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30 ウルミスの気持ち

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 翌日、午前中の勉強を終えて、ウルミス様からの返事がまだ届いていないことを確認して、だめで元々と思いながら、フィーリアはウルミス様の部屋の前に来ていた。
 ラマには事情を知られたので、一人でウルミス様のところへ行きたいと伝えれば、まだ陽が高いのでいいですよと了承をもらえた。
 ウルミス様の部屋の前で、一度深く深呼吸する。
 突然訪ねても、会ってもらえないかもしれない。というか、会ってもらえないのが普通であって、それもしょうがないとわかっている。その時はまた出直そうと思い、ウルミス様の部屋の扉をノックした。
 しばらくすると、扉が開き、ウルミス様の侍女が対応に出てきた。

「これは、フィーリア様」

 訪ねてきたフィーリアを認めると、侍女は一瞬大きく見開いた。

「突然訪ねてしまい申し訳ありません。出来ればウルミス様にお会いしたいのですが、取り次ぎをお願いできますか?」
「…………しばらくお待ちください」

 少しの間、逡巡した侍女は、フィーリアを来客用の椅子へと案内したあと、頭を下げて部屋の奥へと消えた。
 座ってしばらく経った頃、先ほどの侍女が戻ってきた。

「大変お待たせいたしました。ウルミス様がお会いすると申しております。こちらへどうぞ」

 促されるまま、ついて行った先はウルミス様の私室のようであった。
 全体的に淡い乳白色で統一された室内は、控えめなウルミス様の印象に合っていて、とても居心地がよかった。部屋の真ん中にある可愛らしいテーブルの近くに立って待っていたウルミス様を瞳で捉え、フィーリアは足を止めて深く礼をした。

「ウルミス様、突然の訪問にも関わらず、招いていただきましてありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、フィーリア様からのご要望にお応えできず、大変申し訳ございませんでした」

 ウルミス様の弱々しい声に、フィーリアは驚いて顔をあげた。
 よく見れば、顔は青白く、前にお会いしたときよりも一段と細くなったような印象を受ける。今までずっと、遠くから見ていたので気が付かなかった。
 やはり体調が思わしくなくて、面会を断られていたのだ。それなのに押しかけてしまったことを悔やんだ。

「ウルミス様、申し訳ありません。具合が悪いところに押しかけるような真似をしてしまって。すぐにおいとまさせていただきます」
「いいえ、いいえ。大丈夫でございます」

 ウルミス様の体調のことまで気が回らなかったことを反省していたフィーリアに、やっと顔をあげたウルミス様が弱々しくも止めた。

「ですが……」
「いつものことでございますから、お気になさらないで下さい」

 そう言って微笑むウルミス様は空気に溶けてしまいそうなほど儚い印象を与え、守らなければと思わせる庇護欲をかき立てた。初対面での印象と変わりなく、同性であるフィーリアにも守りたいと思わせる風情があった。

 こんなウルミス様を見ていると、媚薬なんて使うようにはとても思えなかった。
 だから、誠心誠意を持って話せば、媚薬なんて使わずに正攻法で妃を目指してくれるかもしれない。
 それでなくても現在ウルミス様が妃候補者筆頭なのだから。

 そう思って口を開こうとして、侍女が目の端に入った。
 部屋の中にはウルミス様とフィーリアの他に、先ほど出迎えてくた侍女が一人控えていた。
 この侍女の前で、媚薬のことをいうのははばかられた。
 侍女は媚薬の存在を知らないのかもしれないし、知っていたらフィーリアが媚薬の存在を知っていることに警戒するかもしれない。
 今さら侍女に席を外して欲しいとは言えなかった。余程のことがない限り、来客があるときに侍女が席を外す事などないのだから。そこまで気が付かなかったフィーリアは、どのようにして媚薬を使うことを止めてほしいと伝えるか悩んだ。悩んだけれど、すぐにはいい案が何も出てこなかったので、正攻法で行って欲しいことを正直に伝えることにした。

