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二章
七、若き日のゼウス 前編
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――ここだったな。
マガドの力が尽きかけると、支配から逃れて人間界を荒らす魔物が現れるようになった。その度に忠告していたが、マガドにはもう罰を与える力も残っていないだろう。
念の為、ゼウスは魔族相手にでも戦える勇者を創り、この村の子として人々に育てさせていた。
あれからまだ二十年しか経っていないが、五年程前に突然その姿を消したのだという。
――せっかく張り切って、正義感たっぷりに創ったのにな。一体何があったんだ。
村の人々は、万が一に備えて村中で大切に育てると言っていたし、幼少期から既にかなりの力を持っていた。
未だ諦めずに捜索中だが、母親が気になることを言っているらしいと、この土地に配置した神から報告があった為、自らやってきたというわけだ。
――大昔から母親の感ってやつは当たると決まっているんだ。
遠い昔の、バレるはずの無いイタズラを母であるレイアにこっぴどく叱られたことを思い出し、背中を丸め、身震いする。
「ようこそお越しくださった」
「ああ。久しいな。息災で何よりだ」
「お陰様で……。ですが」
「そうだったな。早速、向かおう」
――この村の村長と会うのは二十年振りだったが、随分と老けたな。人間の老いとは早いものだ。
ザク、ザク、と白く染ったあぜ道を踏み鳴らして進むと、一軒の家に着いた。
玄関前に無造作に置かれた虫カゴには何かが入っているようだ。ガサゴソと中から音が聞こえた。
雪解けにはまだ程遠いが、この辺りは春になると、辺り一面緑に覆わる。
長閑で広大なこの土地は、いずれ過酷な運命が訪れるかもしれない子供が、それまで伸び伸びと過ごすにはうってつけだった。
初めて勇者を創った時の事をぼんやり懐かしんでいると、家の中からすっかり老け込んだ女性が慌てて出てきた。微かに面影は残っている気がしないでもない。
――いや、よく見ると老化だけでは無さそうだな。余程、気がかりなんだろう。目の下が真っ黒だ。
「間違いないんです! あの子の事だから」
再会の挨拶も忘れて、余りに捲し立てるので、ゼウスは面を食らった。
「まぁまぁ、落ち着いて順番に話さないと分からないよ」
「話してるわよ!」
「そんなに慌てたって仕方ないじゃないか」
台所へ行った村長が、「ゼウス様にお茶くらい出さないか」と茶葉を探しているがなかなか見つからないようだ。
「仕方なくないわ!あの子は絶対にどこかで生きてるし、どこかで何かやらかしてるに違いないんだから!」
「どこかで何か……突然、姿を消してどこで何をするって言うんだ?」
ゼウスは俯いて、組んだ両手の親指をぶつからないようにクルクルクルクル回す。
考え事をする時の癖なのだ。
「治安も悪くないと、ここを担当する神から報告を受けている。この五年間は魔物の被害もぱったりと止んでいるようじゃないか」
………………まてよ、五年?」
親指に飽きたので人差し指を回していると、大変な事を思い出した。
ハッと息を飲み、恐る恐る顔を上げると、黒クマを従えた視線とぶつかった。
「そうなんです! 五年前にあの子が消えてから、それまであった畑の作物への被害や空き巣被害が急に無くなったんです!」
「だからって、村中を捜しても、どこかへ行った痕跡すら見つからなかったんだ。方向音痴なあいつが一体ひとりでどこへ行けるって言うんだ。きっと神隠しにでもあったんだよ」
「いや、俺は人間なんて隠さないぞ?」
「あぁ、これは失礼……」
好物の煮干しを隠し持っているやつはいるけどな、と喉元まで出かかったが、冗談を言う空気でもなさそうので一応止めておいた。
ーー空気は吸うものであって、読むものでは無いというのが俺の自論なのだが、やれば出来るものだ。
