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第一章その4 ~さあ復活だ~ 懐かしきふるさとの味編
姓は阿波丸、名は大吉
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阿波丸大吉は、旧徳島県の鳴門地区に設置された避難区の指導者である。
いかにも意思の強そうな太い眉で、への字に結んだ大きな口。髪はきっちりと七三に分けられ、つむじは渦潮のようにはっきりしている。
常日頃から赤いはっぴを羽織っていて、はっぴの黒い前立てには、白く『阿波丸食品』と染め抜かれていた。
彼は元々、この地方に根ざす大手食品メーカーの経営者であり、あの未曾有の生物災害の後は、自らの土地や資金を注ぎ込んで人々を守っていたのだ。
ここ執務室には、自身が経営する食品会社のチラシ、また阿波踊りのポスターなどが所狭しと貼られていて、端に置かれた男女のマネキンには、阿波踊りの衣裳が着せてあった。
室内にはもう1人、長い緑髪を頭頂部で引き結んだ、スーツ姿の女性もいた。恐らく秘書か何かであろう。
やがて彼女は口を開いた。
「……代議士。何の部屋か分からないので、少しは片付けて下さい」
「ならん。いつの日か日本を取り戻し、故郷とその味を復活させるまで、わしはこの部屋を変えんぞ」
腕組みしたまま椅子にふんぞり返る阿波丸だったが、
「えらいわっ、ナイスガッツ!!!」
「うわっ!?」
突然の声に阿波丸がひっくり返った。
ふと見ると、室内には鎧に着物姿の少女が仁王立ちしていたのだ。肩には小さな子犬のような生き物が乗っている。
阿波丸は後頭部をさすりながら身を起こす。
「なっ、何だね君は、君達は。どこから来たんだ?」
「私は大祝鶴姫、高縄半島の避難区から来たのよ」
「……代議士、執務室にお友達を呼ばないで下さい」
「違うっ、知り合いじゃない! その鎧……そうか、例の急に出てきて、勢いだけで頑張っている連中だな。残念だが、我々はまだ君達を信用したわけでは……」
少女はそこで阿波丸を遮る。
「そんな事はどうでもいいわ! それより今は調味料が欲しいの」
「えっ? そんな事って、同盟より大事なのか?」
「今はお腹が空いているのよ、だから早く! 実はかくかくしかじか、お願い、みんなが待っているのよ」
少女の言葉に続けて、肩に乗っていた子犬のような生き物も喋った。
「ここのがおいしいと聞いたんだよ。僕からもお願い、おじさん」
「い、犬が喋った!? いやそれより、出店でグルメイベントだと? そんな事が出来るわけが無い。食料も不足しているこの状況で……」
必死に訴えかける阿波丸だったが、そこでいきなり目の前に現れた米俵の山を見て腰を抜かした。
「岩凪姫様から許可を貰っているから、収穫の一部をこっちに持って来たよ。だからお願い」
白い子犬?にそう言われ、阿波丸は思案した。
「し、しかしなあ……」
そこで少女はしびれを切らしたらしい。
「ええい、まどろっこしいわ、こうなったら援軍を呼びましょう! ここは阿波だし、地元の仲間も沢山いるわ!」
少女の号令と共に、どこからともなく大量の小さな生き物が集まってきた。
良く見ると、それは子犬サイズの小さな狸であるが、全員2本足で立ち上がっているのだ。
「うわっ、いっぱい来た! 小さい狸……狸なのか?」
駆け回る狸に慌てる阿波丸をよそに、少女は狸達に呼びかけた。
「みんな、とにかく盛り上げて、この人を説得して頂戴!」
「お任せ下さい!」
少女の言葉に、狸達は阿波丸の周囲を取り囲んで回り始める。
「う、うわっ、何をする! 何でわしを囲むんだ!」
狸達は腹鼓を打ち鳴らし、高速で周囲を回りながら、口々に叫んでくるのだ。
「そんなんでいいのか、男・阿波丸! 大勢の人がお前の調味料を待ってるんだ!」
「腹が減っては腹鼓も打てないんだ!」
「そうだそうだ!」
「……代議士、執務室に狸を呼ばないで下さい」
狸の熱いドラムビート、そして乱れ飛ぶ激励に、阿波丸は耳を押さえてよろめいた。
「や、やめろ、やめてくれ。段々おかしくなってくる……」
頑張れ、腹減った、調味料下さい、代議士、いくじなし、代議士……
よく見ると狸に混じって、秘書や鎧姿の少女も回っている。
