93 / 117
第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編
黄泉人の襲来
しおりを挟む
(早く、持ってってやらないと……!)
備品倉庫から飛び出し、誠は急ぎ帰路についた。
守備隊に事情を話すと、彼らは快く水を分けてくれたのだ。
僅か600ミリリットルばかりの透明な水ボトル。これが鶴が最後に口にする物になるのだろうか。
日本奪還を勝利に導いた姫君の、しかも末期の望みとしては、あまりに悲しい物に思えた。
『平和になったら、沢山おいしいものを食べるわ』
元気だった頃、鶴はそう楽しげに言っていた。
考えてみれば、あの子はいつもそうだった。
生きる喜びを諦めない彼女に、誠は知らず知らず勇気付けられていたのだ。
「…………っ!」
ボトルを握る手に力が入った。
少しでも近道をするべく、避難所の中を突っ切る。
そこはかなりの大騒ぎで、荷物を手にした不安げな人々が、口々に叫びながら右往左往している。
守備隊の兵も懸命に対処しているが、対応も限界に近づいていた。
誠はそこで、守備隊に混じって人々を誘導する、見知った人の姿を見つけた。
背が高くすらりとした体型。うなじで縛った長い黒髪。腰には長い太刀を携え、きりりとした横顔が美しい。
「鳳さん!」
「あっ、黒鷹様!?」
誠が声をかけると、鳳は驚いたようにこちらを見た。
少し上気した顔で駆け寄ってくると、彼女は懸命に言い訳を始めた。
「ぐっ、偶然なんです黒鷹様っ、そそそのっ、たまたまここに来ておりまして。別にストーカーとかではなくてですねっ……!?」
「分かってます! 鳳さん強いですから、一番危険な所に配備されたんでしょ」
「…………ほっっっんとに黒鷹様は、いい方にとって下さいますね。人に恥をかかせないというか……」
鳳は安堵した様子だったが、そこで我に返ったようだ。
「あっいえ、失礼いたしました。魔族の襲撃に備え、私達も配置についているのです。人手が足らず、十分とはいえませんが」
「いえ、滅茶苦茶有難いです。頼りになります」
「そう言っていただければ幸いです……!」
鳳は頷き、それから逃げ惑う人々に目を送る。
「避難のめどについては、現時点では分かりません。人がどんどん増えており、輸送も追いつかない状況です。せめて海辺であれば、船でまとまった人数を運べたのですが……」
「勝った後、急ピッチで内陸に居住区を建てたんですよね」
「……悪気があったわけでは無いですからね。狭い避難区で過ごしてきた人に、一刻も早く広い場所に移ってもらおうとしたのですから。船団長達のご配慮でしたが、それが裏目に出
てしまいました」
誠達の会話の間にも混乱は増し、玄関へ多くの人が殺到していた。
泣き叫ぶ女性、転んで悲鳴を上げる子供。最早地獄絵図に近しかった。
(本当に……混乱の始まりと同じだ)
眼前の光景がにわかには信じられず、誠は呆然とその様を見つめた。
折角平和になったと思ったのに、あっという間にこんな事になってしまった。
まさか本当に、再びあの絶望の日々が来るのだろうか?
(いや、弱気になるな。絶対あれを繰り返しちゃいけないんだ……!)
誠は不安を振り払うように首を振る。
(魔王も倒した、きっとこれも一過性のパニックだ。大丈夫、まだ何とかなるから……!)
