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第五章その5 ~黙っててごめんね~ とうとうあなたとお別れ編

愚か者ほど自信満々

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「……そ、それで鳳さん、話って……」

 しばし歩いた後、誠はたまらず声をかけた。

 悪いニュースに違いない。鶴の容態の悪化が、予想より早かったのだろうか?

 そんな恐怖が胸に渦巻き、なかなか言葉が出なかったのだが、とうとう限界に達したのだ。

 前を歩く鳳は、誠の問いに足を止めた。そのまましばらく無言である。

 形の良い後ろ姿、うなじで結んだ長い黒髪。

 黒1色のスーツとパンツスタイルが、喪服のように感じられて、誠は嫌な予感が止まらなかった。

 だがくるりと軽やかに振り返った鳳は、予想外に笑顔だった。

「実はですね、特にご用はないのですっ♪」

「へっ……!?」

 誠は変な声が出た。

「ひっ、ヒメ子の事じゃないんですか……?」

「いいえ全然。姫様のご容態は、特に変わっておりません。私の独断であなたを連れ出したのです」

 鳳はイタズラっぽく微笑んで言う。

「さっきお話しして楽しかったので、また連れ出しちゃえと思いまして。私はこう見えて不真面目ですし、今風ナウいジョークもバンバン言えるんですよ?」

「よ……良かった……!!」

 誠はようやく安堵した。

 さっきからの緊張が、一気に体から抜けていく。その反動のおかげだろうか。身の内に渦巻く激しい怒りも、同時に薄れていくようだった。

 鳳はそこで真面目な表情に戻ると、遠慮がちに言った。

「冗談はともかく、少しお休みになられてはいかがですか? 姫様もこの場の事も、私や皆さんで何とかします。きゅうすればどんす……全神連に伝わる言葉ですが、疲れは判断をにぶらせますから」

「……ありがとうございます。でも、とてもそんな気になれなくて。寝てる間に、ヒメ子に何かあったらって思うと……」

 誠は鶴の寝顔を思い出した。

 世界は残酷だ。どうしてあの子がこの世を去るまで、問題の噴出を待ってくれなかったのだろう。

 もし鶴がこの事を知ったらどうなる?

 命の全部をすり減らして守った人々の醜さを知ったら、一体どんな気持ちになるのだろう?

「……つくづく思うんです。どうして今なんですかね」

 誠は無意識に口にしていた。

「今暴れたら、何もかも台無しになる。そのぐらい誰でも分かるのに……何で好き勝手やるんでしょうか」

「……苛立っておられますね」

「…………そう思います」

 鳳はしばし黙っていたが、そこで誠に歩み寄る。

 誠の手を取ると、自らの胸元へ引き寄せた。

 両手でぎゅっと手を握ったまま、彼女は祈るようにこちらを見つめる。

「魔王を討伐された勇者のあなたに、失礼とは存じております。けれどあえて申し上げます。どうか怒りで身を焦がさないで下さい」

「怒りで……焦がす……?」

 鳳はゆっくり頷いた。

「あなたには、世の色々な事が見えるでしょう。今起きている事の本質も……この後にどうなるのかも。でも愚か者には、いくら言っても分かりません。それどころかあなたを責め、嘘つきだと罵倒するでしょう。そしてそんな彼らの方が、圧倒的に多数なのです」

 鳳は俯き、しばし呼吸を整えた。

「……悔しいですが、それが現世の厳しさです。歴史上、幾多の人がこの事に苦しみましたし……怒りのあまり、魔道に堕ちた者もおります。ご存知の通り、私の……姉もそうですから」

 鳳はそこで再び顔を上げた。

「でもっ、だからこそ…………だからこそ黒鷹様には、同じ道をたどって欲しくないのですっ……!!!」

 彼女の頬を伝う涙が、車両から漏れる光で輝いた。

 その涙を見た時、誠は少し冷静になれたのだ。怒りに身を任せてはいけない。この人を悲しませてはいけない。

「……わ、分かりました。努力してみます」

 ……ただ、その後誠は知る事になる。自分は本当は、何も分かっていなかったのだ。

 目の前で涙する清らかな乙女にほだされ、反射的に頷いたけれど……結局本質的には、何も理解していなかったのだと。

 そしてこの時からしばし後。更なる悪い報せが、この国を震撼させた。

 各地で蜂起ほうきした武装勢力……正体不明のテロ集団が、避難区を襲い始めたのだ。

 彼らは自らを『自由の翼』と呼んだ。

 この国の腐敗を根本から正し、革命を起こすために……そんな理想をうたう犯行声明が、繰り返し流されたのだ。

 終わりの時は、確実に音を立てて近づいていたのである。
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