「今日はウルミス様に聞きたいことがあって参りました」
「……どのようなことでございますか?」
「ウルミス様はダウール様をお好きですか?」
「…………………ぇ? ………………ぇえ?!」

 口元を手で隠し、驚いて立ち上がった拍子に椅子が倒れていた。
 そんなことにも気が付いていないようで、青白かった顔は今や薔薇の花びらのように真っ赤に色づき、全身を染めていた。
 狼狽えるウルミス様を見て、やっぱりと思った。だから思ったまま口からも出ていた。

「やっぱり」

 このウルミス様の反応でダウール様を好きなことは丸わかりだった。
 ウルミス様がダウール様を好きならば、それで良かった。ウルミス様のお父様に言われて強制的に言い寄っているわけではないのならば。そのことにほっとしているのに、なぜか胸が痛かった。その胸の痛みに疑問を感じたけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
 ウルミス様がダウール様を好きなことはわかった。あとは、媚薬を使わないでいてくれるのならば、それでいい。
 ウルミス様を応援しますと伝えようとしたら、ウルミス様は顔を真っ青にしていた。

「違います」
「隠さなくてもいいんですよ?」
「ですから、違います。違うのです」

 必死に否定する姿に、戸惑った。
 なぜ否定するのかわからない。
 そしてなぜ青ざめているのだろう?
 ウルミス様のお父親にも、卑劣な手を使ってまでも正妃になれと言われていたのに。ダウール様を嫌いだというならまだしも好きであるならば問題はないのではないだろうか。

「そんなこと仰らないでください」

 ウルミス様は悲痛な悲鳴のような声をあげる。

「ウルミス様?」

 ウルミス様の様子が変だった。
 恐れているような、直視したくないものを突きつけられたかのように取り乱していた。

「わたくしがダウール様を好きだなんてありえません。だって、ダウール様はフィーリア様を……っ!」
「わたし?」

 フィーリアの声にビクリと肩を震わせると、ぽろぽろと涙を流した。
 
「───フィーリア様はズルいです。たくさんの方に愛されて、お父様にも、ニルン様やクトラ様にも愛されて、ダ……っ、うぅぅー」

 閉じ込めていたものが決壊したかのように感情的になったウルミス様は、最後に言葉を詰まらせて泣き崩れた。

「ウルミス様……」

 手を伸ばしたフィーリアを、ウルミス様はキッと睨みつけた。

「フィーリア様はズルい。あなたなんか嫌いです」

 ウルミス様の強い眼差しに怯む。
 立ち尽くすフィーリアの前に、ウルミス様を庇うように入ってきた人がいた。

「フィーリア様。ウルミス様はただ今お客様のお相手が務まる状態ではございません。申し訳ございませんが、お引き取りいただけますでしょうか?」

 控えていた侍女の、一応お伺いを立てる言葉を使ってはいたけれど、早く出て行けという意志を身体全体から発していて、頷くしかなかった。

「ごめんなさい」

 ウルミス様が言った言葉の意味はまったくわからなかったけれど、自分のせいで傷ついているのはなんとなくわかった。
 侍女にせき立てられるように部屋から追い出され、フィーリアは落ち込んだまま自室へと戻る。
 ウルミス様に嫌いだと言われてしまった。
 初めて人から面と向かって嫌いと言われて、とてもショックだった。ウルミス様と友達になれるかもと思っていたから余計に胸が痛かった。

 しかも、聞きたいことも伝えたいことも中途半端になって、それがよりフィーリアを落ち込ませていた。
 まったくもって全然上手くいかない。
 妃候補者としての責任も果たせず、ウルミス様からは嫌われて、次にやるべき事が思い浮かばなかった。

 帰ってきたフィーリアを出迎えたラマに上手くいかなかったとだけ伝えると、それ以上は聞いてこなかった。
 湯浴みを済ませベッドに入ると、泥のように眠った。


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