そんな誠に、鳳は少し遠慮がちに励ましてくれる。
「心中お察しします。私達も、微力ながら頑張りますから……」
だが彼女がそこまで言いかけた時だった。
正面玄関の付近で、一際甲高い悲鳴が響いた。
警備の兵が大声で何かを叫ぶが、その顔は明らかに怯えていた。
先ほどまで玄関に殺到していた人々が、一気に逆方向に逃げ惑っていく。
人波に押し流されないように耐えながら、誠と鳳は騒ぎの正体を見極めようとした。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
やがて人々の悲鳴とは異なる、凄まじい鳴き声が響き渡った。
何度も何度も、避難所を取り囲むように木霊す叫び声。屋根も壁も、あらゆる方向から聞こえてくるのだ。
そして誠達は目にした。
天井付近に位置する、明かり取りのための窓にである。
万一に備えて強化ガラスで作られた正方形の窓に、人影らしき姿が見えたのだ。
「人……!? あんな高さに……?」
誠が呟くのと、人影がこちらを覗くのがほぼ同時だった。
青黒く染まった肌、滴る唾液。
血走った目で避難所の中をのぞくと、『それ』は喜びを隠し切れずに咆えた。
甲高い、やけに耳障りな響きを持つ声。生きとし生ける者が本能的に不快感を抱く、亡者の雄叫び。
つまりは黄泉人…………魔王の細胞の影響を受け、人ならぬ姿に変質した者達である。
備品倉庫から飛び出し、誠は急ぎ帰路についた。
守備隊に事情を話すと、彼らは快く水を分けてくれたのだ。
僅か600ミリリットルばかりの透明な水ボトル。これが鶴が最後に口にする物になるのだろうか。
日本奪還を勝利に導いた姫君の、しかも末期の望みとしては、あまりに悲しい物に思えた。
『平和になったら、沢山おいしいものを食べるわ』
元気だった頃、鶴はそう楽しげに言っていた。
考えてみれば、あの子はいつもそうだった。
生きる喜びを諦めない彼女に、誠は知らず知らず勇気付けられていたのだ。
「…………っ!」
ボトルを握る手に力が入った。
少しでも近道をするべく、避難所の中を突っ切る。
そこはかなりの大騒ぎで、荷物を手にした不安げな人々が、口々に叫びながら右往左往している。
守備隊の兵も懸命に対処しているが、対応も限界に近づいていた。
誠はそこで、守備隊に混じって人々を誘導する、見知った人の姿を見つけた。
背が高くすらりとした体型。うなじで縛った長い黒髪。腰には長い太刀を携え、きりりとした横顔が美しい。
「鳳さん!」
「あっ、黒鷹様!?」
誠が声をかけると、鳳は驚いたようにこちらを見た。
少し上気した顔で駆け寄ってくると、彼女は懸命に言い訳を始めた。
「ぐっ、偶然なんです黒鷹様っ、そそそのっ、たまたまここに来ておりまして。別にストーカーとかではなくてですねっ……!?」
「分かってます! 鳳さん強いですから、一番危険な所に配備されたんでしょ」
「…………ほっっっんとに黒鷹様は、いい方にとって下さいますね。人に恥をかかせないというか……」
鳳は安堵した様子だったが、そこで我に返ったようだ。
「あっいえ、失礼いたしました。魔族の襲撃に備え、私達も配置についているのです。人手が足らず、十分とはいえませんが」
「いえ、滅茶苦茶有難いです。頼りになります」
「そう言っていただければ幸いです……!」
鳳は頷き、それから逃げ惑う人々に目を送る。
「避難のめどについては、現時点では分かりません。人がどんどん増えており、輸送も追いつかない状況です。せめて海辺であれば、船でまとまった人数を運べたのですが……」
「勝った後、急ピッチで内陸に居住区を建てたんですよね」
「……悪気があったわけでは無いですからね。狭い避難区で過ごしてきた人に、一刻も早く広い場所に移ってもらおうとしたのですから。船団長達のご配慮でしたが、それが裏目に出
てしまいました」
誠達の会話の間にも混乱は増し、玄関へ多くの人が殺到していた。
泣き叫ぶ女性、転んで悲鳴を上げる子供。最早地獄絵図に近しかった。
(本当に……混乱の始まりと同じだ)
眼前の光景がにわかには信じられず、誠は呆然とその様を見つめた。
折角平和になったと思ったのに、あっという間にこんな事になってしまった。
まさか本当に、再びあの絶望の日々が来るのだろうか?
(いや、弱気になるな。絶対あれを繰り返しちゃいけないんだ……!)
