上 下
8 / 110
第四章その1 ~大ピンチ!?~ 無敵の魔王と堕ちた聖者編

津和野へのごめんなさい

しおりを挟む
 目を開けた時、湖南こなんは状況が理解出来ていなかった。

「………………?」

 ぼんやりとかすむ視界で、ゆっくりと周囲を見回す。

 頭上にあるのは板張りの天井。

 いつも見慣れた、全神連・西国本部の室内であるが、普段は間仕切りが取り除かれている広間は、今は障子で仕切られていた。

(……何だろう……あたし、一体どうしたんだっけ……?)

 記憶が混乱しているが、任務でケガでもしたのだろうか? 確かに布団から出した右手は、包帯でぐるぐる巻きになっていた。

 袖から察するに、着ているものは浴衣のようだ。

 ゆっくりと顔を動かすと、点滴を吊るしたスタンドの下に、黒焦げになったそろばんが置いてあった。

 湖南の生まれた逢坂おうさか家は、全神連でありながら、手広く商売を営む近江商人おうみしょうにんの家系である。

 生まれた時、お守りとして各人に与えられる木のそろばんは、今はボロボロの炭になって、半分程が崩れ落ちていた。

(そろばんが……何で……?)

「!!!!!!!!!!!!」

 湖南はそこで猛烈な勢いで上体を起こした。

 ようやく記憶が繋がったのだ。

 自分達は魔王ディアヌス、つまり八岐大蛇やまたのおろちが人型に転じた戦闘形態バトルフォームと対峙し、その攻撃を受けた。

 手も足も出ぬまま蹂躙じゅうりんされた湖南達は、こうして奇跡的に一命をとりとめ、治療を受けていたのだろう。

 魔王はどうなった? いやその前に、才次郎と津和野さんは……?

 湖南は立ち上がり、点滴の管を引き抜いた。全身を突き刺すような痛みが走ったが、今はそれどころではない。

 湖南が障子を乱暴に開けると、才次郎が驚いたようにこちらを見た。

「お、逢坂姉おうさかねえ……!」

 おかっぱ頭の才次郎も、あちこち包帯に包まれていたが、今は座布団に正座している。

 浴衣のサイズが合っておらず、少し袖余りなせいもあって、普段は生意気な才次郎は、ずっと幼く見えていた。

 才次郎の傍らには、白い布団が敷いてあって、そこに大人の女性が寝ていた。

 顔も包帯で覆われているが、歳は20代の後半ぐらい。黙っていれば文句なしに美人と言っていい彼女は、全神連における湖南の先輩・津和野さんである。

 トレードマークの豊かな黒髪は、ゆったりと右サイドで縛って前に回している。

 よく病人がする髪型であり、幸薄そうだからやめた方がいいと忠告した事もあるのだが、津和野は決してやめなかった。

 いつ任務で倒れてもいいように、という理由らしいが、本当に倒れるとは今まで考えた事もなかった。

 少し焼け焦げたその髪を見つめ、湖南は足の力が抜けて座り込んだ。

 いつから起きていたのか、津和野はうっすらと目をあけ、2人の同僚を見つめた。

「……なんとか……あなた達だけでも、守れましたわね」

 津和野は満足げにそう言う。

「せ、先輩っ……津和野さんっ……!」

「……重機班では、あなたが隊長でしょうに……」

「そ、それは……でも今は、全神連ですから……!」

 人型重機の操縦は、確かに湖南の方がうまい。

 だからこそ津和野はサポート役に回ってくれたのだが……いや、今はそんな事を考えている場合じゃない。

「あたしらは平気、殺したって死なないから。津和野さんは、津和野さんは……!」

「……もちろん……平気ですよ」

 津和野は安心させるように微笑んだ。

 それから手を上げ、包帯だらけのありさまを眺めた。

「……平気ですけど……つくづくご縁がありませんわ…………また、婚期が遅れますわね……」

 本当の事を言えば、津和野ならご縁は沢山あるはずである。優しくて、周囲の人をよく気遣ってくれる。きっと引く手数多あまたなはずだ。

 なのにとつがないのは、若い湖南達が右往左往しているのを心配しての事だろう。

 津和野をからかっていた才次郎だって、本当はその事に気付いていたはずだ。知っていて、でも素直に礼が言えなくて。あんな態度をとっていたのだ。

 才次郎は涙ながらに訴えかけた。

「いつもからかってごめんなさい! だから早く良くなってよ!」

「…………もちろん……ですわ」

 津和野は才次郎の頭を撫で、弱々しく微笑む。それから力無く手を降ろし、再び意識を失ったのだ。

津和野姉つわのねえっ!!!」

 叫ぶ湖南と才次郎だったが、後ろから全神連の筆頭ひっとう・高山が声をかけてきた。

「……大声出すな、今は寝かせてやれ」

 振り返ると、作務衣さむえ姿の高山は、珍しく真面目な顔で腕組みしている。

「一応治癒ちゆは成功してる。魔王の魔法傷だから油断は出来んが、そもそも本気じゃなかったはずだ。言いにくいが……永津彦ながつひこ様を警戒して、片手間の魔法だったからな」

「………………」

 魔王は手を抜いていた。その事は湖南も自覚している。

 いつどこから来るか分からない神の攻撃を警戒して、全力の魔法で隙が出来るのを嫌ったのだろう。

 五月蝿うるさはえを追い払うような手抜きで、自分達はボロ雑巾ぞうきんにされたのだ。

「……他の連中もほとんど寝込んで動けんしな。全く、由緒ゆいしょある全神連の西国本部が、あの魔王と神人だけで壊滅状態だ」

 高山が言うと、後ろから眼鏡の似合う輪太郎りんたろうが顔を出した。

「ですが筆頭、それでも解析ぐらいはできますよ?」

 輪太郎もあちこち負傷しているようだったが、その動作はしっかりしていて、手にはノートパソコンを持っている。

「津和野さんが起きないように、どうぞこちらへ」

 彼は一同を手招きし、湖南が寝ていた部屋へといざなう。

 彼がテレビモニターの電源を入れると、画面には地図が、それも近畿・東海地方が表示された。

「今は姫様がおりませんので、こまかい感知は出来ませんが……魔王の邪気は強すぎるので、どこにいるかは丸分かりですね」

 輪太郎の言葉通り、画面には赤い巨大な光点が輝き、魔王の位置を示している。

 神人たる鶴姫様が使う神器、道和多志みちわたしの大鏡ほどではなくても、敵を感知する全神連の道具は沢山ある。

 今回は巨大すぎる魔王の気であるため、そうした感度のにぶいものでも、十分に相手の居所が分かるのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

新説・鶴姫伝! 日いづる国の守り神 PART3 ~始まりの勇者~

朝倉矢太郎(BELL☆PLANET)
キャラ文芸
いよいよ魔王のお膝元・本州に上陸した鶴と誠。 だけどこっちの敵は、今までより随分ずる賢いみたい。 きりきり舞いの最中、魔王ディアヌスの正体が明らかに!?  この物語、どんどん日本を守ります!

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...