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第一章その3 ~とうとう逢えたわ!~ 鶴ちゃんの快進撃編
落ち込んでも休ませないスタイル
しおりを挟む誠達は鶴の要望で、海辺の城の天守閣を訪れていた。天守閣はいわば見栄で作られた飾りであり、実用重視の戦国時代には無かったので、鶴には珍しかったのだろう。
鶴は額に手をかざし、景色をぐるりと見渡したかと思えば、分身までしてあちこち調べまわっている。
「すごいわ、瀬戸も平野も一望できるわ。私が天下を統一したら、ここを居城にしようかしら」
「何言ってるのさ鶴、天守閣に住む人なんていないよ。高すぎて不便だろ」
「あらコマ、私なら飛んで降りられるじゃない」
鶴達?は誠の傍に駆け寄って取り囲んだ。
「ねえ黒鷹、祝言をあげたら、将来はここに住みましょうよ」
「いや、だから何でどんどん増えてるんだよっ」
ますます増え続ける鶴にツッコミを入れる誠だったが、コマが見かねて説明してくれた。
「黒鷹、これは霊気で作った分身なんだ。元は敵を混乱させる技なんだけど、この子の場合は人の何倍も遊ぶために使うからね」
「無茶苦茶だ。無茶苦茶だけど……」
みっしりと天守閣を埋め尽くす鶴を眺め、誠は戸惑いながらも呟いた。
「こんなにうまく事が運ぶもんなのかな……」
そこで女神が後を受ける。
「当たり前だ、この子は八百万の神が遣わした聖者なのだぞ。このぐらいは朝飯前……こら鶴、ちょっと増えすぎだぞ」
「いや、おかげさまで色んな事がぐんぐん良くなっていますぞ。もうあいつらの顔色をうかがわなくて済みますからな」
増え続ける鶴に怯え、柱に登っていた佐々木も頷いた。
強力な後ろ盾を得たおかげで、彼も力を取り戻していたし、他の政治家も無駄遣いをやめ、余ったお金は復興費や戦費に回るようになった。
「これで第5船団の勢力は大きくこちらに傾きました。まだ徳島自治区の人々が懐疑的ではありますが、それはおいおい交渉いたします」
佐々木の言葉に、鶴達が声を揃えて憤慨した。
「まあ、まだ疑ってる人がいるのね! 私達が行ってこらしめて来るわ」
「いやいや、こらしめてどうする。あそこの人間は悪党ではないのだ」
女神が呆れてため息をつき、黒いスーツの女性……鳳が説明してくれる。
「姫様、徳島の自治区は、大手食品会社の阿波丸食品の経営者が指導しております。混乱の開始時には大勢の人に食料を提供しつつ、プランクトンの養殖・加工や保存食料の研究で、かなり貢献してくれたようです」
「まあ、立派な為政者なのね」
鶴は嬉しそうに頷いた。
「成敗出来ないのは残念だけど、それじゃ仕方ないわ」
「残念とかそういう問題ではないが、とにかく徳島の自治区については、当面ごり押しする必要は無い。半端な戦いではないのだから、きちんとした信頼関係を築かねば、後で必ずゆがみが出る」
女神はそう言って鶴を納得させた。
「………………」
誠はそんな女神を見つめながら、言葉をかけるべきか迷っていた。
この女神と姫君が来てから、確かに状況は魔法のように良くなっている。
正直まだ半信半疑ではあったが、それでも可能性があるなら、口に出してみるべきだろうか。
誠は何度か口を開きかけたが、やがて痺れを切らしたのか、女神から声をかけてきた。
「どうした黒鷹、言いたい事があるのだろう?」
「そ、それは……」
誠は一瞬躊躇したが、しかし顔を上げて女神に尋ねる。
「個人的な頼みですけど、あの人を、雪菜さんを治せないでしょうか」
「あの娘に取り憑いた細胞の事か。そろそろ来ると思っていたが……結論から言えば、私達にも不可能だ」
「そ、そんな……」
