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巨人を巡る冒険2
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私たち兄弟は、巨人を巡る旅をしてきたのだが、まるで、その旅は途中で巨人自身に遮られた恰好で終いになった。もっとも、最後の相手が「地球なる巨人」だったので、彼から私たちの旅に感謝の辞も述べられたので致し方なかったが。たとえば、私たちが何か名誉を求めて行ったとすれば、その栄誉たるは、立派に獲得できただろう。それにこちらも深い感銘を受けたのは、確かだ。
これは不思議なことだが、私たちは私たちの巨人を、見つけたいと思った。そんなものいるわけがない、と思うだろう。何か、それまでに会った巨人をしもべにしたいとでもいうのか。うまく手なずけられるような巨人でも捕まえたいのか。そうではない。純粋に、土の一部として生まれた巨人、風の一部として誕生した巨人がいるとすれば、私たちの一部として、つまり人間の一部として生きる巨人も、ひょっとしたらいるのではないかと考えたのだ。
私たちはこの想像をけだし飛躍的とは思わなかった。それに、伝説にも、自然のどこにも属さないようなわがままな巨人はいるではないか。私たちはまずこれを、風の巨人に尋ねに行った。
彼に尋ねるということは、まず彼からもたらされた疑問に答える必要があった。彼の問いは、「人間はどうしていつまでも自分を王だと名乗りたがるか」ということだった。私たちはまずこんなことを考えた。「もし人間の巨人がいるならば、それはどうして自分のことを王だと考えたがるか」…多分、それはあらゆるものを打ち倒す力が自分にあると思うからだろう。彼は、おそらく神をも打ち倒せると思うはずだ。何者も自分の前に屈服しないと決めつけるに違いない。だが、そうなるのは…私たちの、傲慢が形となった場合だ。人間の巨人が人間の一部ならば、彼は、きっと人の全体にはならないだろうから。
私たちはこうした回答を用意した。風の巨人は、ふうんと頷くと、問いに答えたお礼だと言い、私たちに風の翼でできた一振りの剣を与えた。その剣は生きている者は何者も斬ることはできないが、意志の明滅した者は斬れるという、よく分からない武器だった。なぜこれをくれるかと尋ねると、お前たち自身の巨人がもし現れたならば、きっとこの剣が役立つはずだと彼は答えた。
さてここで、前回の私たちの冒険の最後について、補足せねばならない。あの地球なる巨人は、腹に子供を宿していたというが、その子供はどうなったか?気をつけてほしいのは、確かに私たちは彼の腹にのみを突き立て、壊したということだ。それによって、雷の巨人がずっと入りたがっていたその穴の中に入ることが、できた。これは何を意味するか。もし、地球なる巨人の言う言葉をそのまま受けるなら…私たちはこう想像した…雷の巨人は、彼の中で彼の子供となって生まれ変わったのではないか?だがそれは彼の言葉の中の過去形―現在形に照らせば曖昧である。「私の子供がいるから―」他者の腹穴には入れなかった。そう彼は言った。雷の巨人はあの後腹の中から追い出されたのだろうか。それとも、雷鳴がそこに入ったというのは見間違いか?