誠は不安を振り払うように首を振る。
(魔王も倒した、きっとこれも一過性のパニックだ。大丈夫、まだ何とかなるから……!)
そんな誠に、鳳は少し遠慮がちに励ましてくれる。
「心中お察しします。私達も、微力ながら頑張りますから……」
だが彼女がそこまで言いかけた時だった。
正面玄関の付近で、一際甲高い悲鳴が響いた。
警備の兵が大声で何かを叫ぶが、その顔は明らかに怯えていた。
先ほどまで玄関に殺到していた人々が、一気に逆方向に逃げ惑っていく。
人波に押し流されないように耐えながら、誠と鳳は騒ぎの正体を見極めようとした。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
やがて人々の悲鳴とは異なる、凄まじい鳴き声が響き渡った。
何度も何度も、避難所を取り囲むように木霊す叫び声。屋根も壁も、あらゆる方向から聞こえてくるのだ。
そして誠達は目にした。
天井付近に位置する、明かり取りのための窓にである。
万一に備えて強化ガラスで作られた正方形の窓に、人影らしき姿が見えたのだ。
「人……!? あんな高さに……?」
誠が呟くのと、人影がこちらを覗くのがほぼ同時だった。
青黒く染まった肌、滴る唾液。
血走った目で避難所の中をのぞくと、『それ』は喜びを隠し切れずに咆えた。
甲高い、やけに耳障りな響きを持つ声。生きとし生ける者が本能的に不快感を抱く、亡者の雄叫び。
つまりは黄泉人…………魔王の細胞の影響を受け、人ならぬ姿に変質した者達である。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
またね。次ね。今度ね。聞き飽きました。お断りです。
朝山みどり
ファンタジー
ミシガン伯爵家のリリーは、いつも後回しにされていた。転んで怪我をしても、熱を出しても誰もなにもしてくれない。わたしは家族じゃないんだとリリーは思っていた。
婚約者こそいるけど、相手も自分と同じ境遇の侯爵家の二男。だから、リリーは彼と家族を作りたいと願っていた。
だけど、彼は妹のアナベルとの結婚を望み、婚約は解消された。
リリーは失望に負けずに自身の才能を武器に道を切り開いて行った。
「なろう」「カクヨム」に投稿しています。
御者転生 〜俺が勇者より強いのはわかったから、そんなことより人を運ばせてくれ〜
梓川あづさ
ファンタジー
ある日事故を起こし死んだ工藤駆(カケル)は、女神から転生させて貰えることに。
勇者にでも転生できるという女神に対してカケルが選んだのは——御者。
転生先の世界には魔物がたくさんいるから、例え御者でも戦闘力は必要だろう、と女神に貰った肉体が、馬車が、鞭が全てチートだった。
馬車は走るほどに車内の空間が拡張されていく特別製。
さらにドラゴンが100体乗っても大丈夫なほどの堅牢性をもっていた。
鞭は自分の意思で伸縮自在に操作可能。
そしてひとたび叩けば強力な魔物を使役することができるという魔法の鞭だった。
カケルは自分の乗客が怪我をしないように、と強力な魔物を護衛につけ、過剰すぎる防衛体制で今日も馬車を走らせていく。
そしていつの間にか空間が拡張されていく馬車の中に作った家は、どんどんと拡張されていき——。
「これってもはや城じゃないか?」
ツンデレピンクでちょっぴりエッチなお馬さんにひかれて、今日も馬車は走る。
そしてカケルは様々な人と魔物と(色んな意味で)繋がっていく。
※小説家になろうでも掲載中です。
美琴Accounting!! 簿記の基礎知識講座
剣世炸
キャラ文芸
【現在休載中】恋愛小説「秋風に誘われて」に登場するヒロインの「美琴」が、片思いをしている先輩や同級生、顧問の先生から簿記についての知識を学んでいくストーリー。リアルで「簿記」を学んでいる方、必見です。
※このストーリーでは、日本商工会議所並びに全国経理教育協会が主催する簿記検定の内容について語っております(別の小説投稿サイトにて投稿したものの再編集版です)
