鬼の子育て

KeiSenyo

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鬼の子育て

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 彼は赤い顔をしている。激しくせり出す牙と、笑うと醜い口と、固い鼻と、ぎらぎらしたまなこと。一本角が、頭頂でびんと天を向く。彼は、邪な心を胸に抱いていた。だが何のことはない、多くの人間を犠牲にする可能性はなく、自分の腹に、穴を空けようとしていたのだ。
 おれの腹に、何かいる。だが、彼は誰にもこのことを話さなかった。むしろ、鬼にとって腹黒いとは当然の事で、医者に罹ってもそのような診断を下されるだろう。鬼は、絶対に悪さをなくさない。いわゆる悪さとは、誰彼の腹の中に存在した。けれども彼が興味を示したのは、その悪いものが、何やら蠢き、別のものに変わろうとしているような兆候だった。これは鬼にとって甚だ奇妙なことだった。まさか善には転換しないだろうが、こちらの意思に関わらず、勝手に変わろうとするのだから、気になってしょうがない。
 それに、彼の腹が変わろうとしていたのではない。。だから、彼は穴さえ空ければそれを取り出せると思った。彼は全力で自分の腹を打った。血みどろになりながら、蠢くそれを取った。びくん、びくんと動いている。形は、赤ん坊に似ていた。これは、自分の悪さが変わったものではない。おれ自身が変化したものだ。と、彼は感じた。赤ん坊の形のものを拭いてあげると、それはおぎゃあと泣き出した。彼は困った。これはおれの腹から出てきたものだから、おれのものだ。けれど、こいつは勝手におれから生まれてきたようだ。
 彼は、柔らかい布の上にそれを置き、じっと、腕組みをして唸った。こいつに餌でもあげる必要があるんじゃないか。いろいろあやして、ご機嫌を取るべきじゃないのか。鬼は、赤ん坊の手をいじった。すると、赤ん坊は彼の手を握り返した。鬼は、いわゆる憤怒や憎悪の化身だが、この時ばかりは、憤怒や憎悪は別のものになった。彼はすっかり赤子をあやす父親になった。赤子のために、よく笑った。
 だが彼一人で子供を育てられるものではない。彼は他の人間に頼みに行かなければならなかった。一番頼りになるのは、医者だろう。彼は子供が好みそうな食べ物を尋ねた。すると、医者はそれはお前が食べたくなるものだと言った。はて…おれが好みそうな食べ物とは一体なんだったろうか…?うん?俺は空腹など感じたことはないぞ。かつて一度もそんなものは覚えたことがない。そうは言っても、こいつには何か食べ物が必要だ。おれから生まれたのなら、やはり鬼が好む食べ物がいいか。だったら、人の肉はどうだ?お前と同じ、赤ん坊の肉はうまいか?食わないな。じゃあ人間と同じものならどうだ?草か?草は食べないな。豚の肉も牛の肉も食わんな。そうか、じゃあお乳はどうだ?人間の母親に母乳を頼もう。ああ、やっと飲んでくれたな。
 うん?お前はおれから生まれたのに、人間のおっぱいが好きなのか。まるで人間だな。いや、お前は人間そっくりだ。赤ら顔じゃないし、牙もねえし、角もねえ。お前は、本当におれの子供か?その夜彼は夢を見た。慈悲深い菩薩が彼に向かって「これは修練なり」と言った。菩薩は誰かによく似ていると思った。
 彼はその修練をやり遂げた。ついに、彼の子供は立派に成人したのだ。彼は我が子にやっと「名前」を授けた。すると彼の子供は、太刀をき、侍の仕度をして、お辞儀をして、彼に別れを告げた。彼は行っておいでと我が子に向かって言った。その時、彼の腹から滲み出してきたものがあった。血だが、あの時自分の子供を授かり流した血よりも、温かく、明るい色だった。彼はその古傷まだ治っていなかったのかと笑った。笑うと、どんどこと腹も鳴り、彼は一生に初めて空腹を覚えた。
 彼は人の肉は食べたくなかった。普通に人間と同じ食事をした。それで腹が満たされると、今度は本を読んだ。頭の中身も一杯になり、次は運動をした。目一杯体を動かすと、次には嫁さんを見つけたくなった。勿論、鬼の嫁さんだ。意外にもいとも簡単に相手は見つかった。彼はいまだ邪な鬼の一族だが、鬼がするもっとも邪なことをしてしまったから、鬼であろうがなかろうが彼は彼だった。鬼は新しい血を生んではならないのだ。鬼は自己完結すべき存在だったはずだ。鬼は別の存在を食い物にして生き長らえるはずであった。鬼は邪悪な生き物のはずである。
 もしくは、邪悪さを司る者である。だが、彼にとってそれはどうでもいいことだった。邪悪など当たり前に、彼には具わっているのだから。彼は夢の中で「これは修練なり」と言ってきた菩薩が、自分によく似ているなと思った。まあ、今となっては、どちらでもよい。彼が、鬼であれ、菩薩であれ。
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