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第五章その3 ~夢のバカンス!~ 隙あらば玉手の竜宮編

やっと出会えた運命の人!

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「いいいいいやったあああああああっっっ!!!!!!!!」

 鷲ヶ頭山わしがとうさんに駆け上がり、かおりは叫んだ。

「やった、やったあっ、うわあああああっっっ!!!!!」

 結論として、みことはかおりを怖がらなかった。

 暢気のんきすぎるのか、それとも強さを感知する野生の本能が欠如しているのか、今までと全く変わらない態度で接してくれるのだ。

 そしてその態度の端々に、明らかにかおりへの好意を感じさせてくれる。

(嬉しい! 嬉しい! 頑張ろう! 絶対幸せになろう! そんでもって、彼もみんなも幸せにしてあげるんだ! 親孝行だって目茶目茶するぜ!)

 うきうきと弾むような心で地団太じだんだを繰り返し、しばらくテンションが元に戻らなかった。近隣の地震計では、震度3を記録したそうだ。

 目をやると、つい先日、絶望と嫉妬に苦しんで掻きむしった木々がある。

「ごめんなお前ら、当たり散らしちゃって……!」

 かおりは素直に謝った。本当にすまない事をした。

 だがこれで最後なのだ。

 何もかもが終わったし、闇の時代は光へと変わるのである。

 身を焦がすねたそねみの炎はすっかり消え去り、温かく、かつ涼やかな思いが胸いっぱいに溢れている。

 今ならあの女性運動家に会っても、笑顔でブン投げて島外に追い出せるだろう。

 青年は仕事がどうたら言っているが、島なら適当に漁業でも農業でもやればいいし、そもそもパートナーさえいれば、この腕力で何としてでも生きてみせる。

 その自信と体力がかおりにはあった。



 やがて青年と交際を始め、かおりは毎日を機嫌良く過ごした。

 私だけがひとりぼっち、自分だけ誰にも愛されない……そんな不安が消え去ったかおりは、すっかりけんが取れていたのだ。

 荒っぽい言動も自然と治まり、笑顔の絶えない素敵な娘さんになった。

 今までの反動もあって、島の人たちは新しいネオかおりの噂を瞬く間に広めてくれた。

「あの覇王が」

「あの鬼神が」

 そんな枕詞まくらことばが気になったが、とにかくいい方に変わったという噂なのである。

 そもそもかおりは人に暴力を振るうわけでもなく、夜に爆音を立てて走り回ったわけでもない。

 ただ強すぎて怖がられていただけなので、いい噂が広まるのも早かったのだ。

 やがて2人は結婚し、今までが嘘のように、どんどん運が開け始めた。

 最初は大学の非常勤だったみことも、本格的に研究者の職を得られた。

 彼は島を留守がちだったが、もうかおりはねなかった。

 近所のスーパーで働きながら、時々みことの実家(※長野県)まで、運動がてら走って行ったりもした。



 待望の第一子……つまり誠が生まれた時、もう言葉に出来ないぐらい嬉しかったのを覚えている。

 かおりはふと思い出して、母と一緒に社をたずねた。

 生後1か月のお宮参りは大山祗神社だったが、そことは違う、例の阿奈波あなば神社である。

 まだ幼い我が子を胸に抱き、かおりは改めて社を見つめた。

 最近は立ち寄る事が無かった海辺の社は、こうして見ると随分寂れている。

 拝殿は潮風でかなり傷んでいたし、鳥居はあちこちヒビが入っていて、金属のプレートで補強されていた。

 自分達以外に参拝客もおらず、島の片隅で忘れられようとしているのだ。

(こんな寂しいお社に、あたしはずっとすがってたのか。神様も、さぞご迷惑だっただろうな……)

