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41 ダウールの対応 1
しおりを挟む「おはよう、フィーリア」
輝くような満面の笑みを浮かべて、ダウール様が訪れた。
朝の支度を終え、朝食の準備を待っている、まだ朝の早い時間である。
「おはようございます、ダウール様」
「ああ」
フィーリアの挨拶に、何故か噛みしめるように余韻に浸っているダウール様に疑問を感じるが、その表情はとても明るく、笑顔を見せるダウール様はとても機嫌が良さそうだった。昨日までの疲労感は見当たらない。
それにしてもこんな朝早くに何しにきたのだろうか?
もしかして一緒に朝食を食べるのだろうか。
理由がわからず、確認するために問いかける。
「朝食を一緒に召し上がられるのですか?」
「そうしたいのは山々なんだが、まだ後処理がたくさん残っていてな。だから、挨拶だけでもと思って」
「……そうなんですか」
溢れんばかりの満面の笑みの圧に押され、眩しくて目が潰れそうになる気がした。
こんなに嬉しそうなのはフィーリアが後宮に入った始めの頃以来だ。
「今日の夜はフィーリアと食べるからな♪」
「かしこまりました」
語尾に弾んだ気持ちが乗っているかのように、ご機嫌さが窺える。
しかしフィーリアの返事に、ダウール様は鼻にしわを寄せる。
「なあ、フィーリア……、……いや、また夜に言う」
「……? はい、わかりました」
「じゃあ、行ってくるな」
「いってらっしゃいませ」
「っ…、おう」
フィーリアの見送りの言葉に、一瞬息を詰めてから満面の笑みを浮かべて、仕事場へと颯爽と歩いていく。
その後ろ姿からも喜びが溢れているようだった。
ダウール様を見送って、もう一度席に座り直した。
それにしても今まで全くフィーリアのところに来なかったダウール様の、あまりの変わりように驚くばかりだ。その急激な変化についていけず、一人になってやっと考えられるようになった。
ダウール様が突然来た理由は、セイリャン様がいなくなり、その空いた時間にフィーリアのところに来られるようになったということだろうか。だとしたら、とても律儀だと思う。忙しいとダウール様自身も言っていたのに、挨拶するためだけにわざわざ来るなんて、数合わせの妃候補相手に、そんなに忙しい中気までつかわなくてもいいのに。特に事情を理解しているフィーリアのところになんて来なくていいのに……、本当に変なところで真面目な人なんだよね、ダウール様は。
朝食を食べ終わり、本日の勉強先へと向かう。
セイリャン様が居なくなったとしても、フィーリアの日常は変わらなかった。
今日の勉強先は侍従室だ。
「おはようございます、フィーリア様」
「おはようございます、ハウリャン」
今日の説明担当はハウリャンだ。
フィーリアが部屋に入ると、部屋の中で働いていた他の侍従達の意識が自分に向けられているのを感じた。
その探るような視線を初めて向けられて、セイリャン様がいなくなったことに対する関心の度合いを感じた。今までは感じなかった類いの視線だった。
今朝、ダウール様が仕事へと向かったあと、ハウリャンがいつものように現れて驚いた。ダウール様から直接今夜夕食を共に取ることを聞いていたので、今日はハウリャンは来ないと思っていた。だから『今夜はフィーリア様と食事をするとのことでございます』と言われたときには何だかおかしくて、いやハウリャンも律儀だなとクスッと笑ってしまった。
そしていつもの伝言のあとに、ムーリャン様が持病の悪化で妃候補を辞退されたと告げられた。
ああ、こちらの情報を伝えに来たのかと納得していると、それを告げるハウリャンは幾分すっきりとした顔でどことなくホッとしているように見えた。表情をあまり変えないハウリャンが見せた安堵の表情に、セイリャン様の負の影響力の強さを感じずにはいられなかった。セイリャン様が後宮から去ることになって本当に良かったと思う。
