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第五章その9 ~お願い、戻って!~ 最強勇者の堕天編

黄泉人の襲来

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(早く、持ってってやらないと……!)

 備品倉庫から飛び出し、誠は急ぎ帰路についた。

 守備隊に事情わけを話すと、彼らは快く水を分けてくれたのだ。

 僅か600ミリリットルばかりの透明な水ボトル。これが鶴が最後に口にする物になるのだろうか。

 日本奪還を勝利に導いた姫君の、しかも末期まつごの望みとしては、あまりに悲しい物に思えた。

『平和になったら、沢山おいしいものを食べるわ』

 元気だった頃、鶴はそう楽しげに言っていた。

 考えてみれば、あの子はいつもそうだった。

 生きる喜びを諦めない彼女に、誠は知らず知らず勇気付けられていたのだ。

「…………っ!」

 ボトルを握る手に力が入った。

 少しでも近道をするべく、避難所の中を突っ切る。

 そこはかなりの大騒ぎで、荷物を手にした不安げな人々が、口々に叫びながら右往左往している。

 守備隊の兵も懸命に対処しているが、対応も限界に近づいていた。

 誠はそこで、守備隊に混じって人々を誘導する、見知った人の姿を見つけた。

 背が高くすらりとした体型。うなじで縛った長い黒髪。腰には長い太刀を携え、きりりとした横顔が美しい。

「鳳さん!」

「あっ、黒鷹様!?」

 誠が声をかけると、鳳は驚いたようにこちらを見た。

 少し上気した顔で駆け寄ってくると、彼女は懸命に言い訳を始めた。

「ぐっ、偶然なんです黒鷹様っ、そそそのっ、たまたまここに来ておりまして。別にストーカーとかではなくてですねっ……!?」

「分かってます! 鳳さん強いですから、一番危険な所に配備されたんでしょ」

「…………ほっっっんとに黒鷹様は、いい方にとって下さいますね。人に恥をかかせないというか……」

 鳳は安堵した様子だったが、そこで我に返ったようだ。

「あっいえ、失礼いたしました。魔族の襲撃に備え、私達も配置についているのです。人手が足らず、十分とはいえませんが」

「いえ、滅茶苦茶有難いです。頼りになります」

「そう言っていただければ幸いです……!」

 鳳は頷き、それから逃げ惑う人々に目を送る。

「避難のめどについては、現時点では分かりません。人がどんどん増えており、輸送も追いつかない状況です。せめて海辺であれば、船でまとまった人数を運べたのですが……」

「勝った後、急ピッチで内陸に居住区を建てたんですよね」

「……悪気があったわけでは無いですからね。狭い避難区で過ごしてきた人に、一刻も早く広い場所に移ってもらおうとしたのですから。船団長達のご配慮でしたが、それが裏目に出
てしまいました」

 誠達の会話の間にも混乱は増し、玄関へ多くの人が殺到していた。

 泣き叫ぶ女性、転んで悲鳴を上げる子供。最早地獄絵図に近しかった。

(本当に……混乱の始まりあのころと同じだ)

 眼前の光景がにわかには信じられず、誠は呆然とその様を見つめた。

 折角平和になったと思ったのに、あっという間にこんな事になってしまった。

 まさか本当に、再びあの絶望の日々が来るのだろうか?

(いや、弱気になるな。絶対あれを繰り返しちゃいけないんだ……!)

 誠は不安を振り払うように首を振る。

(魔王も倒した、きっとこれも一過性のパニックだ。大丈夫、まだ何とかなるから……!)

 そんな誠に、鳳は少し遠慮がちに励ましてくれる。

「心中お察しします。私達も、微力ながら頑張りますから……」

 だが彼女がそこまで言いかけた時だった。

 正面玄関の付近で、一際甲高い悲鳴が響いた。

 警備の兵が大声で何かを叫ぶが、その顔は明らかに怯えていた。

 先ほどまで玄関に殺到していた人々が、一気に逆方向に逃げ惑っていく。

 人波に押し流されないように耐えながら、誠と鳳は騒ぎの正体を見極めようとした。

 !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 やがて人々の悲鳴とは異なる、凄まじい鳴き声が響き渡った。

 何度も何度も、避難所を取り囲むように木霊す叫び声。屋根も壁も、あらゆる方向から聞こえてくるのだ。

 そして誠達は目にした。

 天井付近に位置する、明かり取りのための窓にである。

 万一に備えて強化ガラスで作られた正方形の窓に、人影らしき姿が見えたのだ。

「人……!? あんな高さに……?」

 誠が呟くのと、人影がこちらを覗くのがほぼ同時だった。

 青黒く染まった肌、滴る唾液。

 血走った目で避難所の中をのぞくと、『それ』は喜びを隠し切れずに咆えた。

 甲高い、やけに耳障りな響きを持つ声。生きとし生ける者が本能的に不快感を抱く、亡者の雄叫び。

 つまりは黄泉人よみびと…………魔王の細胞の影響を受け、人ならぬ姿に変質した者達である。
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