拝み屋少年と悪魔憑きの少女
うさみかずと
キャラ文芸
高野山から家出同然で上京してきた高校一年生の佐伯真魚(さえきまお)は、真言宗の開祖空海の名を継ぐ僧侶であり、アルバイトの他に幼少からの修行により習得した力で拝み屋を営んでいる。
その仕事を終えた後、深夜の駅前で金髪碧眼の少女と出会った。
悪魔祓いと名乗る彼女には六体の悪魔が憑いていて、佐伯は無理だと呆れる彼女を救うことを宣言する。
東武スカイツリーラインを舞台に仏の道を説く佐伯真魚(空海)と悪魔祓いのアンネ・ミッシェルが学園の怪異や謎を解決しながら、家族になるまでの物語
ストランディング・ワールド(Stranding World) ~不時着した宇宙ステーションが拓いた地にて兄を探す~
空乃参三
SF
※本作はフィクションです。実在の人物や団体、および事件等とは関係ありません。
※本作は海洋生物の座礁漂着や迷入についての記録や資料ではありません。
※本作には犯罪・自殺等の描写がありますが、これらの行為を推奨するものではありません。
※本作はノベルアップ+様でも同様の内容で掲載しております。
西暦二〇五六年、地表から高度八〇〇キロの低軌道上に巨大宇宙ステーション「ルナ・ヘヴンス」が完成した。
宇宙開発競争で優位に立つため、日本政府は「ルナ・ヘヴンス」への移住、企業誘致を押し進めた。
その結果、完成から半年後には「ルナ・ヘヴンス」の居住者は百万にも膨れ上がった。
しかしその半年後、何らかの異常により「ルナ・ヘヴンス」は軌道を外れ、いずこかへと飛び去った。
地球の人々は「ルナ・ヘヴンス」の人々の生存を絶望視していた。
しかし、「ルナ・ヘヴンス」の居住者達は諦めていなかった。
一七年以上宇宙空間を彷徨った後、居住可能と思われる惑星を見つけ「ルナ・ヘヴンス」は不時着した。
少なくない犠牲を出しながらも生き残った人々は、惑星に「エクザローム」と名をつけ、この地を切り拓いていった。
それから三〇年……
エクザロームで生まれ育った者たちの上の世代が続々と成長し、社会の支え手となっていった。
エクザロームで生まれた青年セス・クルスも社会の支え手の仲間入りを果たそうとしていた。
職業人の育成機関である職業学校で発電技術を学び、エクザローム第二の企業アース・コミュニケーション・ネットワーク社(以下、ECN社)への就職を試みた。
しかし、卒業を間近に控えたある日、セスをはじめとした多くの学生がECN社を不採用となってしまう。
そこでセスは同じくECN社を不採用となった仲間のロビー・タカミから「兄を探したらどうか」と提案される。
セスは自分に兄がいるらしいということを亡くなった育ての父から知らされていた。
セスは赤子のときに育ての父に引き取られており、血のつながった家族の顔や姿は誰一人として知らない。
兄に関する手がかりは父から渡された古びた写真と記録ディスクだけ。
それでも「時間は売るほどある」というロビーの言葉に励まされ、セスは兄を探すことを決意した。
こうして青年セス・クルスの兄を探す旅が始まった……
順応力が高すぎる男子高校生がTSした場合
m-kawa
キャラ文芸
ある日リビングでテレビを見ていると突然の睡魔に襲われて眠ってしまったんだが、ふと目が覚めると……、女の子になっていた!
だがしかし、そんな五十嵐圭一はとても順応力が高かったのだ。あっさりと受け入れた圭一は、幼馴染の真鍋佳織にこの先どうすればいいか協力を要請する。
が、戸惑うのは幼馴染である真鍋佳織ばかりだ。
服装しかり、トイレや風呂しかり、学校生活しかり。
女体化による葛藤? アイデンティティの崩壊?
そんなものは存在しないのです。
我が道を行く主人公・圭一と、戸惑いツッコミを入れるしかない幼馴染・佳織が織りなす学園コメディ!
※R15は念のため
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる