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職場へご挨拶②
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「ジル、ジルったら!」
「あ゛?……んだよ。耳元で叫ぶな」
「ご、ごめんよ。でもアンタ、その……」
慣れない靴で転びかけたポルカを抱き上げたまま、ジルはズンズンと廊下を進んでゆく。門にいた男達や、周囲の話を漏れ聞く限りでは……どうやらここは、ジルが働いている場所らしい。そしてどうやらポルカは、『ジルの妻』として上司へ挨拶に連れてこられたようなのだ。
「もしかしてこのまま、人に会うのかい?」
「問題あるか?」
「はぁ!? そりゃあ大ありだよアンタ!!!」
挨拶にきた部下の嫁が、部下に担ぎ上げられたままご挨拶――なんて、ポルカ的には言語道断である。
「……けただろうが」
「へ?」
「コケただろうが、しかも顔面から!……テメェ、俺の上司に鼻血出した上に前歯の欠けた顔晒すつもりか、あ゛ぁ!?」
「う」
「しかも靴ずれまでしやがって。酷くなったら靴下に血が滲むぞ。白靴下に血の染みはなかなか落ちねぇ、良いのかよ?」
「ヴッ………ううぅ良かないよ!! アンタ、この靴下だって高いんだろ!?」
……一体何処で気付いたのか。
確かに、ポルカは慣れない靴で踵に靴ずれを作っていた。申し訳なくて言い出せなかったが、このままいけばマメが潰れ血が滲んでいたに違いない。
卸したての、しかも高価な靴下をみすみす汚したくない小市民なポルカなのである。
「だろうが。……そう思うんなら黙っとけや」
そう言い捨て、彼はポルカを抱いたままズンズンと廊下を進んでゆく。ジルの腕は太く、高さはあれどしっかりポルカを抱き込んでいる。歩く際の揺れにまで安定感がありすぎて、このまま眠れと言われてもすぐ寝入れそうだ。
――そういえば、末の子はジルの抱っこが大好きだったっけねぇ。
体の弱かった三男は上の子達に比べ体力もなくて、すぐに歩き疲れ父親に抱っこをせがんでいた。思えばあの子が一番“父親っ子”だった気がする。
『父ちゃんの抱っこは高くて、ゆらゆらして、ぼく大好きなの! あと胸に耳を当てるとね、安心してすぐ眠くなるんだよ』
久々に我が子の声を思い出し――ポルカは恐る恐る、ジルの胸に耳を当ててみた。
厚い胸板、服越しに感じる高めの体温。やけに疾い心臓の音が、ドッドッドッ……とポルカの鼓膜を優しく叩く。
「……ジル」
「あ゛? 何だ、まだ何かあんのか」
報復相手の女をこんなに丁寧に扱う必要なんぞ、これっぽっちもない筈なのに。やはり、ジルはポルカに勿体無いくらい『イイ男』だ。こんな素晴らしい男、ポルカへの報復が終わって邪魔なポルカとスッパリ縁を切ったらば、お嫁候補があっちこっちから殺到するに違いない。
いずれ、そう遠くない未来……彼の隣には、女が並ぶのだろう。ポルカではない、ポルカより素敵な人が。
――あぁ! そんなの絶対見たくないよ! そんな場面を見せるくらいなら、いっそアタシの息の根を止めとくれ!
それとも、そういう場面を見せつけるまでがジルの言う『報復』なのだろうか?
