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42・さだめとあれば心を決める3
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「やっぱり!
先日の王宮での祝勝パーティー、貴女が出席すると聞いて是非参加したかったのですけど、平民枠の抽選に外れてしまって。
まさかこんなところでお目にかかれるなんて!」
ファンなんです、と席を詰めてきた男性は既に出来上がっているようで、目も充血しているし息も荒い。
てゆーか、王宮のパーティーって、平民参加枠は抽選するシステムだったんですね。
うちの両親も厳密には平民だけど、王宮御用達看板背負ってて事実上は準男爵扱いなんで、毎度普通に出席してたから知らなかったわ。
「こらこら、モーヴォーさん。
こちらのお客様は、お連れ様をお待ちしているのですから、絡んじゃ駄目ですよ。」
と、カウンターの中から店主らしいバーテンダーがやんわり注意してくれるも、男性の興奮は収まらず。
「マスター、ヴァーナ嬢のイメージでカクテルを作って差し上げてくれ!
勿論、僕の奢りで!」
「いえあの、私、お酒は(止められてます)」
「またまた!噂で聞きましたよ!
帝国のアンダリアス将軍に飲み比べ勝負を挑んで奴を酔い潰したと!
相当いける口でしょう!?」
いや誰だそんな噂流したやつ!
風評被害も甚だしいわ!
あとマスター、作るな作るな!グラスに注ぐな!『ファントム・レディです』とか言って出してくるな!
あ、男性がグラスを手に取って……お前が飲むんか──い!!
「?…なんだこの甘いやつ。まあいいや。
それはさておき、抽選に当たってチケットを買えた友人から、『聖女様』は女神の如く美しかったと、散々自慢されましてね。
僕の方がずっと前からヴァーナ嬢の大ファンで、あいつなんて今回初めて知ったにわかの癖にって、悔しい思いをしてたんですけど。
今度は僕があいつに、ヴァーナ嬢と酒を飲んだって自慢できますよ!」
いや飲んでないけどね!
…私のことを話しているにもかかわらず、もう私のことなんざ認識してないだろうこの男の声が大きい為、気がつけば奥テーブルの喧嘩より、よほど注目を集めてしまっている。
なんだこの生き地獄。
…あ、ダリオが戻ってくる。
良かった、ようやくこの地獄から解放され…
「それを言うなら私は彼女が幼い頃からの大ファンだ!
ずっと彼女のことだけを見て、彼女の弟を除けば、私が一番長く側にいたのだ!
今更、この場所を誰にも譲れるものか!!」
いや何言ってんだお前は!
私が心の中でそうツッコミを入れた瞬間。
……場の喧騒が、一瞬にして静まった。
次の瞬間、けたたましいほどの、拍手の音が店内に響き渡る。
その音で瞬時に我に返ったらしいダリオの手を引いて、私たちは店を飛び出した。
・・・
「…ヴァーナ、すまなかった。
君が昔から、目立つことは嫌いなのだと知っていたのに。
…だが、あの言葉は嘘じゃない。
私は幼い頃からずっと、君のことが好きだった……勿論、今も。」
神殿へ向かう帰り道、若干萎れながら隣を歩くダリオが、ぽつりと言ったその言葉に、私はハッとして彼の顔を見上げた。
「ずっと一緒にいたから、いつかは自然に、君は私を選んでくれると、根拠もなく思っていた。
そうではないと気づいた時には、この心地いい距離感を、崩すことが怖くなっていた。
そうして、美しく気高く成長した君が、他の男のものになる可能性もあると、ようやく理解した時には、君は皆から讃えられる存在となってしまっていた。
…いや、全て言い訳だな。
全部、僕が臆病だっただけだ。」
あ、一人称が『僕』に…子供の頃に戻ってる。
などと考えてしまった私は、この時確かに脳が、キャパオーバーを起こしていた。
「最低な告白になったのは充分自覚している。
だが、今ここではぐらかしたら、二度と言えないこともわかっている。
ヴァーナ、君が好きだ。
もしも誰かと結ばれる気持ちがあるなら、どうか僕を選んでほしい。」
…ダリオに昔、『ぼくのおよめさんになってください!』と言われた時、私はなんと答えたんだっけ…あ、そうだ確か直後に『おまえなんかに姉さんをやれるかバーカ!』とメルクールに言われて喧嘩になって、騒ぎを聞いて駆けつけてきたヘレナおばさまに『おまえが一番年上なのに何をやっているのよ!!』とげんこ張られてるのを見て、ヘレナおばさまは怒らせないようにしようとメルクールと2人目配せし合って、その話は終わりだったんだ…って、今そんな事を思い出してる場合じゃない!
