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第一章その5 ~負けないわ!~ 蠢き出す悪の陰謀編
殺戮者は理想郷をうたう。蓋を開けると大抵地獄
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静寂に包まれた闇の中、何者かが近付いて来る。グラウンドは硬い地盤のはずなのだが、一足ごとに大地が軋む。
それと同時に、何かを引きずるような音も聞こえた。まるで巨大な蛇が這いずり回っているかのようだ。
足音の主は、やがて正面入り口の前で止まった。
月明かりを浴びたその姿は、足音からは想像もつかない、小柄な少年だったのだ。
「……やあ、鳴瀬さんだったな。久しぶり」
少年は静かに言うと、格納庫に踏み込んでくる。
誠は彼に見覚えがあった。あの出撃前、ブリーフィングルームで暴れた少年だったからだ。
少年の表情は穏やかだったが、薄皮の下に狂気が滲み出している。顔は作り物のように不自然に動き、右手は人のそれとは思えぬほどに巨大化していた。
彼が引きずっているのは、迷彩服を着込んだ大柄な男性だ。今はうつ伏せになっているものの、あの第16特別避難区で負傷し、入院しているはずの池谷中佐だったのだ。
誠は思わず声を上げた。
「い、池谷中佐!」
「ああ、道すがら会ったんでね。少しお礼をしたところだ」
少年は池谷をこちらに向かい投げ捨てた。
池谷は床を転がり、小さく呻き声を立てる。あちこち血を流しているが、まだ辛うじて息があった。
誠は油断なく少年を見据えながら、鶴に伝えた。
「ヒメ子、池谷さんを頼む」
「……分かったわ。でも魔法傷だから、多分魂も傷ついてるわ。ケガを治しても危ないかも」
傷口をふさぐという事と、魂のダメージは別問題なのだろうか。だが今はとにかく止血が先決だ。
誠は時間を稼ぐべく、少年に語りかけた。
「随分元気そうじゃないか。そんなに新居が心地いいのか」
「ふふ、俺も力を与えられたんです。こんな船団じゃない、理想の世界を築くんです。まるで神のような技術を持つお方だった」
少年が右手を掲げると、彼の周囲に赤い幾何学模様が浮かび上がった。
たちまち格納庫の壁が軋むが、鶴の霊力のおかげか、建物の崩壊には至らない。
「まともな神は、そんな力を与えないよ。ご利益は、本人の力に少しずつ上乗せされるものさ」
コマもそう言って少年を睨み付ける。
「分不相応な力で登り詰めたら、待っているのは転がり落ちる地獄の苦しみさ。その神とやらは、君を使い捨てにするつもりだと思うよ」
「…………っ!」
作り物のようだった少年の顔に、嫌悪の皺が刻まれた。
「お前達に何が分かる! 行き場のなかった俺に、あの人は約束してくれたんだ! 今の船団が滅びれば、余った土地は山分けしていいって。そしたら新しい国が作れる。理想の社会が訪れるんだ」
「滅びて理想だって? ちゃんちゃらおかしいね!」
コマが誠の肩に飛び乗り、強い語気で否定した。
「仮に土地を手に入れて、どうやって暮らすのさ。水や食べ物は? 家も着るものも作り方を知らないし、トイレも下水もないんなら、疫病の時代に逆戻りさ。仲間同士が争っても警察がいない。病気になっても医者もいない。道が荒れたら直すことも出来ないのに、廃墟みたいな土地だけもらって何になるのさ」
「そ、それは……」
少年は明らかに戸惑っていた。
今ある船団を壊す事だけ考えて、そうすれば救われると狂信していたのだ。
革命の甘美な響きに酔いしれ、その後に訪れる、現実的な問題は何も考えていなかったのだろう。
世界を征服する事より、その後の世界を治める方が、何百倍も難しいというのにだ。
コマは尚も挑発的に言葉を続ける。
