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5 理解不能な技

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「それよりも、今の技を教えてくれ。あっ! もちろん口頭説明で、だ」
「ははっ。わかってるぞ」

ディルユリーネの慌てたような言い方が面白かったのかジルヴァンは笑うと、手のひらを開いてメノウを見せてくれた。

「これを捕まえたい奴に向けて飛ばすんだ。あとは勝手に捕まえてくれる」

 …
  ……
   ………
    …………

「─────────────────え?」

どんなに待っても次の言葉はなかった。
まさか今の説明で全てなのか?!
ジルヴァンの顔を見ても、至極真面目な顔をしている。
流石にもう少しあるだろうと期待を込めてもう一度問いかけた。

「もう少しわかりやすく説明してくれ」
「えー? すごくわかりやすく説明しただろ?」
「もう少しだけ丁寧に頼む」
「んー、だから、これを捕まえたい奴に向かって、あいつを捕まえたいって思いながら投げたり手を翳したりすると、あとは本当に勝手に捕まえてくれるんだよ。それ以上は儂にもよくわからん」
「───────」

は?と思ったまま開いた口が塞がらなかった。
使う者が分からない技なんてあるのか?
しかし、言っているジルヴァンは嘘をついているようにも見えないし。
これ以上聞いても詳しい話は出てこなそうだったから、仕方なく話を変えることにした。

「その技はジルヴァン以外にも使える者はいるのか?」
「いないぞ」
「……そうか、──試しに私の2本の指を拘束できるか?」

ジルヴァンに向けて左手の人差し指と中指を揃えて差し出す。

「出来るけど、いいのか?」
「結局聞いてもよく分からなかったからな。自分の瞳で確認できるところでやってもらうしかない」
「わかった」

ジルヴァンが手を翳すと手のひらに乗っていたメノウが2粒浮き、目にも止まらぬ速さでディルユリーネの差し出した指に飛んでいく。巻き付いたようにメノウが動いた直後、2本の指が見えない何かに締め付けられた。

───実際に見てもどうなっているのかよく分からない。

見た目には2本の指にメノウが張り付いているようにしか見えない。
試しにメノウを引っ張ってみてもまったく動かない。
次に指同士を離してみようと力を入れてもまったく動かせない。
右手で左手の指を離そうとしても締め付けた何かが食い込んで痛いだけで、まったく隙間が出来ない。
最後に締め付けられている付近を触ってみると、微弱な魔力を感じた。でも、触ろうとしても触った感じがしなかった。
この拘束を解く方法がまったく見当たらない。

魔法にも拘束出来るものはあるけれど、ここまで強固なものはないし弱点もある。
しかし、ジルヴァンの技は弱点らしきものはなさそうだった。強いていえば、ジルヴァンしか使えない事だろうか。

「もういい。ありがとう」

ディルユリーネの言葉を受けて、ジルヴァンが手を翳すと指を拘束をしていた魔力が緩んでぴくりとも動かなかった指が動かせるようになった。ディルユリーネの指に張り付いていたメノウはジルヴァンの手のひらに回収される。

「口で説明されても瞳で見てもさっぱり分からなかったが、ジルヴァンにしか使えない技なのは分かった。あと拘束力が強いのも」

技としての興味は尽きずまだまだ話を聞きたかったが、ここに来て大分時間が経っていた。あまり長いことジルヴァンにかかりきりになっているわけにもいかないので、本題に入ることにした。

「それで………、あー、隊長が言っていた褒美についてなんだが……」

──とても言いにくい。
ジルヴァンは武器を持った敵兵に一人で立ち向かい捕らえ、被害者も出なかった。勇気ある行動が出来る男なのだ。
しかも、下心があっての行動ではなさそうだ。貴族に媚びて安寧の生活を得ようとかいう意思がまったく感じられない。
そう。ジルヴァンがいい奴なのがわかってしまったから。まあ、危なっかしい奴だとも思ったけれど。

そのジルヴァンに命の危険が伴う労働を褒美という名で強要しなければいけないことに気が重くなる。

それに確かに面白い奴だと思う。返ってくる返答が予想外すぎて、隊長と会ったときも同じ感じだったのだろう。隊長が暇つぶしに目を付けたのも分かってしまった。駐屯地には居ない人材だ。

だけど……、だからこそ、純粋なジルヴァンを隊長のオモチャにさせてはいけないと思う。
平民という立場は貴族に逆らうことが赦されない。だから、部隊に入ってしまったら逃げられない。ならば、入らないようにするしかなかった。そうするには隊長を納得させられる理由が必要だが、そんなものがあるのだろうか。

「部隊に入れること、なんだが………」

「だが、無理にとは言わない。隊長にはどうにか誤魔化しておくから、褒美は私が食料を用意する」と続けるつもりだった。最悪、自分が罰を受ければいい、そう思った。
言い淀んだディルユリーネが言葉を続ける前に、ジルヴァンは困っていることを察したのかニカッと弾けるような笑顔を見せた。

「いいぞ。部隊に入っても」

ジルヴァンの言葉が一回耳を素通りして、遅れて脳が理解した。
理解出来たらできたで、何故その返事が返ってきたのか分からなかった。

「……いい?」
「おう。困ってる人を助ける仕事なんだろ?」
「困ってる人も助けるが──」
「なら、いいぞ」

最後まで変わらない笑顔で言い切った。
ジルヴァンにとっては困っている人を助けられればそれでいいということなのだろうか。

「また敵兵と戦うことになるかもしれないんだぞ?」
「おう」
「死ぬ可能性もあるんだぞ?」
「それは、どこにいても同じだろ?」
「本当にいいのか?」
「おう」

変わらない笑顔で言い切られ、意志が変わらないことを見て取ったディルユリーネは言葉を続けるのをやめた。

「わかった。宜しく頼む」
「おう。よろしくな」
「ああ」

結局ジルヴァンを部隊に入れることになってしまったのが悔やまれる。
ジルヴァンを入れないですむ理由が思い浮かばなかったので、最終的にジルヴァンに救われた形になってしまった。
ディルユリーネはジルヴァンを貴族の悪意から自身の手で守るしかないと決意した。



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