上 下
94 / 117
第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編

人殺し!

しおりを挟む
 覗き込む黄泉人の姿を目にし、人々のパニックは収拾がつかないレベルに達した。

 それは守備隊の若い兵達も同じだった。

 これまで彼らは懸命に耐え抜いてきたのだが、あの魔王ディアヌスが倒された事で、その勇気は急速に衰えていたのだ。

『助かった!』

『これでやっと幸せになれる!』

『ずっと我慢してきたけど、もう怖い思いをしなくていいんだ!』

 一度そんな安堵を味わった以上、彼らの魔法はとけていたし、ただの経験の浅い若年兵に過ぎなかった。

 それでも彼らを責める事は出来ない。

 不安に押し潰されそうになりながら戦い抜いた彼らは、立派という言葉では表せないほどの英雄だからだ。

「皆、慌てるな! 全ての隔壁を作動させろ! 外部モニターで状況を確認、出られる通路を確保してから避難に移るんだ!」

 混乱した若者達を落ち着かせるべく、青年男性が声を張り上げた。

 片足を失い、それを松葉杖で補った迷彩服姿の男性……つまり旧自衛隊に所属していた人物である。

 彼の指揮に従い、兵達は次々に防災シャッターを作動させる。

 これなら仮に侵入されても、一気に全滅する事はないだろうが……

「黄泉人……!? 冷凍睡眠ねむらされてたはずなのに……!」

「恐らく魔族の……夜祖の配下の仕業ですね。黄泉人の収容場所も、この避難区に近かったはずですから」

 鳳は握り拳を口元に当てながら、悔しげに言った。

「しかし厄介です。彼らは一応被災者ですし、まともに攻撃出来ません。とても防ぎ切れるとは……」

 彼女の言葉通りだった。

 防災シャッターの一部が破られかけ、隙間から青黒い無数の手が覗くが、兵は撃つ事が出来ないのだ。

 それを見た子供達が泣き叫び、最早鳳の声すら聞こえにくくなった。

「押し戻せ! 元は人だ、ショックモード以外で撃つなよ!」

 元自衛隊員の指揮に従い、兵達は黄泉人を押し返そうとするが、相手はどんどん群がってくる。

『こっちへ来い! こっちへ来い!』

 黄泉人どもは唾液を滴らせながら、咆えるようにそう叫ぶ。

 それは人が喋るというよりも、高度な知能を持つ鳥が、覚えた言葉を何度も繰り返しているような印象だった。

 食事の際にはこれを言え。そう脳に刻み込まれているかのように。

 隔壁シャッターはますます引き裂かれ、対処する兵の何人かが押し倒されてしまった。

「う、うわっ、うわああああっっっ!!!!!!」

 泣き叫ぶ悲鳴、そして猛獣のごとき唸り声。

 黄泉人は次々飛び掛かり、倒れた兵の姿は見えなくなった。

 肉を引き裂き、骨を噛み砕く咀嚼そしゃく音。

 兵は次々髪や装備を掴まれ、引きずり倒されていくのだ。

 やがて兵の1人が、耐え切れず銃の基幹部をまさぐった。属性添加機を操作し、通常の発射モードに切り替えたのだ。

 彼はそのまま引き金を引き、トリガー全開で弾丸を連射した。

 青黒い血液が舞い散り、黄泉人達が肉片となって吹き飛んだ。

 それが発端となって、兵達は次々発砲したのだ。

 だがその時、対処する兵の後ろから、1人の女性が掴みかかった。

「撃たないで、私の子供なのよ!」

 だが、黄泉人となった者の身内なのだ。

 女性は尚も何かを口走りながら銃に抱きつく。

「やめろっ、やめろって言ってんだろっ!」

 抱きつかれた少年兵は叫び、次第に余裕が無くなっていく。

 眼前に迫る黄泉人に怯えた彼は、力任せに女性を振り回す。

 その瞬間、発砲音が響き渡った。
「あっ……ああああっ……!」

 血塗れで倒れた女性を見つめ、少年は青ざめて後ずさった。

「撃たれた! こいつら撃ちやがったぞ!」

 そんな叫びがあちこちで上がり、非難の声が兵達に降り注いだ。

「人殺し!」