「本当の世直しは、毎日ヘトヘトになって働いてる人達がやってるんだ。一歩前に進むだけで、幾千幾万の問題が出てくる。それでも諦めずに、未来にバトンを繋いでくれた。それを放棄して一からなんて、何千年も前に逆戻りだ。君は薄っぺらい理想に騙されて、悪党の鉄砲玉に使われてるだけなのさ」
「うう、うるさい、うるさい!」
少年が咆えると、その身から赤い光が火の粉のように噴き出してくる。
コマが時間稼ぎをしている間、誠は少年を観察していた。
大幅に体が変形しているし、不可思議な力も使っている。
しかし精神的にはかなり未熟で、誠の探りにも、コマの時間稼ぎの挑発にも、簡単に応じてしまっている。
彼が自力であんな力を得られるはずもないが、ただの少年をここまで改造できる機関などそうそう無いはずだ。
潤沢な資金を持ち、誠達に刺客を差し向ける理由のある勢力。それは恐らく……
その時鶴が立ち上がる。
「コマ、ありがとう、もう治せたわ。池谷さんを連れてってあげて」
確かに池谷の傷は、一見塞がっているようだ。
「分かったよ」
コマは誠の肩から飛び降り、少し大きくなると、池谷を背に乗せて格納庫の外に姿を消した。
少年はそれに見向きもせず、一歩前に踏み出した。
メリメリと生木をねじ切るような音が響くと、見る間に体が巨大化し、人ならぬ形に変貌していく。肩は盛り上がり、頭は隆起した筋肉にうずもれていく。
その様は、まるで人が生きながら餓霊に変わっていくかのようだ。
「……酷い。無理やり邪霊を植えつけられてるわ」
鶴が哀れむように呟く。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
少年がおもむろに右手を掲げて叩きつけると、コンクリートの床が隕石でも落ちたかのように陥没した。
「見ろ、これが俺の力だ! お前らなんかに文句は言わせん!」
彼はそのまま突進して来る。地響きが格納庫を揺り動かし、少年は巨腕を横薙ぎに振り回した。
誠はすんでの所で身をかわし、銃を抜いて少年の足を狙う……が、銃弾は火花を上げ、粉微塵に弾け飛んだ。
ハンドガン程度ではとても動きを止められない。
「黒鷹!」
「ヒメ子、魔法は使うな! 元は人間だ!」
誠は相手の追撃を避けて起き上がる。
(操られてるだけだ、あまりケガはさせたくない。かといって生半可な銃じゃ、あの防御を貫けないし……)
そこまで考えた時、誠は不意に左手が焼けるように熱く感じた。
「何だ……?」
目を遣ると、左手の甲に備わる逆鱗が、青く輝き出していたのだ。
誠はそこで女神の言葉を思い出した。
『我が力を集めて研ぎ出した神器、岩凪の太刀だ』
誠はその意味を理解し、左手を上げる。
すると光の玉が逆鱗から浮き上がり、やがて太刀の形になる。黒く頑強な刀身は、凄まじい霊気で覆われていた。
誠が右手で太刀を掴むと、全身に台風みたいな力が流れ込んでくるのが分かった。
少年が再び突進して来るが、誠は直感でその一撃を避けない。
迫り来る巨腕の一撃を、太刀を掲げて受け止めたのだ。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
巨岩が衝突したような振動が響き渡るも、誠はよろめきもしない。
この太刀を抜いている間は、人ならざる破邪の力を得ているのだろうか。
「う、嘘だ、なんでだ! 人のままでそんな力、あり得ない!」
少年はよろめき、悲痛な声で叫んだ。
少年の体がマグマのように輝くと、無数の角や触手が伸びていく。無いはずの場所に腕が生え、足が生まれ。最早生物としての体を為していなかった。
やがて無数の触手が雨霰と降り注いでくる。
誠が横っ飛びしながら太刀をふるうと、触手はまとめて切り落とされていた。
少年は尚もこちらに迫ろうとするが、そこで大きくぐらついた。全身の肉が蠢いて、破裂しそうに脈動している。
(力を制御出来てない。多分このままいけば自滅する……!)