「……私はあなたをずっと、兄か弟のように思ってきたわ。
今も、それは変わらない。」
考えながら少しずつ絞り出した言葉は、少しだけ嘘を含んでいた。
正直な事を言えば、もし神殿に入る前にこの告白をされていたら、私は迷う事なく是と答えていた。
この国で女の子が15歳で神殿に入るのは、ほとんどの場合花嫁修行というか、貞女の心得を学ぶ為の慣習であり、まあ殆どが貴族の令嬢だからというのもあるが、だから大抵の子は、その時点で婚約者がいる。
(ただ見ていてわかる通り、神殿は神官と騎士が同じ場所で仕事をして、時には組んで行動もする為、まあ学校に通うのと同じくらいには男女間の交流があるので、婚約者のいる令嬢が神官見習いとして修行しているうちに、共に行動していた騎士と恋に落ちてしまい、結ばれていた婚約が破談になった事態も、過去になかったわけではないらしい。つかその場合は、神が真に結ばれるべき相手と娶せたとみなして、祝福すべしというのが慣例になっているのだが、裏切られた本来の婚約者にしてみれば相当理不尽だろうし、十中八九神殿の管理体制を訴えられない為の方便だと思ってる)
その頃の私がダリオのことを好きだったわけではないが、逆に断る理由もなかったし、婚約者もいないのに神殿に花嫁修行だけをしに入ることにも不安があった(当時の私は貴族の令嬢に対して偏見まみれで、そんな状態なら絶対虐められると思っていた。実際には私が入った年はたまたま男爵や子爵といった下位貴族の令嬢ばかりで、また性格も優しい子ばかりだったのでそんなことにはならなかったが。彼女たちも今はとうに神殿を辞して、それぞれの婚約者のもとに嫁いでいる…ぐぬぬ)から、渡りに船と思って受けただろう。
そして3年間の見習い神官生活のなかで、共に神殿で騎士として成長していくダリオを婚約者として意識しつつ、『あ、私の婚約者、意外とステキ』と、徐々に思いを育てていけたに違いない。
そしてあの大神官補佐の不正が発覚した後、新しい大神官様に神官長に任命されても、婚約者との結婚を控えているからと、円満に辞退することができた筈だ。
もしかしたら今頃は、子供の1人や2人いたかもしれない。
……そう、全部想像だし、時間は戻らない。
「あなたのことを今後、ひとりの男性として見ることができるのかさえ、今の私にはわからない。
私ももう25になってしまったし、あなたも同じ。
出るかどうかすらわからない不確かな答えを、待つ時間も、待たせる時間ももうないわ。」
ダリオの事は異性としては見ていないけど、私にとって大切なひとの1人ということは間違いない。
だから彼には、彼自身を愛してくれる女性と、幸せな結婚をして欲しい。
そんな想いを込めて、あえて厳しい言葉で彼を突き放した…つもりだった。
「何を言ってるんだ。もう20年待ったんだぞ?
