33 / 67
30 ウルミスの気持ち
しおりを挟む翌日、午前中の勉強を終えて、ウルミス様からの返事がまだ届いていないことを確認して、だめで元々と思いながら、フィーリアはウルミス様の部屋の前に来ていた。
ラマには事情を知られたので、一人でウルミス様のところへ行きたいと伝えれば、まだ陽が高いのでいいですよと了承をもらえた。
ウルミス様の部屋の前で、一度深く深呼吸する。
突然訪ねても、会ってもらえないかもしれない。というか、会ってもらえないのが普通であって、それもしょうがないとわかっている。その時はまた出直そうと思い、ウルミス様の部屋の扉をノックした。
しばらくすると、扉が開き、ウルミス様の侍女が対応に出てきた。
「これは、フィーリア様」
訪ねてきたフィーリアを認めると、侍女は一瞬大きく見開いた。
「突然訪ねてしまい申し訳ありません。出来ればウルミス様にお会いしたいのですが、取り次ぎをお願いできますか?」
「…………しばらくお待ちください」
少しの間、逡巡した侍女は、フィーリアを来客用の椅子へと案内したあと、頭を下げて部屋の奥へと消えた。
座ってしばらく経った頃、先ほどの侍女が戻ってきた。
「大変お待たせいたしました。ウルミス様がお会いすると申しております。こちらへどうぞ」
促されるまま、ついて行った先はウルミス様の私室のようであった。
全体的に淡い乳白色で統一された室内は、控えめなウルミス様の印象に合っていて、とても居心地がよかった。部屋の真ん中にある可愛らしいテーブルの近くに立って待っていたウルミス様を瞳で捉え、フィーリアは足を止めて深く礼をした。
「ウルミス様、突然の訪問にも関わらず、招いていただきましてありがとうございます」
「いいえ。こちらこそ、フィーリア様からのご要望にお応えできず、大変申し訳ございませんでした」
ウルミス様の弱々しい声に、フィーリアは驚いて顔をあげた。
よく見れば、顔は青白く、前にお会いしたときよりも一段と細くなったような印象を受ける。今までずっと、遠くから見ていたので気が付かなかった。
やはり体調が思わしくなくて、面会を断られていたのだ。それなのに押しかけてしまったことを悔やんだ。
「ウルミス様、申し訳ありません。具合が悪いところに押しかけるような真似をしてしまって。すぐにお暇させていただきます」
「いいえ、いいえ。大丈夫でございます」
ウルミス様の体調のことまで気が回らなかったことを反省していたフィーリアに、やっと顔をあげたウルミス様が弱々しくも止めた。
「ですが……」
「いつものことでございますから、お気になさらないで下さい」
そう言って微笑むウルミス様は空気に溶けてしまいそうなほど儚い印象を与え、守らなければと思わせる庇護欲をかき立てた。初対面での印象と変わりなく、同性であるフィーリアにも守りたいと思わせる風情があった。
こんなウルミス様を見ていると、媚薬なんて使うようにはとても思えなかった。
だから、誠心誠意を持って話せば、媚薬なんて使わずに正攻法で妃を目指してくれるかもしれない。
それでなくても現在ウルミス様が妃候補者筆頭なのだから。
そう思って口を開こうとして、侍女が目の端に入った。
部屋の中にはウルミス様とフィーリアの他に、先ほど出迎えてくた侍女が一人控えていた。
この侍女の前で、媚薬のことをいうのは憚られた。
侍女は媚薬の存在を知らないのかもしれないし、知っていたらフィーリアが媚薬の存在を知っていることに警戒するかもしれない。
今さら侍女に席を外して欲しいとは言えなかった。余程のことがない限り、来客があるときに侍女が席を外す事などないのだから。そこまで気が付かなかったフィーリアは、どのようにして媚薬を使うことを止めてほしいと伝えるか悩んだ。悩んだけれど、すぐにはいい案が何も出てこなかったので、正攻法で行って欲しいことを正直に伝えることにした。
「今日はウルミス様に聞きたいことがあって参りました」
「……どのようなことでございますか?」
「ウルミス様はダウール様をお好きですか?」
「…………………ぇ? ………………ぇえ?!」
口元を手で隠し、驚いて立ち上がった拍子に椅子が倒れていた。
そんなことにも気が付いていないようで、青白かった顔は今や薔薇の花びらのように真っ赤に色づき、全身を染めていた。
狼狽えるウルミス様を見て、やっぱりと思った。だから思ったまま口からも出ていた。
「やっぱり」
このウルミス様の反応でダウール様を好きなことは丸わかりだった。