ふと私たちは風の巨人とのやり取りを思い出した。私たち自身が、人間の巨人はきっと傲慢さの顕現となっているから、あらゆるものの王となりたがると話した。地球なる巨人の子供は、勿論私たちの立っているこの星の一部だが、ある意味で王と呼べるのではないか。地球は王を輩出した…と言えるのではないか?雷の巨人はその王を目覚めさせたくていち早く腹穴に滑り込んだのではないか…と、考えた。まあこんなことは巨人も言ってないし、意味のない空想かもしれなかった。実は、私たちは地球なる巨人の子供を見ていないのだ。彼によって冒険の終了を宣告されてしまったから、私たちは巨人を巡る旅を一時的に切り上げなければならなかった。
そして私たちは人間の巨人を探しに行くという新たな冒険に向かったのだが…それは、きっと彼の子供なのではないかと直感していた。まあこれも意味のない空想かもしれない、などとは思わないでくれ!その通り、その通りだ。だが最初から私たちは命がけでこの冒険をしてきた。その流々とした過渡の遠征で、直感を超える正しい判断はないものと経験してきた。私たちの思考など無視してもよいが、それでは起きたことを、つぶさに話していくことにしよう。私たちは自分たちの直感と言う頼りない手掛かりを胸に、雷の巨人に会いに行った。彼は行方知れずになっていたから、彼のことも風の巨人に訊いたり、彼の知り合いである土の巨人にも話を伺った。風の巨人は「知らぬ」と答え、土の巨人は、「どうにもあれがそうらしい」と曖昧な返事をした。彼のいる大陸に何度か落ちてきた雷鳴の、かすかな振動に覚えがあったのだという。では、とその時の様子を詳しく尋ねたが、土の巨人は自信なげに、「あれはどうも地上にいるらしい。だがそれは以前の巨人のかたちを取ってはいない。巨人らしさを失ったというか、そうだとすると、あれが御雷氏であると呼べぬ」と言ってくれた。私たちは彼に頼んで、その振動のある場所へと案内してもらった。
そこは暗雲立ち込めた山の麓だった。木がなぎ倒されて、激しい雷撃が落とされたことを物語っている。まあ時折どの山にも起こりうる一般的な風景だが、私たちは、なぜか言い知れぬ深い怒りと憤りを覚えた。大地にこんなことがあってはならないとすら感じた。そのことを土の巨人に言うと、彼は「私も同じことを感じた。だが私にはどうにもできないことだとも、理解したが」と言った。一体そこに何がいるのか。私たちは以前に使用したのみを、この辺りに突き刺した。
すると声がする。泣き声がする。赤ん坊の声だ。地下深くから、響くように、私たちの耳に届いた。はじめはひとつだった泣き声は、だんだん増えていった。そして、こちらの耳を覆い尽くすように、あちこちから反響してきた。土の巨人が、苦しそうな唸り声を上げた。彼はだんだん、小さくなって、一塊の山になって、黙して動かなくなった。私たちはふと雷の巨人の声を聞いた気がした。ここにはいない、大地の、遥か彼方からである。かすり切れるようなごろごろとした声音で…確かに私たちに向かって言った…ここから、出してくれ。ここから、出してくれと。すると、さっと土色の塵芥が飛んで、私たちを取り囲み、さらった。土の巨人が起き上がって、ちりあくたとなりながら、私たちを遠くに飛ばしたのだ。
彼は怯えるような声色で、ここに生きているのがやっとだと伝えた。彼が言うには、巨人は生かされた存在であって、自ら生きようとする者はいないらしい。自我がない彼らにはその選択が難しい、と私たちは解釈したが、彼らを生かす者が彼らをそうさせないと念じたら、巨人という種族はたちまちに滅びてしまうのだという。土の巨人はもう以前の体躯をとどめていなかった。立派な図体と手と足は、亡び、塵芥がかすかな声を発する、霧のような存在になっていた。なぜこうなったかというと、それは彼らを生かすものの意思だという。彼は怯えていた。自分がもしかしたら消えてしまうということではなく、自分の様態が何やら変じつつあることについてだった。
ではどのような存在が彼らを生かすのか?彼は黙っていた。あの地球なる巨人かと尋ねると、それは違うと答えた。雷の巨人はその存在に捕らわれているのかと訊けば、多分そうだろうと話す。なぜ今様のからだになったのかと問うと、彼は、私たちに静かに耳打ちした。「それは私にも分からぬ。だがこのままではないと思う。元の姿に戻るか、さらなる変容をするか、どちらか知らぬが。」
彼は私たちに雷の巨人を解放してほしいと願った。それは私たちにできることかと訊くと、雷光はお前たちに声を送ったからだと言う。そして、私たちの風の翼からつくられた剣を見ると、それで斬られるものを探すといいと言った。私たちは彼と別れた。