これ以上は、君の答えが出るまでをただ待つつもりなどない。
君の気持ちが僕に動くように、これからは動くだけだ。
伝えるべきことを伝えてしまった以上、ここから先は遠慮しないから、覚悟しておくように。いいな?」
そう言って、私の手を引いてスタスタ歩き出したダリオの、斜め後ろから見た耳が真っ赤に染まっているように見えたのは、多分街を染める夕焼けの色なのだと、私は無理矢理思い込もうとしていた。
先日の王宮での祝勝パーティー、貴女が出席すると聞いて是非参加したかったのですけど、平民枠の抽選に外れてしまって。
まさかこんなところでお目にかかれるなんて!」
ファンなんです、と席を詰めてきた男性は既に出来上がっているようで、目も充血しているし息も荒い。
てゆーか、王宮のパーティーって、平民参加枠は抽選するシステムだったんですね。
うちの両親も厳密には平民だけど、王宮御用達看板背負ってて事実上は準男爵扱いなんで、毎度普通に出席してたから知らなかったわ。
「こらこら、モーヴォーさん。
こちらのお客様は、お連れ様をお待ちしているのですから、絡んじゃ駄目ですよ。」
と、カウンターの中から店主らしいバーテンダーがやんわり注意してくれるも、男性の興奮は収まらず。
「マスター、ヴァーナ嬢のイメージでカクテルを作って差し上げてくれ!
勿論、僕の奢りで!」
「いえあの、私、お酒は(止められてます)」
「またまた!噂で聞きましたよ!
帝国のアンダリアス将軍に飲み比べ勝負を挑んで奴を酔い潰したと!
相当いける口でしょう!?」
いや誰だそんな噂流したやつ!
風評被害も甚だしいわ!
あとマスター、作るな作るな!グラスに注ぐな!『ファントム・レディです』とか言って出してくるな!
あ、男性がグラスを手に取って……お前が飲むんか──い!!
「?…なんだこの甘いやつ。まあいいや。
それはさておき、抽選に当たってチケットを買えた友人から、『聖女様』は女神の如く美しかったと、散々自慢されましてね。
僕の方がずっと前からヴァーナ嬢の大ファンで、あいつなんて今回初めて知ったにわかの癖にって、悔しい思いをしてたんですけど。
今度は僕があいつに、ヴァーナ嬢と酒を飲んだって自慢できますよ!」
いや飲んでないけどね!
…私のことを話しているにもかかわらず、もう私のことなんざ認識してないだろうこの男の声が大きい為、気がつけば奥テーブルの喧嘩より、よほど注目を集めてしまっている。
なんだこの生き地獄。
…あ、ダリオが戻ってくる。
良かった、ようやくこの地獄から解放され…
「それを言うなら私は彼女が幼い頃からの大ファンだ!
ずっと彼女のことだけを見て、彼女の弟を除けば、私が一番長く側にいたのだ!
今更、この場所を誰にも譲れるものか!!」
いや何言ってんだお前は!
私が心の中でそうツッコミを入れた瞬間。
……場の喧騒が、一瞬にして静まった。
次の瞬間、けたたましいほどの、拍手の音が店内に響き渡る。
その音で瞬時に我に返ったらしいダリオの手を引いて、私たちは店を飛び出した。
・・・
「…ヴァーナ、すまなかった。
君が昔から、目立つことは嫌いなのだと知っていたのに。
…だが、あの言葉は嘘じゃない。
私は幼い頃からずっと、君のことが好きだった……勿論、今も。」
神殿へ向かう帰り道、若干萎れながら隣を歩くダリオが、ぽつりと言ったその言葉に、私はハッとして彼の顔を見上げた。
「ずっと一緒にいたから、いつかは自然に、君は私を選んでくれると、根拠もなく思っていた。
そうではないと気づいた時には、この心地いい距離感を、崩すことが怖くなっていた。
そうして、美しく気高く成長した君が、他の男のものになる可能性もあると、ようやく理解した時には、君は皆から讃えられる存在となってしまっていた。
…いや、全て言い訳だな。
全部、僕が臆病だっただけだ。」
あ、一人称が『僕』に…子供の頃に戻ってる。
などと考えてしまった私は、この時確かに脳が、キャパオーバーを起こしていた。
「最低な告白になったのは充分自覚している。
だが、今ここではぐらかしたら、二度と言えないこともわかっている。
ヴァーナ、君が好きだ。
もしも誰かと結ばれる気持ちがあるなら、どうか僕を選んでほしい。」
…ダリオに昔、『ぼくのおよめさんになってください!』と言われた時、私はなんと答えたんだっけ…あ、そうだ確か直後に『おまえなんかに姉さんをやれるかバーカ!』とメルクールに言われて喧嘩になって、騒ぎを聞いて駆けつけてきたヘレナおばさまに『おまえが一番年上なのに何をやっているのよ!!』とげんこ張られてるのを見て、ヘレナおばさまは怒らせないようにしようとメルクールと2人目配せし合って、その話は終わりだったんだ…って、今そんな事を思い出してる場合じゃない!
