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10 貴族は心配性で

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 国王陛下の5歩後ろを離れ過ぎないようについていく。
 国王陛下が通路を進めば、すれ違う者が順番に頭を下げていった。
 そして国王陛下が通り過ぎて頭を上げた人から、ちょこちょこと後ろをついていくシャンリリールを見つけ好奇の目を向ける。
 その好奇の目が突き刺さるくらい強く、シャンリリールから離れない。そこまで目が離せないのはなぜか。……ちょこちょこと歩いているから? 確かに小走りで歩く姿は面白く見えるかもしれないけれど……。
 澄まして歩きたくても国王陛下とシャンリリールの足の長さが違うから、ちょこちょことなってしまうのは仕方ないと思う。
 しかし面白く思われたままはよくないので、できる限り上品に見えるように歩く。
 けれどどうやらシャンリリールの思っていたこととは違っていたようで、すれ違う文官、騎士、侍女の目がシャンリリールを不思議なものを目撃したように驚き、なぜ一緒に歩いているのか疑問そうに見るまでが一連の流れになり、最終的にシャンリリールを見つめる目から同じ結論に達したことが伝わってきて、とても居たたまれなくなった。
 うぅー。
 迷子になった子供を見るような生温かい目で見られて、しかも事実だからこそ余計にその視線がつらかった。
 道を覚えるためにきょろきょろと見回していたのがいけなかったのかもしれない。でも、道を覚えないと次行った時にまた帰れなくなるかもしれないし、きょろきょろと見回したことで誤解を招くことになったのは仕方ない。だからこの状況は自分が蒔いた種で、恥ずかしくても受け入れるしかなかった。
 恥ずかしさに耐えて頑張って顔を上げていると、やっと見覚えのあるところに来た。

「国王陛下」
「なんだ」

 シャンリリールが呼びかけると、国王陛下はわざわざ立ち止まって振り返ってくれた。

「こちらまでで大丈夫でございます。ありがとうございました」
「そうか」

 国王陛下は一言返したあと去っていった。
 振り返った国王陛下は先ほどよりも無表情というか、無愛想だった。
 不機嫌そうに見えたのは、やはり休憩中に道案内をさせてしまったからだろうか。
 忙しい中の休憩時間を邪魔をしてしまったのだから、シャンリリールが悪い。
 それに国王陛下という立場の人がとても忙しいことを知っている。国は違えども同じ国王陛下の父様もとても忙しかったのだから、同じくらいには忙しいはずだ。そんな忙しい中の貴重な休憩時間をシャンリリールのために使ってくれたのだから不機嫌になるのは当たり前だと思う。
 でも不機嫌になるほど面倒なのに途中で出会った誰かに引き渡さずに、国王陛下自身が直々に案内してくれたところに人柄が出ているような気がした。
 その行動からとても律儀な人なんだと思えた。そして基本的に優しい人なのだろうとも。


 国王陛下を見送り、部屋へと戻ろうとした視線の先に、煌びやかな服を着て歩いてくる人が見えた。
 服装からして高位貴族であると判断できたため、端に寄って頭を下げる。
 フィナンクート国は明確に身分の上下が区別されているのをここに来るまでに学んでいた。
 実感したのは今さっきだけれど。

「まあ、なぜこんなところに子供が?」
「ここは子供の遊び場ではないというのに、どこの痴れ者だ」

 通り過ぎると思っていた高位貴族は、シャンリリールの前で立ち止まった。

「どこの者だ?」

 立ち止まったのは2人。
 服装から男性1人と女性が1人。
 その内の男性が声をかけてきた。声からして父様と同じくらいの年齢だろうか。
 挨拶するために頭を上げると、目がチカチカした。