私たちは土の巨人の言う通り、剣で斬れるものを探した。ということは、風の大人の言葉通り、「意志の明滅した者」を求めたのだが、その意味は少しだけだが分かる気がした。まるで、それは人間のことのようではないか!私たちは最終的には人間の巨人を見つけ出そうとしているのだが…案外に近くにいるかもしれんと感じた。だがこの剣は生きている者は斬れないという。では、もし仮に「意志の明滅した者」が人間ならば、斬れるのは死んだ人間ということか。私たちはそれを試した。もっとも、死んだ後にもさらに斬ることを許された、公の処刑の場にいた者を、だが。私たちは手応えを感じた。そして、斬った直後は完全に相手の霊魂と肉体は離れたと見えた。私たちはある仮定を立ててみた。もしかしたら、この剣は、あの地球なる巨人も斬ることができるのではないか。なぜなら、彼は自分を「自分自身のほんの一部」だと言った。彼は彼なる意志とはまったく合一してはいないのではないか。
まさにこれも思いつきかもしれないが、ともかくこの仮定を、試すには絶好の相手がいる。銅の巨人だ。彼は自分が鉱脈の一部となっているから、そこから切り離されたいと願っていた。私たちは彼の元へ向かった。そして、彼の許しを得て風の翼の剣を彼の足元へ向け振るった。すると、ぱっくりとそこから口が開き、彼は鉱脈から離れることができた。
しかし彼はなぜか喜ばなかった。あんなに切望していたのに、いざ切り離されてみると、心の奥底から、今彼そのものの基盤が失われたようで、切なくてつらいと言った。私たちは彼の願いを叶えてあげたのに、彼を悲しませることになってしまった。だが彼は私たちに感謝した。この悲しみがなければ、自分はあの望みの意味を分からなかっただろうから、と。彼は私たちと自分とを比べて、嘆くしかなかったのだ。彼の足元の銅は、どれだけの伸張を地面の下でしたであろうか。彼は自分の存在を、その銅すべての間に滑らせて動くこともできたのだ。だが銅の一部だった彼は…私たちに憧れて…動けぬ銅に成り下がっていた。それは、今の悲しみの原因となった。彼は、みじめなままだった。
だが彼は私たちに助言をした。その剣で地球なる巨人を討つことが本当の目的となるのだという。その結果どうなるか分からないが、雷の巨人はそれで解放されようし、私たちが前回の旅の最後に出会ったこの存在がなければ、実際人間の巨人などというものに会いたいと思わなかっただろう、そう彼は付け足した。
私たちは、彼の悲しみを目の当たりにして、もしよければ、もう一度元の体に戻れるように、その方法を見つけ出してあげようかと言った。彼は頷いたが、それは私たちが本来の目的を果たしてからでいいと話した。彼は彼の体をその拳で打ち、皮膚を欠けさせた。何者も打ち壊しえなかった金属片を、私たちに託し、再び感謝の意を表した。…それを見て私たちは、確かに彼は銅の鉱脈から自由にはなれたのだと思った。彼の意志が生き生きと働き、「悲嘆」と「羨望」以外の感情の表出を、ここに認めたからである。しかし、もしかしたらそれこそ…彼の母胎である銅鉱脈全体の感情でもあるのではないか?
私たちは地球なる巨人に、会いに行った。あのつるつるとした岩肌の、「重い岩」山の頂は、私たちがのみを打ちつけた跡がそのまま残っていた。穴も、まだある。さても巨人は睡眠中だろうか、以前感じた悪寒はまだ漂わず、私たちは穴の中を覗いた。すると、赤子の声が聞こえたが、それは土の巨人に案内されて行った土地で聞いたものとは違った。雷の巨人はここに閉じ込められてはいないと感じた。そして、泣き声はするものの、この中には生命の存在感がない。…からっぽの空間に、その声が溜まっているものと思われたが、正確かどうか分からない。ただ、私たちは、ただただ、悲しくなった。悲しくて、そして、空しくなった。旅の終わり…と、あの地球なる巨人が言った言葉を、私たちは思い出した。私たちは急に怖くなった。どうしようもない存在が近くにいると感じたが、それは「地球なる巨人」ではない。はっと私たちは気づいた。ここに、「人間の巨人」がいる。
それが私たちを見ている。どうしよう…と私たちは顔を見合わせたが、念願叶ったのだから、怯えることはないはずだった。私たちは二人して風の翼の剣を、まっすぐに立てて、待ち構えた。すると、辺りに子供の泣き声がこだまし始めた。私たちは言いようのない悲哀に包まれた。突然、霧のような白いもやが正面に立ち、私たちを見下ろした。もやは、人のかたちを模り、それは、二体ある。それは、まるで私たちそっくりだった。私たちは互いに絶叫した。もはやこの場にいたくなかった。私たちはそれぞれ、一瞬、魂が抜け出たような心地になった。もやは、ゆっくりとこちらに傾ぎ、無表情で、私たちに何か要求した。その声を私たちははっきり聞いた。お前たちの、命を寄こせと。
