新説・鶴姫伝！ 日いづる国の守り神 PART５ ～傷だらけの女神～

第五章その７ ～その柱待った！～ 魔族のスパイ撃退編

命がけの告白

「それで防いだつもりかえ！？」

　女が片手の中指と人差し指を伸ばして刀印とういんを作ると、虚空に無数の鏡が浮かんだ。そこから発生した光が、矢継ぎ早に迫ってくる。

　光の中には牙の生えた口が見えたし、それらが飛んだ軌跡には、呪詛のような文字が見えた。

「式神ですっ、追尾してきます！」

　鳳は叫びながら式神を弾くが、そこで彼女の頭上に多数の銅剣が浮かんだ。

　鳳はとっさに回避行動をとり、彼女がいた場所に剣が殺到する。

　だが避けた先にも、次々刃が襲いかかる。

　後退しながら必死にさばく鳳だったが、そこでがくんと足が止まった。

　床から伸びた赤茶色の腕に、足首を掴まれていたからだ。

「くっ……！」

　鳳は逃れようと身をよじるが、腕は凄まじい力で彼女の足を締め付ける。

「我らを相手に、たった１人で勝てると思うてか？」

　女は狂気の笑みを浮かべると、片手を前に突き出す。

　やはり虚空に鏡が現れると、先程を上回る量の式神が発射された。

「黒鷹様っ！」

　鳳は誠を突き飛ばすと、覚悟を決めて太刀を構え、全身を霊力で覆って防御する。

　！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！！

　圧倒的な相手の手数に、霊気の防御は貫かれ、鮮血が宙に舞った。

「……っ！」

　鳳は膝をつき、苦しげに荒い呼吸をしている。

　片手で腕を押さえているが、その指の隙間から、真新しい血が幾筋も垂れ落ちた。

　彼女を掴んでいた腕は、再びひび割れて砂に還っていった。

　ダメージは低めだが、素早く相手を追尾する式神。

　突然現れ、頭上の死角から襲う銅剣。

　そして自在に形を変え、動きを封じる土の怪腕かいわん。

　いずれも悪人どもを追い詰め、誅殺ちゅうさつするための技であろう。

「お、鳳さんっ！」

「…………平気、ですよ」

　鳳は太刀を杖代わりにしながら、気丈に答えた。

「全然、怖く……ありませんから……！」

　荒い呼吸で、震える足で。けれどその目は力を失っていない。

　鳳はそこで誠に視線を向けた。

　戦いの場には相応しくない、優しい表情である。

　衣裳はあちこち切り裂かれ、全身傷だらけ。

　苦しくないはずが無かったが、どこか満足げな、今まで彼女が見せた事の無い顔だった。

「等しく人々をお守りする……それがお役目ではありますが、あえて……我儘な物言いをいたしますね……？」

　鳳は誠の目を見つめて微笑んだ。

「この鳳飛鳥………例え、どんな試練いたみであろうと……あなたのためなら……平気です……！」

「…………っ！」

　もう鈍い誠でも気付いていた。

　彼女は自分こちらを好いてくれていたのだ。それも恐らく、ずっと前から。

　その事を口にせず、思いを隠し通していたのは……恐らく鶴への遠慮がためか。

　紅潮した頬で、潤んだ瞳で……それでも鳳は思いを告げる。

「…………あなたに会えて、幸せでした……！」

　それから彼女は、力を込めて身を起こした。

　負傷を感じさせない素早い身のこなしで、弾けるように。

　うなじで縛った長い髪が、軽やかな弧を描いて宙に舞った。あたかもこれから戦に向かう、凛々しい女武者のようだ。

　彼女はきっぱりと言い放つ。

「さあ、早くお進み下さい！　私が時間稼ぎします！」

　……そう。鳳は、いつの間にか追っ手と誠の間に立っていた。

　通路の前方に誠を逃がし、そこに立ち塞がるような位置取りにいたのだ。

　１人では、この懲罰方の幹部３人から誠を守る事は出来ない。

　だから身を盾にして通路を塞ぐつもりだったのだろう。

「で、でも鳳さん……！」

「……お進みくださいっ！　姫様のお命を、あの方の頑張りを無駄にしていいのですか？　そう長くはもちませぬ故ゆえ、何卒なにとぞ……！」

　荒い呼吸を抑えながら、鳳は必死に叫んだ。

「愛しい方っ、どうか後生でございますっ！　拙つたない私めに、どうか、最後のお役目を！　何卒なにとぞ……何卒なにとぞっ……お願いですからっっっ！！！」

「…………っ！！！」

　誠はしばし絶句した。

　けれど迷う時間すら、今の誠には残されていなかった。

　踵を返し、走り出す。

　振り返りたい思いを全力で押しとどめながら、誠は魔法陣に飛び込んだのだ。