「……私はあなたをずっと、兄か弟のように思ってきたわ。
今も、それは変わらない。」
考えながら少しずつ絞り出した言葉は、少しだけ嘘を含んでいた。
正直な事を言えば、もし神殿に入る前にこの告白をされていたら、私は迷う事なく是と答えていた。
この国で女の子が15歳で神殿に入るのは、ほとんどの場合花嫁修行というか、貞女の心得を学ぶ為の慣習であり、まあ殆どが貴族の令嬢だからというのもあるが、だから大抵の子は、その時点で婚約者がいる。
(ただ見ていてわかる通り、神殿は神官と騎士が同じ場所で仕事をして、時には組んで行動もする為、まあ学校に通うのと同じくらいには男女間の交流があるので、婚約者のいる令嬢が神官見習いとして修行しているうちに、共に行動していた騎士と恋に落ちてしまい、結ばれていた婚約が破談になった事態も、過去になかったわけではないらしい。つかその場合は、神が真に結ばれるべき相手と娶せたとみなして、祝福すべしというのが慣例になっているのだが、裏切られた本来の婚約者にしてみれば相当理不尽だろうし、十中八九神殿の管理体制を訴えられない為の方便だと思ってる)
その頃の私がダリオのことを好きだったわけではないが、逆に断る理由もなかったし、婚約者もいないのに神殿に花嫁修行だけをしに入ることにも不安があった(当時の私は貴族の令嬢に対して偏見まみれで、そんな状態なら絶対虐められると思っていた。実際には私が入った年はたまたま男爵や子爵といった下位貴族の令嬢ばかりで、また性格も優しい子ばかりだったのでそんなことにはならなかったが。彼女たちも今はとうに神殿を辞して、それぞれの婚約者のもとに嫁いでいる…ぐぬぬ)から、渡りに船と思って受けただろう。
そして3年間の見習い神官生活のなかで、共に神殿で騎士として成長していくダリオを婚約者として意識しつつ、『あ、私の婚約者、意外とステキ』と、徐々に思いを育てていけたに違いない。
そしてあの大神官補佐の不正が発覚した後、新しい大神官様に神官長に任命されても、婚約者との結婚を控えているからと、円満に辞退することができた筈だ。
もしかしたら今頃は、子供の1人や2人いたかもしれない。
……そう、全部想像だし、時間は戻らない。
「あなたのことを今後、ひとりの男性として見ることができるのかさえ、今の私にはわからない。
私ももう25になってしまったし、あなたも同じ。
出るかどうかすらわからない不確かな答えを、待つ時間も、待たせる時間ももうないわ。」
ダリオの事は異性としては見ていないけど、私にとって大切なひとの1人ということは間違いない。
だから彼には、彼自身を愛してくれる女性と、幸せな結婚をして欲しい。
そんな想いを込めて、あえて厳しい言葉で彼を突き放した…つもりだった。
「何を言ってるんだ。もう20年待ったんだぞ?
これ以上は、君の答えが出るまでをただ待つつもりなどない。
君の気持ちが僕に動くように、これからは動くだけだ。
伝えるべきことを伝えてしまった以上、ここから先は遠慮しないから、覚悟しておくように。いいな?」
そう言って、私の手を引いてスタスタ歩き出したダリオの、斜め後ろから見た耳が真っ赤に染まっているように見えたのは、多分街を染める夕焼けの色なのだと、私は無理矢理思い込もうとしていた。
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