なぜかと私たちが問うたら、彼は(彼らは)「お前たちがこの世に長じてから我らもここにあったのだ。我らはたくさんの影の中にいて、無数の影を食べて生きた。しかしあることに気がついた。お前たちが生まれなければ、我らは誕生していないのだと。その逆ではないのだ。決してこの順序は揺るがないのだ。なぜならお前たちには命があり我らにはそれがないのだから。
さあ、そろそろその順序を逆にしてもいいのではないか?それはお前たちのためにもなるはずだ。この世の陰りをお前たちは見つけ、望みのものに出会うたのだから。我らこそ人間なる巨人なり。お前たちの一部」と、おぞましい声で言った。白い雲がまっすぐ上空から降り、彼らの周りを漂った。大地がにわかに鳴動し、ざらざらと湧き立ち彼らに共鳴する。私たちは愕然とした。これが、自分こそ王だと名乗ろうとする者の立ち姿だったのである。確かに意志は明滅していた。私たちは、どちらが私たちなのか分からなくなった。そして、私たちがもやの体となり命のある人間を見下ろすような幻を見た時、そこにいるのは、絶え間なく動き続ける意志の表明だった。
私たちは我に返り、目の前の巨人をしっかり見た。これは、私たちが生んだものだと感じた。もやのように動く私たちの心、そのものだと感じた。私たちは、多分、心だけの存在ではなかった。そのように、初めて考えた。そして…こうも思うことが正しいのであれば…私たちは、二人して冒険に臨んだから、そう考えられたのかもしれなかった。――巨人にも、会えたのかも知れなかった。
私たちの背後に、子供がいた。子供は丸裸で、まるでこの山そのものだった。私たちはその子を優しく、抱き上げた。彼のぬくもりから、あの地球なる巨人の言葉が聞こえた気がした。「お前たち、ここが旅の終着点だ。お前たちの感じた悲しみは切なさだ。お前たちの覚えた虚無は、いのちだ。巨人は今お前たちの目の前にある。ここに感じるか?巨人は感謝から出来ている。
お前たちは、それを見つけ出そうとしていたのだ」
彼は、また、私たちの旅は終わりだと言った。しかし、もしかしたら、彼と私たちとの旅が終了だという意味かもしれない。私たちはまだやらなければならないことがある。雷の巨人は、解放されていないし、銅の巨人の願いも叶えていない。そして…これが一番大事なことだが…風の巨人から貰った、この剣を、いまだ使うべき時に使ってはいない。私たちの「巨人を巡る冒険」は、いよいよ最後の幕を、迎える。
これは不思議なことだが、私たちは私たちの巨人を、見つけたいと思った。そんなものいるわけがない、と思うだろう。何か、それまでに会った巨人をしもべにしたいとでもいうのか。うまく手なずけられるような巨人でも捕まえたいのか。そうではない。純粋に、土の一部として生まれた巨人、風の一部として誕生した巨人がいるとすれば、私たちの一部として、つまり人間の一部として生きる巨人も、ひょっとしたらいるのではないかと考えたのだ。
私たちはこの想像をけだし飛躍的とは思わなかった。それに、伝説にも、自然のどこにも属さないようなわがままな巨人はいるではないか。私たちはまずこれを、風の巨人に尋ねに行った。
彼に尋ねるということは、まず彼からもたらされた疑問に答える必要があった。彼の問いは、「人間はどうしていつまでも自分を王だと名乗りたがるか」ということだった。私たちはまずこんなことを考えた。「もし人間の巨人がいるならば、それはどうして自分のことを王だと考えたがるか」…多分、それはあらゆるものを打ち倒す力が自分にあると思うからだろう。彼は、おそらく神をも打ち倒せると思うはずだ。何者も自分の前に屈服しないと決めつけるに違いない。だが、そうなるのは…私たちの、傲慢が形となった場合だ。人間の巨人が人間の一部ならば、彼は、きっと人の全体にはならないだろうから。
私たちはこうした回答を用意した。風の巨人は、ふうんと頷くと、問いに答えたお礼だと言い、私たちに風の翼でできた一振りの剣を与えた。その剣は生きている者は何者も斬ることはできないが、意志の明滅した者は斬れるという、よく分からない武器だった。なぜこれをくれるかと尋ねると、お前たち自身の巨人がもし現れたならば、きっとこの剣が役立つはずだと彼は答えた。
さてここで、前回の私たちの冒険の最後について、補足せねばならない。あの地球なる巨人は、腹に子供を宿していたというが、その子供はどうなったか?気をつけてほしいのは、確かに私たちは彼の腹にのみを突き立て、壊したということだ。それによって、雷の巨人がずっと入りたがっていたその穴の中に入ることが、できた。これは何を意味するか。もし、地球なる巨人の言う言葉をそのまま受けるなら…私たちはこう想像した…雷の巨人は、彼の中で彼の子供となって生まれ変わったのではないか?だがそれは彼の言葉の中の過去形―現在形に照らせば曖昧である。「私の子供がいるから―」他者の腹穴には入れなかった。そう彼は言った。雷の巨人はあの後腹の中から追い出されたのだろうか。それとも、雷鳴がそこに入ったというのは見間違いか?