とはいえ、持病の悪化?と突っ込みを入れそうになった。勿論大人しく聞いていたけれど。
妃候補の辞退に持病の悪化という理由付けに、どこにそんな要素があったのだろうか?と言いたくなるけれど、カレルタ豪主とムーリャン様がいらっしゃったときに錯乱状態に近いところまではいっていたので、その様な無理矢理な理由付けでもどうにかなるのだろう、たぶん。それにこの説明は城内というよりは国内の豪族に向けてのものだから、そこまでおかしいと疑われることもないはずだ。
フィーリアが説明されたことをこの場に居る侍従達も聞いているだろう。
中には本当の理由というか、真実をすでに知っている人も勿論いるのだろうけれど、フィーリアに探る視線は向けてきても直接尋ねてくる人は誰もいなかった。
とりあえず侍従達の意識がフィーリアに向けられていても、気にせず侍従の仕事内容を聞くことにした。
フィーリアが意識を勉強に向ければ、周りも自然と自身の仕事へと目を向けていった。
フィーリアはハウリャンから説明を受けながら、侍従の多岐に渡る仕事内容に感心しっぱなしだった。
なんというか縁の下の力持ちという役割で、痒いところに手が届くようにお手伝いするのが侍従の仕事だった。覚えなければいけない情報は山のようにあり、それが個人個人の好みの把握から、果ては国内の豪族、他国の特産、特徴、風土まで多岐に渡っていた。そしてその情報を元に様々な準備をする、とても気の遠くなるような仕事内容だった。ここまで覚えればいいという区切りもなく、新たに人が増えればその人の情報と取りまく環境の情報収集をする。終わりがなかった。
だからこそ、フィーリアは快適に過ごせているのだと改めて認識した。
あとでラマに頼んで休憩時にでも摘まめるようなお菓子を差し入れてもらおう。
ハウリャンに説明を丁寧に受け終わり、そろそろ勉強時間も終わりに近づいていた。
そんな時に、声をかけられた。
「フィーリア様、お時間宜しいでしょうか。お伺いしたいことがございます」
緊張した面持ちで一人の侍従が近寄ってきた。
「何でしょうか?」
「……あの、妃候補の辞退希望をされたというのは本当でございますか?」
「──ええ」
知られていたことに驚いた。
昨日話した事なのに、情報が早い。それだけ優秀な人達が揃っている証拠なのかもしれないけれど、全てを知られているようでちょっと恐い。
あっ、でも、ここは同意しない方がいいのだろうか。辞退はしないことになったから。
と思ったけれど、フィーリアの同意にほっとしてから嬉しそうに笑っているところを見て、否定の言葉を続けられなかった。やはりフィーリアが妃候補を辞退することを望んでいるということだろうか。同じ室内にいる複数の侍従達からも安堵の空気を感じる。
「妃候補を辞退されたのはムーリャン様だけですよ。その様に朝、伝達事項として通達されたと思いますが?」
横からハウリャンが割って入る。
無作法をした侍従を見据えて、顔を顰めていた。
確かに直接妃候補に問うことは無作法だった。個人的な事を問うことも良くないとされている。
「はい、失礼いたしました」
話しかけてきた侍従はハウリャンの言葉にすぐに直角に頭を下げ、自分の席へと戻っていった。
城で働く人達とは結構仲良く出来ていたと思っていたのだけれど、妃候補辞退を望まれていることに少し淋しさを覚えた。
まあ、ウルミス様を正妃にと望んでいるからだとは思うけれど。それなら仕方のないことなのだけれど、必要とされてないように感じてやはり淋しい。
「フィーリア様、大変失礼いたしました」
「いいえ、そこまでされることではございませんよ」
改めてハウリャンから謝罪をされて、微笑みを返す。
城で働く人達にとってはそれだけ重要事項なのだろう、正妃が誰になるのかは。
フィーリアは視線だけ動かして部屋の中を見回した。誰の顔も仕事に励んで生き生きとしていた。
その様子を見て自然と笑顔が浮かぶ。
