上 下
4 / 5

火事場の馬鹿力

しおりを挟む
町に出たものの、車に置きっぱなしにしていたお金を持っているわけでもなく、何もすることがなかった。

「もう…いっそのこと…」
死んでしまおうかと悩みながらも一歩ずつ町の入り口に足は進んでいた。

町の入り口についた時にはもう夕暮れで出歩く人も昼間より少なくなっていた。

門の前には何か石碑のようなものがあった。
書いてある文字を読もうとしたが日本語ではないので読むことは出来なかった。

「何してるんだぁー?」
聞き覚えのある声が聞こえた。
それは酔っ払ったシエルだった。

「そんなとこでうろついてたら、魔物に襲われちゃうよぉ?」
ダル絡みがうざく感じ話をそらした。

「ただこの石碑が気になっただけだよ」

「それはぁ、魔物に襲われて亡くなった人たちの名前が書いてあるんだよ」
シエルは石碑の前に座り込み「じょうぶつしてくださぁい」と手を合わせた。

不謹慎にも程があるので、シエルの腕を掴みそこからすぐに離れた。
「お前はもう少し周りを見る力をつけた方が良いぞ…」

「はぁい…」
歩けなさそうなシエルをおんぶし、ギルドにいるルイにシエルのことを任せようとしたが、ルイは急用が入ったためここにはいないと別の受付の人に言われた。

「そういえばルイからこれを」
受付の人は鍵とメモ用紙を渡してきた。
メモには「今日の宿用の鍵です」と書かれていた。

「こいつがいるもんなぁ…」とため息をつくと起きたシエルは「もう1軒いこぉー」と駄々をこねる娘のように騒ぎ出したので、ギルドから逃げるように出て、適当な酒場に行った。

中に入ると冒険者たちがわいわいと酒を飲んでいた。
ここならシエルが騒いでも目立たないだろう。

「ぷはぁー」シエルはグラスに入ったお酒を一気に飲み干した。
「もう少し味わって飲めないのか?」

「これが一番旨い飲み方なんだよ」
シエルは酔うと昼間よりも自分がBランクの冒険者であることを自慢してきた。

「私は女なのに強い…なのにお父さんは私の事を認めてくれない…」

「シエルのお父さんってどんな人なの?」
興味本位で聞いてみると、お酒を注ぎながらシエルは話し始めた。

「私のお父さんは都に勤めてて、偉い役職の人…いつも保守派で私のやりたいことを制限してきて、だからこそ冒険者っていう危ない仕事はさせたく無いんだろうけど、私は冒険者10%しかいないBランクなんだ、だけど…未だにもうお前は大人なんだからちゃんとした職につきなさい、そして早く実家に帰ってこいってうるさくて…」

「シエルはお父さんに愛されてるんだな」

シエルにとって良い父親とは言えないが、大抵の人は娘を大切に思う親なんだな、と感じるだろう

「あんたのお父さんはどんな人なの?」
聞かれたくない唐突な質問に口を閉じそうになったが先程飲んだアルコールのせいで自制が聞かなくなっていた。

「俺は…エリート一家の落ちこぼれだ…父は俺の事を死んでくれて嬉しかったと思うよ
そのくらい俺の事を目の上のたんこぶだと思っていたからな」

一瞬二人に沈黙が走ったと思ったらシエルは腹を抱えて笑った。

「たんこぶって、なんだよそれ!」

そういえばこいつはすでに酔っていてるんだった。
腹が立ったがシエルのお陰で酒が飲めている。
少しでも今日の嫌な記憶が忘れることができた。
「ありがとな…シエル」

シエルはもうぐっすりと夢の中だった。

「お前…こっちの世界だったら上司や会社に迷惑かけるんだろうな」

シエルの寝顔を見ていると娘のように見えてきた。
そしていつも娘にやるように頭を撫でてあげた。
「そりゃ愛娘のためなら親御さんも心配になるよな
俺だって、娘が一人立ちする時も悲しくなるよ」

もう娘には会えない。
これから妻と娘はどうなってしまうのだろうか。
俺が不甲斐ないせいで本当に迷惑をかけしまっている。
悩み事を思い出す度に頭が痛くなり、それから逃れるために酒を飲んだ。本当にこれで良いのだろうか。
感傷に浸っていると突然、男が慌てて酒場に入ってきた。
「お前らヤバイぞ!家事だ!しかも近いぞ!」
外に出てみると確かに火事が起きていた。
もう少し近くで見たくなったので、人混みをかきながら前に進むと、燃えている家の前で泣き崩れる夫婦がいた。

