54 / 67
50 予期せぬ出来事 2
しおりを挟むダウール様の熱で揺れ動く瞳は不思議な魅力に満ちていて、フィーリアは囚われたように魅入った。
「フィー……リア」
乞われるような掠れた声が耳に届く。フィーリアは近づいてくるダウール様をじっと見続けていた。
ふいに唇に柔らかい感触がした。
……ん?
その感触にやっとダウール様の顔がかなり近いと気付いた。というかダウール様の唇がフィーリアの唇と重なっていた。
って……え? んん?
「フィー…リア」
僅かに離れた唇がフィーリアの名前を呼ぶ。名前を呼ぶ唇がフィーリアの唇を掠め、荒い熱い息があたる。
頭の後ろを持ち上げられ、少し上向いたフィーリアの唇を確かめるようにダウール様の唇がゆっくりと触れた。
ダウール様の唇は火傷しそうなほど熱く、触れた唇から熱が移ったかのように、フィーリアの唇は熱くなった。
その熱に、熱さに、これが現実なのだと否応なしに突きつけられた。
え? なんで? え、…なんで、なんで?!
自分の状況を理解したフィーリアは混乱の中に陥った。
柔らかい唇の感触とたまに漏れる熱い吐息がかかって、フィーリアの心臓はうるさいくらいに鳴る。
なぜダウール様に口づけられているのかわからなかった。
全身が心臓になったかと思うくらいドクドクと脈打つ。耳の中にまで鼓動が響いて、煩すぎて考えの邪魔をしていた。
というか、息が苦しくなってきた。驚いて息を止めていたのだ。もう限界が来て身体がプルプルと震えだした。
ふっと唇が離れた瞬間、大きく息を吸った。
「お…兄……?」
戸惑う気持ちが大きすぎて、混乱したまま見上げると、ダウール様の煉瓦色の瞳が獲物を前にした捕食者のような見たことのない色に染まっていて、反射的にビクリと身体が震えた。
フィーリアの震えに気付いたのか、その瞳を隠すようにすぐに搔き抱くように抱きしめられた。
フィーリアを抱きしめているダウール様の身体がとても熱く、初めて感じる距離に息が詰まる。
いつの間にか膝の上に座らされていたフィーリアはダウール様と隙間がないくらいにぴったりとくっついていて、自分の太ももに熱いものが触れているのに気付いた。
「──ッ」
息が詰まって、声にならない悲鳴が喉の奥に消え、顔が真っ赤に染まった。
乏しい知識の中で、ダウール様の今の状態があることを示しているのに気付いてしまった。
今日はウルミス様と食事をしていたはずだ。
ウルミス様のところには媚薬がある。
そこから導き出される答えはひとつしかない。
「まさか、媚薬を……」
呟いた言葉はフィーリアの言葉に反応したダウール様の唇で塞がれて、消えた。
だから、あんな凶悪な獣みたいな瞳をしていたのかと納得した。あれが欲を宿した男性の瞳。
そんな欲を持って触れられていることに、強烈に恥ずかしさが押し寄せた。
脳内には今まで読んだそういう場面が頁をめくるように駆け巡る。
まさかこれから、物語のような展開が自分の身に起きるのだろうか。
……どうしよう。どうすることが正解?
媚薬を飲んだ人にどう対応すればいいのかだけに囚われ、嫌だと微塵も感じていないことに気付いていなかった。
繰り返される口づけに初心者のフィーリアは熱で痺れたように頭がぼうっとしてきた。処理能力の限界を超えていて、もう何も考えられなくなっていた。
フィーリアはダウール様に身体を預けるように服を掴んで、ただただ繰り返される口づけを受け止め続けた。
*
「お嬢様……、お嬢様……」
扉の外から、声を抑えたラマの呼びかけが聞こえてきた。
その声にどこかに飛んでいた意識が徐々に戻ってくる。
「お嬢様……」
またフィーリアを呼ぶ声が聞こえ、ああ、ラマがカブルを連れて来たのねと認識した。
──ん? ラマ?!
ラマの存在を思い出して、今自分の置かれている状況を思い出し、ダウール様の腕の中でもたれかかって固まっていた身体がビクッと震えた。その震えを感じ取ったのかダウール様もビクリと震えて、柔らかく食むように触れていた唇を離し、欲に濡れた瞳がフィーリアを捉えた。
フィーリアに焦点が合ったと思った瞬間に、瞳に理性が戻り、次いで驚愕が浮かぶと思い切り身体を離された。少し乱暴ともいえる力でフィーリアを膝から下ろすと距離をとられた。反動でよろけたフィーリアは、突然の動きに驚く。
くっと媚薬により苦しげな荒い息を吐き出したダウール様を見て、慌てて手を伸ばす。今はとにかくダウール様を助けなきゃいけないと支える為に伸ばした手を、ダウール様は避けるようにして立ち上がり、ふらつく身体で扉へと向かう。扉を開けた音に気づいたのか、外からカブルの声が聞こえた。
「ダウール、大丈夫か」
「……ああ」
気遣うカブルに答えたダウール様の声は力なく、カブルに身体を支えられていた。
近づくフィーリアに気づいたダウール様は顔を強張らせた後、視線を逸らした。
「……すまない」
一言だけ呟く。
フィーリアはなんて答えればいいのかわからなくてダウール様を見つめていると、様子を窺っていたカブルが遠慮がちに口を挟んできた。
「ごめんね、フィーリア様。今はとにかくこれを連れてかないと。話はまた後でいいかな」
頷いて返事をすると、ふらつくダウール様を支えながら去っていった。
見えなくなるまで姿を見送ると、そっとラマが近寄ってきた。
「何かございましたか?」
「……なにもないよ」
ラマが他に人が居ることも考慮して具体的なことを言わずに問いかけてきたことはわかった。何かがあった事を察して、心配して聞いてきたこともわかったけれど、何もなかったとしか答えようがなかった。
確かに……口づけられた。生まれて初めてのキスだった。いや、キスと言っていいのかさえわからない。
なんて答えたらいいのかわからなかった。
今更ながらに胸の鼓動が激しく動いて、身体は通常通りではないことを訴えていた。
だから、一人で頭の中を整理したかった。
「わかりました。お嬢様、お部屋へ戻りましょう」
「……そうだね」
何か言いたげなラマは何も言わないフィーリアを見つめて言葉を飲み込み、部屋へと促した。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
何もできない王妃と言うのなら、出て行くことにします
天宮有
恋愛
国王ドスラは、王妃の私エルノアの魔法により国が守られていると信じていなかった。
側妃の発言を聞き「何もできない王妃」と言い出すようになり、私は城の人達から蔑まれてしまう。
それなら国から出て行くことにして――その後ドスラは、後悔するようになっていた。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
【完結】愛していないと王子が言った
miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。
「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」
ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。
※合わない場合はそっ閉じお願いします。
※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる