上 下
28 / 154

職場へご挨拶②

しおりを挟む
「ジル、ジルったら!」
「あ゛?……んだよ。耳元で叫ぶな」
「ご、ごめんよ。でもアンタ、その……」

 慣れない靴で転びかけたポルカを抱き上げたまま、ジルはズンズンと廊下を進んでゆく。門にいた男達や、周囲の話を漏れ聞く限りでは……どうやらここは、ジルが働いている場所らしい。そしてどうやらポルカは、『ジルの妻』として上司へ挨拶に連れてこられたようなのだ。

「もしかしてこのまま、人に会うのかい?」
「問題あるか?」
「はぁ!? そりゃあ大ありだよアンタ!!!」

 挨拶にきた部下の嫁が、部下に担ぎ上げられたままご挨拶――なんて、ポルカ的には言語道断である。
 
「……けただろうが」
「へ?」
「コケただろうが、しかも顔面から!……テメェ、俺の上司に鼻血出した上に前歯の欠けた顔晒すつもりか、あ゛ぁ!?」
「う」
「しかも靴ずれまでしやがって。酷くなったら靴下に血が滲むぞ。白靴下に血の染みはなかなか落ちねぇ、良いのかよ?」
「ヴッ………ううぅ良かないよ!! アンタ、この靴下だって高いんだろ!?」

 ……一体何処で気付いたのか。
 確かに、ポルカは慣れない靴で踵に靴ずれを作っていた。申し訳なくて言い出せなかったが、このままいけばマメが潰れ血が滲んでいたに違いない。
 卸したての、しかも高価な靴下をみすみす汚したくない小市民なポルカなのである。

「だろうが。……そう思うんなら黙っとけや」

 そう言い捨て、彼はポルカを抱いたままズンズンと廊下を進んでゆく。ジルの腕は太く、高さはあれどしっかりポルカを抱き込んでいる。歩く際の揺れにまで安定感がありすぎて、このまま眠れと言われてもすぐ寝入れそうだ。

 ――そういえば、末の子はジルの抱っこが大好きだったっけねぇ。

 体の弱かった三男は上の子達に比べ体力もなくて、すぐに歩き疲れ父親に抱っこをせがんでいた。思えばあの子が一番“父親っ子”だった気がする。

『父ちゃんの抱っこは高くて、ゆらゆらして、ぼく大好きなの! あと胸に耳を当てるとね、安心してすぐ眠くなるんだよ』

 久々に我が子の声を思い出し――ポルカは恐る恐る、ジルの胸に耳を当ててみた。
 厚い胸板、服越しに感じる高めの体温。やけに疾い心臓の音が、ドッドッドッ……とポルカの鼓膜を優しく叩く。

「……ジル」
「あ゛? 何だ、まだ何かあんのか」

 報復相手の女をこんなに丁寧に扱う必要なんぞ、これっぽっちもない筈なのに。やはり、ジルはポルカに勿体無いくらい『イイ男』だ。こんな素晴らしい男、ポルカへの報復が終わって邪魔なポルカとスッパリ縁を切ったらば、お嫁候補があっちこっちから殺到するに違いない。
 いずれ、そう遠くない未来……彼の隣には、女が並ぶのだろう。ポルカではない、ポルカより素敵な人が。


 ――あぁ! そんなの絶対見たくないよ! そんな場面を見せるくらいなら、いっそアタシの息の根を止めとくれ!


 それとも、そういう場面を見せつけるまでがジルの言う『報復』なのだろうか?
 そうだとしたら、それは大正解だ。きっとそんなモノを見たら、ポルカは一瞬で気が狂ってしまうだろう。


「……何でもないさね」


 ポルカはキュッとジルの胸元を握った。


「ちょいと靴ずれが痛んだだけ」


 彼女が笑ってそう返すと、ジルは眉間の皺を深くする。予想通りの反応に、ポルカはやっぱり泣きたくなった。



◆◇◆



 上司への挨拶は滞りなく終わり、退出したジルベルトはもはや風のような速さで帰宅した。早退理由の欄には


『妻が慣れない靴で靴ずれを起こし、やけに痛がったから』


 ……と書かれており、後日同僚一同から「爆発しろ」「この新婚返りめ!!」「奥さんお大事にな!!」と絆創膏と生薬のはいった袋を投げ付けられる事件が起こったとか、何とか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

巨根王宮騎士の妻となりまして

天災
恋愛
 巨根王宮騎士の妻となりまして

騎士団長の欲望に今日も犯される

シェルビビ
恋愛
 ロレッタは小さい時から前世の記憶がある。元々伯爵令嬢だったが両親が投資話で大失敗し、没落してしまったため今は平民。前世の知識を使ってお金持ちになった結果、一家離散してしまったため前世の知識を使うことをしないと決意した。  就職先は騎士団内の治癒師でいい環境だったが、ルキウスが男に襲われそうになっている時に助けた結果纏わりつかれてうんざりする日々。  ある日、お地蔵様にお願いをした結果ルキウスが全裸に見えてしまった。  しかし、二日目にルキウスが分身して周囲から見えない分身にエッチな事をされる日々が始まった。  無視すればいつかは収まると思っていたが、分身は見えていないと分かると行動が大胆になっていく。  文章を付け足しています。すいません

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【R18】散らされて

月島れいわ
恋愛
風邪を引いて寝ていた夜。 いきなり黒い袋を頭に被せられ四肢を拘束された。 抵抗する間もなく躰を開かされた鞠花。 絶望の果てに待っていたのは更なる絶望だった……

[R18] 18禁ゲームの世界に御招待! 王子とヤらなきゃゲームが進まない。そんなのお断りします。

ピエール
恋愛
R18 がっつりエロです。ご注意下さい えーー!! 転生したら、いきなり推しと リアルセッ○スの真っ最中!!! ここって、もしかしたら??? 18禁PCゲーム ラブキャッスル[愛と欲望の宮廷]の世界 私って悪役令嬢のカトリーヌに転生しちゃってるの??? カトリーヌって•••、あの、淫乱の••• マズイ、非常にマズイ、貞操の危機だ!!! 私、確か、彼氏とドライブ中に事故に遭い•••• 異世界転生って事は、絶対彼氏も転生しているはず! だって[ラノベ]ではそれがお約束! 彼を探して、一緒に こんな世界から逃げ出してやる! カトリーヌの身体に、男達のイヤラシイ魔の手が伸びる。 果たして、主人公は、数々のエロイベントを乗り切る事が出来るのか? ゲームはエンディングを迎える事が出来るのか? そして、彼氏の行方は••• 攻略対象別 オムニバスエロです。 完結しておりますので最後までお楽しみいただけます。 (攻略対象に変態もいます。ご注意下さい)   

【R18】寡黙で大人しいと思っていた夫の本性は獣

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
 侯爵令嬢セイラの家が借金でいよいよ没落しかけた時、支援してくれたのは学生時代に好きだった寡黙で理知的な青年エドガーだった。いまや国の経済界をゆるがすほどの大富豪になっていたエドガーの見返りは、セイラとの結婚。  だけど、周囲からは爵位目当てだと言われ、それを裏付けるかのように夜の営みも淡白なものだった。しかも、彼の秘書のサラからは、エドガーと身体の関係があると告げられる。  二度目の結婚記念日、ついに業を煮やしたセイラはエドガーに離縁したいと言い放ち――?   ※ムーンライト様で、日間総合1位、週間総合1位、月間短編1位をいただいた作品になります。

辺境騎士の夫婦の危機

世羅
恋愛
絶倫すぎる夫と愛らしい妻の話。

処理中です...