そうだとしたら、それは大正解だ。きっとそんなモノを見たら、ポルカは一瞬で気が狂ってしまうだろう。
「……何でもないさね」
ポルカはキュッとジルの胸元を握った。
「ちょいと靴ずれが痛んだだけ」
彼女が笑ってそう返すと、ジルは眉間の皺を深くする。予想通りの反応に、ポルカはやっぱり泣きたくなった。
◆◇◆
上司への挨拶は滞りなく終わり、退出したジルベルトはもはや風のような速さで帰宅した。早退理由の欄には
『妻が慣れない靴で靴ずれを起こし、やけに痛がったから』
……と書かれており、後日同僚一同から「爆発しろ」「この新婚返りめ!!」「奥さんお大事にな!!」と絆創膏と生薬のはいった袋を投げ付けられる事件が起こったとか、何とか。
「あ゛?……んだよ。耳元で叫ぶな」
「ご、ごめんよ。でもアンタ、その……」
慣れない靴で転びかけたポルカを抱き上げたまま、ジルはズンズンと廊下を進んでゆく。門にいた男達や、周囲の話を漏れ聞く限りでは……どうやらここは、ジルが働いている場所らしい。そしてどうやらポルカは、『ジルの妻』として上司へ挨拶に連れてこられたようなのだ。
「もしかしてこのまま、人に会うのかい?」
「問題あるか?」
「はぁ!? そりゃあ大ありだよアンタ!!!」
挨拶にきた部下の嫁が、部下に担ぎ上げられたままご挨拶――なんて、ポルカ的には言語道断である。
「……けただろうが」
「へ?」
「コケただろうが、しかも顔面から!……テメェ、俺の上司に鼻血出した上に前歯の欠けた顔晒すつもりか、あ゛ぁ!?」
「う」
「しかも靴ずれまでしやがって。酷くなったら靴下に血が滲むぞ。白靴下に血の染みはなかなか落ちねぇ、良いのかよ?」
「ヴッ………ううぅ良かないよ!! アンタ、この靴下だって高いんだろ!?」
……一体何処で気付いたのか。
確かに、ポルカは慣れない靴で踵に靴ずれを作っていた。申し訳なくて言い出せなかったが、このままいけばマメが潰れ血が滲んでいたに違いない。
卸したての、しかも高価な靴下をみすみす汚したくない小市民なポルカなのである。
「だろうが。……そう思うんなら黙っとけや」
そう言い捨て、彼はポルカを抱いたままズンズンと廊下を進んでゆく。ジルの腕は太く、高さはあれどしっかりポルカを抱き込んでいる。歩く際の揺れにまで安定感がありすぎて、このまま眠れと言われてもすぐ寝入れそうだ。
――そういえば、末の子はジルの抱っこが大好きだったっけねぇ。
体の弱かった三男は上の子達に比べ体力もなくて、すぐに歩き疲れ父親に抱っこをせがんでいた。思えばあの子が一番“父親っ子”だった気がする。
『父ちゃんの抱っこは高くて、ゆらゆらして、ぼく大好きなの! あと胸に耳を当てるとね、安心してすぐ眠くなるんだよ』
久々に我が子の声を思い出し――ポルカは恐る恐る、ジルの胸に耳を当ててみた。
厚い胸板、服越しに感じる高めの体温。やけに疾い心臓の音が、ドッドッドッ……とポルカの鼓膜を優しく叩く。
「……ジル」
「あ゛? 何だ、まだ何かあんのか」
報復相手の女をこんなに丁寧に扱う必要なんぞ、これっぽっちもない筈なのに。やはり、ジルはポルカに勿体無いくらい『イイ男』だ。こんな素晴らしい男、ポルカへの報復が終わって邪魔なポルカとスッパリ縁を切ったらば、お嫁候補があっちこっちから殺到するに違いない。
いずれ、そう遠くない未来……彼の隣には、女が並ぶのだろう。ポルカではない、ポルカより素敵な人が。
――あぁ! そんなの絶対見たくないよ! そんな場面を見せるくらいなら、いっそアタシの息の根を止めとくれ!
それとも、そういう場面を見せつけるまでがジルの言う『報復』なのだろうか?
そうだとしたら、それは大正解だ。きっとそんなモノを見たら、ポルカは一瞬で気が狂ってしまうだろう。
「……何でもないさね」
ポルカはキュッとジルの胸元を握った。
「ちょいと靴ずれが痛んだだけ」
彼女が笑ってそう返すと、ジルは眉間の皺を深くする。予想通りの反応に、ポルカはやっぱり泣きたくなった。
◆◇◆
上司への挨拶は滞りなく終わり、退出したジルベルトはもはや風のような速さで帰宅した。早退理由の欄には
『妻が慣れない靴で靴ずれを起こし、やけに痛がったから』
……と書かれており、後日同僚一同から「爆発しろ」「この新婚返りめ!!」「奥さんお大事にな!!」と絆創膏と生薬のはいった袋を投げ付けられる事件が起こったとか、何とか。
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