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第六章その14 ~私しかおらんのだ!~ 最強女神の覚醒編

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「…………よく頑張ったな。偉いぞ鶴」

 岩凪姫は屈み込み、鶴の頬に指先を当てた。

「お前は立派な聖者だし、私の自慢の娘だよ……!」

 今は気を失った鶴の頭を撫で、女神は静かに涙を流した。

 ………が、そんな女神の復活を、邪神達も察知していた。

「誰かと思えば、大山積の娘とは。それも出来の悪い姉の方かえ」

 扇で口元を隠し、熊襲御前があざけってくる。

「砕けて果てたと思うたが、何しに現世うつしよに舞い戻った?」

「…………呼んだからな。この子達が」

 岩凪姫は立ち上がった。

 それから歩を進め、倒れた鶴から距離をとる。

「この子達は力の限り戦った。ここから先は私が相手だ……!」

「ほほほ、笑わせるでないわ!」

 熊襲御前は高笑いし、片手の人差し指を突き出した。

 そこから発せられた赤い光が、恐ろしい速度で岩凪姫に迫る。

「ぐううううっ!!!」

 女神は必死にそれを受け止めるが、後ずさって膝をついた。

 完全体になった邪神と、わずかなお守りの霊気だけで身を保つ岩凪姫。

 もはや戦い以前の問題であった。

「ほほほ、ざまはない! そんなか弱い力で、わらわに勝てると思うてか?」

 熊襲御前は勝ち誇ったように言った。

「魂の全てを取り戻し、わらわ達は万全。その上反魂の術の余波を受け、更なる力が満ちておるのじゃ」

 その言葉と同時に、熊襲御前の全身は、虹色の光に包まれた。

 詳しい理屈は分からないが、あの術のエネルギーを吸収し、更なる力を得たという事か。

 ますますもって絶望的だったが、岩凪姫は相手を睨みつける。

「……だからどうしたというのだ。強いから戦う、勝てるから戦う。最早そういう次元ではない……!」

 震える手で地を握り締め、女神は体を起こそうとする。

「……私はずっと見ていたのだ。どんな恐ろしい相手にも、この子達は諦めなかった。だから私が逃げるわけにはいかないのだっ……!」

「ならばそこで惨めに死ね。再びこの世から消え去るがいい……!」

 熊襲御前は手を伸ばし、先ほどより強い光を指先に宿した。

 だが今にも発射されようとした時、邪神の指に宿る術は、その輝きを消したのだ。
「何じゃ? わらわの術が……」

 邪神は今度は手を開き、たなごころに邪気を集中させるが、やはり結果は同じだった。

 …………そしてそれは舞い降りてきた。

 ごくごく小さな、白くて丸い光である。

 牡丹雪ぼたんゆきほどの大きさで、蛍のように控えめな輝き。

『ありがとうございました』

 女性の声でそう言うと、光は岩凪姫に吸い込まれた。

 吸い込まれた瞬間、女神を覆う気が強く輝いた。

 さらにもう1つ、別の光が舞い降りて来る。

『これはお返しします』

 今度はまた違う人の声だ。

 光は次々舞い降り、女神の周囲を飛び交った。

『ありがとう』

『ありがとう』

『ずっと守ってくれてたんですね』

 そんな感謝の言葉と共に、光は女神に吸い込まれていく。

 それはかつて岩凪姫が、人々に分け与えた魂の欠片だったのだ。

 女神の復活を感じ取った人々が、その力を返すべく祈ってくれているのである。

 無数の光は空を舞い、女神を中心とした球状天蓋天体図プラネタリウムのように回転していた。

 感謝の言葉が響く度、岩凪姫は白く輝き、どんどんその力を増していく。

「ええい、忌々いまいましいっ!」

 熊襲御前は更に攻撃を加えようとしたが、どうにも術が形にならない。

 彼女は苛立ちながらも、負け惜しみのように言った。

「……だっ、だが我らは力を増したのだ。今更元の霊気を取り戻したところで……」

 そこで熊襲御前の言葉は止まった。

 岩凪姫の全身から、強烈な雷が立ち昇るのを見たのである。

 雷は更に立て続けに弾け、周囲の大気そのものが、怒り狂うように鳴り響いた。

 見守る双角天、無明権現も驚いていたが、そこで夜祖が口を開いた。

「……違う、元の力の比ではない……!」

 夜祖の言葉に、双角天達は振り返る。

「人間どもに渡した魂、そこに祈りを上乗せして、女神に送り返している……!」

 その言葉に動揺する邪神達だったが、そこで空が輝いた。

 暗雲が覆う頭上から、そして左右からも、眩しい光が押し寄せてくる。まるで光の洪水だ。

 速度を増し、甲高い音を立て、あらゆる方向から無数の光が女神に吸い込まれていく。

 やがて岩凪姫は、静かに空に舞い上がった。

 荒れ果てた山野を眺め、この地に倒れた幾多の人々を見つめる。

 皆が勇敢に戦い、皆がこの国の未来のために命を懸けたのだ。

 そして強い光が女神を包むと、次の瞬間、彼女は邪神達に負けぬ体躯となって降り立っていた。

 普段通りのあの衣裳……けれど鎧は古代のものではなく、鶴が身につけていたそれだ。

 長い髪は昔のように高く結ばれ、彼女の霊気の動きと共に、激しく揺れ動いていた。

 岩凪姫が右手を上げると、黒い刃の太刀が現れた。それは黒鷹に与えた太刀と瓜二つである。

 そして同時に、その場に倒れた人々を光が包み、安全な場所まで瞬間移動させていたのだ。

「最後の……戦いだっ……!!!」

 女神は邪神達を睨み付ける。

「我は岩凪姫……まことの名を磐長姫いわながひめという……!」

 神代の昔から、何より嫌いだった己の真名まなを口にして、岩凪姫は叫んだ。

「さあかかって来い!! 何度でも何度でも、この磐長姫いわながひめが相手だ!!!」
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