フィーリアにとっては城で働く人達が笑顔で仕事が出来るかどうか、その環境を整えることが出来たかどうか、それだけが確認できればいい。そのために頑張ったのだから。
「今日はここまででございます。お疲れ様でした」
「ありがとうございます。大変勉強になりました」
ちょうど時間になったようで、ハウリャンが終了を告げた。
ハウリャンに礼をして、自室に戻る。
この後は、自由時間だったので部屋でゆっくりすることにした。
最近はずっと勉強時間以外はセイリャン様の後を追いかけていたので、何もない時間というのは久しぶりだった。
「お嬢様、物語をお持ちしましょうか?」
「いいの?」
「はい。最近忙しくされていましたからね」
「ありがとう」
ラマが持ってきたのは『貴方のために咲く華』
久しぶりに読む物語に、すぐに小説の世界へと意識が入っていく。
ヒロインとヒーローの気持ちがすれ違う場面ではハラハラドキドキして、胸が苦しくなって、想いが通じ合ったときにはグジグジと泣いた。
涙をハンカチで拭き取りながら、最後まで読み終わる。
好きな物語を読み終わって、ふと今の自分はこの意地悪な令嬢のような立ち位置にいるのではないかと思えてきた。
ヒロインとヒーローが結ばれる邪魔をしている存在として。
それだったら、やだなと思った。
そんな立場に立つ気はさらさらないけれど、ウルミス様やクトラから見たら邪魔な存在に見えているかもしれない。
今読んだ物語の中の意地悪な令嬢は本当にヒーローが好きで好きで、でも素直になれなくて意地を張った可哀想な人だった。しかも、周りからはそれを理解してもらえなくて嫌われていて、だからより自分の殻を分厚くして身を守り、最終的にヒロインにヒーローを奪われてしまう。
ヒーローが素直なヒロインに惹かれるのは当たり前だと前までは思っていたけれど、今読むと素直になりたくてもなれない環境にいた意地悪な令嬢も、周りに理解ある人が居ればヒーローの誤解も解け意地悪な令嬢を選んだかもしれないと思えた。
勿論物語なのだから、ヒロインとヒーローが結ばれるためにストーリーが作られているとはわかっている。
けれど、前ほどヒロイン良かったねとは思えなかった。
意地悪な令嬢にも救いがあればいいのにと、やりきれない切なさを感じた。
そこでふっと意地悪な令嬢にクトラが重なって見えた。もしかしたら、フィーリアよりもクトラの方がよりこの意地悪な令嬢に近い立場になっているかもしれない。
四年前まではクトラはダウール様の前では素直じゃなくて憎まれ口ばかりだったから。
だとしたら、ダウール様の中でクトラは四年前の印象で止まっているのではないだろうか。そうであるならば、ダウール様は誤解したままクトラを見ていることになる。
それでは駄目だ。ダウール様には先入観のないまっさらな目で今のクトラを見て欲しい。選ぶ権利はダウール様にあると思うけれど、妃候補としてのスタートラインは同じ位置に並んでから選んで欲しい。
そのためには昔の印象しかないクトラのイメージアップは必要かもしれない。
……うん。これは片方に肩入れしているわけじゃない。始めに立つ位置まで押し上げるためなんだから。
これから何を成すべきかがわかって気合が入る。
明日、クトラに聞いてみよう。ダウール様に知られたくないこともあるかもしれないしね。
隣の部屋から食器の準備の音が聞こえてきた。
そろそろ夕食の時間になるようだ。
忙しく動いているだろうラマに申し訳なく思いながら、ラマを呼ぶ。泣いて腫れた目を冷やすために、冷たいタオルを用意してもらうように頼んだ。
さすがに泣いたとわかる顔でダウール様に会うわけにはいかない。というか物語を読んで泣いたことがバレるのは恥ずかしかった。まだまだ子供だと思われる要因を作らないために、ダウール様が来るまでに腫れが引くといいなと思った。
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