「お前らいい加減にしろ!」

「この国から出て行け!」

 人々は怒鳴り、物を投げつけ、最早言葉の通じる状況ではない。

 そこにはもう、一欠けらの秩序すら残されていなかったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

前世で眼が見えなかった俺が異世界転生したら・・・

y@siron
ファンタジー
俺の眼が・・・見える! てってれてーてってれてーてててててー! やっほー!みんなのこころのいやしアヴェルくんだよ〜♪ 一応神やってます!( *¯ ꒳¯*)どやぁ この小説の主人公は神崎 悠斗くん 前世では色々可哀想な人生を歩んでね… まぁ色々あってボクの管理する世界で第二の人生を楽しんでもらうんだ〜♪ 前世で会得した神崎流の技術、眼が見えない事により研ぎ澄まされた感覚、これらを駆使して異世界で力を開眼させる 久しぶりに眼が見える事で新たな世界を楽しみながら冒険者として歩んでいく 色んな困難を乗り越えて日々成長していく王道?異世界ファンタジー 友情、熱血、愛はあるかわかりません! ボクはそこそこ活躍する予定〜ノシ

絶対不要の運命論

小川 志緒
キャラ文芸
愛は無敵じゃない。だけど決して、無力でもないのだ。 短命の呪いがかけられた少女と、絶滅寸前のセイレーンの末裔。 ふたりが出会ってふたりのあいだに友情だとか執着だとか信仰心だとか、ごちゃごちゃの愛が生まれてなんだか俄然無敵の気分だけど、世界はそう甘くない。しかしそれが何だ。それが何だと言うのだ。いまどきの乙女というものは、運命の一つや二つ、変えるために戦うのである。

「日本人」最後の花嫁 少女と富豪の二十二世紀

さんかく ひかる
SF
22世紀後半。人類は太陽系に散らばり、人口は90億人を超えた。 畜産は制限され、人々はもっぱら大豆ミートや昆虫からたんぱく質を摂取していた。 日本は前世紀からの課題だった少子化を克服し、人口1億3千万人を維持していた。 しかし日本語を話せる人間、つまり昔ながらの「日本人」は鈴木夫妻と娘のひみこ3人だけ。 鈴木一家以外の日本国民は外国からの移民。公用語は「国際共通語」。政府高官すら日本の文字は読めない。日本語が絶滅するのは時間の問題だった。 温暖化のため首都となった札幌へ、大富豪の息子アレックス・ダヤルが来日した。 彼の母は、この世界を造ったとされる天才技術者であり実業家、ラニカ・ダヤル。 一方、最後の「日本人」鈴木ひみこは、両親に捨てられてしまう。 アレックスは、捨てられた少女の保護者となった。二人は、温暖化のため首都となった札幌のホテルで暮らしはじめる。 ひみこは、自分を捨てた親を見返そうと決意した。 やがて彼女は、アレックスのサポートで国民のアイドルになっていく……。 両親はなぜ、娘を捨てたのか? 富豪と少女の関係は? これは、最後の「日本人」少女が、天才技術者の息子と過ごした五年間の物語。 完結しています。エブリスタ・小説家になろうにも掲載してます。

【完結】帝王様は、表でも裏でも有名な飼い猫を溺愛する

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
 離地暦201年――人類は地球を離れ、宇宙で新たな生活を始め200年近くが経過した。貧困の差が広がる地球を捨て、裕福な人々は宇宙へ進出していく。  狙撃手として裏で名を馳せたルーイは、地球での狙撃の帰りに公安に拘束された。逃走経路を疎かにした結果だ。表では一流モデルとして有名な青年が裏路地で保護される、滅多にない事態に公安は彼を疑うが……。  表も裏もひっくるめてルーイの『飼い主』である権力者リューアは公安からの問い合わせに対し、彼の保護と称した強制連行を指示する。  権力者一族の争いに巻き込まれるルーイと、ひたすらに彼に甘いリューアの愛の行方は? 【重複投稿】エブリスタ、アルファポリス、小説家になろう 【注意】※印は性的表現有ります