だが、誠がそう思った時だった。
不意に入口の方から物音がした。
誠達が目をやると、扉の前にあの幼子が立っていたのだ。眠そうに目をこすりながら、ふらふらと体を揺らしている。
なぜこのタイミングで、と思ったが、予測出来ないのが子供の行動だろう。
物音を聞きつけて近寄ったのかも知れない。誠達や整備班と顔見知りで、格納庫に馴染みがあった事が仇となったのだ。
「…………っ!!!」
一瞬、怪物の表情に複雑な感情が入り乱れ、次の瞬間、彼は幼子に突進していた。
やぶれかぶれで道連れにしようとしたのか、それとも人質にしようとしたのか。
だが少年が今にも幼子を掴もうとした時、足元のコンクリートが盛り上がり、巨大な手と化して少年の足を掴んだ。恐らく鶴の魔法だろう。
鶴はその隙に幼子に駆け寄り、胸に抱えて走り出す。
「黒鷹、今よ!」
「助かった!」
誠は答え、少年に向かって突進した。
だが跳躍しようと身を屈めた刹那、視界は急激に変化したのだ。
「!!?」
海に浮かぶ無数の和船、あちこちで上がる悲鳴と怒号。
誠は懸命に駆け抜けていく。こちらの関船から相手の安宅船まで、跳躍しようと助走しているのだ。
鎧の鋼がぶつかる金属音と、口中に溢れる血の匂い。
海水の飛沫を浴びた衣は鉛のように重く、傷口に塩が染みる痛みは、疲れで遠のきがちな意識を奮い立たせてくれた。
そう、紛れもなくその光景は、かつて前世で体験した合戦だったのだ。
敵船は味方が鉤付きの金棒で引っ掛け、逃がさぬように固定している。この隙に敵の大将を討ち取らねば、疲れ果て、数で劣る味方に勝機はないだろう。
誠は駆けながら、我知らず雄たけびを上げていた。
「我は三島水軍が陣代、鳴瀬安成! いざや堂々、勝負に参らん!」
だが誠が思い切り跳躍しようとした時、景色は再び格納庫へと戻っていたのだ。
「!? また急に変わりやがって!」
誠は一瞬戸惑ったが、覚悟を決めて大きくジャンプ。
そのまま太刀を振りかぶり、着地と同時に相手をひと薙ぎしていた。
「……??????」
怪物と化した少年は、何が起きたか理解していないようだったが、やがて彼の腹に、横一文字に亀裂が入った。
青い体液が噴き出すと、巨体が見る間に崩れていく。数瞬の後、完全に人の姿に戻った少年は、青い血の海に倒れていたのだ。
誠は少年に刃を向けつつ、鶴と幼子に声をかける。
「ヒメ子、2人とも無事か!?」
「ばっちりよ黒鷹」
鶴は元気良く答えるが、幼子はまだ寝ぼけていたのか、多少ぐずりながら、鶴の腕で眠り込んでしまった。
「良かった、こりゃ大物だ。派手な夢ぐらいにしか思ってないな」
「ほんとにね」
2人はそう言って笑顔を浮かべる。
黒い太刀は再び光の玉に戻ると、誠の逆鱗へと吸い込まれていった。
そこで鳳と神使達が駆けつけてくる。
「姫様、ご無事ですか!」
鳳の後ろには、隊員達の姿もあった。
「大丈夫か隊長! うわっ、こいつ結局いなくなってたヤツじゃねえか」
「アホやなあ、うまい話に飛びつくからこないな事になるんや」
「それよりバカ鳴瀬、ケガはない?」
カノンは誠を腕から包帯でぐるぐる巻きにしていく。
そんな一同をよそに、鳳は倒れた少年の傍に屈みこみ、手の平に光を宿して全身をなぞっていく。まるでスキャンをかけているようだ。
やがて彼女は立ち上がった。
「魂にはダメージがありますが、命に別状はないでしょう。ただ、妙な細胞を大量に植え付けられておりますね」
「……こんな改造、どう考えても既存の技術じゃないよな。鳳さん、あの研究所について、何か分かったでしょうか」
「おうとも、ワシもそれを言おうと思っとったんじゃい!」
眼帯をした狛犬が鳳の肩に飛び乗った。
「ワシらも探しとったが、どうも結界が張っとるらしくて、なかなか見つからんのじゃい。それらしい場所をかたぱしから探しとるが、主任研究員はこいつ、爪繰っちゅう奴らしいぞ」
狛犬が差し出す写真を誠は受け取る。
恐らくは旗艦の監視カメラの映像だろう。蛭間一派を写した写真の隅に、隠れるようにその男は写っていた。