そして、屈強な冒険者に「うちの娘がまだ中に…!」と助けを求めていたが、適当にあしらわれていた。

よくよく顔を見てみると、昼時にりんごをくれた少女の母親だった。

「ということは…まさか…!」
家の中にいるのはりんごをくれた少女かもしれない。
助けるべきか否か…
迷っていたが、家が炎に包まれ今にも崩れそうなのに、助けに行けば自分の命すら危うい。
「やめだ、やめだ」

酒場に戻ろうとした時に噴水の前を通った。
そして昼間のことを鮮明に思い出した。
途方に暮れていた俺にりんごを与えてくれた少女。
それは、りんごだけでなく、勇気も貰った。
今ここで逃げたら、天国にいる母さんと目を合わせることが出来ない。

「…くそ!」
噴水の水を頭から被り、全身を濡らした状態で燃えている家の前まで来た。

すると「危ないぞ!」の回りから声が聞こえてきたが、アルコールのせいか全て聞き流した。

「うぉぉぉ!」
勢いよく燃えている家に突撃した。

その時誰もが思っただろう。奴は絶対に死ぬ。
正直、昔の自分ならこの状況では傍観しているだけだと思う。
しかし、昔の自分はもう死んでいる。
自分に勇気を与えてくれた人に恩を返したい。

家に入ると煙で一瞬気絶しそうになったが、なんとか耐えて先へ進んだ。
「生きてるか!返事してくれ!」

声は聞こえなかった。
探す時間が長くなるにつれて、めまいが激しくなってきた。
「ヤバイな…これは…返事してくれ!」
声を張り上げると微かに物音がした。
その音の方へ向かってみると倒れていた女の子がいた。

「大丈夫か!?」
体を揺らしたが返事はない。
顔を見るとやはり昼間にあった女の子だった。

「よし!」
女の子を抱き抱え、玄関から外に出ようとしたが燃え落ちた物で塞がっていた。

どこか逃げ場を探すと近くに窓があった。
この窓を突き破ればなんとか外に出られるが、確実に危険だ。
しかし、出られそうな所は他にない。
段々と建物が焼けて落ちてきた。
時間はない。
「クソが!」
勢いつけて窓に、飛び込むと案外上手く行った。
そしてその物音に気がついた人々が、急いで向かってきた。

「おい!あんた大丈夫か!」
大丈夫に決まっている。
上手く飛び込めた。
女の子も無事だ。
俺は女の子を母親らしき人物に渡すと泣いてしまった。

「誰か医者を呼んできてくれ!」
先程から男が騒いでいる。
なぜだかわからなかった。
しかし、1つだけ分かることがある。
ガラスの破片が身体中に刺さり、血が出ている。
そして煙を吸いすぎたせいか意識が遠のいてきた。

「あぁ…」
二回目の人生はここで終わりかと思うと悲しいものだった。
しかし、一回目よりかはマシだった。
恩返しが出来て大勢に囲まれながら死ねる。
これで良かったのだ。
異世界での俺は無能だけど、良い人生だったな。




    
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

名前を書くとお漏らしさせることが出来るノートを拾ったのでイジメてくる女子に復讐します。ついでにアイドルとかも漏らさせてやりたい放題します

カルラ アンジェリ
ファンタジー
平凡な高校生暁 大地は陰キャな性格も手伝って女子からイジメられていた。 そんな毎日に鬱憤が溜まっていたが相手が女子では暴力でやり返すことも出来ず苦しんでいた大地はある日一冊のノートを拾う。 それはお漏らしノートという物でこれに名前を書くと対象を自在にお漏らしさせることが出来るというのだ。 これを使い主人公はいじめっ子女子たちに復讐を開始する。 更にそれがきっかけで元からあったお漏らしフェチの素養は高まりアイドルも漏らさせていきやりたい放題することに。 ネット上ではこの怪事件が何らかの超常現象の力と話題になりそれを失禁王から略してシンと呼び一部から奉られることになる。 しかしその変態行為を許さない美少女名探偵が現れシンの正体を暴くことを誓い…… これはそんな一人の変態男と美少女名探偵の頭脳戦とお漏らしを楽しむ物語。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

処理中です...