京都鴨川まねき亭~化け猫さまの愛され仮嫁~

汐埼ゆたか
キャラ文芸
はじまりは、京都鴨川にかかる『賀茂大橋』 再就職先に行くはずが迷子になり、途方に暮れていた。 けれど、ひょんなことからたどり着いたのは、アンティークショップのような古道具屋のような不思議なお店 『まねき亭』 見たことがないほどの端正な容姿を持つ店主に「嫁になれ」と迫られ、即座に断ったが時すでに遅し。 このときすでに、璃世は不思議なあやかしの世界に足を踏み入れていたのだった。 ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ 『観念して俺の嫁になればいい』 『断固としてお断りいたします!』  平凡女子 VS 化け猫美男子  勝つのはどっち? ・*:.。 。.:*・゚✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ✽.。.:*・゚ ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。 ※他サイトからの転載作品 ※無断転載禁止

異世界に転生したけど、頭打って記憶が・・・え?これってチート?

よっしぃ
ファンタジー
よう!俺の名はルドメロ・ララインサルって言うんだぜ! こう見えて高名な冒険者・・・・・になりたいんだが、何故か何やっても俺様の思うようにはいかないんだ! これもみんな小さい時に頭打って、記憶を無くしちまったからだぜ、きっと・・・・ どうやら俺は、転生?って言うので、神によって異世界に送られてきたらしいんだが、俺様にはその記憶がねえんだ。 周りの奴に聞くと、俺と一緒にやってきた連中もいるって話だし、スキルやらステータスたら、アイテムやら、色んなものをポイントと交換して、15の時にその、特別なポイントを取得し、冒険者として成功してるらしい。ポイントって何だ? 俺もあるのか?取得の仕方がわかんねえから、何にもないぜ?あ、そう言えば、消えないナイフとか持ってるが、あれがそうなのか?おい、記憶をなくす前の俺、何取得してたんだ? それに、俺様いつの間にかペット(フェンリルとドラゴン)2匹がいるんだぜ! よく分からんが何時の間にやら婚約者ができたんだよな・・・・ え?俺様チート持ちだって?チートって何だ? @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 話を進めるうちに、少し内容を変えさせて頂きました。

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

岩永みやび
BL
気が付いたら異世界にいた主人公。それもユリスという大公家の三男に成り代わっていた。しかもユリスは「ヴィアンの氷の花」と呼ばれるほど冷酷な美少年らしい。本来のユリスがあれこれやらかしていたせいで周囲とはなんだかギクシャク。なんで俺が尻拭いをしないといけないんだ! 知識・記憶一切なしの成り代わり主人公が手探り異世界生活を送ることに。 突然性格が豹変したユリスに戸惑う周囲を翻弄しつつ異世界ライフを楽しむお話です。 ※基本ほのぼの路線です。不定期更新。冒頭から少しですが流血表現あります。苦手な方はご注意下さい。

おきつねさんとちょっと晩酌

木嶋うめ香
キャラ文芸
私、三浦由衣二十五歳。 付き合っていた筈の会社の先輩が、突然結婚発表をして大ショック。 不本意ながら、そのお祝いの会に出席した帰り、家の近くの神社に立ち寄ったの。 お稲荷様の赤い鳥居を何本も通って、お参りした後に向かった先は小さな狐さんの像。 狛犬さんの様な大きな二体の狐の像の近くに、ひっそりと鎮座している小さな狐の像に愚痴を聞いてもらった私は、うっかりそこで眠ってしまったみたい。 気がついたら知らない場所で二つ折りした座蒲団を枕に眠ってた。 慌てて飛び起きたら、袴姿の男の人がアツアツのうどんの丼を差し出してきた。 え、食べていいの? おいしい、これ、おいしいよ。 泣きながら食べて、熱燗も頂いて。 満足したらまた眠っちゃった。 神社の管理として、夜にだけここに居るという紺さんに、またいらっしゃいと見送られ帰った私は、家の前に立つ人影に首を傾げた。

処理中です...