「ご挨拶申し上げます。わたくしはシャンリリール様の侍女リリと申します」

 眩しさを我慢しつつ、名乗りを上げる。
 それにしても眩しい。気を付けなければ眩しさで目を閉じてしまいそうだった。
 なぜなら、目の前の2人の全身が宝石が散りばめられたように輝いていたから。いや、比喩ではなく文字通り宝石が。
 髪にも耳にも首にも指にもドレスにも靴にも、余すところなく宝石が飾り付けられ輝いていた。
 本当に目が痛い。
 これがフィナンクート国の流行なのだろうか。そうであったなら、とてもつらいことである。
 流行ならば必然的にシャンリリールもそういう格好をしなくてはならないからだ。
 それに2人からはなんかぞわぞわしたものを感じる。
 初めての感覚だった。
 見慣れないものを見たからだろうか。

「シャンリリール様の侍女?」
「まあ、シャンリリール様の? お聞きしましたわ。長旅で体調を崩されたとか。我が国の気候が合わなかったのかしら。お気の毒ですわ」
「来て早々、寝込むなど体が弱すぎるのではないのか? そんなことで王妃が務まるのか心配でならん」
「まあ、お父様。それは私も心配ですわ。王妃は我が国の象徴。陛下と並び立つことのできる特別な存在。そんな重要な役割をお体が弱い人に努められるのかしら」
「おお、ナルレイシア。さすがわしの娘だ。王妃という立場をよく理解しているのだな。さすがだ」
「いやですわ、お父様。これくらいのこと当たり前です」
「いやいや、さすが王妃候補第1位に選ばれるだけのことはあるな」

 ハッハッハッハッと嬉しそうに笑っている。
 娘のナルレイシアを愛していることがよく分かった。
 それに応えるようにオホホホと笑っているナルレイシアも嬉しそうに笑っていた。
 親子の仲がいい様子に嬉しく感じるのに、なぜかぞわぞわしたものを感じるのは何故だろうか。
 それにしても、シャンリリールを心配してくれるなんて優しい親子だ。

「ご心配いただきありがとうございます。長旅で体調を崩されておりますが、少し休めば回復すると思われます」
「そうであろうか。聞いたところによると、顔も見せられぬほどやつれ、声も出せぬほど弱っていると聞く」
「それは……」
「本当に3ヶ月で体調が回復するのか心配でならんのだよ」
「そうですわ。他の皆様も心配されていますのよ。異国の地はお体に合わないのではないかと」

 顔も見せない、声も出せないことが当初の予定よりも大げさに広まっているようだった。
 どうしよう。否定も肯定もできない。
 否定すれば顔を見せなければならない。
 けれどそれが今はできないから否定できない。
 かといって肯定するのもフィナンクート国が合わないと認めてしまうことになり、それはそれで違うと思う。

「そうですわ。私、今からご挨拶に伺いたいわ」
「今から、でございますか?」

 ナルレイシアの突然の申し出に面食らう。

「そうよ。シャンリリール様を元気づけて差し上げたいの」
「ナルレイシアは心優しいな」
「まあ、お父様ったら。当然のことをしているだけですわ」
「それができる者がお前以外にいるはずがない」
「もう、お父様ったら言い過ぎですわよ」
「言い過ぎなものか」
「もう、お父様ったら。ねえ、今から行ってもいいでしょう?」

 断られるとは微塵も思ってなさそうなナルレイシアに、失礼にならないように慎重に言葉を重ねる。

「ご招待したいのですが、到着したばかりでナルレイシア様をお招きできるほどの十分な準備が調っておりません。準備が出来次第ご招待したいと思っておりますがいかがでしょうか」
「まあ、そうですわよね。体調を崩されたばかりですもの。人を招けるほどの余裕はございませんわよね。致し方ありませんわよね、ええ、致し方ありません。ですけれど、とても心配しておりますの。できるだけ早く、一目だけでもお顔を見たいわ」
「ご希望に添えるように尽力いたします」
「ええ、できるだけ早くお願いするわ」
「かしこまりました」

 シャンリリールが頭を下げると、ナルレイシア親子は離れていった。
 まだ会ったことのない貴族の人たちからもとても心配されているようだ。
 これは早々に元気な姿を見せなければいけないかもしれない。
 早く部屋に戻って、どのように対応するかを話し合わなければ。
 シャンリリールは戻る足を早めた。


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