ふと私たちは風の巨人とのやり取りを思い出した。私たち自身が、人間の巨人はきっと傲慢さの顕現となっているから、あらゆるものの王となりたがると話した。地球なる巨人の子供は、勿論私たちの立っているこの星の一部だが、ある意味で王と呼べるのではないか。地球は王を輩出した…と言えるのではないか?雷の巨人はその王を目覚めさせたくていち早く腹穴に滑り込んだのではないか…と、考えた。まあこんなことは巨人も言ってないし、意味のない空想かもしれなかった。実は、私たちは地球なる巨人の子供を見ていないのだ。彼によって冒険の終了を宣告されてしまったから、私たちは巨人を巡る旅を一時的に切り上げなければならなかった。
そして私たちは人間の巨人を探しに行くという新たな冒険に向かったのだが…それは、きっと彼の子供なのではないかと直感していた。まあこれも意味のない空想かもしれない、などとは思わないでくれ!その通り、その通りだ。だが最初から私たちは命がけでこの冒険をしてきた。その流々とした過渡の遠征で、直感を超える正しい判断はないものと経験してきた。私たちの思考など無視してもよいが、それでは起きたことを、つぶさに話していくことにしよう。私たちは自分たちの直感と言う頼りない手掛かりを胸に、雷の巨人に会いに行った。彼は行方知れずになっていたから、彼のことも風の巨人に訊いたり、彼の知り合いである土の巨人にも話を伺った。風の巨人は「知らぬ」と答え、土の巨人は、「どうにもあれがそうらしい」と曖昧な返事をした。彼のいる大陸に何度か落ちてきた雷鳴の、かすかな振動に覚えがあったのだという。では、とその時の様子を詳しく尋ねたが、土の巨人は自信なげに、「あれはどうも地上にいるらしい。だがそれは以前の巨人のかたちを取ってはいない。巨人らしさを失ったというか、そうだとすると、あれが御雷氏であると呼べぬ」と言ってくれた。私たちは彼に頼んで、その振動のある場所へと案内してもらった。
そこは暗雲立ち込めた山の麓だった。木がなぎ倒されて、激しい雷撃が落とされたことを物語っている。まあ時折どの山にも起こりうる一般的な風景だが、私たちは、なぜか言い知れぬ深い怒りと憤りを覚えた。大地にこんなことがあってはならないとすら感じた。そのことを土の巨人に言うと、彼は「私も同じことを感じた。だが私にはどうにもできないことだとも、理解したが」と言った。一体そこに何がいるのか。私たちは以前に使用したのみを、この辺りに突き刺した。
すると声がする。泣き声がする。赤ん坊の声だ。地下深くから、響くように、私たちの耳に届いた。はじめはひとつだった泣き声は、だんだん増えていった。そして、こちらの耳を覆い尽くすように、あちこちから反響してきた。土の巨人が、苦しそうな唸り声を上げた。彼はだんだん、小さくなって、一塊の山になって、黙して動かなくなった。私たちはふと雷の巨人の声を聞いた気がした。ここにはいない、大地の、遥か彼方からである。かすり切れるようなごろごろとした声音で…確かに私たちに向かって言った…ここから、出してくれ。ここから、出してくれと。すると、さっと土色の塵芥が飛んで、私たちを取り囲み、さらった。土の巨人が起き上がって、ちりあくたとなりながら、私たちを遠くに飛ばしたのだ。
彼は怯えるような声色で、ここに生きているのがやっとだと伝えた。彼が言うには、巨人は生かされた存在であって、自ら生きようとする者はいないらしい。自我がない彼らにはその選択が難しい、と私たちは解釈したが、彼らを生かす者が彼らをそうさせないと念じたら、巨人という種族はたちまちに滅びてしまうのだという。土の巨人はもう以前の体躯をとどめていなかった。立派な図体と手と足は、亡び、塵芥がかすかな声を発する、霧のような存在になっていた。なぜこうなったかというと、それは彼らを生かすものの意思だという。彼は怯えていた。自分がもしかしたら消えてしまうということではなく、自分の様態が何やら変じつつあることについてだった。
