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第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編

子供は私が連れ戻そう

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「くそっ、なんでこんな簡単な事に気付かなかったんだ……!」

 誠は思わず歯噛みしたが、鳳は首を振った。

「私とて魔族の接近に気付かなかったのです。責められるとしたら私です」

「いや、どちらのせいでもあるまい。この辺りの邪気が異常に濃くなっていた。それに紛れ、魔族の気が感じ取れなくなっていたか……それとも感知出来ない魔を使ったのか。いずれにしても仕方ない事だ」

 岩凪姫の言葉に、鳳は無言で頭を下げる。

 女神の加護のおかげなのか……こんな事態にも関わらず、少し落ち着いた雰囲気に包まれる一同だったが、そこで被災者の女性が口を開いた。

「たっ、大変です、子供が……ここにいた子が居なくなってます!」

「何だって!?」

 誠達が目をやると、壁際にリュックサックと青いダウンジャケットが転がっている。

 たった今までそこにいたらしく、敷物代わりのダンボールの上には、支給された非常食が食べかけのまま放置されていた。

「そこの壁際に、男の子がいたんです。小笠原の避難区から来たって言ってました。ご両親が亡くなったと泣いていたので、可愛そうに思って面倒を見てたんですが……」

「あっ、あの男の子か……!」

 誠はそこで思い出した。

 避難区で私利私欲を尽くした親が全神連に殺され、孤児になった子供である。まさかここに来ていたとは……

「おい、こっちの非常口が開いてる! ここから出たんだ!」

 誰かの言葉通り、確かに扉は開け放たれていた。

「……っ」

「違いますっ、黒鷹様のせいではありませんっ!」

 誠が口を開きかけた瞬間、鳳が遮ってくれた。

「分かります、あなたのお考えなら分かります! でも違うんです、あなたのせいではありません!」

 鳳は必死に誠の目を見つめ、懸命に訴えかけてくる。

「私も皆も、我を忘れて騒いでいました。それが怖くてこの場にいられなかったのでしょう。だからどうか、己を責めるのはおやめ下さい。自らを憎めば、再び魔につけ込まれます……!」

「わ、分かりました。ありがとう鳳さん」

「いっ、いえ……ご無礼をいたしました」

 鳳は赤い顔で目をそらす。

 恋人同士かなぁ、などと無邪気に呟く声が聞こえ、ますます赤くなる鳳だったが、そこで女神が力強く言う。

「大丈夫だ、子供は私が連れ戻そう。お前達はこの場の人々を守り抜け」

「し、しかし、岩凪姫様……」

「心配無用。私は頑丈さだけがとりえなのだ」

 女神は珍しくウインクすると、虚空から金棒を取り出す。

 それから後ろ姿を見せ、ひらひらと手を振ってみせた。

「…………!」

 誠はその様に不安を覚えた。

 いつもと違う、やけに軽い態度である。

 何か隠し事でもあるのだろうか?

 そんな誠の不安をよそに、女神は扉の外に……闇の中へと出て行ったのだ。



 同じ頃、土蜘蛛達の社である。

「誠に申し訳ありません、大神様」

 映像の中で頭を下げる纏葉まとはに、夜祖は笑みを浮かべて答える。

「構わぬ、手に入れば面白いと思っただけだ。あの女神が来た時、すぐ逃げたのは良い判断だった。おかげで可愛いお前達が、全員無事に戻って来られた」

「ありがたき幸せにございます」

 纏葉まとはがうやうやしく頭を下げると、彼女の映像は掻き消えた。

「残念です。あと一歩足りませなんだか」

 笹鐘ささがねは、そう言って邪神の杯に酒を注いだ。

「あの鳳とかいう女が、気を打ち込んだからでしょうか」

「いや、元より身に仕込みがあった。海神わだつみの気配に近い……恐らくは竜宮の女神どもか。味な真似をしてくれる」

 夜祖は杯を持ち上げながら、宙を見上げて笑みを浮かべる。

「だがそれも些細な事だ。あとは神の一柱ひとはしらでも始末出来れば、奴等の心の支えも折れよう」

 神を始末する。

 その言葉に恐れおののくように、激しい風が社を揺らした。
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