「気にしなくて良い。私もあの子の行方は気にるし、今の話で思い当たることがある」
マガドの力が尽きかけると、支配から逃れて人間界を荒らす魔物が現れるようになった。その度に忠告していたが、マガドにはもう罰を与える力も残っていないだろう。
念の為、ゼウスは魔族相手にでも戦える勇者を創り、この村の子として人々に育てさせていた。
あれからまだ二十年しか経っていないが、五年程前に突然その姿を消したのだという。
――せっかく張り切って、正義感たっぷりに創ったのにな。一体何があったんだ。
村の人々は、万が一に備えて村中で大切に育てると言っていたし、幼少期から既にかなりの力を持っていた。
未だ諦めずに捜索中だが、母親が気になることを言っているらしいと、この土地に配置した神から報告があった為、自らやってきたというわけだ。
――大昔から母親の感ってやつは当たると決まっているんだ。
遠い昔の、バレるはずの無いイタズラを母であるレイアにこっぴどく叱られたことを思い出し、背中を丸め、身震いする。
「ようこそお越しくださった」
「ああ。久しいな。息災で何よりだ」
「お陰様で……。ですが」
「そうだったな。早速、向かおう」
――この村の村長と会うのは二十年振りだったが、随分と老けたな。人間の老いとは早いものだ。
ザク、ザク、と白く染ったあぜ道を踏み鳴らして進むと、一軒の家に着いた。
玄関前に無造作に置かれた虫カゴには何かが入っているようだ。ガサゴソと中から音が聞こえた。
雪解けにはまだ程遠いが、この辺りは春になると、辺り一面緑に覆わる。
長閑で広大なこの土地は、いずれ過酷な運命が訪れるかもしれない子供が、それまで伸び伸びと過ごすにはうってつけだった。
初めて勇者を創った時の事をぼんやり懐かしんでいると、家の中からすっかり老け込んだ女性が慌てて出てきた。微かに面影は残っている気がしないでもない。
――いや、よく見ると老化だけでは無さそうだな。余程、気がかりなんだろう。目の下が真っ黒だ。
「間違いないんです! あの子の事だから」
再会の挨拶も忘れて、余りに捲し立てるので、ゼウスは面を食らった。
「まぁまぁ、落ち着いて順番に話さないと分からないよ」
「話してるわよ!」
「そんなに慌てたって仕方ないじゃないか」
台所へ行った村長が、「ゼウス様にお茶くらい出さないか」と茶葉を探しているがなかなか見つからないようだ。
「仕方なくないわ!あの子は絶対にどこかで生きてるし、どこかで何かやらかしてるに違いないんだから!」
「どこかで何か……突然、姿を消してどこで何をするって言うんだ?」
ゼウスは俯いて、組んだ両手の親指をぶつからないようにクルクルクルクル回す。
考え事をする時の癖なのだ。
「治安も悪くないと、ここを担当する神から報告を受けている。この五年間は魔物の被害もぱったりと止んでいるようじゃないか」
………………まてよ、五年?」
親指に飽きたので人差し指を回していると、大変な事を思い出した。
ハッと息を飲み、恐る恐る顔を上げると、黒クマを従えた視線とぶつかった。
「そうなんです! 五年前にあの子が消えてから、それまであった畑の作物への被害や空き巣被害が急に無くなったんです!」
「だからって、村中を捜しても、どこかへ行った痕跡すら見つからなかったんだ。方向音痴なあいつが一体ひとりでどこへ行けるって言うんだ。きっと神隠しにでもあったんだよ」
「いや、俺は人間なんて隠さないぞ?」
「あぁ、これは失礼……」
好物の煮干しを隠し持っているやつはいるけどな、と喉元まで出かかったが、冗談を言う空気でもなさそうので一応止めておいた。
ーー空気は吸うものであって、読むものでは無いというのが俺の自論なのだが、やれば出来るものだ。
「気にしなくて良い。私もあの子の行方は気にるし、今の話で思い当たることがある」
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