顔には儀礼的な笑みを浮かべていたが、姿勢や態度から察するに、どうも目立つ事が嫌いのようだ。
誠はしばらく写真を見つめ、呟いた。
「こんな研究員、高千穂にいなかった」
「それも覚えているのですね?」
鳳は以前より信頼した口調で問いかけてくる。
「鳴っちの記憶力は変態やから、アテになるんよ」
「それは私も理解しています」
鳳は素直に頷いてくれた。変態に頷いたのか、アテになる事に頷いたのかは微妙だったが、今はそんな事はどうでもいい。
鳳は皆をぐるりと見渡して告げる。
「とにかく、研究所については引続き調査を続けますし、この少年の対処は私達が引き受けましょう。池谷中佐については、ここより設備の整った病院が手配されます。皆様も、くれぐれもお気をつけ下さい」
鳳の言葉に、誠達は頷くのだった。
それと同時に、何かを引きずるような音も聞こえた。まるで巨大な蛇が這いずり回っているかのようだ。
足音の主は、やがて正面入り口の前で止まった。
月明かりを浴びたその姿は、足音からは想像もつかない、小柄な少年だったのだ。
「……やあ、鳴瀬さんだったな。久しぶり」
少年は静かに言うと、格納庫に踏み込んでくる。
誠は彼に見覚えがあった。あの出撃前、ブリーフィングルームで暴れた少年だったからだ。
少年の表情は穏やかだったが、薄皮の下に狂気が滲み出している。顔は作り物のように不自然に動き、右手は人のそれとは思えぬほどに巨大化していた。
彼が引きずっているのは、迷彩服を着込んだ大柄な男性だ。今はうつ伏せになっているものの、あの第16特別避難区で負傷し、入院しているはずの池谷中佐だったのだ。
誠は思わず声を上げた。
「い、池谷中佐!」
「ああ、道すがら会ったんでね。少しお礼をしたところだ」
少年は池谷をこちらに向かい投げ捨てた。
池谷は床を転がり、小さく呻き声を立てる。あちこち血を流しているが、まだ辛うじて息があった。
誠は油断なく少年を見据えながら、鶴に伝えた。
「ヒメ子、池谷さんを頼む」
「……分かったわ。でも魔法傷だから、多分魂も傷ついてるわ。ケガを治しても危ないかも」
傷口をふさぐという事と、魂のダメージは別問題なのだろうか。だが今はとにかく止血が先決だ。
誠は時間を稼ぐべく、少年に語りかけた。
「随分元気そうじゃないか。そんなに新居が心地いいのか」
「ふふ、俺も力を与えられたんです。こんな船団じゃない、理想の世界を築くんです。まるで神のような技術を持つお方だった」
少年が右手を掲げると、彼の周囲に赤い幾何学模様が浮かび上がった。
たちまち格納庫の壁が軋むが、鶴の霊力のおかげか、建物の崩壊には至らない。
「まともな神は、そんな力を与えないよ。ご利益は、本人の力に少しずつ上乗せされるものさ」
コマもそう言って少年を睨み付ける。
「分不相応な力で登り詰めたら、待っているのは転がり落ちる地獄の苦しみさ。その神とやらは、君を使い捨てにするつもりだと思うよ」
「…………っ!」
作り物のようだった少年の顔に、嫌悪の皺が刻まれた。
「お前達に何が分かる! 行き場のなかった俺に、あの人は約束してくれたんだ! 今の船団が滅びれば、余った土地は山分けしていいって。そしたら新しい国が作れる。理想の社会が訪れるんだ」
「滅びて理想だって? ちゃんちゃらおかしいね!」
コマが誠の肩に飛び乗り、強い語気で否定した。
「仮に土地を手に入れて、どうやって暮らすのさ。水や食べ物は? 家も着るものも作り方を知らないし、トイレも下水もないんなら、疫病の時代に逆戻りさ。仲間同士が争っても警察がいない。病気になっても医者もいない。道が荒れたら直すことも出来ないのに、廃墟みたいな土地だけもらって何になるのさ」
「そ、それは……」
少年は明らかに戸惑っていた。
今ある船団を壊す事だけ考えて、そうすれば救われると狂信していたのだ。
革命の甘美な響きに酔いしれ、その後に訪れる、現実的な問題は何も考えていなかったのだろう。
世界を征服する事より、その後の世界を治める方が、何百倍も難しいというのにだ。