ウルミス様がダウール様を好きならば、それで良かった。ウルミス様のお父様に言われて強制的に言い寄っているわけではないのならば。そのことにほっとしているのに、なぜか胸が痛かった。その胸の痛みに疑問を感じたけれど、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ウルミス様がダウール様を好きなことはわかった。あとは、媚薬を使わないでいてくれるのならば、それでいい。
ウルミス様を応援しますと伝えようとしたら、ウルミス様は顔を真っ青にしていた。
「違います」
「隠さなくてもいいんですよ?」
「ですから、違います。違うのです」
必死に否定する姿に、戸惑った。
なぜ否定するのかわからない。
そしてなぜ青ざめているのだろう?
ウルミス様のお父親にも、卑劣な手を使ってまでも正妃になれと言われていたのに。ダウール様を嫌いだというならまだしも好きであるならば問題はないのではないだろうか。
「そんなこと仰らないでください」
ウルミス様は悲痛な悲鳴のような声をあげる。
「ウルミス様?」
ウルミス様の様子が変だった。
恐れているような、直視したくないものを突きつけられたかのように取り乱していた。
「わたくしがダウール様を好きだなんてありえません。だって、ダウール様はフィーリア様を……っ!」
「わたし?」
フィーリアの声にビクリと肩を震わせると、ぽろぽろと涙を流した。
「───フィーリア様はズルいです。たくさんの方に愛されて、お父様にも、ニルン様やクトラ様にも愛されて、ダ……っ、うぅぅー」
閉じ込めていたものが決壊したかのように感情的になったウルミス様は、最後に言葉を詰まらせて泣き崩れた。
「ウルミス様……」
手を伸ばしたフィーリアを、ウルミス様はキッと睨みつけた。
「フィーリア様はズルい。あなたなんか嫌いです」
ウルミス様の強い眼差しに怯む。
立ち尽くすフィーリアの前に、ウルミス様を庇うように入ってきた人がいた。
「フィーリア様。ウルミス様はただ今お客様のお相手が務まる状態ではございません。申し訳ございませんが、お引き取りいただけますでしょうか?」
控えていた侍女の、一応お伺いを立てる言葉を使ってはいたけれど、早く出て行けという意志を身体全体から発していて、頷くしかなかった。
「ごめんなさい」
ウルミス様が言った言葉の意味はまったくわからなかったけれど、自分のせいで傷ついているのはなんとなくわかった。
侍女にせき立てられるように部屋から追い出され、フィーリアは落ち込んだまま自室へと戻る。
ウルミス様に嫌いだと言われてしまった。
初めて人から面と向かって嫌いと言われて、とてもショックだった。ウルミス様と友達になれるかもと思っていたから余計に胸が痛かった。
しかも、聞きたいことも伝えたいことも中途半端になって、それがよりフィーリアを落ち込ませていた。
まったくもって全然上手くいかない。
妃候補者としての責任も果たせず、ウルミス様からは嫌われて、次にやるべき事が思い浮かばなかった。
帰ってきたフィーリアを出迎えたラマに上手くいかなかったとだけ伝えると、それ以上は聞いてこなかった。
湯浴みを済ませベッドに入ると、泥のように眠った。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです
こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。
まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。
幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。
「子供が欲しいの」
「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」
それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。
運命の番?棄てたのは貴方です
ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。
番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。
※自己設定満載ですので気を付けてください。
※性描写はないですが、一線を越える個所もあります
※多少の残酷表現あります。
以上2点からセルフレイティング
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる