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第1章
32 帰還
しおりを挟むラオスとイラザが魔物退治に行った日。
シャウは警備隊の治療室で1人待機していた。
今日ルティスは城での用事があるとかで来ていない。
サーラさん達治療士の半分は魔物退治についていった。
通常の業務をしていた治療室に午後になって魔物退治に行った人達から連絡が来た。
少し手間取っていて、もう少し治療士を派遣して欲しいと。
それを聞いた母さんは呪いを治療できる残っていた治療士全員と普通の治療士半分を魔物退治部隊に送り出した。
その為、治療室に残っているのは呪いを治療できる母さん1人と普通の治療士5名と治療士見習いのシャウ1人だった。
魔物退治に行っていた者達で軽傷の者が治療室まで来て治療を受けていた。
現在、母さんを含めたシャウ以外の治療士は治療中だった。
シャウは治療室に来た者達の具合を見て、母さんに伝達する役目を負っていた。
ガタン
治療室の扉に何かがぶつかる音がした。
その後、扉が開いて入ってきたのはラオスとイラザだった。
「ラオス! イラザ!」
イラザの肩にもたれかかるようにしてラオスが部屋に入ってくる。
「ラオス?! 怪我したの?」
確認しようと近づくと、イラザがシャウを手で近づけないように制止した。
「近づいてはいけません」
「なんで?」
「ラオスが呪いを受けました」
「どこに?!」
「顔です」
「顔?!」
シャウはラオスの顔を離れた位置から覗き込むと左の頬辺りに黒い筋が走っていた。
「他の場所は? 怪我は? 魔力はどうなの?」
シャウの矢継ぎ早な質問にもイラザは丁寧に答えていく。
「他に呪いの場所はありません。怪我は擦り傷くらいです。魔力もまだ沢山あります」
イラザの言葉を聞くとともにシャウは走った。
「母さん」
母さんが治療中の治療室にノックも忘れて飛び込む。
「シャウ! 治療中なのよ。静かにノックしてから入ってきなさい」
目の前の患者に集中しながら、母さんはシャウを叱りつけた。
「すみません」
シャウの声音から反省したのがわかったのか、続きを促してきた。
「それでどうしたの?」
「ラオスが呪いを受けて治療室に来たんだ。あ、えっと、呪いは左の頬に数本の線で走ってました。怪我は擦り傷程度で魔力はまだ余裕があると言ってました」
ラオスが心配な勢いのままにいいそうになって、さっき注意されたことを思い出して冷静に伝達する。
シャウの言葉を聞くと、少し考え込みシャウに指示を出してきた。
「呪いの治療はこの患者さんの治療を終えたら行くわ。シャウは擦り傷だけ治して待っていて」
「分かりました」
母さんの言葉を聞いて、シャウは急いでラオスの元に戻った。
治療室に戻ると、イラザがベットに寝かせてくれたのかラオスは横たわっていた。
ラオスに近づき状況を伝える。
「ラオス? 聞こえる?」
「ああ」
目を閉じて苦しげに息をしているが返事はできるようだった。
「呪いは母さんが今治療中の人が終わったら来てくれるって」
「そうか」
「でね、擦り傷は僕が治すね」
「ああ、頼む」
ラオスの返事を聞くと、シャウは見えるところの擦り傷から手をかざして治していった。
しばらく集中して傷を治していると、イラザが声をかけてきた。
「シャウ」
いつもなら治療中には滅多に声をかけてこないイラザに疑問をおぼえる。
「何?」
「呪いが大きくなってませんか?」
イラザの言葉にラオスを見た。
すると、細い線が走っていただけの部分が広がって太い線になっていた。
「なんで?」
魔力も枯渇していないのに、異常な進行速度だった。
その呪いの部分から前に感じたぞわりとした悪寒を感じた。
恐怖を感じ鳥肌が立つ。
シャウは恐怖を感じつつも前と同じことを繰り返さないため、冷静に今できることをしようと思った。
だから、残りの擦り傷を治すことに専念した。
傷を治し終わっても、まだ母さんは来なかった。
「母さんはまだなの?」
ただ待つだけの時間がとても長く感じて辛かった。
ラオスをずっと見つめるだけの時間の中、ラオスが目を開いた。
「ラオス?」
ラオスを見ると目の焦点が合わなくなっていた。
「……シ…ャウ…」
意識も朦朧としてきているみたいだった。
「ラオス、痛い? 苦しい?」
シャウの問いかけにもラオスは答えられないようだった。
