11 / 29
11 初出撃の後 Ⅱ
しおりを挟む洗濯物を干し終わり、炊事場でマルロ部隊長とジルヴァンの食事をもらって、ジルヴァンと共に天幕へ戻る。
「戻りました」
「お疲れ様。ああ、ヴァン君も戻ったんですね。ヴァン君もお疲れ様」
まだ山のような書類に囲まれて書類作業をしていたマルロ部隊長は、ディルユリーネ達を見て労うように笑った。
「マルロ部隊長の食事をもらってきました。食事にしませんか?」
「そうだね。ありがとう」
一旦仕事の手を止めてテーブルに近づいて来たマルロ部隊長は、テーブルの上に2人分の食事しかないことに眉を下げた。
「そういえば、ディルは食事抜きと言われていたね」
「はい」
「……すまないね。うまく隠せなくて」
「今日は仕方ありません。あの場で治癒魔法を使わないという選択肢はありませんでしたから」
「そうだけれどね……」
後悔を滲ませて落ち込むマルロ部隊長にディルユリーネは笑いかける。
「今日はヴァンが送っていった女性から果物をもらったようで、ほら、こんなにたくさんあるんですよ」
マルロ部隊長に見えるように、果物が入った袋の口を開けながら1つ手に取る。
「これだけあればお腹いっぱいどころか、食べきれないくらいですよ。はい。マルロ部隊長もお一つどうぞ」
「……ありがとう」
「私はあとでこれをいただきますから、お気になさらずに召し上がってください」
前にマルロ部隊長が一人だけ食べるのは申し訳ないと言って、マルロ部隊長の分の食事を半分頂いたことがあった。その時にたまたまメッツァー隊長が訪ねてきて、ディルユリーネが食事をもらっているのを見て命令違反行為だと言って、食事が取り上げられた。マルロ部隊長も同罪だといい、その後3日間食事抜きになった。それを憐れに思った他の魔法騎士がメッツァー隊長に内緒で食事を差し入れしようとしたところ、メッツァー隊長に運悪く見つかり、危うく魔法騎士全員の食事がなくなるところだった。魔法騎士の食費は軍事費から賄われているので、それを差し止められてしまうと食事もままならなくなってしまう。そんな経緯があったため、食事抜きになったときには、互いにその時は耐えようという意見でまとまった。助けたことで共倒れになり、フラフラになりながら戦闘に駆り出されてしまえば、動きが鈍くなり下手をすれば死ぬような怪我を負うことにもなりかねないからだ。
そんなわけで誰かに食事をもらうわけにはいかないのだった。
「私はこの果物を他の魔法騎士達にも渡してきますので、先に召し上がっていてください」
「……わかったよ。行ってらっしゃい」
「はい。ヴァンもしっかり食べてくださいね」
「……わかった」
ジルヴァンも納得いかない顔をしていたけれど、マルロ部隊長が説明してくれるだろう。
他の魔法騎士達にまで被害を拡大させるわけにはいかない。納得できなくても飲み込んでもらうしかなかった。
魔法騎士達の天幕へとひとつひとつ訪ね、果物を渡していく。
今日助けた女性からのお礼だと伝えて渡せば、皆嬉しそうにしていた。駐屯地での扱いが酷くて自信が無くなっていくけれど、やはり誰かからの感謝の気持ちを向けられれば嬉しくなり頑張ろうと思える。活力に繋がるのだ。
皆の嬉しそうな顔を見て、持っていって良かったと思えた。
魔法騎士達に渡し終わり、帰りに風呂場から湯をもらって、マルロ部隊長の天幕へ戻る。
「戻りました」
「お帰り」
すでに2人の食事は終わっていた。
2人は楽しそうに会話をしていて、マルロ部隊長も見たことないくらい朗らかな表情をしていた。
マルロ部隊長はディルユリーネが抱えている湯を見て、頷いてくれた。
「ヴァン君、さっきの話の続きを教えてくれるかな」
「おう。いいぞ」
マルロ部隊長とジルヴァンの声を後ろ手に聞きながら、ディルユリーネは布で仕切られた自身に与えられた自室空間に入る。
マルロ部隊長がジルヴァンの気を引いているうちに、もらってきた湯で身体の汚れを落とさなければならない。マルロ部隊長はディルユリーネが女性だと知っているから絶対に入ってくることはないとわかっているが、ジルヴァンはどうなるか分からない。その緊張感があり、若干拭く手が震える。それでもどうにか拭き終え、身支度を整え終わったときには深いため息が口から漏れた。
(なんか疲れた……。久しぶりに……)
今までマルロ部隊長にどれ程の安心感をもらっていたのかよくわかった。
湯を持って出れば、まだ楽しそうに会話していた。
ジルヴァンを見て、そういえばジルヴァンはどこで寝るのだろうという疑問が頭を過ぎった。
マルロ部隊長はディルユリーネが出てきたことに気づいたようだった。
「そろそろ寝る時間ですね──」
マルロ部隊長はそう言葉を続けて、ディルユリーネと同じ疑問に辿り着いたらしく固まった。
ジルヴァンは周囲を見渡し、自分の寝床が無いのを確認したようだ。
「儂はディルのところでいいぞ?」
ジルヴァンが発した言葉でディルユリーネは固まった。
「ディルの方が身体が小さいだろ?」
「……そうですね」
「儂は寝相はいいぞ?」
そこが問題ではないんだけれどね、ジルヴァン。
マルロ部隊長もうまい言い訳が思いつかないのか、思案げにしながらもマルロ部隊長の口から代替案が出てこなかった。
マルロ部隊長がディルユリーネと寝床を一緒にすることも出来ず、かといって他に眠れる寝床も今更用意も出来ず、ディルユリーネが女性だということも伝えられないから八方塞がりだった。
これはもう今夜ひと晩だけどうにかやり過ごすしかないのではないのだろうか。
逡巡したのちディルユリーネは覚悟を決めた。
「今日は私と同じ寝床を使ってください。明日にはヴァンの寝床をちゃんと用意しますから」
「おう。悪いな」
「いいえ」
ジルヴァンに返事を返しながら、マルロ部隊長からの心配そうな視線を感じた。
マルロ部隊長の心配は分かる。けれども、今は断る理由が思いつかないのだからしょうがないと思うしかない。
マルロ部隊長に大丈夫ですと伝えるために笑いかける。
ディルユリーネの笑顔に、それでも心配そうな瞳で見つめるマルロ部隊長だったけれど、やはりいい案が浮かばないのだろう。一度息を吐くと申し訳なさそうに頷いた。
「ディル、申し訳ないけれど今夜ひと晩頼むよ」
「わかりました」
ディルユリーネは頷くしかなかった。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
僕のおつかい
麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。
東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。
少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。
彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。
そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
※一話約1000文字前後に修正しました。
他サイト様にも投稿しています。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元侯爵令嬢は冷遇を満喫する
cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。
しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は
「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」
夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。
自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。
お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。
本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。
※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります
※作者都合のご都合主義です。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
魔法のせいだからって許せるわけがない
ユウユウ
ファンタジー
私は魅了魔法にかけられ、婚約者を裏切って、婚約破棄を宣言してしまった。同じように魔法にかけられても婚約者を強く愛していた者は魔法に抵抗したらしい。
すべてが明るみになり、魅了がとけた私は婚約者に謝罪してやり直そうと懇願したが、彼女はけして私を許さなかった。
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる