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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編

いわゆる全部コマのせい

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「ねえコマ、まだ来ないのかしら」

「そんなに急かしても来ないよ。さっき見てから、まだ5秒ぐらいじゃないか」

 鶴の矢のような催促に、コマは物陰から顔を出した。

 張り切って先回りし過ぎたせいで、例の政治家の一行は姿が遠い。なんとかこの間に説得出来ないかと考え、コマは鶴に向き直った。

「ねえ鶴、ほんとにやるのかい。未来に来て、いきなり辻斬つじぎりなんてさ」

「あったり前よ、私はほかの聖者みたいに甘くないの。悪事イコール地獄行き、後は適当に地獄の鬼に任せればいいわ」

「やり方が過激すぎる……」

 コマは思わず頭を抱えた。

「ううっ、これで大丈夫なのか? 僕はもっと止めるべきじゃないのか?」

 狛犬人生を左右しかねない決断を迫られるコマだったが、やがて可愛そうな犠牲者の一団が近付いて来る。

 鶴は耳ざとく足音を聞きつけると、コマの後ろから様子をうかがった。

「そら来たわ、あれが悪党どもの一行よ。よく見れば憎たらしい顔をしているわね」

「そうかなあ」

 コマも一団を観察するが、悪党にしては人相が良すぎるのだ。服装もそれほど贅沢には思えないし、本当に私利私欲を肥やしているのか、コマの目にも不安だった。

「考え直した方が良くない? もうちょっと調べてから成敗しても、間に合うと思うんだよ」

「大丈夫、コマは難しく考え過ぎなのよ。要は悪い奴をかたぱしからひっぱたけばいいんだから。そしたら自然といい国になって、任務完了、めでたしめでたし」

 コマの忠告も聞かず、鶴は太刀をぶんぶん振り回している。

「……い、一応言っておくと、その太刀は神器の1つで、物は切れるけど人間は切れないんだ。切れないんだけど、魂を直接ひっぱたけるから、いわゆる1つの手加減をだね」

「全力でいくわよ!!!」

 鶴はまったく話を聞かずに、ホームランバッターのような凄い素振りを繰り返している。

「任せといて、悪人をやっつけるのは、時代劇で予習済みよ。この紋所が目に入らぬか、と叫んだり、成敗!とか言ってスッパスッパと切り捨てて」

「……ああ、佐久夜姫さくやひめ様も、なんて余計な教材を入れたんだろう。おかげで鶴がヒートアップしちゃったよ」

 コマは再び頭を抱えた。

 先回りして待ち伏せする間、鶴は暇に任せて神器をいじくり回し、時代劇のビデオ教材を見つけたのだ。

 有名な水戸みと印籠いんろう爺さんや、暴れん坊な将軍様が悪漢を薙ぎ倒す様を見るうちに、鶴の心のテンションは急上昇。とにかく成敗したくてたまらなくなり、既に手段が目的になってしまった。

 今ならちょっとした冗談でからかっても、「成敗!」と言われかねないだろう。それでは聖者と言うより、単にキレやすい危険人物だ。

「頃合ね、行くわよコマ!」

「ちょ、ちょっと待って!」

 いきなり物陰から駆け出す鶴に、コマも慌てて後を追った。

 物々しい鎧姿、しかも刃物を持つ鶴の登場に、政治家達は目を丸くした。

「うわっ、刀!? 何だね君は! 君達は!?」

「知りたければ教えてあげるわ、冥土の土産に覚えてなさい!」

 鶴はドヤ顔で高らかに叫んだ。

「やあやあ、我こそは日の本を守る真面目すぎる聖者、三島大祝家みしまおおほうりけ鶴姫つるひめなるぞ! 民を苦しめる悪党ども、この鶴ちゃんが来たからには、三途の川まで送ってあげるわ!」