ラオスが目の前で苦しんで弱っていくのにシャウは何も出来ない。
「なんで僕は呪いを治す力がないんだよ」
呪いを治す力がない自分に腹がたった。
呪い治療は20歳から習うとされていたから、シャウはまだ資格がなかった。
それでも母さんに無理を言ってでも習えば良かった。出来るかどうかはやってみなければ分からないけれど、それでも可能性はあったはず。
今そんなことを思っていてもしょうがないのは分かっているけれど、悔しくてやるせなかった。
そんな間にもラオスの頬にある呪いはじわじわと広がっていく。
それがラオスの命を蝕んでいっているようで怖かった。
じりじりと迫り来る焦燥に心臓が握りつぶされたように苦しくなる。
シャウは祈るように手を組んだ。
(獅子神メーベ様、どうかラオスをお守りください)
ラオスの側で祈り続けるしか出来ないシャウは必死に祈った。
出来る限り早く母さんが来てくれることを。
ラオスの呪いの進行が出来る限りゆっくりになることを。
それでも不安が口から漏れていた。
「なんでラオスが………」
「ラオス、大丈夫だよね……」
「やだよ、どうして、なんで……」
「このまま……なんて…」
「母さん、まだ? ……もう誰でもいいから早く来て」
目からは涙が流れていた。
泣いて祈り続けるシャウにイラザが労るように声をかける。
「シャウ、ラオスはまだ大丈夫ですよ」
「まだって何?!」
不安の限界に達していたシャウはその言葉に過剰に反応してしまった。イラザがそんなつもりで言っていないことくらい頭の端では分かっていたけれど、止まらなかった。
「そんなの分からないじゃん」
苛立ちのままにイラザを力任せに叩けば、ウッと声を漏らしてよろめいた。
いつもならこんなことでよろめかないイラザに急に不安を覚える。
弱々しく見えるイラザに、イラザも消えていなくなりそうな恐怖を感じて縋りついた。
「ッ…、イラザも居なくなっちゃうの?」
シャウが問いかけても何も言ってくれない。
「僕の前から居なくなるの? そんなの嫌だ!」
涙が溢れた目で見ても、視界が歪んでイラザがどういう顔をしているのか分からなかった。
イラザが何も言ってくれないことにどんどん不安を感じて涙が止まらなかった。
「居なくならないでよ。ラオスもイラザも僕を置いていかないで」
イラザに抱きつき泣き叫んだ。
シャウは不安からパニックになっていた。
「やだやだ、ラオス…」
「…っ、イラザ…」
名前しか言えなくなったシャウをイラザはきつく抱きしめた。
「大丈夫」
「大丈夫ですよ」
そう繰り返すイラザの言葉に頭を振る。気休めの言葉に落ち着くことなど出来なかった。
このままでは、ラオスが危ないことはシャウにもイラザにも分かっていた。
不安で不安で、不安に押しつぶされる心をイラザが抱きしめてくれていることでどうにか保っているだけだった。
「うぅ、っ…」
ラオスのうめき声が聞こえた。
イラザにしがみついていたシャウが顔を上げると、ラオスがこちらに顔を向けていた。
泣き腫らしたシャウが見えているのか、弱々しく手を伸ばしている。
シャウは急いでラオスの手を握りしめた。
「ラオスっ…」
焦点の合わない目でシャウを見つめ、弱々しく笑った。
「…は、っ…シャ…ウ、……ご、めん、な…」
「っ…、なんで謝るんだよっ…」
「な、く…な……よ」
「っ……」
手を握ることしか出来ないシャウは唇を噛みしめた。
ラオスを覗き込んだシャウの顔から涙が零れ落ちる。
ラオスの顔のところが突然白く光った。
驚いて瞬きすると、涙が落ちてまた白く光った。
不思議な現象に驚いて光った所を凝視した。
(何が起きたの?)
「呪いが消えてる」
イラザの呆然と呟く声が聞こえた。
「えっ?」
イラザの顔を見て、イラザが驚愕の表情でラオスを見つめているのを確認して、シャウはまたラオスを見た。
涙でぼやける視界を袖で涙を拭きながら見ると、確かに呪いの黒く変色している所が斑に肌色が見えていた。
「うそ、どうして?」
「シャウ、遅くなってごめんね」
よく分からない状況で混乱しているシャウとイラザの元に母さんが飛び込んできた。
***
読みにくい表現になっているため、内容は変えませんが後日読みやすく加筆するかもしれません。
その際はご迷惑をおかけいたしますがご了承下さい。
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