コマは尚も挑発的に言葉を続ける。
「本当の世直しは、毎日ヘトヘトになって働いてる人達がやってるんだ。一歩前に進むだけで、幾千幾万の問題が出てくる。それでも諦めずに、未来にバトンを繋いでくれた。それを放棄して一からなんて、何千年も前に逆戻りだ。君は薄っぺらい理想に騙されて、悪党の鉄砲玉に使われてるだけなのさ」
「うう、うるさい、うるさい!」
少年が咆えると、その身から赤い光が火の粉のように噴き出してくる。
コマが時間稼ぎをしている間、誠は少年を観察していた。
大幅に体が変形しているし、不可思議な力も使っている。
しかし精神的にはかなり未熟で、誠の探りにも、コマの時間稼ぎの挑発にも、簡単に応じてしまっている。
彼が自力であんな力を得られるはずもないが、ただの少年をここまで改造できる機関などそうそう無いはずだ。
潤沢な資金を持ち、誠達に刺客を差し向ける理由のある勢力。それは恐らく……
その時鶴が立ち上がる。
「コマ、ありがとう、もう治せたわ。池谷さんを連れてってあげて」
確かに池谷の傷は、一見塞がっているようだ。
「分かったよ」
コマは誠の肩から飛び降り、少し大きくなると、池谷を背に乗せて格納庫の外に姿を消した。
少年はそれに見向きもせず、一歩前に踏み出した。
メリメリと生木をねじ切るような音が響くと、見る間に体が巨大化し、人ならぬ形に変貌していく。肩は盛り上がり、頭は隆起した筋肉にうずもれていく。
その様は、まるで人が生きながら餓霊に変わっていくかのようだ。
「……酷い。無理やり邪霊を植えつけられてるわ」
鶴が哀れむように呟く。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
少年がおもむろに右手を掲げて叩きつけると、コンクリートの床が隕石でも落ちたかのように陥没した。
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彼はそのまま突進して来る。地響きが格納庫を揺り動かし、少年は巨腕を横薙ぎに振り回した。
誠はすんでの所で身をかわし、銃を抜いて少年の足を狙う……が、銃弾は火花を上げ、粉微塵に弾け飛んだ。
ハンドガン程度ではとても動きを止められない。
「黒鷹!」
「ヒメ子、魔法は使うな! 元は人間だ!」
誠は相手の追撃を避けて起き上がる。
(操られてるだけだ、あまりケガはさせたくない。かといって生半可な銃じゃ、あの防御を貫けないし……)
そこまで考えた時、誠は不意に左手が焼けるように熱く感じた。
「何だ……?」
目を遣ると、左手の甲に備わる逆鱗が、青く輝き出していたのだ。
誠はそこで女神の言葉を思い出した。
『我が力を集めて研ぎ出した神器、岩凪の太刀だ』
誠はその意味を理解し、左手を上げる。
すると光の玉が逆鱗から浮き上がり、やがて太刀の形になる。黒く頑強な刀身は、凄まじい霊気で覆われていた。
誠が右手で太刀を掴むと、全身に台風みたいな力が流れ込んでくるのが分かった。
少年が再び突進して来るが、誠は直感でその一撃を避けない。
迫り来る巨腕の一撃を、太刀を掲げて受け止めたのだ。
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
巨岩が衝突したような振動が響き渡るも、誠はよろめきもしない。
この太刀を抜いている間は、人ならざる破邪の力を得ているのだろうか。
「う、嘘だ、なんでだ! 人のままでそんな力、あり得ない!」
少年はよろめき、悲痛な声で叫んだ。
少年の体がマグマのように輝くと、無数の角や触手が伸びていく。無いはずの場所に腕が生え、足が生まれ。最早生物としての体を為していなかった。
やがて無数の触手が雨霰と降り注いでくる。
誠が横っ飛びしながら太刀をふるうと、触手はまとめて切り落とされていた。
少年は尚もこちらに迫ろうとするが、そこで大きくぐらついた。全身の肉が蠢いて、破裂しそうに脈動している。
(力を制御出来てない。多分このままいけば自滅する……!)
