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第五章その3 ~夢のバカンス!~ 隙あらば玉手の竜宮編

浦島太郎になってみよう!

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「こ、ここは……?」

 誠は辺りを見回した。

 いつの間にか、見知った我が家ではなくなっていたのだ。

 目の前には白い砂浜、左手には青い海。右には松林が見える。

 もちろん身なりも寝る前とは違った。

 粗末な着物で釣竿をかつぎ、腰には竹製の魚籠びくを結んでいる。いかにも昔話の漁民の姿だ。

 とりあえず周囲には何もないので、誠は浜を歩いてみる。

 小高い砂の丘を超えると、数名が騒いでいるのが見えたが、その全員が人ではなかった。

 真ん中に巨大な海亀がおり、それを囲んでいるのは鯛やヒラメといった魚介類だ。

 形状フォルムは至って手抜きであり、魚にそのまま手足が生えたような姿だった。

 彼らは棒を振りかぶり、いかにもやらせのスローな殴打を亀に加えているが、そうしながらも誠をチラチラ見ているのだ。

 亀は助けてアピールをしながら、やはり誠をチラ見している。

(本能で分かるっ、関わっちゃ駄目な連中だ……!)

 鶴や神使達と関わってきた経験から、誠は咄嗟とっさにそう見抜いた。

 顔を逸らし、「いい枝ぶりの松だなあ」などと呟きながら、足早に横をすり抜けていく。

 だが誠が通り過ぎると、彼らは下手な小芝居をやめた。

 手に手に棒を持ったまま、ぞろぞろ後を付いて来たのだ。

(くそっ、付いて来てるっ……!!!)

 誠は冷や汗を感じながら、振り返らずに歩を進める。

 そのまま次の砂丘を超えたのだが。

「う、うわあああっ!?」

 そこには先程と同じ光景が、砂浜を覆い尽くすように行われていた。

 魚や亀の演技はさらに嘘臭くなり、亀の背にはいかがわしいのぼり旗が立っていた。

『亀を助けるだけの簡単なお仕事! アットホームな職場です!』

『今なら無料で竜宮城ご招待! 期間限定、追加料金なし!』

『割引クーポン差し上げます! 実質ゼロ円!』

『話題沸騰のアミューズメントパーク、本日特別営業! あなただけが当選しました!』

 初見で騙されていると分かる、怪しい文言のオンパレードだ。

(誰が騙されるかっ、よそを当たってくれ……!)

 引き返そうとしたが、既に後ろも同じ有り様であり、前に進むしかなかった。

 どんどん増える亀達を避け、「本当に素晴らしい松だなあ」などと言いつつ進む誠だったが、さすがに多勢に無勢である。

 じりじりと取り囲まれ、とうとう逃げ場が無くなってしまった。

 貼り付けにされ、今にも槍で串刺しにされそうな亀。火あぶりにされそうな亀。ぐらぐら湧いた鍋に入れられそうな亀など、多種多様なピンチに陥っている亀達は、殺気立った目で誠を見据えている。

 旗の文言はエスカレートし、『なぜ見捨てる!』『極悪人!』『人の心が無いのか!』などと罵倒の域に達していた。

 鯛やヒラメ、カツオにマグロも誠を取り囲んだが、皆が体にダイナマイトをくくりつけ、火のついた松明を掲げている。

 要求に従わないなら、諸共もろとも木っ端微塵こっぱみじんになるつもりだろう。

「ひっ、卑劣な奴らめっ……!」

 誠は歯噛みして、仕方なく敗北の台詞を口にした。

「……か、亀を……いじめるのは良く無いんじゃないか……?」

 次の瞬間、魚介どもは歓喜した。

 突進し、誠を担ぎ上げると、そのまま海に飛び込んだのだ。

(息が出来ないっ、普通に苦しいっ……!!!)

 当たり前だが、昔話みたいに亀の背にまたがってはいられない。

 手足をつかまれ、渦巻く水に翻弄ほんろうされながら……けれど誠は目にしたのだ。

 海底にうっすらと輝く、広大な和風建築群を。

 巨大なドーム状の泡で包まれたそこは、あたかも一大テーマパークのよう。

 当然と言えば当然だったが、言わずと知れた竜宮城なのだ。
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