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第三章その2 ~東北よいとこ!~ 北国の闘魂編

空のフィーバー

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 ミルク色の霧が立ち込める中、車両は高速で疾走していた。

 時折襲う振動が、人型重機の操縦席にまで響いてくる。

 付近の道路はかなり傷んでおり、悪路対策に対衝撃慣性制御アンチショックの電磁式でコーティングされたタイヤも、完全には揺れを打ち消せないのだ。

 画面ごしに周囲をうかがうと、倒れた家屋や信号機が、滅びた旧世界の遺跡のように霧の中に見え隠れしていた。

 誠は凛子と通信を試みる。

「飛崎中尉、戦況について知りたい。かなり疲弊してるみたいだけど」

「……そりゃそうさ、魔王のお膝元だもん。あんたらの四国とことは、敵の強さが段違いだし」

 飛崎中尉……つまり凛子は、モニター上でぶすっとして答えたが、誠は粘ってなおも尋ねた。

「段違いとは? できればもっと詳しく知りたい」

「雑魚に関しては、そっちとあんま変わんないでしょ。それより最近、この辺りに異常に濃い霧っていうか、もの凄い雲霧帯うんむたいが出来てさ。中・短距離の通信すらおぼつかないし、視界も最悪。不意打ちされる事が増えてきたのよ」

「ああ、それでヒメ子の地図が見えにくかったのか」

 誠はそこで思い当たった。

 いくら新天地の霊気と馴染んでいないとは言え、神器の地図の精度が悪かったのは、この地域の異様に濃い邪気のせいらしい。

「……で、濃い霧自体も最悪だけど、その中に出る餓霊てきが強くてね。矢鱈滅多やたらめったら足が速くて、弾もろくに当たりゃしないの」

 過去の激戦を思い出しているのだろう、凛子はそう言って唇をかみ締める。

 誠は頷いて、後ろに座る鶴に声をかけた。

「ヒメ子、こっちの霧について何か分かるか?」

 鶴は腕組みして首を傾げた。

「……うーん……ちゃんとは見えないけど、いくら何でも濃ゆ過ぎるわね。どこかにまじないの元があると思うわ」

「まじないの元?」

 誠の言葉に、鶴の肩に乗るコマが答える。

「そうだよ黒鷹。これだけ濃くて強い邪気、餓霊が吐き出す分だけじゃ足りない。多分どこかにとりでがあって、高度な術を組んでるはずさ。あの世と空間を繋げて、魔界の気を引き込んでるんじゃないかな」

「ま、魔界の気??? 何よそれ?」

 凛子は目を丸くしているが、コマはなおも話を続けた。

「これだけ強い邪気だと、鶴もあまり遠くまで見えないよ。それにさっきから、タイヤの属性がバチバチ言ってるだろ? こっちの術は邪気と魔逆だから、反応してすごく目立つし、術自体も弱くなるのさ」

 誠が機体のモニターを切り替えると、車両のタイヤを覆う青い光は、霧と触れると激しく反応して火花を上げていた。

(敵の術は強くなるけど、こちらの術は弱くなって、かつ目立っちまうのか……)