「こっこら、やめたまえ! ぐわっ!?」

「ひいっ!?」

 悪党達が逃げ惑う中、鶴は八面六臂はちめんろっぴの大活躍だ。太刀だけで物足りなかったのか、手からバンバン雷を発射し、護衛達を気絶させていく。

 相手が銃で応戦するも、鶴の霊力の壁に阻まれ、全く何の効果も無かった。

 だが護衛が時間を稼ぐ間に、政治家達は元来た道を逃げ帰っていく。

「あっ、逃げたわ! そうはいくもんですか!」

 鶴はタブレットの神器を取り出し、天罰メニューを押していく。神器は光り輝くと、巨大な埴輪はにわ土偶どぐうを何体も出現させた。

 それらは地響きを立てながら、政治家達を追いかける。更には龍や鬼まで現れ、最早怪獣映画の有り様となる。

 鶴は神器で呼び出した雲に乗り、コマと一緒に上から彼らを追いかけた。

 悪党どもは生き生きとした表情と動作で逃げ惑い、その様はまるで鳥獣戯画ちょうじゅうぎがの絵巻物のようである。

「それっ、そこよ、やっちゃいなさい! これで天下はいただきよ!」

「やり過ぎだよ鶴!」

「他に天罰はないかしら……あっこれは、鶴姫レーザー?」

「やめろ、それは良くない! 他のも駄目だけど、それは殺傷力が強そうだから特に駄目だ!」

 コマは必死に食い下がるも、鶴は既に極太のレーザーを発射していた。

 幸いにして不慣れなレーザーは外れたものの、あっという間に全員がはり倒され、目を回して折り重なったのだ。

 鶴は太刀を振り上げて勝ち名乗りを上げ、埴輪や土偶、龍や鬼達もそれにならった。役目を終えた彼らは、次第に薄れて消えていく。

「て言うか鶴、そんなに派手に霊力を使っちゃだめだよ。もう何度目か分からないけど、君は完全に復活してないんだから…………駄目だ、この主人に説明するのは諦めよう」

 鶴は有頂天になって、無意味に消えたり現れたり、はては浮いたり光ったり。コマの話など1ミリも聞いていなかった。

 コマは倒れた一団に歩み寄る。

 全員が苦悶の表情で倒れているが、命に別状はないようだ。恐らく神器にほどこされた、良心的な安全機能のおかげだろう。

 ロマンスグレーの髪をした50代ぐらいのおじさんの傍に、沢山の書類が散らばっていた。各地の避難区の現状が事細かに記されており、随分仕事熱心なようだ。

 コマは念のため、おじさんの額に前足を乗せてみる。直接触れれば、ある程度魂の輝きが分かるためだ。

「……こ、これは……!」

 コマは思わずぞっとした。おじさんの額に、白い光が浮かび上がって来たのだ。

「つ、つつ鶴っ、大変だ!」

「どうしたのコマ、まだ決めゼリフの55行目よ」

「これ人違いだ! 悪人じゃない、いい人だよ!」

「ええっ!? そんなはず無いわ!」

「神器を見せて……やっぱり! 善悪メーターが善意の方に傾いてる! 目盛りを逆に読んじゃったんだ。協力してくれる、いい政治家を倒したんだよ!」

 鶴も真っ青になって飛び上がった。

「どうしよう、ナギっぺにバレたら怒られるわ!」

「とりあえず治しておこう! じきに気が付くよ」

 鶴が政治家達に駆け寄り、手の平から光を出して治療していると、最悪のタイミングで神器のタブレットからコール音が鳴った。

 鶴はどうしていいか分からず、神器を掲げて右往左往してしまう。

「ナギっぺからだわ。はわわ、どうしましょう」

 やがて画面が巨大化して浮かぶと、女神の姿が映し出された。

 その瞬間、鶴は倒れた人々を見て、驚いた演技をしつつ棒読みする。

「コ、コマー、あなたなんてことをしたのー」

「やめろ、この大根役者! 僕じゃない!」

 もめる鶴達をよそに、全てを一目で見通した女神が怒鳴った。

「このバカものっ!!! 日本を守る聖者が、お尋ね者になってどうする!」

 だが事態は女神の怒りだけに留まらなかった。通路の向こうから、騒ぎを聞きつけた警邏けいらの面々が駆けつけてきたのだ。

 鶴達は飛び上がって逃げ出した。

 流石に戦えば負けないのだが、今度罪もない人間を成敗したら、それこそ女神に何をされるか分からない。

 鶴は必死に走りながら、隣を駆けるコマに言った。

「逃げましょうコマ、考え付く全ての事から逃げるのよ!」

「救国はどうするんだよ!?」

「見ての通り失敗よ。大丈夫、多分誰がやっても駄目だったのよ」

「君以外ならこんな事になってないよ!」

「どうしよう。戻ったらナギっぺに怒られるし、かくなる上は黒鷹と駆け落ちするしかないかも」

「ああ、僕の立派な狛犬としてのキャリアが……」

「とにかく逃げて、作戦を立て直しましょう」

 1人と1匹は、独楽鼠こまねずみのように通路を駆け抜けていく。

 かくしてコマ達は、有史以来の最速で救国に失敗。お尋ね者となったのだ。



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