ではどのような存在が彼らを生かすのか?彼は黙っていた。あの地球なる巨人かと尋ねると、それは違うと答えた。雷の巨人はその存在に捕らわれているのかと訊けば、多分そうだろうと話す。なぜ今様のからだになったのかと問うと、彼は、私たちに静かに耳打ちした。「それは私にも分からぬ。だがこのままではないと思う。元の姿に戻るか、さらなる変容をするか、どちらか知らぬが。」
彼は私たちに雷の巨人を解放してほしいと願った。それは私たちにできることかと訊くと、雷光はお前たちに声を送ったからだと言う。そして、私たちの風の翼からつくられた剣を見ると、それで斬られるものを探すといいと言った。私たちは彼と別れた。
私たちは土の巨人の言う通り、剣で斬れるものを探した。ということは、風の大人の言葉通り、「意志の明滅した者」を求めたのだが、その意味は少しだけだが分かる気がした。まるで、それは人間のことのようではないか!私たちは最終的には人間の巨人を見つけ出そうとしているのだが…案外に近くにいるかもしれんと感じた。だがこの剣は生きている者は斬れないという。では、もし仮に「意志の明滅した者」が人間ならば、斬れるのは死んだ人間ということか。私たちはそれを試した。もっとも、死んだ後にもさらに斬ることを許された、公の処刑の場にいた者を、だが。私たちは手応えを感じた。そして、斬った直後は完全に相手の霊魂と肉体は離れたと見えた。私たちはある仮定を立ててみた。もしかしたら、この剣は、あの地球なる巨人も斬ることができるのではないか。なぜなら、彼は自分を「自分自身のほんの一部」だと言った。彼は彼なる意志とはまったく合一してはいないのではないか。
まさにこれも思いつきかもしれないが、ともかくこの仮定を、試すには絶好の相手がいる。銅の巨人だ。彼は自分が鉱脈の一部となっているから、そこから切り離されたいと願っていた。私たちは彼の元へ向かった。そして、彼の許しを得て風の翼の剣を彼の足元へ向け振るった。すると、ぱっくりとそこから口が開き、彼は鉱脈から離れることができた。
しかし彼はなぜか喜ばなかった。あんなに切望していたのに、いざ切り離されてみると、心の奥底から、今彼そのものの基盤が失われたようで、切なくてつらいと言った。私たちは彼の願いを叶えてあげたのに、彼を悲しませることになってしまった。だが彼は私たちに感謝した。この悲しみがなければ、自分はあの望みの意味を分からなかっただろうから、と。彼は私たちと自分とを比べて、嘆くしかなかったのだ。彼の足元の銅は、どれだけの伸張を地面の下でしたであろうか。彼は自分の存在を、その銅すべての間に滑らせて動くこともできたのだ。だが銅の一部だった彼は…私たちに憧れて…動けぬ銅に成り下がっていた。それは、今の悲しみの原因となった。彼は、みじめなままだった。
だが彼は私たちに助言をした。その剣で地球なる巨人を討つことが本当の目的となるのだという。その結果どうなるか分からないが、雷の巨人はそれで解放されようし、私たちが前回の旅の最後に出会ったこの存在がなければ、実際人間の巨人などというものに会いたいと思わなかっただろう、そう彼は付け足した。
私たちは、彼の悲しみを目の当たりにして、もしよければ、もう一度元の体に戻れるように、その方法を見つけ出してあげようかと言った。彼は頷いたが、それは私たちが本来の目的を果たしてからでいいと話した。彼は彼の体をその拳で打ち、皮膚を欠けさせた。何者も打ち壊しえなかった金属片を、私たちに託し、再び感謝の意を表した。…それを見て私たちは、確かに彼は銅の鉱脈から自由にはなれたのだと思った。彼の意志が生き生きと働き、「悲嘆」と「羨望」以外の感情の表出を、ここに認めたからである。しかし、もしかしたらそれこそ…彼の母胎である銅鉱脈全体の感情でもあるのではないか?
