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第一章その2 ~黒鷹、私よ!~ あなたに届けのモウ・アピール編

神使達の援軍。実際は脱走兵

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「……成程、そういう経緯だったか」

 廊下に座る鶴とコマは、神妙な面持ちで女神・岩凪姫に相対していた。

 タブレット型の神器は、今は大型テレビほどになって、壁に立てかけられている。

 女神はどこかの社務所にいるらしく、後ろの机には山積みになった書類があった。机上では、デスクワークに疲れた神使達がへとへとになって倒れていた。

 鶴はコマに耳打ちした。

「……あっちもこっちも大変そうね」

「……ほんとだね」

「何が本当なのだ?」

 小さな囁きを聞き逃さず、女神はじろりと2人を見据える。

『ひっ!』

 2人は思わず声を出した。

「……大体の事情は把握した。真偽の勾玉も反応しておらんし、嘘は言っておらんようだな」

 女神は傍らの勾玉を手にする。懐中時計ぐらいの大きさの青い勾玉は、相手の嘘を見抜くのだが、今は何の反応もない。

 女神はそこで頬杖をつき、少しだけ声のトーンを和らげた。

「最初に罪もない人々を成敗したのはけしからんが……速やかに現場に駆けつけ、大勢の命を助けたのは素晴らしい。その後の船でも、駆けずり回って怪我人を治したわけだし……まずまず、神人の務めは果たしているようだな」

「そうなのそうなの、これが私の本来のやり方なの」

 鶴は身を乗り出し、調子よく頷いた。

 コマは言いたい事が山ほどあったが、今はお説教を乗り切るのが先である。

 女神は次第に機嫌が良くなってきたが、画面の後ろで、神使達が抜き足差し足、そーっとその場を抜け出そうとしている。

 女神は神使達の脱走には気付かず、鶴に念押しの言葉をかけた。

「確かによい調子だが、勢いと運だけに頼るでないぞ。まずは地道に善行を積んで、人々の信頼を得る。それが聖者の王道なのだぞ?」

「もちろん、鶴もそのつもりで頑張りたおす次第でございます」

「僕も精一杯頑張ります」

 女神は少し口元を緩めると、頑張れよ、と一声かけて画面から消えた。

「……はあ、怖かったわ」

 鶴はようやく安堵して、背中を壁にもたせかけた。

「僕も寿命が……無いけど、寿命があったら縮んでたよ」

 コマも緊張から開放され、座布団に手足を伸ばしている。

「でも鶴、確かに嘘は言ってないけど、霊力を使い過ぎて、黒鷹にも見えないって事は言わなかったね」

「言えるわけないわ! ナギっぺはああ見えて怖いのよ?」

「どう見ても怖いよ! あっ、これはオフレコだけど」

 コマは慌てて口をつぐむが、その時。虚空に光が瞬くと、神使達が飛び出してきた。

 狛犬、キツネ、牛、猿、龍。いつも馴染みのメンバーである。

「まあみんな、来てくれたの?」

「そりゃー姫様が心配やったんやで」

 キツネが言うと、牛がメガネの位置を直しながらツッコミを入れる。

「半分本当ですが、みんなデスクワークがモウ嫌になったのです」

「十分よ。よーしそれじゃ、みんなで作戦を練りましょう」

 鶴とコマ、そして応援に来た神使達は、車座になって軍議を開始した。

「とりあえず黒鷹は霊感がゼロだし、どうやって気付かせるかが大変なんだ」

 コマの言葉に、一同は頭を悩ませている。

「ワシらはコマと違って、無許可でここに来とるからな。普通の人には見えんし、ちょこっと触るぐらいが精一杯じゃい。後ろだての神さんが来とるなら別じゃが」

 眼帯アイパッチを付けたワイルドそうな狛犬がそう言った。

 アイパッチだからガンパチ、という単純極まりないあだ名の彼は、本当に目が悪いわけではなく、その方が格好いいから付けているだけのお調子者だ。

「……いや、それがガンパチ、僕も船で怪我人の治療に霊力を使ったから、今は見えない状態なんだ。面目ない」

 ガンパチの言葉に、コマはすまなさそうに謝った。

「そもそも鶴が霊力を無駄遣いしなきゃ、問題無かったはずなんだけど」

 鶴は目を閉じ、寝たふりをしているので、コマは呆れてため息をついた。

「はあ、都合が悪くなるとすぐこれだ。いや待てよ、まさか本当に寝てないよね? 狸寝入りなんだよね?」

「そや、狸寝入りのキツネ憑きや。誰かに憑依してお告げを言うのはどうやろ」

 関西弁のキツネが挙手して提案する。

「コン三郎さん、それじゃ冗談って思われるんでさあ」

 編み笠に旅装束の猿が、もっともなツッコミを入れた。

「お告げは神職とか、それなりの立場で伝えるから意味があるんで。それ以外は見ざる聞かざる、変な事言ってる人には関わらざる、がウキ世の定めですよ」

「確かにウキ松の言う通りやなあ。辰之助たつのすけは?」

 キツネも頷き、傍らの龍に意見を求めた。

 両手でダンベルを上げ下げしている龍は、龍にしてはかなりずんぐりした体型で眉毛が太い。

「フッ、百聞は一見にかず、このイチリュウの筋肉を見せつければ、全部解決するのだ!」

「いや、せやから見えんのやって」

 龍は水墨画の昇り竜のようなポーズで肉体美を見せ付けるので、キツネはやれやれと肩をすくめている。

「それなら夢の中ではどうでしょう」

 牛が龍の水墨画を描きつつ、前足と筆を上げて意見を言った。

「黒鷹氏がモウレツな頑固者でも、夢の中なら理性も弱まるはずですよ」

 鶴は今まで目を閉じて黙っていたが、不意に目を開けて叫んだ。

「それよ!!!!!」

『うわっ、びっくりした!?』

 神使達は鶴の迫力にひっくり返ったが、鶴は構わず一同のおしりに告げる。

「モウちゃんの意見を採用しましょう。まずは黒鷹の夢に攻め込むわ。それで駄目でも、2の手3の手、攻め続ければ疑心が暗鬼に変わるはずよ」

「よっしゃ、ほんならさっそく準備や!」

 墨だらけで飛び起きたキツネの言葉に、一同はおお、と拳を振り上げた。
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