 かおりはそんなふうに思ってしまう。

「ご無沙汰しておりました」

 鳥居の前で、かおりは丁寧に頭を下げた。

 以前は面倒なので、適当に横の石垣から境内に入っていたのであるが。

 母は酒ビンを拝殿に置き、栓を開ける。

 それから2人で……もしかしたら3人で祈りを捧げた。

 しばし無言で祈るかおりだったが、やがて我が子が泣き始めた。

 普段のおむつや空腹の泣き方とは違う、何かを怖がるような感じである。

 戸惑うかおりだったが、母は拝殿を眺めながら笑った。

「……神さんがね、こうやってつつきなさったよ」

 母は人差し指で、泣きじゃくる赤子の頬をつっつく。

「ここは健康の神様やからね。きっと元気に育つはずよ」

「…………っ!」

 かおりは何だか泣きそうになって、無言で頭を下げるのだった。



 一同は取ってつけたような拍手をしていた。

「まさに人生の大逆転です。前半のバイオレンスさからは想像もつかない、感動のフィナーレでした」

 鳳はハンケチで涙をぬぐい、フォローになっているのかいないのか分からない感想を述べる。

「ご誕生秘話、とても興味深かったです。黒鷹様のご両親も、とっても素敵で」

 誠はちょっと照れ臭かったが、それでも小さく頷いた。

「そ、そうですよね。勝手に生まれてきたわけじゃないんですもんね……」

「せやで鳴っち、よお覚えときや」

 難波は調子よく誠の肩に手を置く。

「親が出会って、結婚したからうちらが生まれたんやで? ちょっとでも何かあったら、今のうちらはおらへんのや」

「分かってるよ。分かってたけど、実感したっていうか……これからが本番なんだよな。勝って全部終わった気になってたけど……まだ結婚とか、子育てとか……」

 そう、ここからが本番なのだ。

 働いて恋をして、子供を育てて。ここからが人生の大勝負の始まりなのだ。

(ようし、頑張るぞっ! 大切な人に、雪菜さんにプロポーズして、それから……)

 だがそこで唐突に、鶴の顔が頭に浮かんだ。

 夕暮れの公園で見た、あの悲しげな姫君の表情がだ。

(…………っ!!!)

 誠はしばし考え込む。

 自分は雪菜さんを愛している。それは疑いようの無い事実だ。

 幼い頃、あの避難所で飢え死にしかけていたのを救われた時から、長い間恋い焦がれ、今もそれは変わっていない。

 身も心もボロボロになって、それでも若者達を守ろうとしてきた彼女は、命に代えても幸せにしたい最愛の人だ。

 ………………でも、だったら鶴はどうなる?

 遠い戦国時代むかしから誠の事を思ってくれて、こんな恐ろしい未来にまで助けに来てくれた。

 思い出して見れば、この日本奪還の戦いで、彼女はずっと助けてくれていた。

 確かにすっとんきょうだし、多少お調子者ではあるけれど……深い所で人を思いやれる、優しい子である事は間違いない。

 いつも明るく楽しげで、傍で誠を支えてくれた。本来なら、土下座してでもお嫁さんになって欲しいと思える人であろう。

 …………そうだ、もう誤魔化しようがない。

 自分は確かに、前世で彼女が好きだったのだ。そして多分……今生こんじょうでも。

 短いけれど、必死に生きた別々の人生。その2つの想いが身の内でぶつかり合い、己に迷いを生じさせているのだ。

「……………………」

 黙り込む誠を気遣ったのだろうか。再び鳳が語りかけてくる。

「大丈夫ですよ、黒鷹様。大変な時代ですが、あなた方ならきっと出来ます。あの絶望に打ち勝てたんですから、きっとめでたしめでたしです」

「せやで鳴っち、うちらなら楽勝や!」

「調子いいわねこのみは」

 カノンがツッコミを入れ、宮島も香川も笑っている。

 だがそこで、銀幕スクリーンに女性の姿が映った。

 長い黒髪、やや切れ長の目元。ただそこに居るだけで迫力を感じさせる佇まい。

 言わずと知れた女神の岩凪姫であった。

「あっ、これは岩凪姫様!」

 鳳は慌てて頭を下げたが、女神は手短に用件を告げる。

「どうだ、少しは休めたか? まだ完全ではないだろうが……少々厄介事が出てきたのだ。すまぬが急ぎ戻って欲しい」
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