私たちは地球なる巨人に、会いに行った。あのつるつるとした岩肌の、「重い岩」山の頂は、私たちがのみを打ちつけた跡がそのまま残っていた。穴も、まだある。さても巨人は睡眠中だろうか、以前感じた悪寒はまだ漂わず、私たちは穴の中を覗いた。すると、赤子の声が聞こえたが、それは土の巨人に案内されて行った土地で聞いたものとは違った。雷の巨人はここに閉じ込められてはいないと感じた。そして、泣き声はするものの、この中には生命の存在感がない。…からっぽの空間に、その声が溜まっているものと思われたが、正確かどうか分からない。ただ、私たちは、ただただ、悲しくなった。悲しくて、そして、空しくなった。旅の終わり…と、あの地球なる巨人が言った言葉を、私たちは思い出した。私たちは急に怖くなった。どうしようもない存在が近くにいると感じたが、それは「地球なる巨人」ではない。はっと私たちは気づいた。ここに、「人間の巨人」がいる。
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なぜかと私たちが問うたら、彼は(彼らは)「お前たちがこの世に長じてから我らもここにあったのだ。我らはたくさんの影の中にいて、無数の影を食べて生きた。しかしあることに気がついた。お前たちが生まれなければ、我らは誕生していないのだと。その逆ではないのだ。決してこの順序は揺るがないのだ。なぜならお前たちには命があり我らにはそれがないのだから。
さあ、そろそろその順序を逆にしてもいいのではないか?それはお前たちのためにもなるはずだ。この世の陰りをお前たちは見つけ、望みのものに出会うたのだから。我らこそ人間なる巨人なり。お前たちの一部」と、おぞましい声で言った。白い雲がまっすぐ上空から降り、彼らの周りを漂った。大地がにわかに鳴動し、ざらざらと湧き立ち彼らに共鳴する。私たちは愕然とした。これが、自分こそ王だと名乗ろうとする者の立ち姿だったのである。確かに意志は明滅していた。私たちは、どちらが私たちなのか分からなくなった。そして、私たちがもやの体となり命のある人間を見下ろすような幻を見た時、そこにいるのは、絶え間なく動き続ける意志の表明だった。
私たちは我に返り、目の前の巨人をしっかり見た。これは、私たちが生んだものだと感じた。もやのように動く私たちの心、そのものだと感じた。私たちは、多分、心だけの存在ではなかった。そのように、初めて考えた。そして…こうも思うことが正しいのであれば…私たちは、二人して冒険に臨んだから、そう考えられたのかもしれなかった。――巨人にも、会えたのかも知れなかった。
私たちの背後に、子供がいた。子供は丸裸で、まるでこの山そのものだった。私たちはその子を優しく、抱き上げた。彼のぬくもりから、あの地球なる巨人の言葉が聞こえた気がした。「お前たち、ここが旅の終着点だ。お前たちの感じた悲しみは切なさだ。お前たちの覚えた虚無は、いのちだ。巨人は今お前たちの目の前にある。ここに感じるか?巨人は感謝から出来ている。
お前たちは、それを見つけ出そうとしていたのだ」
彼は、また、私たちの旅は終わりだと言った。しかし、もしかしたら、彼と私たちとの旅が終了だという意味かもしれない。私たちはまだやらなければならないことがある。雷の巨人は、解放されていないし、銅の巨人の願いも叶えていない。そして…これが一番大事なことだが…風の巨人から貰った、この剣を、いまだ使うべき時に使ってはいない。私たちの「巨人を巡る冒険」は、いよいよ最後の幕を、迎える。
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