 誠は思わず唸ってしまった。思った以上に厳しい環境である。

「完全敵地アウェー、さすが魔王のお膝元だな。ヒメ子、そのまじないの元とやらは探せないのか?」

「それは……ちょっと厳しいかも」

 いつもなら「平気平気」とか言う鶴も、今は大口を叩かなかった。

虱潰しらみつぶしに探すしかないから、凄く時間がかかると思うわ。濁った水から砂つぶを探すようなものね」

「これは想像以上に厳しいな……!」

 誠も思わず歯噛みした。

 つまり今まで戦いを有利に導いてきた、敵の本隊を把握して強襲する、といった戦術が使えないのだ。

 そうこうするうちに、半透明の地図に映る敵の数はどんどん増えてきている。

「どうしよう、ますます増えてる……! こんな数、今まで無かった。これじゃ防ぎきれないかも」

 画面に映る凛子は、焦りの表情を浮かべていた。

「敵の数が多すぎて………正直言うけど、こっちの防衛ラインもボロボロだし、このままじゃ奥の避難区まで抜かれちまう……!」

 あれだけ勇敢そうだった彼女は、今は見る影も無く青ざめていた。

 手を上げ、握りこぶしの背の部分をねじり鉢巻に押し当てている。

 もしかしたら鉢巻は誰かの形見で、無意識にそれに頼ったのかも知れないが、とにかく精神的に追い詰められているのは確かだ。

「元より守るは無理の極みか……」

 誠はしばし考えていたが、覚悟を決めてコマに言った。

「コマ、この霧はこっちの術と反応するって言ってたよな」

「そうだよ黒鷹」

「だったら逆に、目立ってみたらどうだろう」

「どういう事?」

 誠の肩に飛び移るコマに、誠は説明を続ける。

「こないだの戦闘で、敵もヒメ子が来てるのは知ってるだろ。四国と九州であれだけやられたんだから、大なり小なり警戒するはず。だったらハッタリでうって出れば、敵を引きつけられるんじゃないか?」

 誠は地図をスクロールし、敵との交差地点を推測した。

「敵の前方に俺達が移動しつつ、思い切り魔法を使いまくって目立てば、敵は食いつくと思う。その間に飛崎中尉の隊は、市街区に待ち伏せ陣地を築くんだ。後は俺たちが撤退しながら、敵をそこへ誘い込むから」

 そこで凛子が訝しげに尋ねる。

「で、でも、もし敵が、誘いに乗らずに素通りしたら……?」

「その時は後ろから追いかけて挟み撃ちする。強襲する敵は退路を断たれるのに敏感だし、後ろから距離を詰めれば嫌がって攻撃を切り上げるかもしれない」

「けどそれじゃ、あんた達が危険すぎるじゃん。あんな強い連中相手に、単独で囮なんて……」

 凛子が止めるが、鶴は真剣な顔で首を振った。

「任せて凛ちゃん、私はこう見えて姫よ。立派で、しかも気さくな姫なの」

「それはさっき聞いたけどさ……」

「それに、たまにこうして頑張っておかないと、コマのお目付け具合が厳しくなるの。遊んではいるけど、時々立派な事もするから女神・岩凪姫ナギっぺに告げ口しにくい、というギリギリの線を見極めてるのよ」

「そういうのは僕のいない所で言ってよ!」

 コマは両方の前足を上げて抗議するが、誠には、鶴がわざと軽口を叩いているのだと分かった。

 四国や九州で困難な戦いに挑んだ時と同じ顔をしていたからだ。

 鶴と行動するようになって日数が経ったからなのか、それとも前世の分の経験値も上乗せされているのかは分からないが、ともかく今の状況は、鶴と言えどあまり余裕はないのだろう。

 この日本海一帯には、どこに魔王ラスボスのディアヌスが現れてもおかしくない。

 ゲームで言えば最終迷宮ラストダンジョン手前の地点。もう今までみたいな楽勝はありえないはずだ。

 凛子はそんな誠達を順ぐりに見つめ、観念したように呟いた。

「……ど、どうなっても知らないからねっ……!」

「それじゃ決まりよ」

 鶴は満足げに頷くと、胸の前で手を合わせた。

「黒鷹、邪気を緩和するから、その間に飛んで移動しましょう。すごく目立つと思うから、きっと敵も気付くはずよ」

「了解!」

 誠は機体を操作し、輸送車の荷台に立ち上がらせる。

 鶴が目を閉じて何事か念じると、機体の全身を青い光が覆った。

 日本海に来て最初の戦闘、千里浜ちりはまで敵上空を飛び回った時のように、霊力で機体を覆っているのである。

 その光が周囲の霧、つまり邪気と反応し、バチバチと大きな音を立てながら火花を散らした。

「邪気が強いから、まるで爆竹だね」

 コマの感想に頷きつつ、誠は機体を上空高く舞い上がらせる。

 そのまま敵軍の進路を塞ぐように、猛烈な勢いで飛行させた。

 霧は激しく反応し、あたかも電飾満載のトラックが、爆音を奏でながら飛ぶような賑やかさだった。

 鶴はムムム、と顔をしかめる。

「けっこう疲れるわ。邪気が思ったより重たいわね」

「鶴、もう少しだから頑張って」

「もちろんよ」

 鶴は気合を入れて術の光を強くする。

 機体の輝きが大きく広がり、まるで曇天を切り裂いて飛ぶ光の翼のようだった。
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