生まれる前から隣にいた君へ

紫蘭

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エピローグのその先で

急な呼び出し

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 明日香はその日、あと少しで終わってしまうモラトリアムを満喫していた。
 大学4年生の3月。あとひと月もしないで明日香は社会人となる。100人規模の小さな会社の営業事務。仕事内容ややりがいより、とにかくホワイトで趣味に全力投球できる会社を選んだ。
 真昼間から惰眠を貪り、ベッドから出るのはトイレと食事のみ。
 こんな生活ができるのもあと少しだからという免罪符が罪悪感を軽くする。
 それに、先週まで卒業旅行の連続でまともに家に帰ってきていなかった。だから、家のベッドが心地よくて仕方がない。
「お腹空いた」
 さすがに空腹には逆らえず、明日香はのっそりとベッドから起き上がる。
 リビングはしんと静まっている。母親は一昨日から地元に帰省中だ。
 冷蔵庫を開き、適当に材料を見繕う。
 結局、1番楽なハムエッグにすることにして、パパっとハムエッグ丼を作り、空腹だと騒いでいる胃袋を鎮める。
「うま」
 最後にかけたラー油がいい仕事をしている。なんだなんだとこういう簡単な丼が一番美味しい。

 胃袋が静かになったところで、LINEの通知を確認すると、母親から連絡が来ていた。
 どうやら、今日は幼馴染である一颯いぶきの母親、ゆみさんとランチをしているらしい。
 次から次へと送られてきていたゆみさんと一颯の近況に目を通す。
 一颯は、大学進学と同時に一人暮らしを始めていた。
 行きたい学ぶが実家からだと通えなかったらしい。
 そして、就職のタイミングで上京することにしたようだ。
 ゆみさんと母親はちょうど食後のデザートを食べているところらしい。美味しそうなチーズケーキの写真が送られてくる。
「なんか甘い物あったっけ」
 ケーキの写真を見ていたら食後のデザートが欲しくなった明日香は冷蔵庫を漁って買ってあったプリンを取り出す。
 チーズケーキには叶わないが、これもまぁ、定番に美味しい。でも、もう少し豪華なデザートが食べたい。
 せっかく起きたことだし、今日は好きな作家の新刊の発売日だった。
 新刊を買ってどこかのカフェで美味しいケーキと紅茶でも楽しもう。

 思い至ったらすぐ行動!がモットーの明日香は手早く身支度を整え始めた。
 この前買ったばかりのブラウンに白のステッチが可愛いスカートにベージュのニットを合わせればきっとカフェで読書に相応しい。
 テンションを上げるために髪の毛も巻く。
 すっかり慣れた手つきでメイクとヘアセットを済ませ、お気に入りの香水を振りかければ準備完了。
 まだ肌寒いため、コートとブーツは忘れずに。
 30分でカフェで読書コーデは完了し、明日香は近所の書店に向かった。

 新刊欄のところに並ぶ好きな作家の新刊を手に入れ、頭の中でお気に入りのカフェの中からこの本を読む場所をチョイスする。
 選んだのはふわっふわの紅茶シフォンケーキが美味しいカフェ。
 そこで明日香はシフォンケーキに舌鼓を打ちつつ、時間を忘れるほど読書に熱中した。

 ブーッブーッブーッ

 太陽が落ちてきた頃、明日香の至福の時間を邪魔したのは、母親からの電話だった。
 邪魔されたことにムカつきつつ、時間も時間だったので、お会計をして店を出てかけ直す。
「あ、明日香?今家?この後時間ある?」
 ワンコールで出た母親は矢継ぎ早に質問をしてきた。
「外だけど何?最寄りのカフェで本読んでた」
「ちょうどいい!今ゆみさんと会ってるんだけど、一颯、今日まで飛行機のチケット取るの忘れてて、成田になっちゃったんだって」
「は?明日引越しって言ってなかったっけ」
「そうなんだけど、荷物今日着くらしくて」
「はぁ?」
「悪いんだけど、一颯のこと成田まで迎えに行ってあげてくれない?」
「はぁぁ?」

 20分後。明日香はカーシェアで成田空港へと向かっていた。
 母親の話を整理するとこうだ。
 今日、一颯は東京に来る予定だった。
 引越しは明日、だから引越し業者も明日荷物を持ってくる。
 ただ、ギリギリまで使っていたものや、数日分の着替えなどは別で荷物を送った。それの到着指定日時を1日間違えて今日にしたらしい。
 しかもその中に不動産屋さんに提出する書類まで入れた。
 挙句の果てには鍵も受け取っていないのに引越し業者の時間を明日の午前に指定し、飛行機のチケットを取り忘れたらしい。
 慌てて予約をしようとした時には、羽田空港行きは満席で、仕方なしに取った成田空港からだと荷物の受け取りに間に合わない。
 その全てを聞いた時、明日香は「馬鹿じゃないの?」と叫んだ。
 電話の向こうではゆみさんが「ほんとごめん!」と謝っていた。
 とりあえず、明日にならなければ鍵は貰えないので、そこは諦めて成田空港で一颯を回収。新居に向かって荷物だけ受け取る。
 今夜の宿はこの調子だとどうせ取れていないだろう。
 ネカフェに放り込むか、うちに泊めるか、その辺は流れに任せるしかない。
 イライラを募らせながら、明日香はアクセルを踏んだ。
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