上 下
50 / 110
第四章その5 ~さあ反撃だ!~ やる気満々、決戦準備編

永津彦は少年に笑う

しおりを挟む
 ほぼ同じ頃。誠と鶴、そしてコマは、巨大な拝殿はいでんの中にいた。

 板張りの床と、立ち並ぶ太い柱。奥の高座には巨大な椅子があり、そこに闘神とうしん・永津彦が座していた。

 拝殿の両脇には、あの全神連・西国本部の皆さんや、子犬ぐらいの大きさの神使達も並んでいた。でも今は、彼らに頼る事は出来ない。

 彼らは皆、包帯やケガにまみれている。死に物狂いで人々を守り、そして疲れ果てているのだ。それは隣に座る鶴とコマも同じであろう。

 だから今は誠自身が、全身全霊で神を説得するのだ。



 誠は永津に頭を下げ、事の仔細しさいを説明した。

 霊圧は相変わらず凄まじかったが、今はひるんでなどいられない。

「このような次第となります。恐れながら、地脈の開放の許可をいただけないでしょうか」

「………………」

 永津彦はしばらく黙っていたが、やがて言葉を発する。

「……理解した、だがせぬ。何故なにゆえ人の貴様が、大蛇おろちの弱みに気付いたのだ」

 永津は試すようにそう尋ねる。威圧感が更に増し、息苦しさが全身を襲ったが、誠は怯まずに答えた。

「分かるまで、ずっと見ておりました……!」

 そこで真っ直ぐ永津彦の顔を見上げる。

「どのみち呪いでループするなら、分かるまで何万回でも見ようと思い。せっかくの機会でしたので……!」

 一瞬、その場の空気が凍った。

「……せ、せっかくですと……!?」

 両脇に並ぶ全神連の誰かが、思わず口に出してしまった。

「じょ、常人なら百度発狂してもおかしくない呪いを受けて、せっかく……???」

 次の瞬間、凄まじい大音量が響き渡った。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 頭に、そして魂に、直接叩きつけられるかのような振動、波動。

 ただしはっきり分かるのは、それが笑い声という事だった。

 眼前の高座に座る永津彦は、一頻ひとしきり大口を開けて笑うと、勢い良く立ち上がった。

 地響きを立て、一歩、二歩と前に進むと、誠の前に身を屈める。

「なんと、永津彦様が……!?」

 神使や全神連の人々が驚いているが、誠はそれどころではない。凄まじい霊圧が肌を叩き、気が遠くなりそうだった。

 それでも誠は前を見る。今逃げるわけにはいかないからだ。

 永津は咆えるような迫力で、眼前の誠に語りかける。

「何とも愉快なやからだ。此度こたびいくさ、貴様の考えに任せよう、見事やり遂げて見せよ……!」

 永津はそこで手を差し出す。

 やがてその手に光が宿ると、古代の刀が……持ち手が金細工で装飾された、美しい環頭太刀かんとうだちが現れた。凄まじい霊気が凝縮された、神の分身とも言える武器である。

「発するつぶてに宿らせよ。それを使わば、彼奴きゃつの身に響くだろう」

 つまり弾丸の先にこの剣の霊気を込め、ディアヌスを射抜けという事だ。

 太刀は人間サイズに縮み、誠の眼前に浮かんだ。誠は慎重に太刀を受け取り、頭を下げた。

「有難き幸せにございます。必ずやあの魔王を討ち果たしてご覧に入れます……!」

 言いおるでこいつ、と驚く神使達だったが、ふと横手から聞きなれた声がかかった。

「……頑張ってね黒鷹くん。私達も協力するわ」

 誠が見ると、そこにいたのは2人の女神だった。

 1人は長身で切れ長の目が凛々しい岩凪姫いわなぎひめ

 もう1人は柔らかな雰囲気で、髪に桜の花を挿した佐久夜姫さくやひめだ。

「富士なら私の鎮座地ちんざちだから、少しでも魔王の足を止められる。足元から縛って、避けられないようにするから、任せて……!」

 佐久夜姫はそう言って、「ファイト!」と言うかのように、ぐっと手を握ってみせる。

 本来なら近寄りがたいほど美しい女神なのに、こういう仕草は本当にチャーミングだ。

「頑張ります! それでは準備にかかりますので、これにて失礼いたしますっ!」

 誠達は素早く一同に頭を下げると、急いで拝殿から退出していった。



 少年が去った後も、拝殿には妙な空気が残っていた。

 全神連の面々も、そして神使達もぽかんとしている。

 しばし後、神使のキツネが呟いた。

「なんやあいつ。ちょっと見ん間に、えらい変わりようやな……」

 そこで神使の牛が答える。

「そろそろ我々も認めるべきでしょうかね」

 宙を見上げ、牛は少しいい顔で続けた。

「……きっと、モウその時なのです」

「そんなわけあるかい、多分悪いもんでも食べたんやで。なあ辰之助たつのすけ

「ふーむ、プロテインでも差し入れするか?」

 話し合う神使達をよそに、佐久夜姫は隣に立つ姉を見つめる。

 姉の岩凪姫は、腕組みしたまま目を閉じていた。

 何も言わなかったが、口元は少し笑みのように歪められている。

 きっと姉も満足しているのだろう、と佐久夜姫は思う。

 普段は厳しく見えるし、怖がられやすい姉だけれど、鶴ちゃんや黒鷹くんを見守る様は、まるで我が子に対するようである。

 きっと全てがうまくいくのだろう……いや、そうなってほしい。

 遠い昔に傷心しょうしんした姉だけに、もうこれ以上悲しい思いはさせたくないのだ。

 そんなこちらの内心をよそに、永津彦は立ち上がって背を見せた。

 無骨な武神の後ろ姿を見送りながら、佐久夜姫は悪戯っぽく言ってみる。

「どうです、凄い子達でしょう?」

「………………まだ、分かりませぬな」

 永津彦は足を止め、振り返らずにそう言った。

「分かりませぬが…………面白いのは確かかと」

 永津彦はそのまま拝殿の端へと消えて行った。

 佐久夜姫は微笑んで呟いた。

「ほんとに……人って不思議よねえ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

後宮の記録女官は真実を記す

悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】 中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。 「──嫌、でございます」  男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。  彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う

ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。 煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。 そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。 彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。 そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。 しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。 自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

処理中です...