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44 思いもよらない展開

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 翌日。
 まずは昨夜の失敗を再び重ねないようにするため、クトラと話すことにした。クトラと話がしたいとラマに伝えてもらうと、朝のうちに伝えた伝言にいつでもいいよと返事が帰ってきたので、勉強が終わった午後の時間にフィーリアの部屋へと来てもらえるようにお願いした。

「来たよ~」
「いらっしゃい」
「それでフィー。話したいことって何?」

 勝手知ったるなんとやらでラマに案内される前にいつもの席に座ると、すぐに用件を聞かれる。
 相変わらずせっかちだけれど、好奇心からくるものなので瞳はキラキラと輝いている。こういうところがクトラの可愛いところだと思う。フィーリアくらいしか知らないのはもったいないと思うんだよね。

「ねえ、クトラ。ダウール様に知られたくないことってある?」
「は? なに、突然」

 意味がわからないというように、瞳をまたたかせた。

「今さらなんだけど、ダウール様は今のクトラのことを知らないんじゃないかなって思って」
「……どういうこと?」

 ますます訳がわからないという顔をされた。
 そう思い至った経緯を簡単に説明することにした。

「ダウール様と話しててね。今のクトラのことを殆ど知らないんじゃないかなって。だから、ダウール様に今のクトラの魅力をいっぱい知ってもらって、可愛いところもあるんだよって教えてあげたいと思ったの」
「は? 意味がわからない。どうしてそうなったの?」

 フィーリアの説明を聞いてより訳がわからないというような困惑した顔になった。
 そんなにわからない説明をしたとは思っていないんだけどな……。

「だから、ダウール様の中ではまだクトラは四年前のままで止まっていると思ったの。昔の子供の頃のままだと思われてたら、もったいないじゃない? 今のクトラには魅力的なところもいっぱい増えたし、そういう良いところをいっぱい伝えたいなと思って。そうすれば、ダウール様も少しはクトラのこと意識してくれると思うの」

 そうしたらダウール様ももっとクトラのことを女性として意識してくれるかもしれない。
 昨日話していて、ダウール様の中でウルミス様の存在がかなり大きくなっていることを知った。だから、すごくアピールしなければ、同じスタートラインに立てないと思うんだ。それにはクトラ本人だけじゃなくて、第三者からの意見も必要だと思うんだよね。

「いや、大丈夫」

 それなのにキラキラしていた瞳が輝きをなくして、クトラは拒否の言葉を口にした。

「なんで? クトラは四年前より女性らしくなったし、昔の印象のままじゃないってことを分かってもらった方がいいと思うんだけど」
「そんな必要ないよ」

 言葉を重ねてもそんなことは必要ないと言われる。
 いらないというように左右に手を振るクトラに、もしかして恥ずかしがって、素直になれないだけなのかもと思った。

「そりゃ、今さら素直になるのは恥ずかしいかも知れないけれど……」
「確かに恥ずかしいけども!」
「だからわたしが代わりにクトラが可愛いことを伝えようと……」
「必要ないってば」
「遠慮することないんだよ?」
「遠慮してない!」

 困ったように笑いながら返事をしていたクトラは突然、絶叫した。

「だあー、面倒くさい!!」

 クトラは髪の毛をガシガシと乱れるのも構わずに搔きまぜると、ギロリと瞳を動かしてフィーリアを捕らえた。
 フィーリアはその視線に怯んで、詰め寄っていた身体を引く。

「……クトラ?」

 突然雰囲気の変わったクトラに恐る恐る声をかける。

「好きじゃないから」
「え?」
「好きじゃなくなったの!」

 は?
 …………え?
 好きじゃなくなった?
 唸るように言われた言葉が理解できない。
 あ、でも、クトラのことだから素直になれなくて、あまのじゃくが発動したのかも。