だが、誠がそう思った時だった。
不意に入口の方から物音がした。
誠達が目をやると、扉の前にあの幼子が立っていたのだ。眠そうに目をこすりながら、ふらふらと体を揺らしている。
なぜこのタイミングで、と思ったが、予測出来ないのが子供の行動だろう。
物音を聞きつけて近寄ったのかも知れない。誠達や整備班と顔見知りで、格納庫に馴染みがあった事が仇となったのだ。
「…………っ!!!」
一瞬、怪物の表情に複雑な感情が入り乱れ、次の瞬間、彼は幼子に突進していた。
やぶれかぶれで道連れにしようとしたのか、それとも人質にしようとしたのか。
だが少年が今にも幼子を掴もうとした時、足元のコンクリートが盛り上がり、巨大な手と化して少年の足を掴んだ。恐らく鶴の魔法だろう。
鶴はその隙に幼子に駆け寄り、胸に抱えて走り出す。
「黒鷹、今よ!」
「助かった!」
誠は答え、少年に向かって突進した。
だが跳躍しようと身を屈めた刹那、視界は急激に変化したのだ。
「!!?」
海に浮かぶ無数の和船、あちこちで上がる悲鳴と怒号。
誠は懸命に駆け抜けていく。こちらの関船から相手の安宅船まで、跳躍しようと助走しているのだ。
鎧の鋼がぶつかる金属音と、口中に溢れる血の匂い。
海水の飛沫を浴びた衣は鉛のように重く、傷口に塩が染みる痛みは、疲れで遠のきがちな意識を奮い立たせてくれた。
そう、紛れもなくその光景は、かつて前世で体験した合戦だったのだ。
敵船は味方が鉤付きの金棒で引っ掛け、逃がさぬように固定している。この隙に敵の大将を討ち取らねば、疲れ果て、数で劣る味方に勝機はないだろう。
誠は駆けながら、我知らず雄たけびを上げていた。
「我は三島水軍が陣代、鳴瀬安成! いざや堂々、勝負に参らん!」
だが誠が思い切り跳躍しようとした時、景色は再び格納庫へと戻っていたのだ。
「!? また急に変わりやがって!」
誠は一瞬戸惑ったが、覚悟を決めて大きくジャンプ。
そのまま太刀を振りかぶり、着地と同時に相手をひと薙ぎしていた。
「……??????」
怪物と化した少年は、何が起きたか理解していないようだったが、やがて彼の腹に、横一文字に亀裂が入った。
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誠は少年に刃を向けつつ、鶴と幼子に声をかける。
「ヒメ子、2人とも無事か!?」
「ばっちりよ黒鷹」
鶴は元気良く答えるが、幼子はまだ寝ぼけていたのか、多少ぐずりながら、鶴の腕で眠り込んでしまった。
「良かった、こりゃ大物だ。派手な夢ぐらいにしか思ってないな」
「ほんとにね」
2人はそう言って笑顔を浮かべる。
黒い太刀は再び光の玉に戻ると、誠の逆鱗へと吸い込まれていった。
そこで鳳と神使達が駆けつけてくる。
「姫様、ご無事ですか!」
鳳の後ろには、隊員達の姿もあった。
「大丈夫か隊長! うわっ、こいつ結局いなくなってたヤツじゃねえか」
「アホやなあ、うまい話に飛びつくからこないな事になるんや」
「それよりバカ鳴瀬、ケガはない?」
カノンは誠を腕から包帯でぐるぐる巻きにしていく。
そんな一同をよそに、鳳は倒れた少年の傍に屈みこみ、手の平に光を宿して全身をなぞっていく。まるでスキャンをかけているようだ。
やがて彼女は立ち上がった。
「魂にはダメージがありますが、命に別状はないでしょう。ただ、妙な細胞を大量に植え付けられておりますね」
「……こんな改造、どう考えても既存の技術じゃないよな。鳳さん、あの研究所について、何か分かったでしょうか」
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「ワシらも探しとったが、どうも結界が張っとるらしくて、なかなか見つからんのじゃい。それらしい場所をかたぱしから探しとるが、主任研究員はこいつ、爪繰っちゅう奴らしいぞ」
狛犬が差し出す写真を誠は受け取る。
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誠はしばらく写真を見つめ、呟いた。
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「それも覚えているのですね?」
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「それは私も理解しています」
鳳は素直に頷いてくれた。変態に頷いたのか、アテになる事に頷いたのかは微妙だったが、今はそんな事はどうでもいい。
鳳は皆をぐるりと見渡して告げる。
「とにかく、研究所については引続き調査を続けますし、この少年の対処は私達が引き受けましょう。池谷中佐については、ここより設備の整った病院が手配されます。皆様も、くれぐれもお気をつけ下さい」
鳳の言葉に、誠達は頷くのだった。
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