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ハウリャン手記 3

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 カレルタ豪主を調査に行く前、城内で働いている者達は、口にこそ出さないけれど妃候補者達をあまりよく思っていないようだった。
 でもそれは妃候補に直接接する機会がないせいだと思っていた。

 初めての陛下からの伝言を伝えた後、僕は妃候補者に陛下の訪れを通達する係になってしまい、毎朝フィーリア様とその日訪ねる妃候補者に伝言することになった。その通達に伺う際に、僕は少なからず妃候補者と接する機会があった。
 ニルン様は部屋の外でクトラ様と言い争っているのが嘘のように、上品で礼儀正しかった。
 クトラ様はいつも訪ねていくと、転ぶ僕を楽しそうに笑いながら助け起こしてくれる憎めない女性だった。
 フィーリア様は思っていることが全て顔に出てしまう素直な女性だった。華が咲いたように笑う顔を向けられると心が明るくなる気がした。
 ウルミス様は初めは俯きがちだったけれど、最近は僕にも慣れて来たのか目を合わせてくださるようになり、侍従である僕に対しても腰の低い丁寧な対応をしてくれる女性だった。
 ただ、ムーリャン様は初めから僕を見下した態度を取り、陛下の前と役職についている者以外には横柄な態度を取っていた。

 そんなムーリャン様が城で働く、顔の造作が調ったいわゆるモテる男性に迫りはじめたことで、城で働く女性陣からこっぴどく嫌われた。男性に対してだらしのない女性は嫌悪、軽蔑の対象らしい。
 迫られている男性は、自分の職務に誇りを持っている者達だから、というかこの城で働いている者達は全て仕事に誇りを持って働いている者達しかいないのだが、ムーリャン様に応えるつもりもない。ただ迫られて男性の本能的なものは反応しそうになるらしく、それが精神的な苦痛になっているみたいだった。反応してしまうのは健全な男ならしょうがないと思う。そこは目をつぶってほしい。
 僕はムーリャン様の対象からは外れているのか難を逃れていて、今のところ被害は受けていないのだけれど、城の男性陣からは仕事を邪魔する迷惑以外の何物でもない者として認識されていた。が、妃候補としていらっしゃっているため拒否も出来ず、為すがままにならざるを得ないことに不満が蓄積していっていた。
 ムーリャン様に関しての心証は、僕も他の者達と同意見だった。

 ムーリャン様のあまりの素行の悪さに、陛下も疑問を感じたのか、カレルタ豪主に問い合わせた。しかし返事が一向に届かず、事態が膠着状態まま時が過ぎ、陛下はらちのあかない報告に業を煮やし、ご自身でカレルタ領へと赴くと言いだした。その後の行動が迅速すぎて、同行する者が置いていかれそうになるほどだった。同行する者の中に何故か僕も入れられ、最近よく会う護衛兵のカブルもいた。

 カレルタ領に到着すると、陛下は勝手知ったる場所のようにどんどんと入っていった。陛下の顔を知っていたカレルタ領の文官達は、突然現れた陛下に顔を青ざめさせた。それを見た陛下は何かの確信を得て、カレルタ豪主の元へと案内するように命令した。その間に文官達からカレルタ豪主が未知の病だと書かれた診断書を見せられた陛下は、診断者の名前を見てこんな名の医師はいないと断言した。それに愕然としたのはカレルタ領の文官達と同行した僕達もだった。まさか国内全ての医師の名前を知っている訳でもあるまいと思ったが、陛下は城内の全ての者達の名前を知っていると噂に聞いたことがあったので本当かもしれないとも思った……。
 陛下は足を止めることもなく、カレルタ豪主の寝ている部屋へとやって来ると、部屋の前で待機していた警備兵に扉を開けるように言った。しかし何故か警備兵は抵抗した。それが未知の病で部屋へ入れられないというような陛下を案じるものではなく、部屋には誰も入れたくないというものだったので、ここに来てカレルタ領の文官達も違和感を感じたようだった。それまで非協力的だった文官達は陛下の意思に従うように、警備兵を排除した。そして室内に入ると、青ざめた顔をしたカレルタ豪主が寝台に寝ていた。

「ダライ、頼む」
「かしこまりました」

 陛下の声で、カレルタ豪主に近づいたのは城勤めの医師ダライだった。何故医師まで同行させているのか疑問に思っていたけれど、こうなることを陛下は予測していたということだろうか。
 いくつか触診したダライは目を眇めた。

「陛下。少しやつれていらっしゃいますが、病気、怪我はございません」
「そうか、それはまずは良かった。それでカレルタ豪主の意識はあるのか?」
「寝ていらっしゃるだけなので、気付け薬で目覚められると思います」
「頼む」
「かしこまりました」

 ダライが持っていた鞄の中から薬を取り出し、カレルタ豪主に嗅がせると暫くして目を開けた。

「……陛下?」

 覗き込むような陛下を見たカレルタ豪主は、慌てて起きようとして動けず、うまく動けない身体をダライに支えられるようにして上半身を起こした。

「久しぶりだな。カレルタ豪主」
「はい、お久しぶりでございます」

 状況が良くわかっていないカレルタ豪主は辺りを見回し、状況を確認するために記憶を探っているようだった。

「このような無作法で申しわけございません。それで、陛下は何故こちらに?」
「カレルタ豪主と連絡がつかなかったからな。直接訪ねることにしたんだ」
「連絡、でございますか? …………何故ここにセイリャンの信者がいる?」