「……くっ、わしはこの程度で、この程度で屈したりは……」
阿波丸は必死に耐えたのだが、それも時間の問題だった。
いかにも意思の強そうな太い眉で、への字に結んだ大きな口。髪はきっちりと七三に分けられ、つむじは渦潮のようにはっきりしている。
常日頃から赤いはっぴを羽織っていて、はっぴの黒い前立てには、白く『阿波丸食品』と染め抜かれていた。
彼は元々、この地方に根ざす大手食品メーカーの経営者であり、あの未曾有の生物災害の後は、自らの土地や資金を注ぎ込んで人々を守っていたのだ。
ここ執務室には、自身が経営する食品会社のチラシ、また阿波踊りのポスターなどが所狭しと貼られていて、端に置かれた男女のマネキンには、阿波踊りの衣裳が着せてあった。
室内にはもう1人、長い緑髪を頭頂部で引き結んだ、スーツ姿の女性もいた。恐らく秘書か何かであろう。
やがて彼女は口を開いた。
「……代議士。何の部屋か分からないので、少しは片付けて下さい」
「ならん。いつの日か日本を取り戻し、故郷とその味を復活させるまで、わしはこの部屋を変えんぞ」
腕組みしたまま椅子にふんぞり返る阿波丸だったが、
「えらいわっ、ナイスガッツ!!!」
「うわっ!?」
突然の声に阿波丸がひっくり返った。
ふと見ると、室内には鎧に着物姿の少女が仁王立ちしていたのだ。肩には小さな子犬のような生き物が乗っている。
阿波丸は後頭部をさすりながら身を起こす。
「なっ、何だね君は、君達は。どこから来たんだ?」
「私は大祝鶴姫、高縄半島の避難区から来たのよ」
「……代議士、執務室にお友達を呼ばないで下さい」
「違うっ、知り合いじゃない! その鎧……そうか、例の急に出てきて、勢いだけで頑張っている連中だな。残念だが、我々はまだ君達を信用したわけでは……」
少女はそこで阿波丸を遮る。
「そんな事はどうでもいいわ! それより今は調味料が欲しいの」
「えっ? そんな事って、同盟より大事なのか?」
「今はお腹が空いているのよ、だから早く! 実はかくかくしかじか、お願い、みんなが待っているのよ」
少女の言葉に続けて、肩に乗っていた子犬のような生き物も喋った。
「ここのがおいしいと聞いたんだよ。僕からもお願い、おじさん」
「い、犬が喋った!? いやそれより、出店でグルメイベントだと? そんな事が出来るわけが無い。食料も不足しているこの状況で……」
必死に訴えかける阿波丸だったが、そこでいきなり目の前に現れた米俵の山を見て腰を抜かした。
「岩凪姫様から許可を貰っているから、収穫の一部をこっちに持って来たよ。だからお願い」
白い子犬?にそう言われ、阿波丸は思案した。
「し、しかしなあ……」
そこで少女はしびれを切らしたらしい。
「ええい、まどろっこしいわ、こうなったら援軍を呼びましょう! ここは阿波だし、地元の仲間も沢山いるわ!」
少女の号令と共に、どこからともなく大量の小さな生き物が集まってきた。
良く見ると、それは子犬サイズの小さな狸であるが、全員2本足で立ち上がっているのだ。
「うわっ、いっぱい来た! 小さい狸……狸なのか?」
駆け回る狸に慌てる阿波丸をよそに、少女は狸達に呼びかけた。
「みんな、とにかく盛り上げて、この人を説得して頂戴!」
「お任せ下さい!」
少女の言葉に、狸達は阿波丸の周囲を取り囲んで回り始める。
「う、うわっ、何をする! 何でわしを囲むんだ!」
狸達は腹鼓を打ち鳴らし、高速で周囲を回りながら、口々に叫んでくるのだ。
「そんなんでいいのか、男・阿波丸! 大勢の人がお前の調味料を待ってるんだ!」
「腹が減っては腹鼓も打てないんだ!」
「そうだそうだ!」
「……代議士、執務室に狸を呼ばないで下さい」
狸の熱いドラムビート、そして乱れ飛ぶ激励に、阿波丸は耳を押さえてよろめいた。
「や、やめろ、やめてくれ。段々おかしくなってくる……」
頑張れ、腹減った、調味料下さい、代議士、いくじなし、代議士……
よく見ると狸に混じって、秘書や鎧姿の少女も回っている。
「……くっ、わしはこの程度で、この程度で屈したりは……」
阿波丸は必死に耐えたのだが、それも時間の問題だった。
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