上 下
22 / 29

22 ザーシラ

しおりを挟む

思ったよりも遅くなってしまったディルユリーネは走った。そして小屋に到着したと同時に扉を開ける。

「すみません。遅くなりました」
「おう、ディル、もういいのか? こっちはだいたい出来たぞ」

扉を開けて謝罪したディルユリーネに、明るい声がかかる。

「え? もう? 任せきりにしてごめ、ん………」

ジルヴァンに瞳を向けたことで、小屋の中の様子が瞳に入り言葉を失った。

小屋の中には布が溢れていた。と言ってもいいくらいに、何もなかった小屋の中に色とりどりの布が置かれていた。最初に見たときとまったく印象が変わっていた。
ディルユリーネの予想よりも遥かに上回る量の布が、惜しげもなく捕虜の人達に行き渡っていて驚いた。
まさか、ジルヴァンが何も考えずに要求してしまい、ザーシラさんが断れなかったのだろうか。

「……大丈夫なのですか?」

おそるおそる作業をしているザーシラさんに尋ねた。

「ああ、ディル様。いかがですか? 足りないようでしたら、まだ布はありますから仰って下さい」

振り返ったザーシラさんは笑顔で、布の追加を申し出てくれた。
ジルヴァンが無理に要求したわけではないことが分かっててほっとしたけれど、ここまで商品である布を大量に提供してもらってかえって申し訳なく感じる。

「十分です。それよりも、こんなにもたくさんの布を宜しかったのですか?」
「はい。ディル様のお役に立てるのならば、構いません」

どうしてこんなに良くしてくれるのか分からなかったけれど、とても有り難かった。

「……ありがとうございます」

捕虜の人達もやつれた体でジルヴァンやザーシラさん達と一緒に小屋の中を住み心地よくするために動いていた。

ディルユリーネは手伝いながら、ザーシラさんとシグマさんの様子を見る。
笑顔で捕虜の人達と作業するザーシラさんとシグマさんには、敵兵に対しての偏見はなさそうに見えた。
敵兵というだけで、すぐ殺せとか、助ける必要がないとか言うような人でなくて良かった。
もちろんそんな人には見えなかったから、ジルヴァンとともに先に行ってもらうことにしたのだけれど。
自分の直感が当たっていたようで、2人を信じて良かった。

捕虜の人達も最初の頃の怯えがなくなり、何故かジルヴァンと昔からの友達かのような気安さで肩を叩きながら作業をしていた。
今にも死にそうな状態から心まで回復したようで安心した。



ディルユリーネは戦争は国同士が始めたことであって、兵役している者が戦いたくて戦っている訳ではないと思っていた。
だから、すでに弱っていた捕虜達にはこれ以上傷ついて欲しくなかった。
もちろん戦争して剣を交えているのだから、敵兵の攻撃によって自軍の誰かや国民が傷つき、その怪我によって重傷になったり、場合によっては死に至ることもあるだろう。そして、傷つけられた者からすれば許せなく思ってしまうのも理解している。
それでも無闇に誰かが傷つくことには抵抗があった。

もちろん人を傷つけることに喜びを感じている者や自分では手を汚さずに命令している者には容赦するつもりはないけれど。

傷……と思いをめぐらせて、先ほどのクシスさんのことが過ぎった。
そういえば、ザーシラさんやシグマさんはヒュドネスクラ国の敵兵によって怪我をしてはいないのだろうか。
クシスさんのように、傷を負っているのに言い出せない可能性も考えられる。

ザーシラさんにこっそりと聞いてみようと、そっと近寄る。

「ザーシラさん。怪我をしていたら言って下さい。すぐに治しますので」
「変わりませんね」
「え?」

言葉を聞き取れずに聞き返せば、また商人の笑顔を浮かべてはぐらかされた。

「私共は怪我をしておりません。お気遣いいただきありがとうございます」
「そうですか。それなら良かったです」

ザーシラさんは作業していた最後の寝床の干し草を布の中に詰め込んで完成させた。

「これで大丈夫でしょうか」
「はい。ありがとうございます」

ディルユリーネがお礼を言っていると、ジルヴァンも作業が終わったらしく、近くにいたシグマさんの肩に腕を回していた。

「ありがとな、ザーシラ。シグマ」

その後に続くように、捕虜の人達も頭を下げて、お礼を言った。

「「「「「「「「ありがとうございます」」」」」」」」

そして、1人の捕虜が進み出て言葉を続けた。

「みなさまに受けた御恩に報いるために、わたくし達は何でもいたします。聖人様に御迷惑をお掛けするようなことは絶対にいたしません」

真摯に向けられる捕虜の人の視線に本気度を感じた。

「……ありがとうございます」

捕虜の人達の視線全てが同じ真摯な瞳をしていて、ディルユリーネには本気で言っているのだと信じられた。
だから、捕虜の人達の手足を拘束しないことにした。
もちろんマルロ部隊長の指示は仰ぐつもりだし、扉の鍵はかけるつもりだけれど。
逃げ出すとは思っていないけれど、誇り高き騎士達が何をするか分からないから、捕虜の人達の安全のためだった。

「では、夕食を持ってきます」
「儂が運んでくるぞ」

腕まくりしてジルヴァンが勢いよく扉から出ていく。
それをディルユリーネとザーシラさん、シグマさんは苦笑して見送って、小屋を出た。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

【リクエスト作品】邪神のしもべ  異世界での守護神に邪神を選びました…だって俺には凄く気高く綺麗に見えたから!

石のやっさん
ファンタジー
主人公の黒木瞳(男)は小さい頃に事故に遭い精神障害をおこす。 その障害は『美醜逆転』ではなく『美恐逆転』という物。 一般人から見て恐怖するものや、悍ましいものが美しく見え、美しいものが醜く見えるという物だった。 幼い頃には通院をしていたが、結局それは治らず…今では周りに言わずに、1人で抱えて生活していた。 そんな辛い日々の中教室が光り輝き、クラス全員が異世界転移に巻き込まれた。 白い空間に声が流れる。 『我が名はティオス…別世界に置いて創造神と呼ばれる存在である。お前達は、異世界ブリエールの者の召喚呪文によって呼ばれた者である』 話を聞けば、異世界に召喚された俺達に神々が祝福をくれると言う。 幾つもの神を見ていくなか、黒木は、誰もが近寄りさえしない女神に目がいった。 金髪の美しくまるで誰も彼女の魅力には敵わない。 そう言い切れるほど美しい存在… 彼女こそが邪神エグソーダス。 災いと不幸をもたらす女神だった。 今回の作品は『邪神』『美醜逆転』その二つのリクエストから書き始めました。

処理中です...