「あの細胞は、魔王のエネルギーを受けて凶暴化している。私や鶴が剥がそうとすれば……もっと言えば、その意思を見せた時点で怯えて、心の臓を引き裂くであろう。勿論私達が本気を出せば、細胞が反応するより早く焼き尽くす事は出来るが、それでは女が耐え切れぬだろうな」
「……わかりました」
誠は弱々しく頭を下げたが、すぐ傍に鳳が立っている事に気付いた。こちらに遠慮して待っていたようなので、誠は鳳に場所を譲った。
鳳は誠に一礼し、女神に向かい報告する。
「お話は終わられましたか。それでは手短に。現在物資の再配分中ですが、その際、娯楽品をいかがしましょうかと。酒類も多数発見されたようです」
「なにい、酒だと!!!???」
急に女神が語気を強める。
「は、はい。蔵元で大切に保管されておりましたので、まろやかな古酒になっているそうです」
「鳳、それはいかん、それはいかんぞ! 私が行って確かめてこよう。そして鶴よ、お前達も成長したし、私が見ていなくても平気だろう。よいと思う事を自分達で判断してやりなさい」
女神はそれだけ言うと、まばゆい光に包まれる。
「黒鷹よ、道は1つとは限らぬ。あまり思いつめるなよ」
誠が頷くと、女神はそのまま消えてしまった。
「ナギっぺずるいわ、自分だけ遊ぶつもりよ」
「そうだね、絶対ずっと飲むつもりだね」
「追いかけてみましょう」
鶴達は女神を追ってその場から消える。
「あっ、ちょっと……」
誠がどうしたものかと見送ると、後ろから鳳の声がかかった。
「黒鷹殿、あなたの仕事はこっちですよ」
振り返ると鳳は満面の笑みであり、その後ろで神使達が台車に乗せた膨大な紙を運んでいた。
「今から応酬した資料を整理しますので、黒鷹様もぜひご助力を」
「ええっ!?」
神使達はいそいそと畳や座卓を運んできて、天守閣はさながら田舎のお寺の勉強合宿のような雰囲気になった。
誠は膨大な資料の山に絶句し、恐る恐るツッコミを入れる。
「あ、あの、そういうのは検察さんの役目なのでは……」
「いいえ、人に渡す前に、人に裁けるものかどうか整理せねばなりません」
頑として譲らない鳳に、誠は最後の抵抗を試みる。
「た、隊のみんなにも……手伝ってもらっていいですか?」
「ご自由に」
鳳はそこまで言うと、少しぎこちなくウインクをした。
「落ち込んでる時は、仕事に打ち込むとよいものですよ」
(いい人のようで、いい人じゃあない……!)
誠は引きつった顔で笑みを浮かべた。
男は不思議な空間に立っていた。あの爪繰と呼ばれた白衣の人物である。
辺りは青紫の光に包まれ、ただ彼の眼前に、幾つかの影が揺らめいている。
爪繰は影に語りかけた。
「多少の抵抗はあるものの、概ね計画通り。既に船団の実権は掌握している」
「しかし、あちらの切り札が来ているそうではないか。どうも好き勝手にやられていると聞くぞ。助けが必要なのではないか?」
影の言葉に、爪繰は少し眉間に皺を寄せた。
「……そちらこそ、始まりの地ですら持て余しているではないか。我々の手があけば、すぐに助けを寄越してやろう」
「威勢がいいな。それでこそ夜祖様の配下だ」
影はあざ笑うように揺らめいて消えた。
「……鎮西の田舎者めが、勝手な事を言いおって」
爪繰は苛立ちを込めて呟くと、いつの間にか背後にいた部下……スーツを着た長身の青年に語りかける。
「念のため蛭間にも伝えろ。しばらくは旗艦や政庁には立ち入りするなと」
屈辱からか憤怒からか、男が組んだ後ろ手には尋常ならざる力が込められていた。
「もうじき全ての準備が整う。その時こそ、こんな恥辱に塗れる生活ともおさらばだ。約束の時……我らが国取りの日は近い」
「承知いたしました」
青年は一礼し、音もなく虚空へ姿を消した。
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