩人にふさわしいとして、彼女を自身の知る最も素晴らしいに違いない妖精の名前で呼ぶことにしたのである。恩人であり友人でもある仲間に化け物の名前など付けるはずがないと。
それを聞いていたエレナは何とも言えぬ呻き声をあげた。
「うーん。……いや確かに古い民間伝承ではそういう風に言われているって話は聞いたことあるわね。っていうか話の感じだとガワタラそのものではないのよね、あなた?」
「……ええ、まあ」
少しばかり困惑したようにガワタラと呼ばれる――しかしガワタラ本人ではない――女妖精は頷いた。
ユノハラの威嚇を受けてもなお、彼女から敵意を向けられているという風にはエレナには感じられなかった。
美しいが冷酷な印象を見る者に与える姿に加え、寡黙であることから、何か底の知れぬ恐ろしい妖精であるように警戒していたが、エレナはやがて、それがこちら側の独り相撲に過ぎないのではないかと思い至った。
たしかに人間と妖精の仲は悪い。
しかし、数十年前、少なくともかつて女王として君臨していた魔女を倒すために一時的とはいえ手を結んでいたことがあるのだし、妖精は無分別に人間を襲う魔物や獣の類ではない。今でも大半は人間も妖精もお互いに不干渉的な立場を取っている。そんなわけで、妖精に出会うことなど殆どないし、冒険者稼業で話題となる妖精ともなると、基本的には野生の気性の荒いもの。必要以上に警戒しすぎていたのかもしれない。
「どうする? ユノハラ。なんか大丈夫そうだけど……」
小声で話すエレナに、ユノハラも同じく小声で返した。
「……俺は逃げた方がいいと思うが。まあ、エレナが部屋を見たいなら見ればいい。俺は扉の出入り口のところで逃げ道の確保しとくよ」
「とか言って、いざとなったら自分だけ逃げる気でしょ」
「なっ! そんなわけあるか! ならお前が出入り口で見張りでもいいぞ!」
警戒を多少緩めたエレナと異なり、未だに恐怖心が抜けないらしいユノハラに彼女は冗談を言う。
しかし、それは肩肘張ったユノハラの警戒を解くどころか、余計に神経をとがらせる結果になってしまったので、エレナは軽く笑った。
「はいはい。じゃあ見張りよろしくね」
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