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第三章その6 ~みんな仲良く!~ ドタバタの調印式編

思い出のタイムトンネル。お尻がつかえる

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 嵐山達は必死に指揮をとり続けたが、ろくに通信も使えない状況である。声を限りに叫ぶものの、味方の動きは乱れていた。

 飛びかかる小型の餓霊を撃ち払う警護兵だったが、更に多くの敵が押し寄せてくる。

「船団長、こちらへ!」

 警護兵達が、横転した車両の陰に2人を誘導した。

 だがそこで嵐山は足がもつれる。

 倒れた嵐山に飛びかかる餓霊、しかし船渡が体当たりで吹っ飛ばしてくれていた。

 小型とは言え餓霊を、しかも生身で撃退する。およそ信じられない事であるが、彼はそのままよろよろと倒れ込んだ。

「ちょ、ちょっと、健児っ!!?」

 嵐山は起き上がり、彼の元に駆け寄る…………いや、駆け寄りたかったが、胸を押さえてうずくまった。

 今度は健児の方が慌てて、嵐山ににじり寄った。

「……お、お前、怪我したのか! どっか悪いのか?」

「……それは……こっちの台詞でしょうがっ……!」

 何とか言い返す嵐山だったが、口元に血の味がこみ上げてくる。どうしても我慢出来ず、何度か吐血。

 呆然とする健児に、嵐山は気まずい思いで伝えた。

「……怪我じゃない、前からよ。覚悟はしてたけど……そろそろかもね」

「お前…………」

 健児は戸惑っていた。

 本当に鈍い人だと嵐山は思った。バカで無骨で、そのくせ変に意地っ張りで。

 こちらの異変にも気付かず、何度も全力で怒鳴りあってくれた。おかげで最後まで、退屈しないで済んだけど……

 だがそこで、嵐山は健児の手に目をやる。

 こちらをいたわる健児の左手……その甲にあるひび割れた細胞片……つまり初期型プロトタイプの逆鱗は、今は激しく脈動している。あたかも崩壊寸前のように……消え入る前の花火のようにだ。

「え……健児、それって……?」

 健児はしまった、といった顔で逆鱗を押さえたが、今更遅い。

「……ま、まさかそっちも……?」

「……お互いガタがきたもんだな。同時に始めたからしょうがないけど……こっちもそろそろだよ」

 健児はそう言って苦笑いした。

「……この戦いを終わらせようって張り切って、結局何にも出来なかったな。今じゃ立派な足手まといだ……」

「そ、そんな事……」

 嵐山は、うまく言葉が出てこなかった。

「ど、どうして言わなかったのよ……?」

「それ、お前が言うか?」

 健児の意見はもっともである。もっともであるが、何だか無性に腹が立った。健児に対してでもあったし、その何十倍も自分に対しての怒りだ。

 そして嵐山は、ある可能性に気が付いた。

「…………ね……ねえ………もしかして、お別れしたのも……?」

 健児はしばし黙っていたが、覚悟を決めて答えてくれる。

「…………明日死ぬかもしれないのに…………責任も取れないのに……プロポーズなんか出来るかっ」

 健児はそう言って目を逸らした。

 あの頃、頻繁ひんぱんに体調不良に見舞われた嵐山は、秘密裏に精密検査を受けた。

 各種身体機能の低下、神経や臓器の著しい壊死や損傷。いずれ全てが立ち行かなくなり、数年で命を落とすと言われたのだ。

 ……それから少しずつ、彼と疎遠になった。あまり前線に立てなくなったせいもある。

 以前は背中を預けて戦っていたのに、そのうち互いを避けるようになって。

 最後に大喧嘩をした時、陰で思い切り1人で泣いた。

 もうすぐ死ぬ自分では、彼の傍にはいられない。

 だって……だって誰かを失う悲しみを、彼は嫌と言うほど味わって来たんだもの。もう彼に1ミリだってそんな思いはさせたくなかった……!

 でもそれは、相手も同じだったのだ。男らしく、黙って何も言わなかったけど、彼も1人で耐えていたのだ。

 どうして気付いてあげられなかったんだろう……そんな後悔が胸に渦巻くが、その時、再び大きな爆発が起こった。

 味方の重機は苦戦し、次々倒れ伏していく。機体の属性添加機も人口筋肉も、その力を十分に発揮できていないのだ。

 あの白い人型重機・心神も奮戦していたが、それもいつまでもつか分からない。

 嵐山は必死に考えた。

(何か、何か事態を打開しないと……!)

 彼方には、激しい闘気を巻き上げ、笑みを浮かべる長髪の女がいた。

 全てはあの女の術が根源である。

 鶴と呼ばれた鎧姿の少女が応戦していたが、押し寄せる餓霊の群れに邪魔され、なかなか近寄る事が出来ない。

「…………!」

 嵐山はそこでふと、倒れた機体に目が止まった。部下達の機体ではない。式典の箔付はくづけにお飾りとして用立てられた、過去の自分達の機体である。

 うつ伏せに倒れ、動かなくなった機体それを見たとき、我知らず足が動いていた。

「お、おい、嵐山!? 紅葉もみじっ、お前どこ行くんだよ!」

「動かすのっ!!!」

 嵐山は反射的に叫んだ。久しぶりに名前で呼ばれた気がしたが、今そんな事はどうでもいいのだ。

「まだ生きてる、まだいけるわよ! 長期休眠状態ロングスリープだったし、式典用に動かしたから、ちゃんと生きてるでしょ!?」

「だからってお前……!」

「あれしかないの! 添加機も人口筋肉も駄目なら、あれしかない! 私らの機体だったら、モーター併用式だもん!」

「確かに……一理あるか……!」

 健児はしばし黙ったが、再び口を開いた。

「だったら俺も行く。お前1人だと、とちりそうだからな」

「……足手まといになんないでよ?」

 2人はすぐに物陰から飛び出した。飛び出したつもりだったが、足が思うように前に出ない。

 たちまち小型の餓霊が迫るが、警護兵達が射撃で足止めしてくれる。銃のパワーが落ちている分、精度と連射で持ちこたえているのだ。

「お2人とも、よく分かりませんが早くっ!」

「ナイス後輩! お姉さんにまかせなさいっ!」

 嵐山はほとんどつんのめりながら機体に這い寄る。

 機体脇にある緊急搭乗口を開けると、四つん這いになって入り込んだ。

(せ、狭い、お尻が引っかかる……! 太ってないのに……たぶん!)

 以前より通りにくくなっているような気がするが、それはきっと気のせいなのだ。

 コクピットの椅子にかじりつき、短縮起動キーを押した。

 現行式いまの機体より、ずっと古めかしいメインモニターが光を帯び、緑色の文字が高速で流れていく。

 と同時に、操縦席に少しずつ光が宿った。まるでイルミネーションのように、少しずつ……思い出に光がさしていくのだ。
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