「照れなくてもいい──」
「照れてない!」
「嘘つかなくても──」
「嘘もついてない! フィー、わたしの瞳を見て? 嘘ついてるように見える?」

 そう言ってフィーリアの肩を掴み、瞳をこれでもかと見開いて顔が近づいてくる。
 訴える気持ちが強すぎるのか、どんどんと迫ってきて少し怖い。

「──見えないけど」
「でしょ! 本当に好きじゃないの!」

 嘘をついているようには見えなかったから、そう答えたけれど。
 ……ん?
 《好きじゃなくなったから》から《好きじゃないの》に変わってる?
 それだと意味変わってくるんじゃないかなと思ったけれど、クトラも動揺してるから言い間違えたんだね。今はそんなことよりも、なぜそんなことを言い出したのか確認しなくてはならない。改めてクトラの真意を確かめる為に問いかける。

「ダウール様を好きじゃなくなったの?」
「そう」
「本当に?」
「本当に!」

 クトラの瞳は真剣だった。

「信じて!」

 切羽詰まったように言いつのるクトラに反射的に頷く。

「──分かった。信じる」
「……はぁ、よかったー」

 心の底から安堵している姿を見て、本当に本気でクトラが言っているのだと、ようやくストンと心に落ちてきた。
 ……そうなんだ。
 本当にクトラはダウール様を好きじゃなくなったんだ。
 諦めたのか、嫌いになったのかはわからないけれど、心の底から安堵している姿からダウール様への未練はなさそうだった。ダウール様を好きなことによって失恋でクトラが傷つくことがないのだとわかって本当にホッとした。思っていたよりもクトラが傷つくことになることが苦しかったみたいだ。心の中にあった重みがすーっとなくなった。
 ……よかった。
 知らず知らずのうちに、深く息を吐いていた。

「まあ、そういうことだからこの話はもうお終い」

 フィーリアが信じたことで落ち着きを取り戻したのか、すっきりとした清々しい顔になったクトラは笑顔を見せる。

「それよりも昨日はダウールが来たんでしょ? どうだった?」

 キラキラと好奇心を隠そうともしていない瞳で見つめられる。
 急激な話題転換に面食らう。あまりにも唐突過ぎて、直ぐにはクトラのテンションについていけなかった。
 けれど、クトラに聞かれたことで昨日のことを思い出す。

「久しぶりにダウール様と夕食を食べれて楽しかったよ。ただ少し怒らせちゃったかもしれないんだけどね」

 クトラに侍従室での出来事とそれを話した時のダウール様の様子を話す。

「……相変わらずだね」

 するとクトラに呆れたようにため息をつかれた。
 クトラには四年前と同じようにいつものことだと思われたようだ。
 確かに昔はたまにおにいを怒らせてというか不機嫌にさせてしまったことがあったけれど、今回は理由がはっきりしている。ダウール様が不機嫌になったのはフィーリアの対応がまずかったからだ。だから次会ったときにはもう一度しっかりと謝ろうと思っている。

「それにウルミス様のことを頼まれたんだ……」

 クトラのことをダウール様にアピールする必要がなくなってしまった今、フィーリアにはダウール様に頼まれたことしかやることが残っていなかった。
 関係を修復したいとは思っているけれど、ウルミス様に嫌われている身としてはとても気が重かった。

「なにを?」
「傷ついているから励まして欲しいって」
「は? そんなことフィーに頼んだの? バカじゃないの?」

 何に対して憤慨しているのかわからないけれど、ダウール様はウルミス様が心配なんだよ。だから頼みやすいフィーリアに頼んだんだと思う。
 けれど、ウルミス様にとっては嫌いな人に慰められても迷惑になるだけなはず。

 クトラがまだ何か言っていたけれど、自分の思考に耽り始めたフィーリアの耳には何も入ってこなかった。
 
 ウルミス様と友達になりたい、その気持ちはまだあった。けれど、ウルミス様はフィーリアが嫌い。ましてや嫌いな人と友達になんてなりたくないだろう。
 でも可能性がゼロではないと希望も捨てきれず、かといっていい方法も思い浮かばず途方に暮れる。
 とはいえ、フィーリアに会いたくもないだろうことは想像するのも難くない。
 ……本当にどうすればいいだろうか。



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