上 下
68 / 117
第一章その4 ~さあ復活だ~ 懐かしきふるさとの味編

姓は阿波丸、名は大吉

しおりを挟む
 阿波丸あわまる大吉だいきちは、旧徳島県の鳴門地区に設置された避難区の指導者である。

 いかにも意思の強そうな太い眉で、への字に結んだ大きな口。髪はきっちりと七三に分けられ、つむじは渦潮のようにはっきりしている。

 常日頃から赤いはっぴを羽織っていて、はっぴの黒い前立てには、白く『阿波丸食品』と染め抜かれていた。

 彼は元々、この地方に根ざす大手食品メーカーの経営者であり、あの未曾有の生物災害の後は、自らの土地や資金を注ぎ込んで人々を守っていたのだ。

 ここ執務室には、自身が経営する食品会社のチラシ、また阿波踊りのポスターなどが所狭しと貼られていて、端に置かれた男女のマネキンには、阿波踊りの衣裳が着せてあった。

 室内にはもう1人、長い緑髪を頭頂部で引き結んだ、スーツ姿の女性もいた。恐らく秘書か何かであろう。

 やがて彼女は口を開いた。

「……代議士。何の部屋か分からないので、少しは片付けて下さい」

「ならん。いつの日か日本を取り戻し、故郷とその味を復活させるまで、わしはこの部屋を変えんぞ」

 腕組みしたまま椅子にふんぞり返る阿波丸だったが、

「えらいわっ、ナイスガッツ!!!」

「うわっ!?」

 突然の声に阿波丸がひっくり返った。

 ふと見ると、室内には鎧に着物姿の少女が仁王立ちしていたのだ。肩には小さな子犬のような生き物が乗っている。

 阿波丸は後頭部をさすりながら身を起こす。

「なっ、何だね君は、君達は。どこから来たんだ?」

「私は大祝鶴姫、高縄半島の避難区から来たのよ」

「……代議士、執務室にお友達を呼ばないで下さい」

「違うっ、知り合いじゃない! その鎧……そうか、例の急に出てきて、勢いだけで頑張っている連中だな。残念だが、我々はまだ君達を信用したわけでは……」

 少女はそこで阿波丸を遮る。

「そんな事はどうでもいいわ! それより今は調味料が欲しいの」

「えっ? そんな事って、同盟より大事なのか?」

「今はお腹が空いているのよ、だから早く! 実はかくかくしかじか、お願い、みんなが待っているのよ」

 少女の言葉に続けて、肩に乗っていた子犬のような生き物も喋った。

「ここのがおいしいと聞いたんだよ。僕からもお願い、おじさん」

「い、犬が喋った!? いやそれより、出店でグルメイベントだと? そんな事が出来るわけが無い。食料も不足しているこの状況で……」

 必死に訴えかける阿波丸だったが、そこでいきなり目の前に現れた米俵の山を見て腰を抜かした。

「岩凪姫様から許可を貰っているから、収穫の一部をこっちに持って来たよ。だからお願い」

 白い子犬?にそう言われ、阿波丸は思案した。

「し、しかしなあ……」

 そこで少女はしびれを切らしたらしい。

「ええい、まどろっこしいわ、こうなったら援軍を呼びましょう! ここは阿波だし、地元の仲間も沢山いるわ!」

 少女の号令と共に、どこからともなく大量の小さな生き物が集まってきた。

 良く見ると、それは子犬サイズの小さな狸であるが、全員2本足で立ち上がっているのだ。

「うわっ、いっぱい来た! 小さい狸……狸なのか?」

 駆け回る狸に慌てる阿波丸をよそに、少女は狸達に呼びかけた。

「みんな、とにかく盛り上げて、この人を説得して頂戴!」

「お任せ下さい!」

 少女の言葉に、狸達は阿波丸の周囲を取り囲んで回り始める。

「う、うわっ、何をする! 何でわしを囲むんだ!」

 狸達は腹鼓はらづつみを打ち鳴らし、高速で周囲を回りながら、口々に叫んでくるのだ。

「そんなんでいいのか、男・阿波丸! 大勢の人がお前の調味料を待ってるんだ!」

「腹が減っては腹鼓も打てないんだ!」

「そうだそうだ!」

「……代議士、執務室に狸を呼ばないで下さい」

 狸の熱いドラムビート、そして乱れ飛ぶ激励に、阿波丸は耳を押さえてよろめいた。

「や、やめろ、やめてくれ。段々おかしくなってくる……」

 頑張れ、腹減った、調味料下さい、代議士、いくじなし、代議士……

 よく見ると狸に混じって、秘書や鎧姿の少女も回っている。

「……くっ、わしはこの程度で、この程度で屈したりは……」

 阿波丸は必死に耐えたのだが、それも時間の問題だった。 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

処理中です...