 カレルタ豪主の目が扉近くで拘束されていた警備兵を捉え、眉をひそめた。
 その声に弾かれたように逃げだそうとした警備兵が、逃げ出さないように取り押さえられた。

「陛下。申しわけございませんが、少し状況を確認する時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」

 僕は陛下に椅子をすすめ、後ろに控えた。
 目の前ではカレルタ豪主の文官達が今までの経緯を説明していた。
 どうやらこちらに隠すつもりはないようで、不利になることも全て聞こえるように話していた。下手に隠し事するよりは心証は良くなる。
 カレルタ豪主は説明を受けながら、徐々に眉間にしわが寄っていった。そして、押さえつけられた警備兵に目をくれると、心得たように文官の一人が近づきカレルタ豪主の前に引き連れてきた。

「ムーリャンはどこに居る?」
「ムーリャン様でしたら、城の後宮にいらっしゃいます」
「では、セイリャンはどこに居る?」
「存じ上げません」
「──セイリャンの信者であるお前が、居場所を知らぬわけがなかろう。知っていることを全て吐け」
「……存じ上げません」
「豪主、その者達が頻繁に出入りしていた場所を調べてまいります」

 カレルタ豪主が頷くと数名の文官が部屋を出て行った。
 その間も警備兵を尋問したが「存じ上げません」の一点張りの中、離席していた文官が戻ってきた。

「豪主。領地の外れにある屋敷でムーリャン様らしき姿を見た者がいました。屋敷に入って以来、出歩く姿を見ていないことから、ムーリャン様の方だと思われます。それから推測するに、後宮に入られたのはセイリャン様ではないかと思われます」
「……やはりか」

 深く息を吐き、苦汁を飲み込んだように顔を顰めた。しかし次に顔を上げた時には、感情を削ぎ落としたかのような冷静な面持ちで部下を見渡していた。

「まずはムーリャンかどうか確認に行く」
「はっ」

 部下の返事に頷き、カレルタ豪主は陛下に向き直った。

「陛下、大変お待たせしてしまい申しわけございません。あと一件確認に行かなければならない場所がございます。それまで、こちらでお待ちください」
「いや、俺も行こう。本当は俺だけで行ってもいいんだが、カレルタ豪主は立つのもやっとだろう?」
「お見苦しいところをお見せして申しわけございません」
「そんな畏まらずとも、……性分じゃしょうがないか」
「申しわけございません。それでは、部下を存分にお使いください」
「そうか? じゃあ、遠慮なく使わせてもらおう」

 そう言ってにいっと楽しげに笑うと、カレルタ領の部下達に指示を出し始めた。
 もう、その後はカレルタ豪主の部下を手足のように使って、ムーリャン様の所に辿り着き、結果的に囚われていたムーリャン様を救出する形になった。
 屋敷にいたのはカレルタ豪主の予想通り後宮に入る予定だったムーリャン様だった。
 淑女が居る部屋の中にはさすがに入れないと思った陛下は、ムーリャン様が居る部屋を突き止めると連れてきた侍女にその後を任せ、屋敷の外で待つことにした。
 足枷をはめられて自由を奪われていたそうだけれど、カレルタ豪主のように意識まで奪われていなかったので、救出されて屋敷から歩いて出てきた姿は比較的健康そうに見えた。そのムーリャン様を目にしたとき、あまりにも城にいるムーリャン様と瓜二つで、幽霊でも見たのか思うほど驚いた。しかし、事前に双子だと説明されていたことを思いだして、動揺をすぐに抑えることができた。
 侍女に支えられて表に出て来たムーリャン様は陛下を見とめ、綺麗な礼をした。

「お初にお目にかかります。カレルタ豪主の娘、ムーリャン・カレルタと申します。妹がご迷惑をおかけして、大変申しわけございません」

 まだ何も説明を受けていないにも関わらず、状況だけを見て真実に辿り着くのは流石と言える。いや、姉としてセイリャン様が何も問題を起こしていないはずはないと思っているからだろうか。
 
「そうだな。その話も含めて、後日話をしよう。今日はもう身体を休めた方がいいだろうしな。それにさすがに俺ももう帰らなければならない」
「お心遣いありがとうございます。ですが、わたくしも陛下と共に城へ参りたいと思います。セイリャンを野放しにしておく訳には参りません」
「しかしな、長い間囚われていたのだから、何かしらの不調も出てくるだろうし……」
「これ以上ご迷惑をおかけするわけには参りません。少しの不調など大したことではございません。父もわたくしもすぐに動けます」
「……あー、わかった。ムーリャン嬢の誠意は十分に伝わった。しかしな、今城に戻っても夕刻だ。夜には何もできまい。だから、明日の朝カレルタ豪主と共に登城してくれ。それまでに今回の件の詳細をまとめて提出して欲しい」
「……かしこまりました」

 さすがにこれ以上は無礼だと判断したのか、ムーリャン様は引いた。

「連れてきた文官を置いていくから、そこまで無茶でもないだろう」
「恐れ入ります」
「時間は少ないが、しっかり休むように、な?」

 カレルタ豪主とムーリャン様に向けられたお茶目な笑顔に、強張っていた二人の顔が少しだけ緩んだ。
 その後は陛下と共に城に戻り、通常業務に戻った。城に戻った陛下は、溜まった仕事を片付けながら今までのセイリャン様の行動を洗い出していた。そこでニルン様が連れてきた侍女に不審な動きがあると報告を受け、連絡を取ったところ、セイリャン様の不貞の証拠を集めているといい、証人もいるという話だった。なんでもニルン様、クトラ様、フィーリア様で不貞現場を目視確認も行っているとまで伝え聞いて驚いた。

 今回の件で、妃候補者方がいろいろと動いているのを知った。
 妃候補者方はどなたも正妃になれる資格は有しているように感じられる。セイリャン様は論外であるけれど。
 陛下の要望で始まった妃選定。いったい陛下はどなたを妃に選ぶのだろうか。


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