シャウには抗えない

神栖 蒼華

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第1章

49 イラザの腕の中

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母さんに頼まれて、荷物持ちのルティスと一緒に魔道具を受け取りにダブじいの研究室へ来た。

「こんにちは、ダブじい、魔道具受け取りに来たよ」

ノックと共に中に入ると、イラザとターニヤさんが作業をしていた。
イラザは入ってきたシャウを見とめ、横に立つルティスに一瞬目を眇めて見たあと笑みを浮かべる。

「ああ、シャウ。ダブラーダ室長から聞いています。今最後の魔道具を調整してますので、そちらの椅子に座ってお待ち下さい」

イラザに言われるまま、シャウは戸惑いつつもルティスと椅子に座った。

まさかイラザが居るとは思っていなかった。

シャウはラオスとの事があって、イラザと会うのが怖くなっていた。
だから、偶然会ったことに動揺していた。
イラザがラオスと同じだとは思っていなかったけれど、それでもイラザ自身から護衛を代わることを直接聞いていないことが棘が刺さったように心に引っかかっていた。
ただ、それでもイラザは違うと思いたかった。

椅子に座って待っているシャウの目の前でイラザとターニヤさんが魔道具を囲んで作業していた。
話し合う言葉は専門用語が多くて、半分以上も理解できない。
その事にシャウは疎外感を感じていた。
今までだって同じようなことはあったはずなのに、今はイラザがとても遠くに感じてしまっていた。

なんで何だろう。
前はすごく側にいた筈なのに、ラオスもイラザもとても遠くに行ってしまった。

イラザとターニヤさんを見ていられなくて、下を向いたシャウの耳にバチッという音が聞こえた。
そして、「きゃっ」という声があがる。
その音に反射的に顔を上げたシャウの目は、何かが破裂した破片が飛んできたのを捉えた。
その次の瞬間には、誰かの腕の中に庇われて視界が暗くなる。

その後、何度か破裂音がして、音が止まった。
そこでやっとシャウを拘束していた腕の力が緩んで、周りを確認できるようになった。
庇ってくれたお礼を伝えようと顔を上げると同時に言葉を伝える。

「ありがとう、イ──、…ルティス」

お礼の言葉の後に無意識にイラザの名前を口にしていた。
しかし、見上げた先にはルティスの顔があり、実際はルティスの腕の中に庇われていたことに気づいたシャウは、どうにかルティスの名前に言いかえることが出来た。
いつもこういうときはイラザに護られていたので、ルティスの腕の中にいることに驚いてしまった。
よく考えれば、1番近くにいたのはルティスなんだから、ルティスに庇われるのは自然な成り行きなのに僕の中ではイラザに庇ってもらったと思い込んでいた。
だから、お礼の言葉もイラザに言おうとしてしまい、慌てて言い直すことになってしまった。
思い違いをしたことに一人恥ずかしくなったシャウは、一度息を吐き出して深呼吸をして落ち着くとやっと周りの様子を気にかける余裕ができた。

かなり派手に爆発したのでイラザは大丈夫だったのかと心配になって視線を向けた先で、イラザの腕の中にターニヤさんが庇われているのが見えた。

それを見た瞬間、胸にチリチリとした痛みが走った。

(その腕の中は僕の場所なのに…)

自分の感情を理解してハッとした。そんな事を思う自分が信じられなかった。
状況からみてもイラザがターニヤさんを庇うのは当たり前のことだと分かっていたけれど、感情が納得できなかった。

少し前から変だった。
前はそんなことも思わなかったのに、色々なことが気になって嫌な感情がシャウの中を染めていた。
その感情は少し経てば冷静に違うと思えるのに、その瞬間は嫌な感情で支配されてしまう事が多くなった。

今もイラザがターニヤさんを庇って腕の中に抱き込んでいる姿を見て、もう僕は護ってもらえなくなったんだと突きつけられたように感じて、見ていたくないという気持ちが膨らんでいた。

自分の感情に囚われて俯き、不安定な心が何かに縋るように手の側にあったルティスの袖を無意識に握り締めていた。そんなシャウの様子をイラザはターニヤさんを腕に庇ったまま、目だけはシャウを見つめていて顔は苦しげに歪んでいた。
その事にルティスしか気づいていなかった。

「もう大丈夫でしょう」
「そうですね」

ルティスとイラザが破裂した魔道具を見て、変化がないのを確認すると腕の中で庇っていたシャウとターニヤさんを立たせてくれた。

「シャウ、怪我はありませんか?」
「ルティスに庇ってもらったから大丈夫だよ」

イラザに心配そうに話しかけられて、ターニヤさんと並んでいる姿を見たくなくて視線を逸らして答えた声はとても硬くて無機質になっていた。
シャウは自分の感情がコントロールできなくて、こんな言い方をしたくないのに怒っているような言い方になってしまった。
イラザはシャウの様子に切なげに眉を寄せる。そして口を一度引き結ぶとシャウに話しかけた。

「シャウ、申し訳ありません。依頼された魔道具は直ぐには用意できなくなってしまったので、後で治療室に届けるということでも宜しいですか?」
「…はい。それで大丈夫です。…それじゃあ、失礼します」

2人の姿を見ているのが辛くなっていたシャウは、イラザの言葉に甘えてそのまま逃げることに決めた。
シャウは頭を少し下げたあとは、イラザとターニヤさんの事を見ないようにして部屋を出る。

部屋を出たシャウは自分の中に渦巻く感情がわからなくて混乱していた。
2人と喧嘩したときと同じような同じじゃないような気持ちを感じて、一度落ち着いて考えたかった。




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